VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action10 −主の祈り−






天にまします我らの父よ。

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、

地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、

我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みに会わせず、

悪より救いいだしたまえ。

国と力と栄えとは、

限りなく汝のものなればなり。



アーメン。



―The Load's Prayer―















――世界は、一つだった。

何処までも純粋に、一切の異物を交えず、唯一無二の美しさ。

疑問の一切を挟まず、無感情に。

内に秘める可能性は無限大――広く大きく気高く、存在していた。


透き通った水面に波紋を呼んだのは、脆弱かつ未成熟な感情――


「全」に埋もれている「個」、たった一つの個体が理不尽だと叫んでいる。

悠久に保たれている世界に異論を挟み、懸命に抗う姿勢を見せていた。

世界は何も認識しない、何一つ感じ入る事も無い。

個体の持つ感情は誰もが一度は抱く感情、いずれ埋もれて消えるちっぽけな想い。

特別でも何でもない小さな心の叫びが、眠れる世界を動かした。

――どれほどまでに矮小であれど、個体を認識してしまったのだ。


瞬間、世界は平等ではなくなった。


周りの環境、他の動植物と異なっている事を知覚。

他の生命との関連性を見出そうとして、世界は――何者かの自覚を持ち始めた。

世界が抱いた疑問は、ただ一つだけ。


貴方は、誰ですか――?


自己意識を持ち始めた世界は、相手への関心を抱いた。

「個」をどこまでも純粋に見つめ続けた「全」は、「個」にとって「全」とは何であるか疑問を抱く。

「全」とはいったい何か、「個」はいったいどういう存在か――問い始める。


世界は問う。貴方は、誰ですか?

「個」は答えなかった。

――自分とは何か、「個」もまた常に問い続けていた。


興味を抱くには「個」はあまりに小さく、「全」はあまりに大き過ぎた。

「全」はその小さな可能性を追い続けて、「全」は「個」となる。

「個」を見つめる「全」なる存在にして――「個」を観測する「世界」。

己を見つめる「全」を「個」もまた認識して、「個」は「全」を愛した。


己が中に在りし美しき世界の一部――「ソラ」を与えた。


「全」にして「個」、唯一にして純然たる存在の名は「ソラ」。

「ソラ」を抱く「個」は一つの小さな生命。

生命の御名は人間、満天に輝く星空の小粒の如き光点――カイ・ピュアウインド。

平凡な少年を見つめ続けた世界は、想いを寄せる少女となった。

少年を観測しようとした少女は、やがて自分自身をも見つめ始めた。

理解したいという気持ちこそが、自分自身への問いに繋がる。

分かりたいと願い自己意識が、自分の存在を見いだそうとする。


一つの世界は他者と自分への疑問から、理性と本能――二つに分かれる。


少年は善と悪の心を持つ人間、観測者にとって世界の分裂は必須事項だったのかもしれない。

世界は二つに分かれ、善なる理性と悪しき本能に染まる。

それは自己自身を知ろうとする行為がもたらず結末――己が望む存在になり得ないのもまた、世界の一面。

少年は負の断片に触れて、己が心の醜さを知る。


――少年は世界をまた受け入れて、その心に「ユメ」の名を与える。


人間が拒む可能性の否定すら、少年は悲しくも受け入れた。

否定され続けていた世界は初めて受け入れられて――少年の為の世界、ただ一人の少女となった。

理性と、本能の少女。

観測する瞳に特別な想いを乗せて、差し伸べられた手を嬉しげに掴んで。

その感情が何かを知る事さえなく、世界は少年を知り――人間への興味へと広げていった。

「個」となった「全」が「個」を見つめ、「個」から「全」へ意識を向け始める。

大いなる可能性が翼となりて、麗しく翼を広げ始めたその瞬間――世界は、思い知った。


世界は等しく平等で、人間はどこまでもちっぽけであると――


祝福をもたらすのが世界であるならば、破滅をもたらすのもまた世界。

世界が平等ではなくなった瞬間、幸福と不幸の天秤は傾いてしまった。

そして、思い知るのだ。



――大切なモノは、失って気付くのだと。



『――あの人達、負けるよ。皆、死んじゃうよ。ソラのやる事なんて無意味だよ』

『そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。私はただ、マスターの意思に従います』

『意思って何? ますたぁーはもう、褒めてくれないよ』

『・・・・・・』


 禁断の果物を口にして、エデンを追われたアダムとイブ。

知恵を身に付けたがゆえに、自らが裸であることを、神から隠れてしまった者達――

人間を知ってしまった彼女達はもう、決して世界には戻れない。


『・・・・・・もういいよ、やめちゃおう・・・・・・人間なんて――』

『マスターは人間を愛していました。彼女達が誰であろうと、最後まで守り続けたのです』

『いいかげんにしてよ! ますたぁー、ますたぁーって!
死んじゃったの! ひぐ、えぐ・・・・・・ますたぁー、もう死んじゃったの!

・・・・・・ユメが悪いの・・・・・・ぜんぶ、ぜんぶ・・・・・・ふぇぇぇぇん・・・・・・ユメのせいなの・・・・・・

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。絶対、ますたぁーの味方だって言ったのにぃ』

『――貴方の責任というだけではありません。だから、泣かないで下さい』

『ぐす・・・・・・ソラは悲しくないの・・・・・・? ますたぁーが死んで、どうして泣かないの?』


 紅のドレスを悲しみに濡らす女の子を、聡明な少女は穏やかに撫でる。

実体のない幻影でも、偽りの心だけは籠めて。

美しい少女は感情を出さず、静かに瞳を閉じる――



『――心を与えて下さった人は、もうおりませんから』



 悲しみを胸に宿せない、少女。

生涯消えない絶望を感じて嘆く事さえ幸せに感じられるほど、感情は既に消えている。

抱き止められた手を、ユメはそっと離した。

女の子の表情に、もはや憂いはない。


『いなくなんて、ないもん』

『・・・・・・ユメ・・・・・・?』


 幻影の涙は悲しみを洗い流し――芽生えていた良心を、完全に奪った。


『ますたぁーはね、いるよ。あたしの傍に、ずっと。――誰にも渡せないもん、ふふふ』


悲しみが消えた少女と、悲しみを殺した女の子――

同じく温かな感情を失った身であるのに、何故にこれほど違うのか。

マスターの面影を失った少女に向けて、主の幻を抱く女の子は笑う。



喜びも悲しみも無く、ただ笑い続ける――















「ニル・ヴァーナ本艦に、敵砲撃が直撃! 制御システムに甚大な被害が出ています!」

「シールド発生率、コンマ以下。展開は不可能です!」


 艦隊旗艦イカヅチとメジェール鑑が融合した新しい戦艦、ニル・ヴァーナ。

幾度の嵐を追われながらも掲げ続けた旗印――男女の共生。

偉大なる旗は仲間の死と共に血に濡れて、不沈艦は今暗礁に乗り上げていた。


「シールドを破壊された!? くっ、何て威力だ――被害状況を報告!」

「ペークシス・プラグマの結晶体で構成された連結部が、破壊されました!
――ふ、船が真っ二つに・・・・・・」

「何だと!?」


 敵母艦より射出された無人兵器――模倣されたSP蛮型。

数々の苦境を切り開いた少年の機体が、敵として立ちはだかる。

新しく誕生した戦艦は今、希望を宿した遠距離兵器に撃たれて真っ二つに引き裂かれてしまった。

報告を聞いたブザムも顔を青ざめる。

マグノ海賊団の副長でさえも動揺する被害状況、優れてはいても年若きクルーに耐えられる筈が無い。

完全に怯えた表情を浮かべて、ブリッジに絶望的な報告を次々に伝える。


「切り離された艦の下部が孤立しています! あそこには負傷したパイロットやメイア達が!」

「シールドが停止して、ブリッジが剥き出しになっています! 敵主力が、こちらに接近!」

「ドレッドチームとメラナス軍が分断されています! このままでは各個撃破されて――きゃあっ!?」


 ペークシス・プラグマの停止。ドレッドチームリーダー格の幽閉に、主力幹部の戦意喪失。

引き裂かれたニル・ヴァーナ――融合の解除、無力な男と女の船に元通り。


攻撃力を持たない旧イカヅチは、刈り取り兵器の狩場に。
守備力を持たない旧メラナス艦は、刈り取り艦隊の集中放火に。


無惨に引き裂かれた船は、男と女の完全な離縁か――生と死を意味するのか。

この世を去って過去へ戻った少年が目指す未来は今、破滅を迎えていた。





























<to be continued>







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