ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action12 −錯誤−
――ほぼ思い通りに、事が進んでいる。
自分の職場で突如受けた緊急の知らせに、周囲の緊張とは裏腹に気分が良かった。
エステチーフ・ミレル・ブランデール。
男女共同を否定する側として、今回取った男達の愚かな行動はむしろ歓迎すべき事態だった。
ドゥエロ・マクファイル、バートガルサスの脱獄――
反逆罪で正式に捕らえた捕虜二名が監房から突然姿を消した。
事は一時間前。
たまたま規定時間より早く交代要員が訪れた事で、事態が発覚した。
あろう事か、見張っていた警備の者が手引きしたらしい。
当然、総責任者たる警備チーフのヘレン・スーリエは激怒。
非常警報と艦内厳重警戒態勢を発動させたが、何故かシステムがダウン。
艦内全域への手配が大幅に遅れる始末だった。
ヘレンは渋々ブザムとマグノに判断を仰ぎ、今現在各部署に通達が渡っている。
女性の美容を促進するエステにも、当然伝えられた。
艦内の警備システムは使用不能、監視カメラの一切に痕跡が残っていない。
原因不明の事故――計ったようなタイミングに、マグノ海賊団側の疑心は深まる。
脱獄が行われた当日の記録が、アクセス不明のまま突如消された――
脱獄した男達を疑って当然だが、彼らは牢獄の中。
クルーとしての権限剥奪に武装解除、加えて捕縛された状態でシステムに介入出来る余地が無い。
――協力者がいる、それも複数。
現在総出で警備員が各部署を回り、緊急の点呼と今日のアリバイ捜査が行われている。
警備クルーの執拗な尋問にやや霹靂しながらも、ミレルは気分が良かった。
(これでチェックメイトですわね・・・・・・
最早、この船に彼らの居場所はありませんわ)
それにしても意外ではあった。
あの軽薄な操舵手は別にして、聡明なドクターがこのような暴挙に出るとは。
自分の取った行動が何を意味するか、彼ならば用意に想像は出来そうなものを。
反逆の容疑で尋問が行われている最中の脱獄である。
自分達に非があると、マグノ海賊団全員に宣伝して回っているのと同じだ。
冤罪どころの話ではない、明白な反逆行為である。
このまま再度捕縛されれば、最早彼らの言い分など誰も聞く耳を持たないだろう。
罪は確定して彼らは良くて飼い殺し。悪ければ即刻処刑だ。
崩壊寸前の男女共同生活は、今度こそ完全に幕を閉じる。
この程度の想像も出来ぬ程の愚者では無い筈なのだが――ミレルは首を傾げざるをえない。
(・・・・・・何にせよ、彼らが捕まれば終わりですわ。
彼が再びこの船へ生きて戻ったところで、誰も味方はいない。
お頭でも庇いきれませんわね、ふふふ・・・・・・)
ミレルは若くしてチーフクラスに抜擢された人間、物事を見る確かな眼と判断力がある。
この六ヶ月の共同生活で、彼女なりに男を観察してきた――
当時見習としてエステの職場へやって来た少年。
日々の平穏な日常で明るい喧騒を咲かす、操舵手の青年。
苛烈な戦場で蠢く狂乱の中、冷静沈着に職務を遂行する男。
メジェール人としてではなく、ミレル・ブランデール一個人として彼らを評価した。
――少年には、華がある。
生と死が火花を散らす戦場で輝く、生命の華。
命懸けでアンパトスで開いた黄金色の閃光は――今も尚、彼女の胸の中でときめいている。
心を奪われてしまった、一瞬であれど。
――青年には、光がある。
心の暗黒面を明るく照らし出す、ひなたの光。
暗く沈んだ人間を笑顔に変える眩しさは、青年だけの魅力だろう。
――男には、美がある。
高度な知性と己が矜持のみを貫く、沈黙の美。
周囲に惑わされない達観した強さは、個性すら凌駕する誇りであった。
許せない――断じて。
知ってしまった、男だけが持つ強さを。
どれほど努力を積み重ねたところで、決して到達出来ない彼らだけの力。
そう――ミレル・ブランデールは男の醜さを疎んでいるのではない。
男の良さなど、とうの昔に理解しているのだ。
彼女は、男の魅力を拒絶している。
恨んでいる、憎んでいる――嫉妬している。
男もまた一人の人間である事など既に承知の上で、彼らを否定しているのだ。
(さようなら、お馬鹿さん達。
勝手に転んでくれた貴方達に、最後の感謝を)
丁寧に警備員の質疑応答に応じつつ、彼女は乾杯のコールを鳴らした。
「・・・・・・くそ、どこまでも馬鹿にして! あの男共!」
警備室に詰め掛けたまま、ヘレンは罵詈雑言を吐いた。
ディータ負傷事件以降、警備クルーの失態は積み重ねるばかりだった。
どの騒ぎも事前に食い止められず、捕らえた男達は脱獄を繰り返す。
あまつにさえ、少年は今も尚行方不明――幾人かの仲間を人質に取られる始末だった。
無能と謗られて然るべき大失敗である。
ヘレンの心に激しい憎悪が荒れ狂う――
カイ達の反逆と謎の密航者の存在で浮き足立っていたクルー達は今、新たな衝撃を受けていた。
男達の裏切りはある意味で覚悟は出来ていたと言える。
男女共同生活は望まれて出来た関係ではない。
ペークシスの暴走と刈り取りの存在が生んだ、強要された協力関係だ。
最初は男は女を嫌い、女は男を拒絶していた。
この半年間の生活で両者の不自然な関係に亀裂は生じていたが、絆は完全に結ばれていなかった。
ゆえに不信が膨れ上がり、亀裂を入れた当人との戦闘が勃発――
首謀者たる少年は重傷を負って逃走、残る二人は投獄される形で幕を閉じた。
このまま少年が姿を見せず、旅が万が一にも平穏に進めば混乱は収まったかもしれない。
今回発生したケースは他ならぬ仲間からの裏切り――
警備クルーの一人が男達と通じていて、脱獄の手助けを行った。
脱走を手引きした人間は黙秘。
逃走先や他の協力者について問い詰めたが、事前に話し合いが行われていたのか、肯定も否定もしない。
情報を渡すまいと、ダンマリを決めこんで話にならなかった。
殴ってやりたい気分だが、頑なにさせるだけだろう。
その程度の理性だけはギリギリ残っていた。
システムに頼れない以上人海戦術で捜索を行うしかないが、艦内は広い。
捜査の範囲は広まり続けているが、男達を完全に包囲する事は出来ない。
苛立ちは増すばかりだった。
「・・・・・・あいつだ、あいつが何もかも全部・・・・・・」
ヘレンの頭の中に浮かぶ、一人の少年――
ディータに傷を負わせ、密航者を匿い、仲間を人質に出て行った裏切り者。
あの少年との旅が始まって、何もかもが狂い出した。
増長して自分達に牙を向け、同じ戦場を駆け抜けたパイロット達にまで傷付けた。
暴行、脱獄、反逆、誘拐――
罪状を挙げるだけで、ヘレンは怒りに震える。
燃える憎悪は心に狂乱を引き起こし、彼女は愚劣なまでに声を張り上げた。
「艦内の墨から隅まで探し出せ!
逃走を続けるようならかまわない。
――他のクルーに危害が及ぶ前に、殺せ」
男達の反逆に応じるように、女達もまた戦火の炎を燃やした。
<to be continued>
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