VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 13 "Road where we live"






Action7 −女囚−






 マグノ海賊団頭目マグノ・ビバン副長ブザムの指示で、融合戦艦ニル・ヴァーナはガス惑星の内部へ突入した。

敗戦を余儀なくされた彼女達の撤退命令だったが、緊急的措置が上手い具合に効果を表したのである。

篭城先に選んだ惑星は本来恒星になる筈の天体で、質量不足から不完全燃焼のまま残されている状態だった。

その不安定さが内部に濃厚な重力を生み出し、電磁波の要塞となってしまっている。

強硬な装甲とシールドを持つニル・ヴァーナは何とか耐えられるが、無人兵器は到底持ち堪える事は出来ない。

数々の被害を出して追尾する愚を理解したのか、地球母艦と兵器の大群はガス惑星を取り囲む事で彼女達を追い詰めようとしていた。


――ゆえに、この策は効果的となり得た。彼らの本来の目標は、美しい肌を持つ人間達の星メラナスであったのだから。


地球母艦に大きな損傷を負わせ、殿役を買って出て無人兵器の進軍を食い止めたカイ・ピュアウインド。

主力を欠きながらも、一名の死傷者も出さずに戦線を維持したマグノ海賊団。

この両者を最大の脅威と認識した彼らは、目標を変更して逃走する彼らの追撃に集中したのだ。

カイ達が倒されればその限りではないが、一時的にしろメラナスは安全となった。

これはカイが望み、マグノやブザムが現実化した策――手を組んだ以上、メラナスは苦労と苦痛を分かち合う仲間。

勝てぬと分かっていて、共に戦ってくれた彼らへのせめてもの義理だった。


「お頭、メラナス軍旗艦より通信がありました。
先の戦闘で全戦力の6割が損傷を被りましたが、無事母星への退避に成功したとの事です。我々への感謝と謝罪を受けております。
戦力を一時的に割いてでも、こちらへの援軍を申し出られたのですが――」

「ありがたい申し出だけど、今の状況では焼け石に水さね。
無駄な被害はアタシらの士気を下げるだけだよ。丁重にお断わりしておきな。

……それにしても、アタシら海賊が国家の軍隊に感謝される日が来ようとはね……」


 稼業の障害であるタラーク・メジェール国家ではないとはいえ、国の軍隊と肩を並べて戦ったのだ。違和感を感じるのも無理はない。

そんな彼らの安全を確保する為に、自分達が狙われる危険を冒すなんて信じ難い愚行だ。

むしろ彼らを捨石にして逃げれば助かっていたかもしれない。らしからぬ行為だと、頭目は自嘲する。


「我々も甚大な被害を被っています。死傷者こそ出ておりませんが、ドレッドは半数以上が大破。
敵の攻撃で一度半壊したニル・ヴァーナはシステムは復旧していますが、施設類が使用不能の状態にあります。

クルー達も……その多くが心身に痛手を受けている状態です」

「この有様を見れば分かるさね。本当に、アタシともあろう者が耄碌しちまったのかね。
今回の一件では自分の不甲斐無さを思い知らされたよ……」


 メインブリッジ――マグノ海賊団の頭脳とも言うべき場所に、現在マグノやブザムを除いて誰もいない。

ブリッジクルー達は職場放棄、先程まで一人頑張ってくれていたセルティックも疲労困憊で休息中。

エズラも復帰可能な状態までなってはいるが、無理は出来ず退避中の今は休んでいる。


「お頭が責任を感じる事ではありません。今回の不始末は私に原因があります。
監督不届きによりクルー達の精神状態が見えず、彼らの衝突を軽く考えておりました」


 若くともブリッジを任せられる才在る者達をここまで追い詰めてしまったのは、上の責任が大きい。

主力となるドレッドはチームワークが命、海賊稼業は団結無ければ成り立たない。

カイとクルー達との対立――男女関係の決定的決裂を招いてしまい、自ら戦力を大きく下げてしまったのだ。

戦場で嘆き俯く事は死を招くが、彼女達とて人間。責任を感じる心も、失敗を嘆く感情もある。



『……あぢぃ……』



 ――後悔に蝕まれた重い雰囲気に上乗せする、暑苦しい声。

沈痛な表情を見合わせていた二人は瞬き一つ、揃って顔を上げる。

メインブリッジの中央モニターには、クリスタル空間でのぼせ上がっている一人の男が映し出されていた。


『おかじら……ふくじょうざ〜ん……この暑さ、何どがなりまぜんが〜……うう……』

「男のくせにだらしない子だね……シャキッとおし!」


 ニル・ヴァーナの操舵手に復帰したバート、彼の尽力の賜物で融合戦艦は見事に復旧された。

それは同時に戦艦との再接続を意味しており、ニル・ヴァーナとの共有化を再び行われているという事になる。

ニル・ヴァーナが傷付けば操舵手のバートも傷付き、融合戦艦が万が一破壊されれば彼も死傷を負う。

現在ニル・ヴァーナはガス星雲に突入、重力圏内で電磁波に絶え間なく襲われながら篭城している。

不完全燃焼とはいえ恒星になりかけている天体の中、惑星が発する熱さが直接的ではないにしろバートに伝わるのだ。

クリスタル空間の中に居る事は、サウナに放り込まれているに等しい。茹蛸になるのも無理はなかった。

マグノも叱咤しているが、気弱な彼が熱くても操舵席から離れない気概に素直に感心させられていた。


本当に……子供は親が考える以上に、成長が早い。


「ペークシス・プラグマがまだ完全ではないようだな。不純物が艦に混在して、艦内温度が上がっているようだ。
機関室に至急連絡を取って、対処させよう。
バート、今は苦しいだろうが耐えてくれ。今はお前が頼りなんだ」

『ふっ、副長さん――そこまで僕の事を信頼して……!』


 のぼせ上がった頭でも理解出来た。ブザムが自分を頼りにしてくれた事など、一度も無いと。

むしろ彼のこれまでの功績を考えれば遅過ぎるのだが、バートはただ純粋に感激した。

この半年間、余りにも報われなかった日々が脳裏によぎる。

操舵手としての役割は果たしているのに、女性人から馬鹿にされる始末――それが今、報われたのだ。


『任せてください! 副長さんの為に男バート・ガルサス、命をかけて頑張らせて頂きます!!』

「……あ、ああ、宜しく頼む……」


 大袈裟な物言いでも本人がやる気ならば、と微妙な顔でブザムは返答する。

部下に厳格な副長らしからぬ表情に、マグノは内心笑いを堪えるのに必死だった。

そんなつもりはなかったのだろうが、バートの能天気さにブザムもマグノも励まされる想いだった。

そう――今は俯いている場合ではない。


「……此処で余生をのんびりとはいかないようだね」


 ガス星雲の外は無人兵器が完全に包囲、中は重力と電磁波に覆われている。退路は無い。

艦の外は星の圧力に握られ、艦の中は精神的重圧に潰されようとしている。


今の自分達は牢獄の中、心も身体も絶望という名の檻に囚われている。


それでもこのまま大人しく死を待つ訳にはいかない。

希望はある、確実に。


汗水垂らして手団扇を仰ぐバートを見つめ、マグノは力強い微笑みを浮かべた。















『メイアにカイ、二人揃って医務室行きだね。こりゃあ仲が宜しい事で』

『無理やり都合の良い偶然にするな!』

『怪我人は我々だけではありませんよ』


 融合戦艦ニル・ヴァーナに追尾するのは、何も無人兵器だけではない。

敗戦濃厚な戦場にわざわざ残ってまで仲間を守ろうとした、勇気ある若者達が今戻ろうとしている。

傷付いた彼らを引率するのは、無論責任ある大人の役目である。


『それだけ騒げれば大丈夫だね。負傷したと聞いた時はビックリしたよ。
ま、そっちの坊やは心配はしてなかったけど』

『死んでも死なないもんね、こいつ。どういう身体の構造をしているのかしら。
メジェールの言い分じゃないけど、野蛮人よね。男というのは』

『不甲斐無いお前らのせいで傷付いたんだけどな!』


 ガス星雲の内部は重力に満たされており、無防備に突入すれば圧破の恐れがある。

メイアやジュラのドレッドはシールドで守れるが、SP蛮型にはシールドがない。

二つのペークシス・プラグマの力"ヴァンドレッド"ならば可能かもしれないが、あくまで可能性。命懸けの危険は冒せない。

メイアもメイアで先の戦闘でドレッドが破損状態、パイロットも怪我を負い内部突入は危険だった。

どうしたもんかと立ち往生する面々を、ガスコーニュのデリ機が拾ったのである。

デリ機のシールドはドレッド以上の出力で、効果範囲も広い。

損傷を負った三機の機体を回収して、ガス惑星内部に突入する事は比較的容易かった。

頑丈とはいえ重力圏を好き勝手に動き回れないが、少なくともニル・ヴァーナまでは十分に持つ。


『やれやれ、血だらけな顔で血の気の多い言葉ばっかり吐くね。
傷はそのままにして少しは血を抜いた方がいいかも――そうは思わないかい、バーネット』

『……』

『……』


 モニター越しの再会、カイとバーネットは口を噤んだまま相手を見つめる。

男女関係はマグノ海賊団のほぼ全員の反発で決裂したのだが、元を糺せばこの二人の衝突により始まったと言える。

カイは深い傷を負って表情に苦痛が滲み、バーネットは自殺未遂により顔が蒼白い。

互いに顔を見れば何が起きたのか、一目瞭然だった。


『ね、ねえ、バーネット。あのね――』

『――何で、帰って来たのよ』


 おずおずと述べるジュラを放置して、バーネットはデリ機から震える声を発する。

少しは立ち直ったと言っても、戦闘中に舌を噛んで自殺しようとしたのだ。

自殺の原因ともなった男の死亡報告を聞かされ、次の瞬間には生きて現れたのだ。

口から滑り出た言葉がキッカケとなり、土砂のように溢れ出て来る。


『馬鹿じゃないの!? アタシらはアンタを殺そうとしたのよ! アンタだってアタシ達を否定したじゃない!?
……ああ、そうよ。アンタがいなくなって、アタシらは簡単にバラバラになったわ。
皆おかしくなって、どうしていいか分からなくなって、挙句の果てに刈り取りに殺されそうになったわよ。

馬鹿よ、馬鹿よ、大馬鹿よ……! さぞ愉快でしょうね、奪い続けた海賊が命を奪われそうになって!

笑えばいいじゃない、馬鹿にすればいいじゃない、高みの見物してればいいじゃない!
なのに……何で戻ってくるのよ……なんで助けようとするのよ!!

そんな怪我までして――ボロボロになって!! 意味、分からない……

アンタの事、全然分からない……』


 バーネットの悲痛な叫びに、一同は絶句する。言葉になっていないが、彼女の辛い心情が痛いほど伝わってくる。

彼女の疑問は恐らく、今船内で震えているクルー達全員の問いかけでもある。

追い立てた人間をわざわざ助けようとするカイの行動理念が理解出来ないのだ。

対するカイに大きな表情の変化は無い。答えは己の過去で、既に掴んでいるのだから。


『俺は今でも、海賊を認めるつもりは無い。略奪行為は断じて許さない、絶対にだ。
これからも海賊稼業を続けるのならば、容赦はしない。何度でも、立ち塞がってやる。

この命が尽きるまで、お前らマグノ海賊団の敵でいつづけてやる』


 カイの独白に、バーネットは血を吐くような思いで睨み返す。隣のガスコーニュは口出ししなかった。

完全に同じ人間など存在しない。完全な理解などありえない。

この世の誰もが皆、仲良く生きられはしない。人間とはそのように出来ていないのだ。


『それでも――お前達に死んで欲しいとは、思っていない。助けられる命は助けたい、その気持ちは変わらない。
どれほど憎い相手でも、理解し合う心を捨てたりはしない』


 バーネットは顔をクシャクシャにして、俯かせる。何度も何度も、通信画面を叩いて。

カイの言う事は立派だ。決して間違えてはいない。実行する勇気も、成し遂げようとする気概も持っている。

だからこそ、反発してしまうのかもしれない。


立派に思う心があるからこそ、許せない事だってある。


『その心を……ディータから奪った・・・のは誰よ……』

『バーネット、それは!?』

『アンタじゃない! アンタが、アンタが、ディータの心を壊したんじゃない!!
……何で、アンタが……』

『――すまない』

『謝って欲しいんじゃない! 謝ったりなんかしないで!
しないでよぉ……うっ、うっ……』


 流石に止めようとしたメイアも、バーネットの涙には何も言えなくなった。

歯噛みする思いだった。今更あの事故がカイの責任ではない事くらい、誰でも理解している。

不幸な事故だった。本当に……偶然起きた、不幸な事故だったのだ……

だからこそ、その罪は神様でも裁けない。誰にも負傷させた彼を、彼を糾弾した彼女達を許す事は出来ない。


歯車は狂い続ける。どれほど調節してもまた狂うのだ――



『宇宙人さ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!』



 ――壊れた歯車が、元に戻らない限りは。

その声を聞いた瞬間、誰もが声を失った。何が起きたのか、誰も理解出来なかった。

茫然自失する皆に届くように、コホンと咳払いが一つ聞こえた。


『やれやれ……また検査が必要だというのに元気だな、君は』

『だってだって、怪我したディータを宇宙人さんがすごく心配してくれたんでしょう?
すごく迷惑かけちゃったから、ちゃんと謝らないといけないと思って……

宇宙人さん、ディータ元気になったよ!』

『赤髪、お前!?』

『ちょ、ちょっとアンタ!? まさか――記憶が戻ったの!?』


 全機体の通信画面に映っている、赤い髪の少女の笑顔――

頭に痛々しい包帯を巻いているが、その瞳には明確な意思が宿っている。

これまでの諍いを忘れて、カイとバーネットが画面越しに詰め寄ると、


『うわっ、宇宙人さんすごい怪我してる!? バ、バーネットもすごく顔色悪いよ!?
お医者さん、お医者さん! お願い、二人を診てあげて!!』


「「記憶喪失だった人間に心配なんかされたくないわ!!」」


 男女同時の罵声を浴びせられて、ディータ・リーベライは悲鳴を上げて逃げる。

……何という馬鹿馬鹿しい結末。心配していたのがあほらしくなるほど、彼女は何時もどおりだった。

自分達が今の今まで睨み合っていた事さえも、徒労に終わった。もう謝罪もクソも無いだろう――


『たく、何だあいつは……病人は寝てろっての』

『本当よ……いつもいつも能天気に生きてるから、記憶が飛ぶのよ。子供でも大人でも分からないじゃない』

『全くだ。ふっ――くっくっく』

『うふふ、あはははははは』


 大怪我に心神喪失、極限の疲労に襲われた身体で二人は身を震わせて笑う。

笑って、哂って、泣いて、啼いて……ただ、笑い続ける。

涙を滲ませて、二人は明るい表情を向け合って、元気よく笑った。


『ど、どうして二人とも、笑うの!? ディータ、何かしたかな? お医者さん』

『ああ、十分な働きを見せてくれたよ。私もようやく、自分の務めを果たすことが出来た。
……こんな充実感は生まれて初めてだ……君に感謝しよう』

『えっ、えっ!? 何でディータ、笑われたり、お礼を言われたりしているの!?
誰か教えて〜〜〜〜!!』


 無垢な少女は何も知らないまま、ただ首を傾げる。

そんな少年と少女達を目にして、大人は安堵の息を吐いてニル・ヴァーナに向けて操縦を行う。



何とかなる――何の根拠もないのに、心からそう思えた。





























<to be continued>







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