VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action13 −浸透−
「うう……」
――部屋で一人、少女は泣いていた。
真っ暗闇に満たされた自室で膝を濡らし、悲しみに暮れて座り込んでいる。
十代の若さ、恵まれた容姿、少ないけれど心許せる友人達。少女には夢があった、輝かしい未来があった。
可能性は限りなく多く、考える時間も多い。未来を夢見る年頃、楽しい日々は幾らでも用意されている。
その全てを、少女は今捨てようとしていた。
刈り取り母艦破壊作戦。地球が率いる大艦隊を破る戦略、その大事な一端。
必要とされる一億度のマッチに火をつける為には、ガス惑星の中心核を破壊しなければならない。
人為的にガス惑星を恒星化させて、この星を丸ごと燃やして敵を粉々に吹き飛ばす。
ディータ・リーベライ、彼女はその危険な役割を自ら申し出た――
惑星そのものを点火と言っても、決して気軽な任務ではない。千を越える無人兵器を消滅させる威力だ。
星の爆発ともなれば火力や影響範囲は桁違い、巻き込まれればドレッドは灰燼と化す。
死ぬ危険性が非常に高く、新人のパイロットには過ぎた任務だった。
「……グスッ……ひぐ……」
彼女は英雄ではない。物分りのいい大人でもなければ、卓越した戦士でもない。
荒くれ者が多い海賊業など到底似合わない、優しい女の子だった。歴戦のドレッドチームの中でも、ディータは浮いた存在だった。
そんな彼女の出願に、無論ドレッドチームリーダーのメイアは反対した。同僚達もこぞって、ディータを引き止めた。
日頃ボンヤリした感覚のあるディータを嫌うバーネットでさえ、必死で説得したほどである。
個人感情はどうあれ、仲間思いのパイロット達。未熟で手のかかる新人だからこそ、危ない橋を渡らせたくなかった。
それでも――ディータの決意は変わらなかった。負傷を押してでも、彼女は出撃するつもりだった。
恐怖はある。死にたくはない。戦う事も、傷つく事も、痛い事も、何もかも嫌だった。
メイアやバーネット、ドレッドチームのパイロット達のような強さもない。勇気も無い。
今でも自分の部屋の中で、怖くて震えている。自分が死んでしまう事を想像すると、身体が震えて涙が止まらない。
死にたくない。そして――
「……そうだよ。ディータが、やるんだ!」
――死なせたくない、誰も。
こんな自分を心配してくれたメイア達を、案じてくれた仲間達を。
その為ならなんだってやれる。頑張れる。自分の命だって、かけられる。
ディータ・リーベライ、彼女はパイロットだった。戦う事を、自ら選んだ。
誰かが傷付くくらいなら、自分が傷付く。傷が痛くても、笑って前に進む。
戦う事も、傷つく事も、痛い事――その全てが嫌だから、この世から無くす。
皆、大好きだから。皆に、笑って欲しいから。
ディータは最後に、仲間にエールを送る。自分の命を燃やして、高らかな激励を送る。
一人のパイロットして、堂々と――任務を全うする為に。
――照明が完全に落ちた別室で一人、少女が孤独に佇んでいた。
暗闇に沈む重い表情、悲壮とも言える顔で一つのモニターをオンにする。
モニターから発する光で、女の子の顔が仄かに浮かび上がる――その瞳が鮮明な光を帯びて、静かな決意に光っていた。
「……、……。……っ」
彼女の表情に迷いは無い。感情も無い。ただ機械的に、手元を操作している。
重苦しくも微動だにしない表情だったが、急に目を見開いて手を止めた。
手元の操作は急激に早く、荒く、鈍く――乱雑かつ乱暴な操作になり、その顔も苛立たしげに歪んだ。
「……っ!? 何よ、コレ!」
「無駄だよ」
少女の手が止まる。怒りに燃えた顔が急激に冷め、緊張と不安に揺れた。
背後からの制止――厳しくも優しさのある声に、少女が後ろめたさと共に振り返る。
想像通りの、人物が立っていた。
「ソイツを使うには店長の許可が要ることになってるのさ。
アンタみたいなセッカチが、無茶しないようにね」
開かれた自動扉、部屋の入り口に寄りかかる女性――ガスコーニュ・ラインガウ。
トレードマークの長楊枝を揺らして皮肉げに笑っているが、どこか哀しげな眼差しを宿している。
心中を見抜かれているような居心地の悪さもあって、少女は息せき切って叫んだ。
「じゃあ、早く通して!」
操作していたモニターに一つの品が表示されている。
オーダー『カミカゼセット』、パイロット名『バーネット・オランジェロ』――少女の名前と決意の証。
自殺未遂後レジクルーの見習いとなっていたバーネット、レジカウンターの操作は慣れている。
たとえ片道分の燃料と爆弾のみで設定されたオーダーでも、バーネットは操作出来る自信はあった。
ただ『カミカゼセット』はその危険さゆえに禁止されているオーダーで、彼女は誰にも告げずにレジで秘密裏に操作していた。
否、秘密にしていた筈だった――
「何を慌ててるんだい」
だが、そんなバーネットの行動は見抜かれていた。彼女の昔からの上司である、ガスコーニュによって。
不正な操作を行っていた部下に対して、ガスコーニュは責める様子はない。
罵詈雑言や叱責が飛んでこない分、バーネットの耳には痛かった。
「誰もアンタのことを責めちゃいないよ。アンタを責めてるのはアンタ自身さ」
「……」
苦しげな顔をして視線を落とすバーネットに、ガスコーニュはゆっくりと歩み寄った。
心の中を悟らせまいする部下に、上司は溜め息を吐いた。
バーネットの悲しい決意は痛いほど伝わってきて、ガスコーニュ自身の心も重くなる。
「作戦は聞いたよ。ディータの身代わりになるつもりかい?」
「――!?」
「アンタも聞いたんだろう、先程のディータの声を。
あの娘は……死ぬつもりだ。
アタシ達を守る為に。バーネット――アンタを守る為にね。
ディータの意思を聞いて、アンタは決心したんだろう。あの娘の代わりに、出撃する事を」
「……違うわ! あの娘の事なんて、関係ない!!」
オーダーが表示されているモニターを、激しく叩いた。激昂が画面を揺らし、自分や他者の心を震わせる。
息を荒げても、この部屋の静寂を破る事は出来ない。誰かが声を発しない限り、無音のままとなる。
闇は自分自身の心を、明確に映し出す――
『ディータはダメだなんて言わない……絶対諦めない!
皆と一緒にいたいから――皆、大好きだから!!』
バーネットは気付いた。ディータは本気で、仲間を守る為に死ぬつもりだと。
どれほど止めても、ディータは決心を変えない。危険な役目だと諭しても、大丈夫だと笑っている。
笑って、死ねる人間――自暴自棄になって自殺しようとした自分とは、まるで違う。
バーネットは悔しかった、自分の弱さが。悲しかった、自分より強い少女を死なせる事が。
何と前向きな女の子だろう。何時の間にディータ・リーベライという人間は、これほど強くなったのだろう。
死なせてはならないと、思った。思ってしまった――だから。
「今更突っ張ったって意味ないよ」
そして、その気持ちはガスコーニュも同じく胸にある。ディータだけではない、バーネットにも感じている。
仲間達の為に死のうとする、ディータ。そんなディータの身代わりになろうとしている、バーネット。
こんな危なっかしくも優しい部下達を持てて、感無量だった。誇らしげな気持ちに、満たされている。
断じて、死なせてはならない。死なせるには若すぎる、惜しすぎる。優し過ぎる――
「この船の皆が、アンタのいいところも悪いところも知っちまってるんだ。
その上で、アンタを仲間だと思ってるんじゃないか」
「……っ!!」
頑なだったバーネットの表情が、苦悩と躊躇に染まる。
知られたくなかった面、知っていてくれた恥ずかしさ――どういう顔をすればいいのか分からず、俯くしかない。
出撃を決めたディータも自分の頑固さを知って、変わらぬ笑みを向けてくれたのかもしれない。
敢えて制止を振り切る事で、自分を守ろうとしてくれた。仲間だと思っているから。
ディータの無邪気な微笑みが頭に浮かび、バーネットは唇を噛み締める。
ガスコーニュは苦悩する少女を見つめ――明るい声を張り上げた。
「――そうだろ?」
『スマイル、スマイル!!』
一斉に照らし出される室内。重苦しい静寂は吹き飛び、冷たい闇は温かい声に払われる。
バーネットが驚いて顔を上げると、そこには――華やかな制服を着た、女性達の姿。
人間の心を明るく彩る笑顔が眩いレジクルー達が、室内へと殺到してきた。
「ごめんね、バーネットばっかり負担かけちゃって!」
「さぁ、お仕事お仕事、忙しくなるわよ!」
呆然とするバーネットの前で、元気に騒いでいる者達。彼女と同じ立場の、仲間――
テキパキと働き出す同僚達を見渡して、ガスコーニュは満足げに笑っていた。
その横顔を見て、バーネットは心の底から屈服した。結局、何もかも見透かされていたのだと。
ガスコーニュだけではない。ここにいる、明るく元気な仲間達全員に。
何て事はない。誰もが皆、自分の出来る事をやろうとしている。
ディータが仲間の為に命をかけるように、仲間達もディータの為に今動き始めたのだ。
バーネット一人が、思っているのではない。ディータの言葉を聞いて、彼女達もディータの助けになろうとしている。
一人は、みんなの為に。
みんなは、一人の為に――
バーネットは苦さを噛み締めるように、笑う。胸の奥にあったわだかまりが取れた気がした。
自分一人で背負う必要はない。
身勝手に思い込んで行動に出る前に、一言誰かに呼びかければいいのだ。
ただそれだけで、救われる事だってある。
他人に一歩踏み込む勇気さえあれば、一人では無理な事も成し遂げられる。
「――ガスコさん、ごめんなさい。このオーダー、キャンセルさせて欲しいの」
「受け付けた覚えは無いよ。アンタには、もっと相応しい武器があるだろう?」
「うん。いつもの、お願いするわ!」
パイロット復帰宣言――通常兵装のオーダー品。まるで変わらない、いつもどおりの自分。
戦う意思を載せたパイロットの熱い注文に、ガスコーニュを含むレジクルー全員の返答は決まっていた。
そう、いつも通りに。
「ありがとうございましたー!」
こうして一人、新たな決死隊が加わった。死にに往くのではなく、生きる為に。
誰かを生かすために、死地へと赴く。
<to be continued>
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