ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action15 −旗印−






 行方不明だった仲間の生存を確認――


不穏な艦内と暗雲漂う先行きに悩める現状において、活気付けられるニュースだった。

暴走の危険性がある巨大な結晶体でさえ、まるで恐れる事無く顔を近付けられる。

特に感情が素直なバートは大はしゃぎだった。


「カイだ! やっぱりあいつ、生きてたぞ!」


 小躍りでもしそうな仲間の様子に、ドゥエロは苦笑を禁じえない。

とはいえ、カイの生存を確認出来ただけでも嬉しい知らせである事には違いない。

カイはドレッドチームとの死闘で重傷を負った上、手当てを受ける時間もロクに与えられずに出て行ったのだ。

身寄りのいない、孤独な旅路である。

旅に必要な物資や施設は最低限揃っている救助船でも、何処か滞在先を見つけない限り今後が危うい。

自分達より余程危うい状態だったのだ。

結晶から発せられた声が幻聴ではない事を、ただ祈るばかりだ。


――結局、その心配は杞憂に終わった。


『無事だったか、お前ら!』


 多少ノイズが混じっているが、聞き間違えようのない少年の声である。

バートが傍らに佇むソラを押し退ける様に、結晶の前に座り込む。

唯一の連絡手段にしがみ付く様に、ありったけの思いを込めて叫んだ。


「お前こそしぶとく生きてるみたいだな!」


 怪我の状態が気になるが、声を聞く限り元気そのものだ。

無理をしている気配すら見えない。

バートは同じく安堵している皆に、あいつは大丈夫とにこやかに頷いた。


『で、でも、どうして何でこんなとこからお前らの声が――』


 バートは一瞬眉を潜める。


ニル・ヴァーナの全システムを統括する密航者――


謎の少女とカイの関係は把握出来ていないが、ソラがカイには心を開いているのが分かる。

カイをマスターと呼ぶ時だけ、冷たい美貌に温かみが灯っている。

主と従者の関係だけに、てっきり彼女レベルの知識を有していると思っていたが違うらしい。

自分達はペークシス・プラグマを、カイは新型兵器ホフヌングを通じて連絡を行っている。

ペークシス同士の共有であると、ソラは説明していた。

その事実を知らないとすると、カイからすれば武器が突然話し出したように見えるだろう。

怪奇現象である。

カイの剥き出しの好奇心を感じ取り、バートはほくそ笑む。


「ほー、知りたいかねカイ君」

『何だよ……? その含んだ物言いは』


 好奇心が戸惑いと警戒心に変わるのが目に見えるようだ。

日頃振り回されてばかりの身としては、この絶好の機会は断じて見逃せない。

バートは相手には見えないのに、得意げに腕を組む。


「うーん、どうしよっかなー、教えてあげようかなー?
でも苦労したしなー」

『な、殴りてえ・・・・・・!』


 さぞ悔しがっているであろう相手に、バートは大笑いしたくなる衝動を懸命に堪える。

お互い予断を許さない身だ、笑っている場合ではない。

バートなりに弁えているつもりなのだろうが、素直な性分ゆえか身体が愉悦に震えている。

傍から見れば丸分かりで、ドゥエロ達は呆れ顔だった。

一同の冷めた視線を気付かないまま、バートは絶好調でカイを弄っていた。


「そうだな……どうしても教えて欲しいなら、僕に土下座を――」

『私が協力しました、マスター』

『ソラっ!?』


 彼の天下は簡単に終わった。

見つめていた一同も、少女の素早い対応に感嘆の声。

孤独な主だけが負けを認めない。


「おい!? 折角いいところだったのに――」

『黙っていて下さい』

「は、はい・・・・・・」


 冷たい眼差しで見つめられ、バートはすごすご下がっていく。

パイウェイからケラケラ笑われて、彼の三日天下は惨めに終わった。

しょげたバートを意に介さず、今度はソラが話しかける。


『あの娘が御世話になっております。
御面倒をおかけしておりませんか?』


 ――ドゥエロ達は顔を見合わせる。

具体的名称を挙げていないので定かではないが、少女にはカイ以外に仲間が居るらしい。

カイはジュラ達と共に船から出て行ったので、懇意にしていた者が中に居たのだろう。

少女の雰囲気からカイ一人との交流を勘繰っていただけに、意外な事実だった。


「っ! ああ。
相変わらず元気だぜ、あいつは」


 カイも心得ているのか、快活に返答する。

どの娘か判別は出来ないが、表情を僅かに和らげる少女に皆の心が和む。


立体映像の女の子――


謎だらけの不気味な存在だが、人の心を持っている。

ドゥエロ達に親近感を抱かせる、優しい微笑みを――

少女が心を許す少年から、困惑に満ちた声が届く。


『えーと・・・・・・どこから聞けばいいのか、分からんが・・・・・・

どういう事になってるんだ、一体?』


 ようやく本題に入ったようだ。

カイの問いは、ドゥエロ側の問いでもある。

お互いに現在の立場と状況を確認し合った上で、今後の方針を話し合わなければならない。

カイへの心配も手伝って、勢いを取り戻したバートが急ぎ答えようとして――



『現在、交戦中です』

『交…戦?』



 ――豪快に転げそうになった。


現状を省みれば敵対しているのは間違いないが、交戦は大袈裟過ぎる。

そこまでの覚悟や決断が出来ていないので、カイとの相談を持ちかけたのだ。


(何を言ってるんだ、この娘は!)


 勝手に答える少女に文句を言おうとして、バートは先程のやり取りを思い出す――



"へーい、仕方ない・・・・・・僕がもう一度呼びかけてみるか。
もしカイと連絡が取れたらどうする?

今の僕達の事、何て説明すればいいかな"

"言い辛いようでしたら、私の主観で説明を致しますが?"

"あ、そう。じゃあお願いしようかな"



 ――硬直する。



"言い辛いようでしたら、私の主観・・・・で説明を致しますが?"

"あ、そう。じゃあお願いしようかな"



(僕が許可したんだったぁぁぁぁぁーーー!?)


 どれほどの事態に陥っても動じなかった、理性的な女の子。

少女の申し出を快く受けたのは、間違いなくバートである。

冷静かつ端的で分かり易い説明をしてくれると期待していたが、端的過ぎて直球ど真ん中を突き抜けている。

慌てて止めようとするが、時は既に遅く、少女の口から滑らかに恐るべき言葉が飛び出す。


 
『人権問題を巡って、反乱が勃発しました』

「え…えぇぇぇぇっ!?」

(えええええええええええええええっ!?)



 カイの驚愕と、バートの心の絶叫が見事なまでに重なる。

寝耳に水どころの話ではない。


人権問題? 
反乱?
 

ナンセンスである。

自分達はバーネットを案じて脱獄して、今何とか状況を打開しようと四苦八苦しているだけだ。

ここまで宣言されれば、逆にカイに相談が出来ない。

覚悟も無いのに反乱を起こしたのかと笑われてしまう。

バートは焦りに満ちた顔で、結晶体に向かって苦笑いを浮かべる。


「いや、まあ……ほら。こっちにも色々あってさ、あはは」

『笑い事じゃ済まない事態になっている気がするぞ、おい』


 一転して厳しく、少年の声が突き刺さる。

冷や汗を浮かべるバートに、追い討ちをかけるようにシビアに問いかけて来る。


『何があったのか、説明しろ。最早さっぱり分からん』


 ゴクリ、と唾を飲む。

中途半端な答えを返せば、恐らくこの少年は自分達に失望するだろう。

この船の留守を任せてくれた戦友に。


道は違えど――男女共存への模索を行う仲間への、大いなる裏切りとなる。


バートは緊張感に身震いしながら、せめて動揺が口に出ないように声を押し殺す。


「…・・・ちょっと、待ってろ」


 バートは一歩二歩と下がって、目を尖らせる。

普段の彼に似つかわしくない怒りの形相で、荒れた足取りで歩み寄った。

――余計な事を宣言した、少女に。


(何であんな事を言ったんだよ! カイの奴信じちゃったじゃないか!)


 小声ながらに激しい剣幕――

自分達の知らないところで、身勝手な表明をされてしまったのだ。

敵ばかりか、味方まで怒らせる結果になりかねない。

言い逃れが出来ない状況に歯噛みするバートに、ソラは透明な眼差しを向ける。


(事実を言ったまでです)

(事実じゃない、君の勝手な発言だろう!)


(ならば投降するのですか、マグノ海賊団に?)


 バートは――言葉を詰まらせた。

ソラは、嘘や虚言は言わない。

この人ならざる少女は常に、観測者として冷静なる事実を突きつける。


(バート・ガルサス、貴方はマスターの理想に共鳴されたのではないのですか?
マスターの夢に賛同した上で――自分の希望を叶える為に、今を戦う決意をしたと先程御聞きしました。

あの言葉は虚言ですか?

マスターに助けを求めるつもりであったと言うのならば、謝罪して先程の言葉は撤回します)


 カイに助けを求めるつもりだった……?


バートは――何故か、その言葉に激しい反発を覚えた。


相談するつもりだった。

今の危機的状況を全て伝えた上で、今後どうするか話し合おうと思った。

相談して――どうするんだ?

助けに来てくれと言うのか、どうにも出来ないから方針を立ててくれと泣きつくのか。


(……違う)


 己が望みを叶えるのは――自分自身に他ならない。

分かっていた筈なのに、今も尚自分の心に弱さがある。

望みを叶える為にどうすればいいのか、分からない。


カイには壮大な夢がある。
マグノ海賊団には凛々しき生き様がある。


僕は――


自分の人生を立てる旗印がない事に、バートは今更ながらに愕然とした。











































<to be continued>







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