VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action12 −好敵手−








 ――事の始まりは数日前、ニル・ヴァーナの問題児カイ・ピュアウインドが起こした事故から始まった。

男女共同生活が始まって半年、数々の騒動で軋み続けていた男女の関係が事故の衝撃で完全に亀裂が生じる。

新人パイロットであるディータ・リーベライの負傷――外傷は頭部、脳に至る傷により記憶回路が故障。幼児退行を引き起こす。

偶発的事故は必然的な不和を生み、カイとマグノ海賊団との間に不穏な空気。平和に埋もれつつあった疑心の種が、再び芽吹く。

亀裂が走った男女関係を完全に破壊したのは、ディータ・リーベライの親友パイウェイと友人のセルティック。

カイが匿っていた密航者の存在が明るみに出て、半年間で歩み寄りつつあった両者の関係は破綻。


――個人的感想だが、密航者の存在は本当に予想外。疑心の芽から花を咲かせた自分だが、あの男に弱点があったとは。


何はともあれカイ・ピュアウインドは幽閉。結局脱獄後ニル・ヴァーナからの逃走を図ったが、考慮に値しない。

過激派は男の撲滅を掲げているが、問題外。男の存在そのものは無関心。

自分の本当の敵は――カイ・ピュア・ウインドただ一人。

信頼回復は不可能。男女の同盟はドレッドチームとの徹底抗戦により、完全に破綻。あの男の理想は完璧に崩壊。

ディータの記憶退行が気懸かりだが、概ね順調に終えた排除に失礼ながら満足した。


――刈り取りの存在が無ければ。


ペークシスの暴走により宇宙の彼方へ転移、故郷を目指す自分達を脅かす謎の無人兵器。

驚異的な科学力と無尽蔵の生産力で生み出された兵器の数々が自分達の生活を脅かし、故郷に残る居場所を奪おうとしている。

故郷への安全な旅と故郷の平和を目標に生み出された、男と女の同盟――

他の反対派はいざ知らず、自分は同盟発足の意味を忘れた訳では決してない。

故郷から追い出された大勢の人間を率いて、海賊を結成した女傑マグノ・ビバンの決断だ。お頭の意思は尊重せねばならない。

人間とは学ぶ生物、成長の糧は経験、生きる為の知恵は教科書に勝る。自分の心を磨かなければ、真ある美はありえない。

男が価値ある生物なのかは今後検討の必要はあるが、カイ・ピュアウインドの価値は半年間で理解出来ている。

反対派・賛成派等という派閥がマグノ海賊団を二つに分けているのが最たる証拠。

彼が育んだ信頼関係は、彼が女であれば尊敬していた。能力的な面の不測はあるが、リーダー候補には推薦出来る。


そんな彼を排除した事で生まれる損失の大きさは理解していたつもりだが――どうやら自分も大甘だったようだ。


運の悪さも災いしていたが、自分も含めてマグノ海賊団は予想以上に腐っていたようだ。

幹部クラスの半数がカイと共に行方不明、これはまだ予想範囲。

問題はバート・ガルサスの射殺――敵に位置する人間に心からの同情を、味方に位置する人間に醜い怒りを覚えた。

名前を含めて生活や思考は凡庸な男だが、操舵手としてのバート・ガルサスの存在価値は大きい。

カイ・ピュアウインドがヴァンドレッドを生み出す男なら、バート・ガルサスはニル・ヴァーナを動かせる人間。

戦力としてはカイの排除で大幅に減少したが、バートの可能性が十分に補えると考えていたのだ。

皆は彼の存在を軽く考えているようだが、自分は断じてそうは思わない。軽視などありえない。

ニル・ヴァーナを動かせるという事は――「ペークシス・プラグマ」に干渉出来るという事に繋がる。

何故ならニル・ヴァーナの動力源がペークシス、融合戦艦及びヴァンドレッドを生み出した謎の結晶体なのだから。

故人の話を人づてに聞けば、彼はブリッジのクリスタル空間で操舵を行っていたのだと言う。

クリスタル空間内の情報が不足しているので分析は不可能だが、ニル・ヴァーナのシステムに干渉しているのは間違いない。

ならば、ヴァンドレッドを生み出すのは不可能でも――


――このニル・ヴァーナの「改良」を行える可能性は大いにある。


具体例は、ペークシスの暴走に巻き込まれたカイ機及びドレッド三機の飛躍的な強化。

ヴァンガードやドレッドの改造が可能ならば、戦艦の改造も決して不可能ではない。

事実形式や材質の異なる二つの船を融合して、新しい船を生み出したのだ――可能性は無限大といっていい。

ペークシス・プラグマは無限の力を生み出す結晶、シールドの強化や武装概念を生み出す事さえ出来るかもしれない。

今まで出来なかったのは、バート・ガルサス本人が可能性そのものを否定していた為。

「何となく」で動いたので、毎日「何となく」動かしている――彼の怠惰な生き方、その場しのぎの操縦が進化を拒否している。

自分は専門外なので口出しは避けたが、彼はカイに代わる貴重な存在だったのだ。優れたドクターであるドゥエロ以上に。

その彼が死んだ、自分と同じ反対派の過剰な手段によって。愚かにも、馬鹿馬鹿しくも。

可能性は詰まれた瞬間、未来も急激に閉ざされた。


そして――カイ・ピュアウインドの戦死が、自分さえも見失う結果となった。


「最っ低ですわ・・・・・・死んでもまだ、わたくしに迷惑をかけるなんて――」


 ニルヴァーナ艦内メジェール母船側遊楽施設、エステルーム。

過酷な海賊業務は女の肌の敵、健康と美容を守る施設に今責任者を除いて誰も居ない。

現在第一次警戒態勢かつ緊急事態による各施設内の閉鎖で、エステクルーを含めて避難している。


エステルームの総責任者、ミレル・ブランデール。生粋のメジェール思想者で、知と美に通じる才女。


華やかな容貌を苦渋に歪ませて、彼女はエステルームの通信機器の前で座り込んでいる。

先程から必死で頭を働かせているが、有望な案は何一つ出てこない。

考えれば考えるほどここ数日間の出来事や当時感じた想いが頭を揺さぶり――少年の死がどうしようもない程、心を波立たせる。


「ドレッドチームは何をしていますの!? お頭は、副長は――他の幹部達まで何もせずに!
他の星の人間の力まで借りてますのに・・・・・・何故!」


 マグノ海賊団は屈強な組織、これまでどれほど過酷な状況に追い詰められようと勝利してきた。

国家が手出し出来ない誇りある海賊団にまで成り上がったのは、絶望を味わった自分達の努力が実を結んだからだ。

人間の美しさは、生まれ持ったものだけでは成立しない。

一度や二度穢れようと、外と内を磨く努力を最大限行って初めて綺麗になれる――

自分の信念を実現すべく、エステという概念を海賊に取り入れてここまでやって来たのだ。

自分という器を磨く最大の要素である「好敵手」に足る人間まで現れて――人生は変わりつつあった。なのに、何故?


「・・・・・・どうして・・・・・・死んでしまったんですの・・・・・・? 諦めの悪さが取り柄でしょうに」


 刈り取りの正体は地球――強力な母艦が引き連れた大規模艦隊との死闘。

ドレッドチームとメラナス軍がカイ達男三人に代わる新たな同盟を結び、現在戦っているが苦戦の連続。

挙句の果てにカイ機のニセモノまで登場して、ニル・ヴァーナを真っ二つに引き裂いた。

お陰で通信機器はほぼ全滅、ネットワークは分断されて、施設間の連携まで絶たれた。

メジェール母船側はエステルームやイベント準備室、カフェテリアやクリーニングルームといった生活施設が多数。

司令塔のメインブリッジや警備員室、格納庫やレジ施設は分断された男側の軍艦に移設されている。

動力源のペークシスがある事も要因の一つだが、未使用区域を生かして危険な武装類及びセキュリティ施設は海賊船より移している。


――つまり今分断されたメジェール母船側はほぼ全域が生活区域であり、非戦闘員しかいない。


無論警備クルーが何人も居るが、戦闘に耐えられる施設があるのは全て向こう側。

今此処を無人兵器が襲撃すれば、防衛する手段がない。

そして本当に――本当に皮肉な話だが、今こちら側に居る人間の大半は反対派。男の存在を否認してきた者達だ。

当然といえば、当然の話――

最前線で一緒に戦えば、カイやバート達の人格を含めた個人の価値を知れる。気心や信頼だって生まれる。

地球人の影に怯えて隠れ、マグノやブザムのような幹部達に守られて来た人間こそが、安全な隠れ蓑の中で陰口を叩いていたのだ。

それを陰湿と笑うのも不憫。彼女達もまた故郷の教えに従った者達であり、一般人に近しい。

彼女達には彼女達の仕事があり、表舞台に立たずともこの船を支えてきた実績は確かにあるのだ。

もしかすると――その実績こそが、要らぬ自信を与えていたのかもしれない。

そんなクルー達をひとまず避難はさせたが・・・・・・ミレル・ブランデールは何も出来ないまま、頭を抱えていた。


「わたくしは、逃げませんわよ――此処が、わたくしの戦場ですもの・・・・・・」


 彼女とて才あれど一般人、恐怖も迷いもある。生への未練は山ほど残している。

華の二十代で若くして死ぬなど堪えられない――臓器を刈り取られるなら尚更。

それでも、彼女は決してこの場を離れない。離れられようものか。


『――抗う者ノ行く末は――』

「――っ、ふふふ・・・・・・どこまでも女を馬鹿にしてくれますわね・・・・・・」


 物理的に切断された通信回線からの、突如の宣告。

最初は緊急時の回線が開いたのかと思えば、伝えられたのは救いの女神ではなく死神の声。

無慈悲な宣告は一方的な虐殺と、抵抗の無意味を如実に語っていた。

自分の最もよく知る――憎たらしい男の声で。

宇宙空間に墜落し続けるメジェール船の施設で、ひび割れた天井に向かって――震える女が気丈に叫んだ。


『――消滅アルノミ――』

「貴方には絶対に負けませんわ、カイ・ピュアウインド!」


 カイの声ではないことは、自分が一番よく知っている。

ライバルこそが、この世で一番の理解者なのだから。

だからこそ、迷わず彼女の美意識が誇り高く伝える――自分が敵だと、徹底的に抗うと。


例え相手が死んでも、自分が死んでも負けない――その死すら汚したこの敵を、断じて許さない。


  彼女に戦う武器はない。自分を、血で汚したりはしない。

どれほどみっともなく震えても、敵母艦相手に最後まで立ち向かった少年の声を前に退いたりしない。

何が起きようと、自分の戦場から逃げない――ちっぽけであれど、意地と見栄が世界を変える事を少年も女性も知っていた。

彼女は美の探究者。身体も心も美しく、誇りあれ。

ただ耐え忍び、優雅に振舞うだけ。

ミレル・ブランデール、彼女がカイの味方となる事は未来永劫ないだろう。


それでも隣に立つ事くらいは許しますから――帰って来なさい。


死ぬまで逃げなかったカイと同じく、彼女もまた最後まで職場は離れない。

それで死んだとしても、対等になる。

――此処に一人、美しき勝者が生まれた。

彼女は決してこの場を動かないことを、固く誓って――


「きゃっ!? な、何事ですか!? わたくしは決して逃げたり――」

「よっ」


 本人の気高き誓いなど無視して髪の毛にぶら下がる、まんまるほっぺの女の子。
カイの生が世界の何かに影響を及ぼしたのだとすれば、ライバルたるマグノ海賊団の影響もまた大きい。



かくして、タラーク・メジェール両国を震撼せしめた乙女達の抵抗が始まった。





























<to be continued>







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