ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action4 −復活−






――過去、このような事例がある。

肥満の治療で脳に電流を流したら、30年前の記憶が鮮明に蘇ったのだ。

食欲をコントロールする視床下部と呼ばれる部分へ電極を埋め込み、電流を送りこむ事で患者の食欲を抑える治療法――

肥満の治療が、記憶の改善へと繋がった極めて特殊な事例である。

電極を埋め込んだ大脳辺縁系にシグナルを送り込む脳弓という繊維束の活動が活発になり、感情や記憶を刺激することになったのだ。

この患者は50歳で、彼が20歳の時に友人や恋人と公園にいた時の詳細を思い起こしたらしい。

電流が激しくなるにつれて記憶は明確になり、学習能力などの改善も見られた。

無論特異な例で、記憶喪失改善への具体的な治療法には繋がらない。

「記憶喪失になった原因と同じショックを与えれば元に戻る」、と考えるのは危険である。

肉体的及び精神的な衝撃によって引き起こされた記憶喪失は、脳細胞やシナプスにダメージが伝わった事で記憶にエラーが生じている。

脳細胞に何らかの損傷を負ったから記憶喪失になった可能性が高いので、ショック療法を行うのは禁物なのだ。


ただ電流などの刺激による、記憶の改善が起こった例があるのもまた事実。


文字通り――目が覚めるような衝撃を与えれば、記憶が戻る場合も存在する。















人は、天使でもなければ悪魔でもない。

けれど人は天使のように振舞おうと欲しながら、まるで悪魔のような所業を為す。

自分の行為が正しいとだと言い張っていること。

間違いであっても自分が認識していなければ、間違えた行為にはならない。


――殺される奴隷を哀れには思っても、人道的に間違った行為だとは思っていない。


「その身なり、お前も三等民だな。この連中の仲間だ」

「偉大なる国家を蝕む害虫共が。立場ってもんを教えてやるよ」


 貧民街の裏路地の奥、至る所に落書きが描かれた壁に閉ざされた狭苦しい広場で男達がせせら笑う。

軍事国家タラークにとって最上級の儀礼服装、軍服を着た若者達――

迷い込んだ少年とは比べ物にならないほどの高価な衣裳、身分の差を嫌というほど思い知らされる。

この街で――労働階級でいる限り決して出逢えない、位高き人間達。

年齢にさほどの差は無くとも、与えられた身分に雲泥の差がある。

タラークは彼らを国の重鎮に、少年を国の奴隷にしているのだから――


「あ、あの・・・・・・これは、一体――うっ」


 けれど、少年にとって重要なのは彼らではない。

軍服を着た若者達の足元に転がる――泥に塗れた死体の数々だった。

鼻の粘膜に嫌な刺激を与える血の臭い、酸味の強い液体を流す哀れな亡骸の群れ。

薄暗くて顔こそ拝めないが、苦痛と絶望に喘いでいた事は想像がつく。

目の前に転がるリアリティ溢れる死に、少年の身体も心も震えが走った。

少年の怯えを敏感に感じ取った者達は顔を向け合って、実に楽しげに語り掛ける。


「俺達は一等民、近い未来この国の安全を守る士官候補生だ」

「この服見りゃあ、お前のような学のねえ馬鹿でも分かるだろう。
卒業には早いが、将来を見込まれて軍服を授かったんだ。――この銃もな」

「それでパトロールに来たのさ。最近メジェールの海賊共・・・が暴れて、治安も悪くなってるらしいしな。
馬鹿の躾けに、首相閣下もお悩みなのさ」


 貧民街の治安はお世辞にも良いとは言えない。

治安の悪さを象徴するかのように、この近辺に守衛場などの気の利いた公共物は何一つない。

乱立する建物もほとんどが工場などの産業施設、後は安普請の住居のみ。

高層ビルや娯楽施設、軍事基地などの重要な建物とは一切縁がなく、貧困層が過密的に居住した町である。

理屈はある程度分かるにしても、少年は受け入れられない。


「こ、この人達を殺したのはどうしてですか・・・・・・? 彼らが何かしたのですか!
老人や子供まで――」


 確かに治安は悪い、だけど犯罪率は決して高くはない。

理由は酷く簡単で、法律を破るだけの気力が労働階級にはないのだ。

国民一人一人にIDが与えられて、毎日監視される労働の日々――

国には不平不満が山ほどあれど、抗ったところで何も変えられはしない。

荒廃した街は人々の精神を病み、国の庇護を受けられずに気だるい無気力が跋扈しているのみ。

配給されるペレットのみ口にするだけの人間に、重犯罪を犯す行動力はない。

――問答無用で殺されるような、理由などない。

怯えながらも声を張り上げる少年に、彼らの向ける目は冷たい。


「こんな奴ら、生きているだけで害だろう」

「――なっ!?」


   ――当たり前のように、少年にとって信じ難い事を口にする。

少年の戸惑いが面白いのか、次第に嘲笑から愉悦に添加していく。

血の臭いにあてられた様に、焦がれて熱を帯びる。


「鬼畜生の女如きにやられる原因に、お前らが在るって事だよ。
毎日毎日飯を与えられているだけでも贅沢だってのに、俺らを影で笑ってるだろ?

こいつらだってそうさ。

コソコソしながら陰口叩いていたんだぜ、立派な国家反逆さ」

「そんな――! わ、悪口くらいで・・・・・・」

「あん・・・・・・? てめえ今、何て言いやがった。三等民風情がいい気になるなよ。
俺達は国のために命を捧げる軍人様だ。
お前らは黙って俺達に奉仕すればいいんだよ!」


 ――圧縮された空気が反響を起こし、耳の奥から頭蓋の中を駆け巡る。

銃撃音が鼓膜を揺さぶった瞬間、つんざくような痛みが胸を打って少年は倒れる。

身体の芯が痺れるように痛み、身体が麻痺して動けない。


「ちっ、目を狙ったんだがな・・・・・・生きた標的ってのは難しいな」

「何言ってんだ、動いていたならまだしもボケッと立ってただけだろ。お前の射撃が下手なだけ」

「まあまあ、練習すれば慣れていくでしょ。害虫はまだ大勢居るんだし、効率よく減らしていこうぜ」


 何処にでもある笑い話のように、男達は賑やかに語り合っている。

突然耳を撃たれた事よりも、命を奪う事を楽しむ男達の言動に驚愕した。

無意味に殺されて――理不尽に奪われる、現実。

彼らが選ばれた人間は全て魔女、国仇なす罪人として処刑される。

本物の女達に勝てないから、代わりとなる魔女を選ばれて狩られるのだ。

愚かなまでの集団妄想だが、彼らだけの思想では決してないのだろう。

ただ単純に彼らには行動力があっただけ――上の人間は誰もが皆、大小あれど不遜に見下ろしている。

メジェールとの戦いに不安に駆られる中、弱者たる貧民階級が「社会の敵」として犠牲になる。

閉ざされた世界ならではの集団妄想が、階級差別と結び付いてこの愚行を肯定しているのだ。

気に入らない人間がいれば何らかの理由をつけて「国家の敵」――

伝染病や自然災害、個々の人間に起こる不幸も――軍事国家タラークの全ての不幸を押し付けられる。


(――ふざけるな)


 疑問は、確信に変わる。

人間はすべて善であり、悪でもある。

女とはどういう存在なのか、少年は知らない。

今目の前で殺された人達も、もしかしたら何らかの罪を犯していたのかもしれない。


でも少なくとも、自分はただ通りかかっただけ――


今この街で、この国で生きている――それだけの理由で、殺されるのだ。

自分の命に価値はないと、生まれた時と同じ理由で簡単に捨てられる。

そんな国家の軍人の言い分など、とても信用できない。

女だろうが、三等民だろうが、結局同じなのだ。


誰かの――何かの責任にして、自分が正しいと思い込みたいだけなのだ。


(腐ってる・・・・・・こいつ等も、この国も、灰色に満たされたこの世界も!
俺に価値がないのならば、何故俺を生んだ!?
勝手じゃないか、あんまりじゃないか!

俺だって――生まれたくて、生まれたわけじゃない!!)


 視界が真っ赤に染まり、唇をブチ切れんばかりに強く噛み締め、未だかつて無い怒りに肉体を滾らせる。

貧民街の酒場で感じていた疑問が、内側から焚き火で焼かれるような熱と一緒に噴き出す。

心臓は強く鼓動をうち鳴らし、血が熱く激しく燃え上がる。


(誰にも求められず――誰からも愛されないまま、俺は死ななければいけないのかっ!
何者にもなれないまま、誰とも分からずに、俺はまた捨てられるのか!?

だったら、俺は――)


 熱を伴った衝動という名の熱風が、脳を不明瞭に覆っていた蒸気を吹き飛ばす。

肌という肌から迸る湯気が感情の高ぶりと交わって、灰色の頭脳に燃える様な感情を産み出した。

血に濡れたゴミ捨て場――死体の山に埋もれたまま、少年は克目する。


(――誰にもなれない、この世界で唯一の"何か"になってやる!
二度と見下ろされないほど、駆け巡って、駆け上がって、駆け昇って――あの空を、越えて!



世界の頂に、立ってやる!!!)
















『駄目です。データの転送に、失敗しました。博士の記憶を受け継ぐのは不可能です』

『遺伝子に問題があったのかね?』

『いいえ、技術的な問題です。知識はともかく、記憶の転送ともなれば――
自殺を図った博士の脳が損傷していた事も、大きなダメージですね』

『仕方あるまい。計画は我々の手で進めよう』

『博士のクローンは如何なさいますか? 研究に適した年齢に肉体レベルを促進しておりますが』

『処分しろ。極秘で進めたプロジェクトだ、存在ごと抹消しろ』

『了解しました。博士が遺した時空転移研究の実験として、時空の彼方に廃棄します』
















"マグノ海賊団を、許せませんか?"

  「ああ」

"マグノ海賊団は、間違えていますか?"

  「いいや」





"貴方なら――どうしますか?"
















「間違えているのなら――正しく変えてみせるさ、ソラ・・・
















 少年がゆっくり立ち上がった時――男達に浮かんだのは先の少年と同じ、驚愕だった。

狙いこそ外したが、胸のど真ん中を貫いたのだ。

即死させられずとも、確実に致命傷を負わせた筈である。

度肝を抜かれた男達を――少年は真っ直ぐに見据える。

その眼差しに、畏怖や恐怖は無かった。


「――大した事のない人間ほど、他人にケチをつけたがるものだな」


「何だと・・・・・・? 死を前に、開き直りとは見苦しい。
ゴミ屑の分際で、俺達一等民と対等のつもりか!」

「――不平不満だけを口にする人間は、同情よりも軽蔑されるだけだ。
人間を悪魔にするのも、天使にするのも――その人間の抱く志次第。

お前達は自らの行為で、自分を卑しめているだけだ」


 形容し難い怒りに、男達は声すら出ない。

狩場に迷い込んだドブネズミに如何な正論を唱えられても、屈辱しか感じなかった。

軍人として鍛えられた士官候補生達の殺意を浴びせられて、少年は屈さない。

――所詮は血筋に守られた戦士の、瑣末な怒り。


「国の言う事は正しくても、部分を取り上げただけでは全体を知る事はできない。
タラークでも、メジェールでも――男であれ、女であれ、正しいとは限らない。

今あんた達が感じている不安の意味も分からず、ただ奪う事に何の意味がある?
「自分も愚かな行動をするかもしれない」という事を自覚して、一つ一つを見定めていく事が大事だろう」

「その言葉――国への反逆と見なすぞ!!」


 傲慢や理由付けではなく、明確な国家への叛意――

先程まで震えているばかりだった少年が、突如軍人たる自分達に猛然と反論する。

地面に転がる死体同様、即座に葬り去るべき。

それが出来ないのは――薄汚いゴミ捨て場で、威風堂々と佇む少年の姿。

決然とした顔で胸を張り、確かな視線で見つめる少年の瞳に惹き付けられている。


「・・・・・・何者だ、お前?」

「俺は――」


 失われた記憶の中で眠っていた名前、ヒビキ・トカイ。

自分を生み出した者が親だというのならば、その者に与えられた名こそ本名だろう。

――ならば捨てられた時点で、既に死んでいる。



自分は何者なのか、自分自身が一番知っている。



「俺はカイ・ピュアウインド。お前たち略奪者の、敵だ」














































<to be continued>







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