VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 13 "Road where we live"






Action2 −友軍−






 現在の戦況を正確に認識していたのはカイやマグノだけではない。

艱難辛苦を乗り越えてきた大人達、豊富な実戦経験を積んだ戦士達はきちんと把握していた。

絶望的な状況を前に選ぶ手段は人それぞれであり、生き方によって左右される。

同郷と異邦――男と女によっても当然異なる。この両者はまさに真逆だった。


『おいおい、通してもらえねえか? 先を急ぐんでね、御相手はまた今度ゆっくり務めさせてもらうぜ』

『生憎こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際、先の約束はしない事にしてるんだ』


 一方は国家が恐れる女海賊、一方は宇宙を渡り歩く男商人――

苛烈な火花散らす戦場を横目に、両艦が静かに対峙していた。

睨み合いにかける時間は当に無く、互いに切羽詰った戦況下に置かれている。

一切の余裕がない状況で、両者はそれでも余裕ありげな表情で通信越しに見つめ合っていた。


『……メラナスの嬢ちゃんとあの坊主の形見を送り届けてやったんだ、もう十分だろう。
手荒い応対にも目を瞑ってやったんだぜ、こっちは』

『手荒い真似はお互い様だろう。お前さんの商売で、ウチのクルーが迷惑被ったんだ。
迷惑料代わりでも足りないぐらいさ』

『やれやれ、がめつい連中だな……まだ毟ろうってのか?
商売繁盛は結構だが、時と場合を考えた方がいいぜ』


 ガスコーニュ・ラインガウにラバット、二人は立場は違えど同じ商売人であった。

ガスコーニュはマグノ海賊団内ではレジクルーの長として、ドレッドの兵装や物品をクルー達に手頃な価格で提供している。

同じ組織内であれど馴れ合いは無用、経済観念が無ければ文化的な集団生活は行えない。

ラバットは死の商人――宇宙を渡って地球側に情報を提供、刈り取りの手伝いではなくあくまで商品として売っている。

商売上の駆け引きは両者にとっては日常茶飯事、感情ではなく理と利で相手を攻めなければならない。


『アタシらは当分店仕舞いだね……商売なんぞ務まりはしないよ、今のままじゃ。
クルーもバラバラ、考えが分かれちまって分裂してる。
この家業はチームワークが命だ、たった一人が全体に影響を及ぼす場合もある』

『それが、あの小僧って訳か?』

『……』


 ラバットの皮肉な物言いに、ガスコーニュはデリ機の操縦席で長楊枝を揺らす。

出逢った当初は世間知らずの小鳥の囀りでしかなかったのに、鳥は何度叱られても延々と鳴き続けた。

やがては宇宙に翼を広げて、自分の歌声を広い世界に鳴り響かせている。

メラナスもその歌声りそうに共鳴――国家を動かす理想を、同じ屋根の下で聞いていた者に影響が出ない筈がなかった。

頭痛の種か、嬉しい誤算か。海賊旗揚げにも関わった女傑にも、その意味は見通せていない。


『――お頭やブザムは納得しないかもしれないが、アタシはアンタには個人的に感謝はしている。
ラバット、アンタが手を貸してくれなかったらカイは命を落としていた』

『過去形ってのが、俺は少々気に入らない。たく、何なんだあの小僧は。
死んだと確信していたんだが、当然のように帰って来やがった――

女には好かれるみたいだが、死神には嫌われるのかね。ああいう熱血正義場馬鹿は』

『あの世でもさぞ煩く喚いて、地獄の鬼をウンザリさせたんじゃないのかい?
他人事にも口挟んでくるからね、アタシらも本当にてこずらされたよ』


 ウンザリした口調だが、両者共に声色は穏やかであった。安堵していると言い切ってもいい。

焼け出されたコックピット――地球母艦との戦いで光に散ったパイロット。

誰もが死を想像させた数々の判断材料を物ともせず、少年は新しい機械に乗って戦場へと戻って来た。

絶望を色濃く感じさせる戦況での帰還、まさにミラクルヒーロー参上である。疲れ果てた仲間達の歓喜が目に見えるようだった。

本人には自覚は無いだろうが、狙ったようなこのタイミング――大人達も苦笑を禁じえない。


『それで――あの坊主を俺に助けろと言いたいのか?』

『話が早くて助かるよ。本来なら、アタシらが手を貸すべきなんだけどね……
こっちもこっちで今、逃げるだけでも精一杯なんだ。カイもそれを望んでいる。
ここであの子を助ける為に戻ったんじゃ、本末転倒ってもんさ。


今、この戦場で自由に動けるのは――アンタだけだ、ラバット』


 マグノ海賊団とメラナス軍、同盟を結んだ両陣営も大規模な刈り取り艦隊には勝てなかった。

旗色は悪く、戦況は悪化の一途を辿るばかり。生き永らえていたのは彼らの底力によるものだが、限界が見えていた。

勝てぬと知りながらも戦っていたのは、隠しきれない怒り。両軍を救った少年の死が、屈服を許さなかった。

義憤、敵討ち、復讐――人間的な感情、負の信念が命の灯火を燃やした。

略奪という名の業火に蹂躙されても、蛍のように小さくとも存在を主張していた。

その火を守る為に、少年もまた命を燃やしている。壁となって立ち塞がり、傷だらけになっても嵐のような攻撃から守り抜いている。

壁はどれほど強固でも、撃たれ続ければ崩れる。その時は既に迫りつつある。

手助けが必要なのだ、傷付いた壁を修繕する業者が!


『お断りだ、奴は商売にならん』

『商売にならないと知りながら、前は何故助けたんだい?』

『見込み違いだった。これ以上あの小僧と関わると、赤字が出ちまう。
損切りも出来なければ商売なんて成り立たねえ、アンタだって、そうだろう?


まさか人の命を切り捨てられないとか言わねえよな、海賊なら』


 ラバットの痛烈な皮肉にも、ガスコーニュは動じない。どれほどの非難罵声も、海賊であるならば当然の事だからだ。

理解を得られる家業ではない。理解を求める商売ではない。

他人よりも自分――そうでなければ、無関係な他者から略奪など行えない。生存競争を勝ち抜く覚悟が必要とされる。

だからこそ、彼女達は仲間を大事にする。心通じ合える人間が少ないからこそ、共に歩める人間は宝だ。

カイは仲間に該当する人間か? 違う。彼は立場的には敵、信念も何もかも通じ合えない。


――そんな自分達を、彼は何度も助けた。今も助けようとしている、血反吐を吐いて戦っている。


敵であるならば、勝たねばならない。自分達は今勝っていると言えるのか?

カイ・ピュアウインド――彼はもう、立派なマグノ海賊団の敵となった人物。国家が畏怖する組織と同格の存在なのだ。

何度も何度も救われてばかりでは、彼の好敵手たる資格も無い。


『やれやれ、義理人情というものを理解しない男だね』

『そんなもの、金にならん。それこそ最初に捨てなければならんだろう、お互いに』

『だったら、言い換えようか。
――人を見る目のない男だね、アンタは。

損と決め付けて、カイをこのまま切ればいずれ泣きを見るよ。手堅く生きるだけが人生じゃない。
損切りも大事だけど、時には損を前提にした先行投資も悪くないよ』

『致命傷をわざわざ負えってのか、俺に。既に勝負は見えているじゃねえか。
博打だって成立しないぜ、こんな敗戦では』

『アンタが今投資すれば、あの物件は持ち直す。
このままドブに捨てるには惜しい逸材だよ。死んでしまえば、全て終わりさ』


 商売で100%儲け続ける事は、現実には不可能である。損をすることは決して避けられない。

損を小さい内に留める事が出来れば、それはそれで正しい商売なのだ。

商売の上で決して犯してはならないのは、小さな損を大きな損にしてしまう事だ。

損を拡大させないように、損が小さな内に切らねばならない。


――地球との戦争は、既に敗北。マグノ海賊団は撤退を始めている。


ラバットが損切りしようとするのは、至極当然。素人目で見ても、敗北は明らかなのだ。

ガスコーニュに今必要とされるのは、情けに訴える事ではない。

カイに価値があると――この手厳しい商売人に認めさせなければならない。

レジ店長を長年務めるガスコーニュに、商売人としての隙はない。みだりに感情に問い掛けず、冷静に交渉を続ける。


『逸材、大いに結構。あんたの見る目が曇ってなければ、の話だがな……
あの坊主は誰がどう見ても死に掛けだ。俺が助けなければ死ぬなんざ、話にもならねえ。

正義は大いに結構だが、自己満足は一人で勝手にやってくれ。俺までこれ以上引きずり込まれるのは御免だ』

『だったら、見切りをつけておくれ。アタシが遠慮なく貰っておく。
言っておくけどね……アンタを止めたのは、アタシなりの親切なんだよ』

『どういう意味だ?』

『人助けを強要していない。儲け話に一口乗らないかと、こちらから持ち掛けているのさ。
アタシはあの子に賭ける――本当、情けない話だけどようやく決断出来た。

あの奇跡のオンパレード、決して偶然じゃない。あの子が大いに絡んでいる。

文字通り、目が覚めた気分さ。久しぶりに心が弾んじまったよ。
アンタも分かっている筈だ、いい加減見え見えの駆け引きはやめたらどうだい……?』

『ちっ――食えねえ女だな』


 ニル・ヴァーナの復活、クルー達の回復――紅と蒼の光を放つ、黄金の機体。

その全てを魅せられたラバットは、正直胸が震えた。現実味の無い夢物語を見ている気分だった。

そう、華が開いたのだ。


金のなる木と見込んだ種が芽を出し――遂に、この宇宙に大輪を咲かせた。


拍手でもしてやりたい気分だった。普通ならありえない事が、今現実に起きている。

もはや、間違いない。自分が探し求めていたものが、確かな形で姿を表したのだ。

自分の助けた少年が、期待以上の価値を出した――商売人として、これほどの喜びは無い。


『あわよくば、アタシらにも恩を売る腹だったんだろう。抜け目の無い男だね。
アタシが止めに来なければどうするつもりだったんだい?』

『俺の価値が分かるのなら、しがみ付いてでも取引に来る。
来なければ、それこそ見る目のない人間――ガラクタは損切りして、とっとと自分だけ儲けるさ。

元々奴には貸しがあるからな、死なれたらそれこそ大損だ』

『こんな戦場で駆け引きとは恐れ入るよ』

『フン、アンタだって同じだろう。商売人ってのは、どいつもこいつもイカれてやがる』


 取引は成立、書面の無い契約が結ばれた。互いに利のある交渉、約束事項は必要ない。

契約の中心人物は何も知らずに戦い続けている。それを滑稽というべきかどうかは、当人達次第だろう。

ガスコーニュも、ラバットも、この土壇場でヘマをするような甘い人間ではない。

彼らこそこのような戦場で駆け引きを繰り広げてきた、商売の玄人なのだ。プロに油断は無い。


『カイの事は――頼んだよ。こっちも出来る限りの事はする』

『おうよ、大事な商売品を壊したりはしねえ。安心して頼まれてくれ』


 利益で成り立つ契約もあれば、契約から生まれる信頼もある。

人間としての情ではなく冷静な商売の視点で、彼らは価値を認め合った。

価値があると知れば、契約履行を求めるのが商売人としての性。金を握り合って、固く握手する。


『それに、商売抜きでも奴は助けねえといけねえ。相棒がうるさく騒いでいてな――』

『ふふ、皮肉なもんだね。知能の高い商売人より、本能で動く動物の方がよほど人間が出来ている』

『おいおい、相棒はこれでも優秀なんだぜ? なあ、ウータン』


   ガスコーニュはモニターを見て、太い笑みを浮かべる。

画面越しには、辣腕の商売人の袖を忙しなく引っ張る毛の生えた腕が見えていた。


ラバットの相棒、オランウータンの雌――マレー語で「森の住人」という名を持つ動物、ウータンであった。















「――なるほど、それでアンタが……人助けする柄じゃ、ねえしな……」

『おいおい、助けてやったのにその言い草はねえだろ。頭下げて感謝してほしいぐらいだ。


――もっとも、今では頭を上げるのも辛そうだがな』


 コックピットに突っ伏しているパイロット、カイ。彼は大きな疲労と怪我で動けなくなっていた。

戦闘中での負傷は何も珍しくはないが、戦えないのは致命的。もう少しで命を落としていた。

その事実を痛いほど認識するカイは、大きな息を吐いて礼を言う。


「ありがとうな、ウータン。本当に助かったよ」

『キキッ! ウッシッシ〜!』


 怒涛の弾幕を放ったものとは思えないほど、愛嬌に満ちた顔でウータンは手を振る。

動物でも容易く扱える機体は精密で、ウータンの動きに従って人型兵器も賑やかに喜びを表現していた。

この愛くるしい機体が、悪魔のような攻撃の連続で多くの無人兵器を吹き飛ばした。

お陰でカイ機の周辺に群がっていた敵は消し飛び、影も形も残っていない。


『俺には何の礼も無いとは、捻くれたガキだぜ。頭の痛い出費だったつーのに』

「……アンタがそこまで嘆くとはよっぽどなんだな、ウータンの攻撃は」

『気分に任せて撃つまくるからな、相棒は。よっぽどスカッとするのか、破壊の味を覚えやがった。
毎回毎回空になるまで攻撃するから、敵を倒しても大損だよ』

「優秀なパイロットだとは思うけどな……」


 二人揃って大きな溜め息。雌と女、どの種族であれ悩まされるのは男なのだ。

立場も理念も何もかも違うが、二人は今同じ悩みで打ち解けている。

何も知らない女性達は、男の事情など省みもせず今も戦っている。


『機会はやった、後はてめえ次第だ。これ以上戦うなら、俺はとっとと引き上げさせてもらうぜ。
あの姉ちゃんにも言ったが、巻き込まれるのは本当に御免だ』

「商売相手に攻撃は出来ないってか……?」

『おうともよ。義理立てする相手でもねえけどな』


 カイとしては嫌味を言ったつもりだが、ラバットはケロッとしている。動じるような相手ではない。

改めて感じさせられる手強さに、カイは怪我以外の原因で疲労を感じた。

信頼は出来ないが、信用できる相手は厄介だ。情を寄せるべきかどうか、悩む。


ただ――今だけはやりこめる事は出来そうだ。


「確かに商売相手としては不適格だな。
どうやら、アンタも一緒に殺す機満々のようだぜ……?」

『何だと――くそ、契約の不履行に罰則を加えるべきだったか』


 ウータンが殲滅したのは無人兵器の群れ、一山幾らの雑魚ばかり。

本命がまっしぐらに向かってくるのを見て、ラバットは大きく舌打ちする。


三体のヴァンドレッドシリーズ――


カイにラバット、そしてウータン。

商売で結ばれた契約チームに、交渉が通じない問答無用の敵が襲い掛かった。





























<to be continued>







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