ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action5 −欺瞞−






「俺はカイ・ピュアウインド。お前たち略奪者の、敵だ」


   アスファルトによって舗装された道は薄汚れ、この国の掃き溜めに繋がっている。

だだっ広いだけのゴミ捨て場――血に濡れた死体が転がる腐臭漂う場所。

一直線に伸びたアスファルトの道がこの世の地獄へ続いているかのように、暗く冷たい。

路地裏の更に奥、密集した建物の狭間に広がる敷地において、少年の宣言はどこか場違いでもあった。


「略奪者? おいおい、偉そうに言ってくれるじゃねえか」

「貴様こそ、偉大なる指導者グラン・パが建国したタラークを汚すゴミではないか!」

「俺達に対する侮蔑は国家への侮辱と取るぞ。それでもいいんだな!?」


 広場における立ち位置は士官候補生達が奥、迷い込んだ少年が手前。

この敷地こそ愚かにも足を踏み入れた低級民共を処分する、ゴミ捨て場。

周囲は建物が包囲、唯一の道は少年が今歩いて来た路地のみ――逃げ出すには、踵を返すしかない。

教育も何も受けていない三等民とて、空っぽな脳みそだけは持っている。

銃を向ければ慌てて逃げる程度の思考と行動力は、ブザマにも持ち合わせているのだ。

この路地裏に引きずり込んだ際も、大人しく処分を受け入れる者は居なかった。

国家を蝕む低劣なダニの分際で、自分達エリートが下した決定を受け入れようとしないのだ。

存在すら害悪であるというのに、惨めたらしく生きようとする愚か者達――悲鳴を上げて逃げる始末。


――その無防備な背中を仕留める。


一直線に続く路地は行動範囲を限定、目を瞑っても当てられる。

軍事訓練の賜物で大体は急所に当たるが、中には息も絶え絶えに生き延びた者も居た。

自分と彼らでは生まれた時からレベルが違う、蛆虫共とは違って反省する心を持っている。

射撃技術の未熟を素直に認め、次に生かす教訓とする。

その上で泣き縋って命乞いをする最低階級に罪深さを教えた上で、容赦なく殺す。

全ては国の為に、グラン・パの為に――


――この世界の平和の為に。


いずれ敵対する悪鬼羅刹――メジェールの女達を殺すべく、三等民達を刈り取る。

どうせ生存価値もないゴミだ、せめて国を救う軍人の為に役立てて死ねれば本望だろう。

タラークの英雄候補・・・・三人は、英雄志願の少年に銃を向けて叱責を浴びせる。

対する少年は闇に包まれて、詳しいシルエットまでは見えない。


「――『自分は正しい』。その思い込みこそがタラーク・メジェールの罪だ。
思い通りにならない現実に苛立ち、何もかも欲しがりながら与えず、未練がましく何かに縋りつく。
それでいて何も考えず、何の疑問も持たず、相手を非難して奪い続ける――

他の誰でもない――お前達のような自分勝手な正義が、世界を駄目にしているんだ」


 絶体絶命の窮地、銃を向けられて逃げ場のない鼠が大層な言葉を投げかける。

これは軍事訓練の一環であり、軍事国家タラークを清浄する行為――非難される謂れはない。

まして自分達一等民が、愚劣な三等民に説教されている。


――その事実が、何より許せない。


殺すのは容易い。けれど、それだけでは納得出来ない。

貧民階級の小僧如きに少しでも怯んだとあれば、将来の士官として認められた自分の誇りに傷が付く。

まずは屈服させ、命乞いをさせて存分に痛め付け、殺さなければならない。

国家への反逆――それは最大級の罪。

どの階級に言おうと関係なく、極刑を受ける。

軍事国家として設立したタラークの歴史で、今だかつてこの罪を科せられた者は居ない。

それはタラークの創造主――この国では神にも等しいグラン・パに叛く事になるからだ。

この国に不満はあれど、グラン・パの威光は決して衰えない。

誰もが皆彼を愛し、慕い、絶対の忠誠を誓っている。

全ての者の父のやり方には、誰も逆らえない。

――今までは、誰も・・・・・・

少年は国家への忠誠を試されて――


――唾を、吐いた。


「軍人でも、海賊でも、英雄でも――誰だって間違える。俺や、あんた達だって。
誰かが絶対に正しいなんて、あるものか。

マグノ・ビバンも、グラン・マも――グラン・パだって所詮、ただの人間・・・・・だ!」


 ――少年の決意表明か、少年の死を伝える弔いの鐘か。

暗がりの路地に、銃声が鳴り響く。

この世界に住まう略奪者達全員に向けて――少年は今、宣戦布告をした。















 一等民と三等民は元々言語すら同じ種族、前者と後者の階級の違いが貧富の差を生み、階層を作っていたに過ぎない。

階級を証明するIDの所持が義務づけられ、高貴とされた一等民は権力を欲しいままにし、三等民は働く歯車にされる。

三等民は永遠に三等民として生きていくしかない――

頭が良くて高貴で紳士的な一等民相手に面を合わす事さえ栄誉であるというのに。


「貴様――今の言葉、国家への反逆とみなす。死ねぇ!」


 ――何故この三等民は、恐れずに立ち向かってくるのか。

貧民街に光臨したエリート達から放たれた銃声――意図せぬ弾丸。

威圧すれば縮こまり、罪を述べれば許しを請い、銃を向ければ背を向けて逃げ出す。

彼らの頭に描くちっぽけな存在が予測の全てを塗り替えて、決然と自分達に襲い掛かってくる。

――先に恐怖したのは、彼らだった。


"三等民は身分が低くて、頭も悪い下等な階級"


 問題児を抱える親のように子の安否を気遣い、楽にしてやるというのに――歯向かおうとしている。

思わず撃ち出した銃声に、むしろ三人の方が度肝を抜かれた。

少年の抵抗に一瞬で怯んだ銃口はブレてしまい、彼らが望む正確さとは程遠い射撃となる。

薄汚れたコンクリートの壁、赤錆が浮かぶ建物の角、ガタガタうるさい窓――

着弾したそれぞれが鋭く穴を穿ち、ガラスを貫通させるが、標的を傷つけたりはしない。

建築物に刻まれた異音にようやく的外れだった事に気付き、舌打ち――失敗した屈辱が、冷静さを取り戻す。

今度こそ身の程知らずを殺すべく、再度銃を構えて。


「っ!? 居ない――しまっ!?」


 突如、目の前から姿を消した少眼前に広がる虚無に疑問を浮かべた次の瞬間、接近する鮮烈な足音に気付く。

――ギリギリまで身を屈めての、突進。

銃口の向き、銃を撃つタイミング、発砲の瞬間――銃を持つ人間の心理。

何もかもを計算し尽くした、「経験者」に出来る俊敏な行動。

銃を持つ人間との攻防戦――そして何より一度でもその身に鉛玉を食らわなければ分からない、痛みをする人間に出来る経験則。

人を殺した経験を持つエリートであれ、彼らはまだ未熟な士官候補生。

驚愕は意識の空白を生み、少年の接近を許してしまう。


   「ぶぐぁっ!!」

 高貴な軍人の左頬に、卑しき蛮族の右の鉄拳。

思い切りのいい拳を食らって歯が何本か口から飛び出して、口中に鉄の味が広がる。

痛みにに倒れ込み掛けた身体に、少年は右膝を跳ね上げるように抉り込む。


「うぐあぁっ!! ……ぐ……げ……!」


 内臓を貫かれるような痛みに、若き軍人が悶絶。

胃袋の中身が逆流しそうになる感覚に、涙すら流して震える。

液体を撒き散らしながら倒れるエリートの襟首を掴んで、少年は手の内に引き摺りこんだ。

少年は倒れた男を抱き込んだまま、力なく転がる銃を拾う。

鮮やかな逆転劇に、仲間達は目を剥く。

状況は少年に傾きつつあるものの、依然狩人が優位。

仲間の一人は倒されて武器も獲物に奪われたが、数の有利は変わらない。

――仲間が捕まっていなければ。

少年が無力化した男を抱き込む理由は一つしかない。

突き出た頭を狙えるが、限りなく精密な射撃が必要となる。

少しでも狙いが逸れれば気絶した仲間に着弾、運悪ければゴミ捨て場に倒れる死体の仲間入りする。

将来を約束された士官候補生とはいえ、まだ軍人ではない。

実戦は皆無、殺しは三等民――最初から敵にも値しない、無抵抗な餌の群れ。

明確に叛意を向ける敵と、銃を手にした人間を相手にした経験はない。

少年だけを狙う度胸は無く、仲間殺しの汚名を着る勇気もない。

路地裏は光が射さず見通しが悪く、少年も人質の影で身を縮めて油断無く視線を向けていた。

銃を奪った優越も、敵を倒した高揚も、難を逃れた安堵も、一切ない。

不気味だった、不可解だった。

何故三等民の未成年一人に追い込まれているのか――


――どうして一介の貧民が、こんな強い瞳を浮かべられるのか。


「ハァ、ハァ・・・・・・銃を向けられる気分はどうだ?
何の理由も無く、一方的に罪を押し付けられて、理不尽なままに殺される。
殺されたくないから、殺す。
奪われたくないから、先に奪う。
タラークが提供する男の正義は――軍人の義務は弱き民を守り、国を救う事にあるんじゃないのかよ。

自分の弱さを顧みず、相手の弱さを笑って・・・・・・あんた達は何を救うんだ」


 罪を犯すのは頭がおかしい者や凶暴、狂信的といった人達だけではない。

昨日まで普通の生活を送ってきた者もまた、扇動による正義の名の下に次々に人を殺していく。

人間は自然や運命の暴威に対し、無力だ。

自分はそんなことはしないと思ってタカをくくると、集団からのプレッシャーがかかった時に異常だと認識するのが遅れる。

「周りが促すからそうすべき」という「常識」を乗り越えるのは、大変な勇気が必要とする。

国という強大な組織に立ち向かうのは、ほぼ無謀。

99人が正しいと認識した法律を、たった一人が間違えていると断ずるのは不可能に近い。

少年にどれほどの理があっても、国家の教育を受けた者達の常識は簡単に覆せない。

まして少年は三等民、彼らにとって格下の存在だ。

正論を唱えられても、屈辱しか感じない。


「ガキが、一端の口を――三等民ごときに、何が分かる!」

「どんな理由があろうと、人を殺すのは罪だ。人から奪うのは、犯罪だ。
一等民でも、二等民でも、三等民でも、女でも――神様だって覆せはしない。

正しい略奪なんて、あるものか!

――こんな事、誰一人望んでいない。誰一人、喜んだりはしない。
三等民であれ、誰かに奪われて、憎まれて・・・・・・不快に思わないのかよ」


 正論とは正しい理論、相手に理性があれば感じ取れる何かがある。

彼らは自らの口で正義を名乗っている、そこに踏み込む隙はある。

先程までの一方的な虐殺では、決して言葉は届く事はなかっただろう。

正義の美酒は人間を心地良く酔わせ、理性を簡単に狂わせる。

暴力の快感は心を虜にして、常識の鋼を溶かして狂気に実を浸らせてしまう。

国の正義に盲目に行動して暴挙を犯したが、自分達の身に危機が生じて初めて自らの行動を顧みたのだ。

――三等民の虐殺、同じ国の民を殺した罪人。

罪を罪として認められない弱き者達は、少年の言葉に救いを求めてしまう。

少年が銃を相手に向けていないのも、大きな意味を生んでいる。

反撃はしたが、敵対する意思はない――あくまで、話し合いによる和解を生む空気。

国に不信を持っていても、頭からそれを否定するような事をしにくい空気があったのは事実。

常識を否定する事で回りから浮き上がってしまう恐れもあって、行動に移してしまった。

不思議なもので事実かどうかは怪しい情報も、「事実である」と言う周囲の触れ込みで紛れもない事実であると認識してしまうのだ。

女を殺せ、国に仇なす者を殺せ。

世情が不安定なのも後押しして、虐殺に結びついてしまった。


「俺達は、国の為にやっている。タラークは今、極めて苦しい状況に陥っているんだ。
お前達のような階級の人間が、社会に何の貢献も無く生きられては迷惑なんだ」

「あんた達軍人の武器や、社会生活を支える品を生産しているのは俺達労働階級だ。
誰もやりたくない、苦しくて辛い労働を押し付けられて延々と働いている。
俺達には俺達の、あんた達にはあんた達の任務があるだろ。

――あんた達軍人が国を守ってくれているから、俺達は安心して働けるんだ。

国家を守護する軍人に殺された、この人達の無念――少しは、感じてくれ」

「む、う・・・・・・」


 個人は国の中では弱く簡単に踏み潰されるが、一人一人には意思があり、生命がある。

何よりも自分の頭で考えられる頭脳を持っている。

人間の可能性を――少年は信じる。


「こんな事を繰り返しても、無意味だ。
この国を真剣に愛しているなら、何かを奪うのではなく――誰かに与えられるような仕事をするべきだ。
貴方達がこの国に何かの不安を感じているなら、尚の事。
他の誰かに責任を何もかも押し付けるのはやめろ。

アンタ達が疑問に思っている三等民の価値ってのを、俺が証明してみせる」

「三等民の価値だと・・・・・・? そんな物が本当にあると思っているのか」

「――そこまで大言を吐くなら、聞かせてもらおうじゃないか。
三等民の貴様に、一体何が出来る!」


 ――士官候補生達は、気付いていない。

一方的に狩るだけの餌に国の真偽を問うている、その立場の変化に。

血の匂いから開放されて、彼らもまた迷っている。

国を愛する気持ちが彼らを正気に戻し、同時に不安にさせている。


いや、彼らが感じる不安は――タラーク・メジェールに生きる全ての者達の不安だろう。


建国時から延々と続く睨み合い、不確かな情勢。

身近に存在する敵の姿、圧迫される経済――改善が一向にされない、環境問題。

国が正しいと主張するから、民は戦争へと駆り立てる。


"私達が間違っているというなら――何が正しいの? アンタだったらどうしてたのよ"


 出逢った頃から、問い質されていた命題。

国に見捨てられた彼女達が選んだのは――国を守る為に彼ら軍人が選んだのは、弱き者達からの略奪。

自分ならどうするのか――カイ・ピュアウインドならどうするのか?


生まれた時から価値がないと、容易く廃棄された悲しい幼少時代。
半年間、女達に迫害され続けた辛い少年時代。


血と涙に濡れた記憶を全て思い出した少年は、今こそ自分自身の答えを口にする。


「間違えているのならば、正しく変えればいい。
国が下した決定が間違えているなら――この国に不安があるならば、治せばいいんだ。
こんな自分を一時でも育ててくれたこの国を、俺は救いたい。
こんな自分を厳しく叱り共に戦ってくれたあの国を、俺は助けたい。

自分のような三等民を害するタラークの、彼女達を見捨てたメジェールの決断を――国そのものを、俺は変える」


 少年は表情を不敵に染めて、持っていた銃を地面に捨てる。

倒した男を丁寧に床に寝かせて――


――少年は自分の利き腕を、差し出した。


「俺の仲間になって欲しい。少しずつでいい、この国を変えていこう。
俺独りでは出来なくても、アンタ達だけでは出来なくても――

――共に国を愛する気持ちがあるならば、変えられるはずだ。

エリートと呼ばれる貴方達の力を、俺に貸してくれ」


 ――手を取り合うことは、難しい。

一等民と三等民、狩人と餌の力の差は大き過ぎる。

武器を捨て、人質を解放した愚かな決断を笑われても、何一つ文句は言えない。

殺されても、何の不思議でもない暴挙。

それでも少年は奪う道を、選ばなかった。



――何かを憎む気持ちを全て、忘却の中に捨て去った。






























<to be continued>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     










[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]