ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action11 −発動−
それぞれが悩みを抱え、譲れない気持ちを持っている。
方向性は似通っていれど、目標は別にある。
医務室に集まった面々は異端であり――運命共同体だった。
共通項はたった一つ。
一人では解決出来ない。
彼らが抱く己が試練は、個人で打破出来るレベルを超えていた。
ドゥエロ・マクファイルにバート・ガルサス、この二人は言うまでも無い。
彼らは今やマグノ海賊団にとって、明確な反逆者なのだ。
「……パイウェイとパルフェよりバーネットの容態を聞き、医師として決断した。
患者を救うのが、私の仕事だ」
「僕はドゥエロの付き添い……かな。でも、自分で決めた事なんだ。
何をどうすればいいのか分からないけど、行動しないときっと後悔すると思ったから」
誰かに問われた訳でもなく、二人は皆の前で此処へ来た経緯を説明した。
脱獄という愚行を犯した理由を、彼女達だけでも話しておきたかった。
罪を誤魔化す為の言い訳――そう解釈されるのも覚悟の上で。
行動理由と目的を自らの口で説明する事で、心の整理を行う。
迷いが生じたままでは、いざという時に踏鞴を踏んでしまう。
――規律には人一倍厳しいメイアが、寝そべったまま同僚達を見やる。
「パルフェ、理由はどうあれお前のやった事は重大な規律違反だ。
今の立場を追われる程度では済まないぞ」
ドゥエロやバ−トの強制的な拘束に、メイアも疑問視はしている。
本音を言えば、無理な拘束こそが愚行であるとさえ考えている。
ドゥエロにバート、今この二人はニル・ヴァーナの貴重な力となっている。
私情を交えず患者の為に芳醇な医学の知識と高度な技術を駆使するドゥエロに、多くのクルーが命を救われた。
ニル・ヴァーナの動力となって船を動かすバートがいればこそ、故郷へ向けて旅立てる。
彼らが欠ければ、今後に重大な支障が出てしまう。
だが、それでも彼ら二人がマグノ海賊団に異を唱えている事実は変わらない。
組織に叛意を示している以上、庇い切れない現実が目の前に確かに存在している。
事が露見すれば、パルフェはマグノ海賊団の裏切り者になる。
彼女の部下には責任は及ばないにしても、今の責務を追われる事は確実だった。
固い絆で結ばれている海賊団とはいえ、彼女達も遊び半分で組織を運営しているのではない。
組織の足並みを乱す者を容易く許すほど、マグノ海賊団は甘くなかった。
代償は求められる、確実に――
「分かってる。迷惑かけているのは謝るよ。
でも――大切な事だから、アタシも譲れない」
部下も同僚も、彼女が製造した機械と同様に愛着を抱いている。
ドゥエロやバート――カイも然りだ。
大切な友達からこそ、不公平な真似はしたくなかった。
男とか女とか、性別など何も関係ない。
機関長として部下に迷惑をかける事は心苦しいが、自分の生き方まで否定するつもりはない。
良くも悪くも、パルフェは自分に素直な女性だった。
「……パイウェイ、お前もか?」
厳しい目で見つめられて、パルフェは縮こまる。
確固たる信念を抱けるほど、幼い少女は自分の人生を悟っていない。
マグノ海賊団に入団して数年が経過して、自分の居場所をようやく形成出来た時期なのだ。
自分の犯した事でお頭や副長に糾弾され、処罰が実行されると考えると震えが止まらない。
今回取った自分の行動が規律違反である事は承知していたとしても。
パイウェイは怯えた目を、横に向ける。
――ドゥエロと、バート。
頼りになる上司と――大切な、友達。
涙と恐怖を飲み込んで、パイウェイは必死で頷く。
「……うん」
立派な答えなどない。
二人を助けたかったから、力になりたかったから。
――孤独は、辛かったから。
親友は記憶を失い、同僚は恐怖と不安で自分の事で精一杯。
誰の支えもなく一人胸を張れる強さはない。
だからこそ、せめて自分に出来る事をする。
頷く事しか出来なくても、目だけは逸らさなかった。
――重い沈黙。
息が詰まるような空気が流れ、両者の間に緊迫感が生じる。
過酷な戦場に挑戦するドレッドチームのリーダーの目は鋭く、少女を恐怖に凍りつかせる。
怯みそうになるが、視線は落とさない。
友達を助ける事は悪い事ではない――そう信じている。
先に目を逸らしたのは……メイアだった。
小さく吐息を漏らす。
「……強くなったな、パイウェイ」
「皆が、いてくれるから」
緊張が解けた汗混じりに、パイウェイは子供のように笑う。
あえて口出ししなかったドゥエロも、口元を緩める。
メイアの額に置かれた布を取り替えて、彼女に語りかけた。
「今の君にこのような事を聞くのは心苦しいが、聞いておきたい。
――彼女にその後、何か変化はあったか?」
ドゥエロが視線を向ける先に、無邪気な笑顔で戯れる一人の少女の姿。
船内の混乱とは無縁な様子で、ソラに拙い言葉遣いで話しかけている。
ドゥエロの診た限りでは、記憶が戻る兆候はない。
哀しい事実だが、根本的な治療の手立ては現状見当たらない。
頭の負傷は順調な回復を見せているが、心の負傷は癒えない。
包帯を取り替えた上で先程二・三質問したが、怖がられるだけの結果となった。
余談だが、バートが明るく話しかけると緩んだ表情を見せて、ドゥエロなりに少し落ち込んでいた。
メイアの、ディータを見る目は痛々しかった。
「……此処へ連れて来たのも、パイウェイの診断と助言を求めに来た」
メイアは美しき容貌を歪ませて、白い手で顔を覆う。
呟くような声で。
「すまない……正直、私も途方に暮れている……
私は、どうすれば……」
……誰もが皆、医務室での騒ぎには触れていない。
怯えるディータ、少女を庇うソラ。
リングガンを構えていたメイア――
三者の間でどのような諍いが発生し、睨み合う結果となってしまったのか。
皆心の何処かで気にしながらも、触れる事は決してない。
この場にいる人間が、この半年間で嫌というほど経験している。
閉塞された空間、脅威に脅かされる毎日、明日も見えない困難な旅――
日常と非日常が入り混じる男女の空間で生じる心の変化と乱れは、好奇心で触れるべきではない。
本人同士の問題。
本人達だけでどうにもならなくなった時、初めてうち明けてくれるだろう。
メイアもまた一人の人間――
自分達に出来る事は、一人にしない事。
バーネットとは違う心の危機を鋭敏に感じ取り、ドゥエロは今医療特権で彼女を医務室に安置させている。
医療的特権など現状では無効に等しいが、メイアが受け入れているのを見ると彼女もまた自覚はあるのだろう。
心には直接触れず、見守れる距離で接していく。
表面上の診断を行いつつ、ドゥエロは静かに彼女に対する今後の方針を決めた。
「でさ……この後、どうする?
僕達一応バーネットを診に来た訳で……彼女がいないとなると――」
恐る恐るといった感じで、バートが頼りなく伺いに来る。
自分から率先して動こうとしないところが、彼らしくはあった。
団体行動で次なる行動を決めるのは、良くも悪くも責任が生じる。
問われたドゥエロは特に嫌がらず、思案する。
「脱走が発覚する前に、監房へ戻るのが無難な線だが――」
「? 浮かない顔をしているね、ドゥエロ君」
「……いや、これまでの我々の前に起きた数々の出来事から察するに――」
『手遅れです』
怪訝な色を強めるバートに、ソラは感情のない声で告げる。
『監房に、多数の警備員が詰め掛けています。
私の判断で、警報及び監視カメラは切りました。
今後について、至急御対応願います』
「えええええええええ!?」
ソラが淡々と懸念していた事態を説明すると、バートが恐怖と驚愕に絶叫する。
「やはり……簡単に事は進まないようだな……」
もはや、ドゥエロは人生を達観した顔で小さく嘆息した。
この船にいる限り、平穏無事などありえない――
半年間で学んだ虚しい真実だった。
<to be continued>
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