ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action52−安否−
『逃走ルートに、機雷を設置』
艦長に戦術を申し出た、カイの最後の指示だった。
敵に逃走先を悟られる愚を引き換えにしても、成果は見込める――カイの言。
『俺も後であんた等を追うからな。目印にするよ』
『ならば、マーカーで――』
『敵が俺より先に追撃した場合、機雷は有効だ。
奴らは自分の力を過信している。
多分馬鹿正直に一個一個潰して追って来るだろう。
打撃を与えられるし、敵の足を遅く出来る』
――戦線の一斉放棄が開始された。
採用されたカイの案は各クルーから反対が相次いだが、艦長が説明。
聞き終わった瞬間、少年の勇気と悲壮な決意に皆が敬礼する。
誰一人、彼を愚かだと笑う者はいない。
涙すら呑んで、戦士達は少年に謝罪とエールを送る。
今、この瞬間――
――彼はメラナスの英雄となった。
英雄は死んで、その名を永遠とする――
不吉な予感を皆が隠しつつ、行動が開始された。
母艦の到着時刻は、概算して半時間余り――
カイの為に小型艦を一隻残して、艦隊は速やかに移動。
蛮型の整備と収容作業が行われ、ニル・ヴァーナへの案内役となる救助船は先に発進となった。
――見送りの場で、最後まで仲間達は抵抗した。
「馬鹿な事は止めてよ、カイ! 一緒に逃げよ」
アマローネは泣きながら、カイの手を引っ張る。
非力な自分が堪らなく悔しかった。
何の為について来たのか、これではまるで分からない…
カイは静かに振り解く。
「俺は行けない。奴らの足止め役だからな」
「皆で力を合わせれば、絶対に勝てるわ!
カイがここで命を懸ける必要なんてない!!」
「…力を合わせる為に、連中の足を止める必要があるんだ…
ここで誰も居なくなれば、奴らはメラナスを襲う。
万が一襲わなくても、連中の足の速さでは追撃されて終わりだ」
戦線の放棄は、つい先程決められたばかり。
足並みが揃わない艦隊を追うのは容易だった。
無人艦隊の中には、ヴァンドレッド・メイアの速度に匹敵する鳥型がいる。
「でも…でも…!」
「――もういいよ、アマロ」
「セル…」
熊の縫いぐるみは――脱いでいた。
アマローネの手を優しく握ったまま、素顔をカイに向ける。
「お別れですね」
「ああ」
「…良かったです、これで貴方の顔を見なくてすみます」
セルティックの表情に悲しみの色はない。
事実をありのまま告げて、不愉快げに眉を潜める。
「馬鹿な奴です…最後まで、馬鹿でした」
「おいおい、まだ死ぬと決まった訳じゃないって。
全力を尽くすつもりだぞ、俺は」
「…。
…なら、帰って来て下さい…」
「え…」
「行こう、アマロ」
「ちょ――きゃっ」
そのまま背を向けて、セルティックはアマローネを引き摺って中へ。
最後の最後まで――
――カイに優しさを向ける事はなかった…
彼女らしいと、カイは苦笑する。
逆に――キッチンチーフのセレナ・ノンルコールは泣きっぱなしだった。
「どうして…どうして、ですか…ヒック…
こんなの、あんまりです…ううう…」
戦いには不慣れな彼女でも、今回の作戦の困難さは分かるのだろう。
十中八九、カイが生き残れる可能性はない――
犠牲者が一番少ないやり方でも、彼女は納得出来ない。
本当に、海賊らしくない女性だった。
だからこそ――平和な世界で、彼女には大切な人達の為に料理を作り続けてほしかった。
「――セレナさんから教わった料理、忘れないよ…」
「そんな事――そんな事、言っちゃ駄目です!
絶対に…絶対に、また会えます! 会えるって言ってください!」
「…ルカ、この人を頼む」
「ん」
泣き崩れる彼女をそっと押して、小柄な女の子が肩越しにカイを見る。
毎日のようにカイをからかい、意地悪ばかりした彼女。
――誰よりも、カイに力を貸したのもこの女の子だった。
「特攻馬鹿」
「てめえはいつまでもそれか!? たまには――」
「ちょっと、カッコいい」
「そうそう、そうやって褒めろって――へ…?」
皮肉げに笑って、ルカはセレナを連れて中へ入った。
呆然とするカイを、力強く押したのはジュラだった。
「…最後までカッコつけて…
馬鹿は死ななきゃ治らないみたいね」
「お前らはどいつもこいつも、馬鹿馬鹿と…
もうちっと、応援メッセージとかないのかよ」
「今度会った時言ってやるわ。
――だから、帰って来なさいよ…返事しなくていいから」
叶えられないかもしれない約束は苦痛である事を、ジュラは知っている。
死に逝く者に、激励は悲しいだけだ。
泣き疲れた女性は弱々しく微笑んで、救助船の中へ入った。
――きっと、また泣くのだろう…
ジュラの震えた背中が、胸に響いた。
帰って来ると約束出来ない自分が、歯痒かった。
「…ピョロ。あいつらを、頼むぞ」
「カイ…ピョロも一緒に――」
「駄目だ、お前も行け。
むかつくけど――俺は、お前だって死なせたくない」
「――ピョロは、人間じゃないピョロ…」
「どうでもいいよ、そんな事は。
人間だろうがロボットだろうが、俺は生きていてほしいんだ」
「…何で…最後になって…
そんなに優しい事言うんだピョロ…
嫌いなまま、お別れしたかったピョロ…」
きっと――誰もが皆、同じ気持ち。
男だと憎めたままだったら、簡単に置き去りに出来た。
出逢ったゆえに、この結末――
少年を残して去る自分達を、皆が呪っていた。
ピョロも乗り込んで、救助船の出入り口が静かに閉じられる。
操縦席の窓から見える人達に――笑顔で、手を振る。
――そして、背を向けた…
泣いた顔を、見せたくなかった…
母艦到着まで、後五分――
肉眼で確認出来る距離まで接近を許した時には、戦線は完全に放棄されていた。
残されたのは、小型船一機――
状況を確認したカイは格納庫へ向かう。
発進準備は完璧に行われている。
コックピットへ入り、そのまま射出に時間はかからない。
無人の艦内を思いっきり走って、そのまま格納庫へ入り――
――信じられないものを、目にする。
「あ、来た。おーい」
「セラン!?」
――コックピットの前で、明るく手を振る一人の女性。
何故かパイロットスーツを身に付けた彼女は、カイに向かって微笑む。
「遅かったじゃない、少年君。もう整備は終わってるよ」
「お、おま、お前…」
「えへへ、どう? 初めて着たんだよ、このスーツ。
ボディラインが出て恥ずかしいけど、似合うかな?」
「似合うかな、じゃねえぇぇぇぇぇ!!!」
地団太を踏む。
犠牲者が出ないようにあれこれ考えたのが、全てオジャン。
計画を根底から台無しにする第三者が、しっかり船に残っていた。
「何で残ってるんだ、何で!」
「勿論パイロットあるところに、整備員ありよ」
「艦長命令を聞いてなかったのか!?」
「うん、聞いたよ。断った」
「断ったって…コラァァァァ!?
お前がここに残ってたら意味がないだろ!」
「…なんで?」
「何でって――あのな…」
犠牲者は、一人でも出したくないのだ。
一人でも――
たった一人でも出れば、自分の戦略は頓挫したも同然だった。
女にここまで怒りを抱いたのは、初めてかもしれない。
――そして。
相手もまた、同じだった。
「どうして、私が死ぬ事になるの?
――少年君が生き残ったら、私も助かるよ」
「そっ――それは…」
「少年君。
私だって、同じだよ。
少年君が死ぬのは嫌だよ」
「…」
――全てを、理解する…
セランはカイがどのような思いでこの作戦を立てたのか、分かっている。
分かっているから、此処へ残った。
足手纏いになると分かっていても――
――カイの命を繋ぐ足枷として、自分の命を危険に晒したのだ。
褒められた事ではない。
だが、それはカイも同じだ。
仲間のために、自分の身を犠牲にする――
彼女を否定すれば、自分の行為も否定しなければいけなくなる。
逃げろと言うのは、そのまま自分に言うのと同じだ。
「…生きて帰れる保障はねえぞ…」
「そんなの、何処にだってないよ」
自分の信じる道を貫くには――意地でも、生き残らなければいけない。
彼女を見捨てられない以上は。
土壇場で貰った、命懸けのエール。
カイは心から降参の意を示し、彼女をコックピットに乗せた。
<to be continued>
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