ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action53−主力−






   世界に破滅をもたらす怪物――

英雄を求めて旅する自分にとって、これほど明白な敵が宇宙に用意されているとは夢にも思わなかった。

故郷に居たあの頃には想像も出来なかったスケール。

世界の巨大さを肌で感じながら、カイはコックピットを閉じる。


「…何か、広くなってないか?」


 マグノ海賊団との一戦で破損した九十九式蛮型。

パイロット当人も大怪我を負って入院していたので、修繕後搭乗するのは初めてだった。

動作テストも行わずに実戦投入するのは無謀だが、突然の襲来では仕方ない。

メナラス軍に拾われて、セラン達に修繕と整備を任せていた。

彼女の人間性と破損状態の酷かった蛮型を見事に修繕した腕を見込んでだったが、いきなりの変化に戸惑いを覚える。

一人乗り用だった機体のコックピットが、明らかに視野が広がっている――

機器類に目覚ましい変化はないが、シートや情報機器系・操縦桿の配置に余裕を感じられた。

改良した本人は平気な顔で答える。


「うん、私が入れるようにしたよ」

「職権乱用かよ!?」


 整備を任せた事に、今更ながら後悔するカイ。

作戦の根底を覆された上に、彼女の意向が叶うように機体まで改造されている。

覗き込むセランを下から睨む。


「機体そのものに影響はないだろうな?」

「ぜーんぜん。むしろ、狭っ苦しくなかった?
無駄の多い構造に設計者の腕を疑ったんだけど」

「うーん…」


 一人用のペースだからと納得していたが、確かに窮屈だった気はする。

それでも、この機体はタラークの最新鋭だ。

簡単に技術改良出来るセランがずば抜けているとしか思えない。

カイの指摘で思い出したように、セランは憤慨する。


「後さ、タラークってソフトウェア関連全般が古くない?
情報処理の遅さに眩暈がしたわ。
機体の動作や機能の速度を含めて、実戦に耐え得るレベルになってない。
パイロットに死ねって言ってるようなものよ」


 ――思い出す。


初めての実戦でカイが蛮型に乗った時、機体に振り回されていた。

その上鈍重な動きと操縦の重さに機体を持て余し、ドレッドチームに翻弄される始末。

当時のカイの実力も確かに関係しているが、他のパイロット達も概ねマグノ海賊団に歯が立たなかった。

そもそも陸上戦用に作られた機体であり、宇宙における戦いでは不利になって当然である。

首相は絶賛していたが、実戦には到底役立てない機体のようだ。


「少年君が今まで戦えたのは、整備してくれた人達のお陰だね。
ちゃんとお礼を言っておかないと駄目だよ。
そうでなくても、パイロットって私達の苦労も知らずに平気で壊してくるんだから」

「は…はは」


 無茶な戦い方をしては、アイやパルフェによく怒られていた。

整備班を誰より困らせていたのは、間違いなく自分だ。



――懐かしい日々。



過去に戻れずとも、焼きついた思い出は生涯消えない。

今まで生き残る事が出来たのは、間違いなく彼女達の支えがあってこそだ。

その恩を、今こそ返す。


「じゃあコックピット以外にも、どこか改良してくれたのか?」

「制御系はほぼ全般。
ソフトを新しく入れ直したから、情報機器も段違いの処理速度を見せてくれるよ」


 思い掛けない援軍に、頭が下がる。

SP蛮型とは比べ物にならない軟弱な機体だったが、少しだけ光明は見えてきた。

絶望という闇夜からすれば蝋燭程度の希望だが、生き残る確率は多い方が良い。

二人して乗り込んでカイはシートに、セランは制御系の操作へ。

ツインシートではないので不自由をさせるが、操縦者はカイなので仕方ない。

テキパキと操作を行う彼女の背中に、カイは言葉を投げかける。


「…本当に最後まで付き合う気なんだな…

怖くないのか?」


 セランは手を止めない。

振り返りさえしないまま、しっかりとした声で答える。


「…怖いよ。死ぬのは怖い」

「だったら――」



「――でも。

皆が死ぬのは――大切な仲間が殺されるのは、もっと怖いから」



「…そうか…

そうだよな…」


 ――似ている…、身に染みるようだった。

仲間を失いたくない為、犠牲者を出さない為。

視野に広い狭いはあるが、命を懸ける理由には互いに充分過ぎた。

死ぬのは怖い。



でも――大切な誰かが死ぬのは、もっと怖い。



自己犠牲ではなく、自己満足に近い死に方になったとしても退けない。

だからこそ、彼女は逃げなかった。

カイと共に己の命が尽きるまで戦う事を選んだ。

無謀な選択だが、無茶だと罵る権利はカイには無かった。

生存確率を上げる努力をしてくれたのは、彼女だ。

コックピットを閉めて、手早く情報機器を操作する。


「完了したよ」

「早っ!?」


 センサー関連の起動に五秒かかっていない。

既存データの蓄積は完璧、想像を超える処理速度で外部状況が送られている。

SP蛮型と同等か、それ以上の情報演算力だった。

これなら、最低でも宇宙で翻弄される事は無さそうだ。


――深呼吸…


今まで以上に、強大な敵。

マグノ海賊団やペークシスの支援が何一つ無い、一機のみの戦闘。

勢力数は圧差。

勝つ見込みはまるで無い、身投げの様な死闘。



――されど、孤独ではない。



「しっかり掴まってろよ。操縦の邪魔になったら蹴飛ばすからな」

「その時は少年君の足にしがみ付くから大丈夫」

「余計邪魔だ!? たく…


じゃあ――行くぜぇぇ!」


 発進の許可を出す人間は誰もいない。

ある意味で気軽な船出で、カイは苛烈な戦場へと飛び出した。















 敵の足止めが最大目的の、この戦闘。

マグノ海賊団とメラナス軍が合流し、戦力を整えるまでの時間稼ぎが目標である。

カイの戦術は簡単だった。


「…目標到着まで、後五分。肉眼で確認出来る距離に来たわ。
どうするの?」

「鼻先まで接近させて、ぶっ飛ばす!

――ホフヌング、起動」


 ホフヌングは、ペークシスエネルギーを利用した遠距離兵器。

未知のエネルギー量を自由に変換出来る画期的な武器だが、未解明な部分に加えて弱点がある。

一定の収束率――

エネルギー充電時間に比例した威力を出せる。

言い換えれば、膨大なエネルギーを使用するにはそれだけの時間が必要なのだ。

過去の最大出力は三分――

アンパトスでユリ型を瞬時に宇宙の塵にした威力が、最大。

母艦を制覇するにはまるで足りない。

ジリジリ迫って来るキナ臭さに固唾を呑みながら、カイは計器が示すエネルギー量に目を向け続ける。


「…凄い収束率…どれほど高められるの?」

「実戦で数回しか利用していない兵器だ。限界は見えない。
ただ――欲張ると、機体が先に壊れる」


 ペークシスを扱う怖さはそこにある。

現代において制御が不能とされているのは、無尽蔵な力を利用出来る技術は存在しないからだ。

長い歴史を持つ地球でも、太陽を超える力を出来なかった。

自然が生み出す力を、一生命体でしかない人間が利用できると考える方が愚かなのかもしれない。

三分間耐えられたからと言って、五分間耐えられる保証は無い。


――緊張感に、カイは汗を流す。


三分間で惑星の大気を揺るがす威力を持つ。

五分間収束したエネルギーをぶつければ、三分の―一四分の一は破壊出来る筈だ。

倒す必要はない。

巨大な戦力を持つ母艦であれ、ある程度破壊すれば修復に時間がかかるだろう。

その隙に脱出してマグノ海賊団と合流、戦力を整えて勝率を上げる。

ホフヌングで倒せるとは思っていない。

敵に致命的なダメージを与えようなどと、自惚れていない。



せめて、せめて――足止め出来る時間を…



カイは汗に濡れた手で操縦桿を握る。

外部モニターの向こう側から、ゆっくりと巨大な構造物が向かってきている。

一人ではないのが、逆に怖い。

五分間の制御に失敗すれば、機体が吹き飛ぶ。

自分一人の死では済まされないのだ。

――これほど成功を願った事は、かつて無い。



頼む、頼む…



「――大丈夫だよ、少年君」

「あ…」


 汗ばんだ手の上に――少女の手。

燃料と機体を触って汚れた手の平が、少年の手をしっかりと握る。

驚きに顔を上げた先には、少女の明るい微笑みがあった。


「きっと、うまくいくから」

「…ああ」


 改めて――女の偉大さを思い知った気がした。

男のちっぽけな恐怖を吹き飛ばす、女の魅惑の笑顔。

心を奪われたその瞬間、きっと二度と勝てなくなるだろう。

怖くもあり、嬉しくもある。


緊張は消えた。


外部モニターの望眼率を高めるまでも無く、敵は接近してきている。

ブリッジで見た趣味の悪い巨大戦艦が、恐怖と絶望を手土産に襲来する。


宇宙空間を飲み込む大きさの円柱を、肉眼で確認――


完璧に補足しているのか、一寸の乱れも無くこちらへ向かっている。

若干、安堵。

この作戦は、敵側がカイ撃墜を第一目標にしている事を前提にしている。

無視してメラナス本星に突入されたら、対処に苦慮するところだった。

綱渡りの最初は突破出来た。


後は――


「…あれだけデカけりゃ、はずしようがねえな…」


 ――機体を揺るがすエネルギー。

弓形に可変した遠距離兵器が、矢の形に光を収束していく。

銀河を貫く、破壊の弓矢。

空間を鳴動する力を宿して、カイは照準を敵に向ける。

ジリジリ迫られる緊張感に、我知らず口が開く。


「…30…29…28…」


 生死を隔てる、カウント。

"希望"が生み出す高き力が、絶望を打ち砕く。

見据える瞼は細く引き締められ、恐るべき集中力で敵を睨んでいる。


「…13…12…1――え」


 ――円柱の先端に、巨大な光。

闇に満たされた真空空間を明るく照らし出す、絶大な閃光が母艦に収束していく。

カイは目を剥いた。


「まさか――あいつも!?」


 構造上、母艦そのものに武装はないと考えていた甘さ。

無骨な先端に何も仕掛けられていないと、表面しか見ていなかった迂闊さが露呈する。



母艦の先端は、収束砲だった――



モニター画面を焼く激しいエネルギー。

ホフヌングの収束率を圧倒的に超える速さで、力が蓄えられている。

残り、十秒。


――悠長に待てば死ぬ!?


「ホフヌング――発射!!」


 必殺の矢が、放たれる――


急激な反動に必死で操縦桿を握りながら、機体を制御。

光の本流を前に機体が耐えてくれた事を感謝して、前方を見据える。

収束された光の矢は一直線に母艦へ向かい――



――相手側も、発射した。



先端から放たれた凄まじい力が光の矢と激突し、派手にエネルギーを撒き散らす。

収束した光と、光の洪水。



矢は洪水の中心を駆け抜けて――消えた。

希望の矢に引き裂かれた絶望の力は空間に消えて、消滅する。



「…相殺…され、た…」



 茫然自失。

託していた希望は、たった数秒間収束した絶望の力に消された。

何事も無かったかのように、敵は次々と無人兵器を吐き出す。



――歯噛みする。



安全策はこれで潰えた。

これでは何度撃っても相殺される。

出力を上げれば撃ち勝てるかもしれないが、エネルギーの反動に恐らく機体が持たない。

――セランと自分、二つの命を懸けた戦い。



犠牲者を出さない。

奪わない、奪わせない――



カイは…自分の理想が足元から崩れていく感覚に、身震いした。


































<to be continued>







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