VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action14 −消沈−
衝撃の展開とはよく言ったものだと、渦中にて男は内心一人ごちる。
転地を揺さぶる船の悲鳴と、死んだ少年からの一方的な処刑宣告――
本腰を入れ始めた敵の動きを察して、長年修羅場を潜った男は体勢を立て直す。
立ち去る間際に起きた衝撃以降船は急速に傾いており、急速にバランスを失っている。
グズグズしていられない、この船は間もなく沈む。
一刻も早く避難しなければ自分の命が危なくなる。
男に戦う力はあれど、この船と船員の為に戦う義理はまるでなかった。
彼の本質は戦士ではなく――商人なのだから。
「どうやらやっこさん、連中を相当ビビらせたようだな。お前らの急所を突いてきやがった。
お前らから聞いた情報を売り込むまでもなかったな」
ペークシスプラグマを積んだ戦艦ニル・ヴァーナに訪れた異邦人、ラバット。
お世辞にも友好的とは言えない関係であるこの融合戦艦に立ち寄ったのは、遺品を届ける為。
カイ・ピュアウインドの生きた証と、命懸けで守り抜いた姫君――
人情を重んじる性格ではないが、多少なりとも気心の知れた人間との最後の約束となれば反故にするのも後味が悪い。
実に愚かだが、他人の為に壮絶な死を遂げた少年。
真似をしたくもない生き方だが、決して嫌いな部類ではない。
男なら誰もが一度は描くヒーロー像――死は人間を過剰に演出し、英雄を伝説にする。
ラバットにとって敢えて言えば苦手な部類なのだ、ああいう真っ当な人間は。
・・・・・・少なくとも生まれ育った国に教え込まれた事を鵜呑みにして、仲間を殺し殺されたこの船の連中よりは。
仲間割れの末に誤殺、つくづく救えない。
遺品を届けに来た時から殺伐とした空気は感じていたが、これほどまでに笑えない結末とは。
ニル・ヴァーナに置かれた事情を聞き出したラバットは、天を仰ぎ見て嘆息する。
「・・・・・・。カイは、本当に死んだのか・・・・・・?」
「間違いねえよ」
ニル・ヴァーナ元タラーク軍艦の監房にて、閉じこもったままの面々。
既にレーザービームは消失した殺風景な牢屋に、重苦しい空気が漂っている。
複数ある監房の一つ――以前は自室として扱っていた白衣の男性が顔を上げる。
・・・・・・知性に引き締まった顔に漂う、色濃い憔悴。
虚脱状態に陥った状態で、身なりも酷く薄汚れている。
埃を被った長髪に隠れた瞳に、感情らしきものさえ映し出されていない。
「でっけえ母艦道連れに特攻、自爆しやがったんだろうよ。奴が持ってた兵器で。
残ったのは焼け落ちたコックピットの残骸だけ。パイロットは骨すら残らなかった」
何度聞いても事実は決して変わらず、一字一句違わない訃報は重く応えた。
次々と押し寄せる危難に必死で立ち向かった二人が死に、何も出来なかった者が生き残るとは何という皮肉か。
ニル・ヴァーナの最後の男、ドゥエロ・マクファイルに残された感情は虚無に等しい絶望だった。
感情豊かで不器用な二人、カイ・ピュアウインドとバート・ガルサス。
自分を明るく励ましてくれた憎めない操舵手は、仲間を庇って銃殺。
理念無き自分に力強い正義を見せてくれた戦士もまた、出逢った人達を守り抜いてこの世を去った。
かくも偉大な男達――自分にとって生まれて初めての、友人達。
故郷ではエリートだのと褒め称えられても、所詮は無力。
命を救う医者としてこの船に就きながら、かけがえのない友達すら救えなかった――
「グス……パイ達が意地悪ばっかりしたから、カイもバートも死んじゃったんだね……ヒクッ。
もう謝る事も、仲良くすることも出来ないなんて――あんまりだよぉ」
ラバットが解放した監房の中に座り込み、ただ泣き続ける少女。
全ての真実を知り、世界の裏側を知り、迫り来る脅威を感じ、立ち上がる力さえも出ない。
胸に巣食う苦しみはどれほど感情を吐き出しても重く、涙を流しても悲しみは消えない。
二度と会えない事実だけが、幼い看護婦をただ苦しめていた。
「命ってのは一つしかねえからこそ価値があるんだぜ、嬢ちゃん。
だからこそ救う側は責任を持たなければいけねえ。今の気持ちを大事にしな」
所詮見知った程度の関係、不憫に思う気持ちは無くとも去り際の情けは持ち合わせている。
看護婦のパイウェイに、気遣いには満たない言葉をラバットは投げかけた。
真摯にも聞こえるこの言葉をどう受け止めたのか、俯いたままの少女は何も語らない。
「――カイは最後、どういう様子だった?」
「あん?」
美しくもか細い声で問い質されたラバットは、立ち去ろうとする足を止める。
振り返りはしない。仕事の延長時間は当の昔に過ぎ去っている。
これ以上の長居はきっと、気持ちの悪い未練となってしまうから。
「お前に少女を託した時の事だ。カイはきっと――自分の死を覚悟していた筈だ。
最後の最後――夢を叶えられない無念を、無慈悲に追い立てられた怒りを、どのような言葉で語っていた?」
最後まで戦った半年間のパイロットの意思を、熟練のチームリーダーが静かに尋ねる。
狂えるような後悔は疲労と共に消えて、幼い頃蒼き妖精と称えられた美貌は能面となっていた。
ラバットは足を止めたまま、野太い顔立ちを僅かに渋る。
これもまた未練というのであれば、やはり関わり合うべきではなかったかもしれない。
「『大切な人達を見捨ててまで、俺は生きていたくない』」
「!」
「そう言ってたぜ、あいつは。自分がやべえってのに……最高にバカだぜ……」
「……ああ、そうだとも。
奴が馬鹿な事くらい――私が一番、よく知っている!!」
自分の髪を乱暴に掻き毟り、メイアは見栄も外聞も関係なく感情を吐露した。
肌身離さずだった愛用の髪飾りが床に転がるが、見向きもしない。
悔しく腹立たしく、信じられないほどに悲しい。
カイもバートも大切な人を守る為に、自分の命を盾にした。その行為は確かに貴く、麗しい。美徳だ。
けれど……守られた者の気持ちはどうなる?
死んでまで守って欲しくないと思う事は罪なのか。
無力な自分は守られた事に文句をいう事さえ許されないと言うのか。
「お前達を生きて欲しかったと思う、私のこの気持ちさえ許されないのか!」
罪に満たされた過去により、未来に渡って凍らせていた感情。
他者への依存を拒んだ少女が他者に救われ、閉ざした心を開いて在るがままを見せ付ける。
最早死んでしまった人達へ、未来永劫届かぬ本心を――
「――戦おう、メイア」
「パルフェ……?」
頬を冷たく濡らすメイアに、差し伸べられる手。
機械作業の名残で油に汚れているが、頬を優しく拭うその手は暖かい。
ツナギ姿の機関長パルフェ・バルブレア――トレードマークの眼鏡を自ら外し、その曇り無き瞳で仲間を見つめる。
「あたし達は海賊だよ。何もかも奪われたままじゃ、収まらないでしょう。
全部あたしがメンテしてあげるから――全部奪い返して来て」
茫然とするメイアの表情が映る瞳が、不意に歪む。
長年共にやってきた仲間の初めての瞳はとても綺麗で……涙さえも純粋に光っている。
メイアの両手を握り締めて、パルフェは声を震わせる。
「友達だったの……誰が何と言おうと、カイもバートもあたしの友達だったの!
仇を討って、メイア。お願い……お願いだから!
メイアの居場所は――この船は、あたしが守るからさ」
壊滅しかけているドレッドチーム、沈没間際のニル・ヴァーナ。
どちらも今から救うには難関の極み、希望なんて欠片も残っていない。
全てが上手くいっても死んだ人間は帰って来ず、ただ後悔だけが残る。
救われない戦い、結末が確定している未来――虚しき戦いの決起。
「……頼まれるまでもない。敵を倒すのが、私の仕事だ。
我々を――マグノ海賊団を敵に回した事を後悔させてやる。
所詮、もう許されぬ身だ……せめて敵を倒さなければ、死んだ二人に申し訳が立たない」
メイア・ギズボーンはこの瞬間、自分を完全に捨てた。
一度捨てた人生を拾われた恩を胸に、やり直す筈だった現実すら放り出す。
未来なんて必要ない。あの素晴らしき男達のいない人生に、何の価値もない。
救われたこの命を武器に、全て吐き出し空っぽになった心だけを持って、戦うのみ。
パイウェイも静かに頷く。最早、迷いも悲しみも微塵もない。
奴らの希望(キモ)を奪い、食らい尽くそう。
その姿はまるでタラークの男達が恐れた悪鬼羅刹の如く――
復讐の焔を燃やす二人の形相に、ラバットさえも固唾を呑んだ。
「おいおい。盛り上がるのはいいが、いい加減逃げねえと――おっ!?」
「! これは……うわっ!」
急激に傾きつつあった船が再度の衝撃と共に、折れ曲がる。
頑丈な監房も床から壁、天井に至るまで亀裂が生じて爆ぜ割れた。
洗面所の水道管は破裂して水飛沫が飛び跳ね、瓦礫が天井から雪崩のように降り注ぐ。
ラバットは即座に出口へ離脱、戦場を渡り歩いたメイアも機敏な行動でパルフェの手を繋いで走り出た。
「っう、嘘――あきゃああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「パイ、早くこっちに!?」
「パイウェイ、私の手に掴まれ!」
ほぼ垂直に近く傾いた床に巻き込まれて、小柄な体格のパイウェイが奥へ転がっていく。
監房の奥は行き止まり――地獄の閉鎖空間。愛用のカエルのように潰される。
必死で立ち上がろうとするが、ついた勢いは止まらない。
全身を殴打しながら転がり続けていく少女に、メイアやパルフェが差し伸べた手は届かない。
なす術も無く、水や土砂が荒れ狂う奈落へと落ちて――
「――私の手に掴まれ、パイウェイ!」
「ドクター!?」
監房から突如差し伸べられた手を、無我夢中で掴むパイウェイ。
バランスを失った艦の中で宙吊りに等しい状態だが、その大きな手にパイウェイは安心を覚える。
この半年間、一緒に仕事をした人の手だから。
「ドクター。怖かったよ……ううっ……」
「君は私の大切な助手だからな。死なれたら困る」
「うん、ありがとう。ドク……わあああああーーーーーーーー!?」
心からのお礼を述べようとしたその時、パイウェイの視界が急速にブレる。
自分が思いっきり投げられたのだと知ったのは、出入り口でラバットに受け止められてからだった。
事態は既に、起きてしまった。
もはや――取戻しはきかない。
「あいたた……何なのよ、もう……可愛い助手は大事に扱ってよ、ドクター!
えっ……ド、ドクター……?」
巨大戦艦を揺るがした怒号は、不気味に静まり返っていた。
船のバランスは急激に傾いた影響は残っているが、少しずつ安定を取り戻しつつある。
ただし、一度壊れた物は簡単には直らない。
監房は半壊……少女を救出した医者は奥に倒れこんでいる。
鍛えられた身体が――瓦礫の波に半ば飲み込まれたままで。
「ドクター……ドクター! まさか、パイの代わりに!?」
「よせ、嬢ちゃん! 今飛び込んだら、お前さんまで巻き込まれるぞ!!」
落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、予断を許さない状況。
破裂した水道管は水を噴出したままで、縦横無尽に走る亀裂が今にも監房を崩そうとしている。
このまま救助に飛び込むのは、心中するのと変わらない。
加えてドゥエロの身体に重く圧し掛かる瓦礫――軍人として鍛えられた身体でも、取り除くのは至難の業だった。
「……い、け……、私は、もう……ぐっ……」
「嫌だ、そんなの嫌だよドクター! 今助けるから、絶対の絶対に助けるから!」
「駄目だ!!」
力を失いつつあるドゥエロの一喝が、無謀な少女の足を止める。
パイウェイの幼くも賢い頭が、状況から導き出される答えを明確に出していた。
ドゥエロを救う可能性はもう……
「アンタ、ドクターを助けてあげてよ! ねえ、パルフェ、メイア!!
おねがい……おねがいだから、ドクターを助けて!!」
必死で懇願する。何度も、何度も、今まで簡単に下げなかった頭を下げて。
助けてくれるのなら何でもする。今度こそルールも守る、大人しく言う事を聞く。真面目に仕事をする。
どんな事だってする――だから!!
少女の必死の願いに……大人達は苦渋の表情を浮かべるだけ。
これほどまでに現実を見せ付けられて、どう立ち向かえというのか。
味わされ続けた絶望に限界は無く、奈落は更に奥深い。
覗けば覗くほど、立ち向かう精神を……生きる気力を飲み込んでいく。
「何でよ……何で助けたのよ、ドクター! 自分が危ないって分かってて、何で!!」
パイウェイは涙で顔をクシャクシャにしたまま、監房の奥に向かって叫んだ。
分かりきった話である。
ドゥエロの卓越した身体能力なら、咄嗟の災害でも機敏に対応出来た。
逃げ出せた筈の彼が巻き込まれたのは――パイウェイを助けた事に、他ならない。
「大切な人達を見捨ててまで、私は生きていたくない」
「――!?」
「フフ……どう、やら、私も……彼らと同じだった、ようだ……
こんな事に今になって、気付くなんて――とんだ、愚か者だよ私は」
「そんな事ない――そんな事ないよ!?
ドクターは、ドクターは……う、う……!」
ああ、自分はどうしてこんなにも子供なのか!
瓦礫に埋もれて苦しげに呻く彼に、何の言葉もかけられない。
こんなにも感謝しているのに――こんなにも、好きになっていたのに!
大切な言葉が、大切な時に出てこないなんて!!
悲しみに喘ぐ看護婦に、死に面した医師が穏やかに述べる。
今まで見せる事の無かった――心からの微笑みで。
「君が助手で……良かった。本当にありがとう、パイ、ウェイ。君は、生きて――」
――刹那の別れさえ許さない、残酷な瞬間。
牢獄が瓦礫と共に崩れて、出入り口を容赦なく閉ざした。
少女の絶叫は瓦礫に遮られて、中にまで届くことは無かった。
永遠に、届く事はない。
「ドクタァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!」
<to be continued>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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