VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action15 −熱意−
――動き始めた。艦内の動きを敏感に感じ取れたのは艦の操舵手だった。
ニル・ヴァーナ復活以後もバート・ガルサスは操舵席に閉じ篭ったまま、艦の操舵に専念していた。
ガス惑星に逃げ込み、重力と電磁波の中で篭城するニル・ヴァーナ。皆を守るこの艦を少しでも長く支える為に。
メンテナンス担当のパルフェによると圧壊の危険があり、残された猶予は少ない。強大な重力に艦が耐えられなくなってしまう。
事実艦とリンクするバートは始終痛みに苛んでいるが、歯を食い縛って耐えていた。
「……へへ、皆頑張っているじゃないか。よーし、僕だって負けないぞ!」
苦しく辛い彼を支えているのは仲間達の存在だった。一人で苦しい思いをしているのではないと実感出来る。
包帯だらけの少年はパイロット達と熱心に話し合っており、ドクターは白衣を血に染めて怪我人の治療を続けている。
第二医務室に集う仲間達の声を聞く度に、奮い立つ自分がいた。
「やるぞ……僕はもう、絶対に逃げない!」
『うわっ、いつからそんな熱血になったの?』
「どぅわ!?」
操舵を行うクリスタル空間に突如通信画面が開き、バートは飛び上がって驚く。
画面に映し出されたのは金髪の女性――ベルヴェデール・ココ。
目が真っ赤で泣き腫らした痕があったが、表情にはいつもの気の強さが戻っていた。
『ハァ〜、いいわねアンタは。悩みがなさそうで』
「し、失礼だな! 僕だって仲間の為に色々苦心して――」
『……仲間の為に、か……弱虫なアンタでも頑張っているんだね』
「へ……?」
苦笑いではあるが、初めて素直に笑みを向けられてバートは戸惑いを見せる。
同じブリッジで働くクルーではあるが、馬鹿にされてばかりで優しくされた事など殆どない。
ブリッジを留守にしていたようだが、何か心境の変化でもあったのだろうか?
『バート、カイがこの戦況を打開する作戦を立てたんだけど……何か話は聞いてる?』
「い、いや、別に……」
『仲間はずれにされてる』
「違う! それは絶対に違うぞ! 僕には僕の役割があって――と、とにかく何かある筈なんだ!」
『……そこまで必死に答えなくても』
アマローネ・スランジーバとセルティック・ミドリ、ブリッジクルーの残り二人も顔を出した。
泣いた様子はないにしろ、この二人からも深い疲労の色が見える。今でも相当無理をしているのだろう。
男だろうが、女だろうが、命は等しく強いものだと思い知らされる。
『カイの作戦は綱渡りの連続、下手をすればあたし達全員の命が無くなってしまう。だから――』
「作戦の邪魔をすると言うのか!? 僕が許さないぞ!」
『先走らないの! もう、弱腰だった昔のあんたはどこにいったのよ……』
いきり立つバートを、アマローネが宥める。やる気と熱意が若干空回りしていた。
アマローネは嘆息して隣を伺うと、セルティックは一つ頷いて手元を素早く操作し始める。
次の瞬間バートの眼前に続々とデータが並ぶ観測図やグラフが転送されて、面食らってしまう。
『カイの作戦を元に、予測される敵の動きと予期される現象をセルが想定。
私とアマロでそのデータを使って、作戦の成功率を高める計算を行ったの。
アンタでも分かるように作成してあげたから、頭に叩き込んで入れておいて』
「ちょ、ちょっと待ってよ!? こんなルート通ったら、ニル・ヴァーナが穴だらけになる!」
『アンタ一人に押し付けないわよ。あたし達も手動制御して、可能な限り補佐するわ。
ブリッジクルー全員、力を合わせて戦いましょう』
「――っ、そ、その全員に、ぼ、僕も含まれているんだよね!?」
『……暑苦しい』
故郷への旅に出て六ヶ月、苦節苦難を経て得られた大切な仲間達。
ようやく認めてもらえた事に、バートは感極まってしまう。大袈裟だと呆れるが、怒る気も無かった。
喜びはしゃぐ男を前に、セルティックは静かな声で付け足した。
『ディータを死なせない為でもあるから』
「!? そうだね……絶対に死なせないさ!」
同じ目標があれば、雑念に惑わされず素直に手を結べる。
一人の少女の決意が、男女の垣根を取り払いつつあった。
無論彼女達のやり取りは水面下ではなく、一つの作戦の元に進められている。
着々と、一つ一つのペースを組み合わせて。
『あの坊や……静かだと思ったら、そんな事を考えていたのかい』
同じブリッジ内で、マグノ海賊団頭目マグノ・ビバンは別の人物より作戦の概要を聞いていた。
男と女が同じ席を並べて立てた作戦。自分の未来を切り開かんと、必死で抗おうとしている。
奇想天外な作戦ではあるが、定石でどうにかなる相手ではないのも事実だった。
『作戦会議に私も同席し、彼らの立てた作戦を検討して実現可能な案に仕上げました。
御許可頂けるのならば、即準備に入ります』
不安定なガス惑星を利用する大戦略、宇宙を利用した起死回生の策。
自然現象に手を加える以上、予想外の現象が起きる可能性は充分にある。自然の驚異は時代を超えて、人間を脅かす。
占いで未来を視る事はしなかった。確かな未来は彼らが築いてくれる。
『ふふ、乗ってやるかね……』
それは事実上の全面許可だった。マグノ海賊団最高責任者が太鼓判を押してくれたのだ。
ブリッジの中央モニター越しに許可を求めたブザム・A・カレッサの背後で、歓声と多数の足音が轟いた。
通信画面から聞こえて来る賑やかな声に、厳しい顔だったマグノも表情を緩めた。
「逞しい子達だね、まだまだ元気そうじゃないか」
『ディータ一人を死なせないのだと、皆張り切っております。暴走しないように、私も現場で監督いたします』
通信が切れる。何しろ時間が無い、急ピッチで進めなければタイムリミットを迎えてしまう。
作戦が大規模であればあるほど、細かい調整が必要とされる。
作戦を立てたカイ個人では目の届かない部分を補助しなければならない。
その為に、彼女を呼んでいた。
『パルフェ、聞こえていただろう?』
「はい、バッチリです!」
不安定なガス惑星内に篭城し、ニル・ヴァーナ全体のシステムも不具合が生じている。
空調の調子も悪く、機関部内でパルフェが作業着を脱いでシャツ一枚で活動していた。
汗水流してクルー達と働く彼女はオシャレっ気がなくても、輝いていた。
「惑星を恒星化させて、星が発する膨大なエネルギーで刈り取り全てを焼き払う――
相変わらず無茶苦茶やるね、あいつは」
仲間を集め、作戦を練り、準備も始めたらしい。あの行動力と実行力には、いつも驚かされる。
とにかく今は作戦に沿って、自分達のやるべき事を思いつく限りやるしかない。
作戦そのものは既に機関クルーに知らせ、彼女達も動き出している。
元々機関部は主任のパルフェを始め、男の存在に肯定的だった。性別の違いなど、所詮種類の違いでしかない。
一つ一つの部品や構造が違っても、各分野で必要に応じて役立てればいいのだ。一種類のみでは、技術は進歩しない。
「人間も同じだと思うのだけどね……そう簡単には、割り切れないか」
地球母艦殲滅作戦、六ヶ月間の旅の中で最も規模の大きな戦略。
この作戦を成功に導くには、全クルーの協力が不可欠となる。パイロットだけではなく、非戦闘員にいたるまで。
敵を倒すだけでは生き残れない。この艦を内部から守り、支えなければならない。
先の戦いでニル・ヴァーナは一度半壊している。奇跡的に復旧したが、内部はまだまだダメージが残っている。
そんな状態で惑星規模の作戦に駆り出そうというのだ、全員一丸とならなければ立て直せない。
「ディータの声にどう応えてくれるか――皆を信じたいけど、難しいな……
――ダメダメ、自分の問題を片付けないと」
仲間の心配をしている場合ではない。パルフェは頬を叩いて、思考を切り替える。
今この艦で一番危険を孕んでいるのは他でもない、この機関部なのだ。
パルフェは厳しい顔をして、目の前を見据える。
「……船が融合した時と同じだ。くっ、こんな時に……!」
二つに引き裂かれた船を一つに戻す――男と女の船が融合した現象と酷似している。
あの時も、今も、停止していたペークシス・プラグマが再起動して起きた現象――
ならばあの時と同様、ペークシスは今不純物が溜まって不安定になっている。
不気味に点滅する結晶体を見ながら、パルフェは唇を噛み締めた。
二つの船の融合後、ペークシスは暴走して別の惑星に船を走らせた。内部の不純物を吐き出す為に。
だったら同じように、ガス惑星内部に排出すればいい。不純物でもエネルギー物質、惑星の点火を促進出来る。
「ペークシス君さえ正常に戻れば、高められた内圧にも耐えられる。でも……」
その為には、現在非常に不安定なシステムを全解放しなければならない。
一時的にシステムを解放して不純物を吐き出し、内部の汚れを取り除く。
その為、ペークシス・プラグマのエネルギーを反転させる――
艦の外は重力と電磁波が荒れ狂っている。不純物を排出しようとしても押し返される。
内と外からの激しいエネルギーのぶつかり合い、力の激突にペークシス・プラグマに強烈な負担がかかる。
再起動したばかりの状態で、はたして耐えられるだろうか……?
下手をすればペークシスは壊れ、ニル・ヴァーナは完全停止。ガス惑星の重力で潰されて終わりだ。
賭けに出るには、余りにも危うい。今から計算するには時間がない。どうすれば――
「しゅにーん、可愛いお客さんが来てますよ。くすくす」
「今、ちょっと忙しいから後で――わっ!?」
機関室の入り口で丁寧に頭を下げる、一匹のパンダ。
フワフワの着ぐるみで愛嬌ある顔をしているが、緊迫したこの状況ではシュールでしかない。
悪ふざけか、笑えない冗談の類だが……機関部全員が笑って歓迎する。
「ソラちゃん、ソラちゃんだよね! また手伝いに来てくれたの!?」
クリスマスの時にも着ぐるみでパルフェに接し、ソラはスノーマシーン製作の手伝いを行った。
それ以来ソラはパルフェに気に入られており、機関部ではちょっとしたマスコットになっている。
熱烈な歓迎にも微動だにせず、着ぐるみの少女は言葉を発する。
「『自分達で決めた戦いでしょう』」
「!?」
「『それなのに――自分たちで勝手に未来を決めて諦めるなんて、間違ってます』、貴女の友人の言葉です」
少女の声には感情は無く、真実のみ伝えんとしていた。
パルフェは目を見開き、パンダの顔に貼りついた瞳を見つめる。
つぶらな瞳は何かを訴えかけるように、立ち尽くすパルフェの顔を映し出していた。
「――そうだよね。ディータだって命を懸けてる。あたしが信じてあげなくちゃ!」
仮に作戦が成功しても、船が駄目になれば未来などない。
逆にニル・ヴァーナに起きている圧壊の危機を回避出来れば、クルーも大いに奮い立つだろう。
自分の仕事で皆を助けられるのならば、最高ではないか!
「私が必要ですか? パルフェ・バルブレア」
「勿論! さあ、忙しくなってくるよ!」
今此処に、作戦の成功率を上げる可能性が一つ生み出された。
一つ一つ、確実に組み合わされていくペース。完成すれば、どのような形になるだろうか?
――刻限が、迫る。
<to be continued>
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