ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action50−夢路−






   母艦の弱点を強いてあげるなら、奇襲に不向きな大きさである事だろう。

全長三キロのニル・ヴァーナが小粒に見える巨大戦艦――

敵側に簡単に補足される。

蹂躙される立場のメラナス側からすれば、不幸中の幸いだった。



全艦に鳴り響く警戒警報――



幾度と無く抵抗し続けた勇猛なクルー達は動揺こそ見せても、混乱は起こさない。

素早く持ち場へ戻り、出撃体勢を整える。

必ず生き残る――固い決意を胸に。

艦長は厳しい表情で的確な指示を与え、各部署に随時連絡を取り合う。

懸命さが、恐怖を覆い隠していた。

客人とはいえ、艦の人間ではない者に口出しは出来ない。


戦闘開始前の僅かな隙間――


混乱する頭を叩いて、カイは必死で考える。

彼の心境も皆と同じ。

生き残る――全員で。

その為に今、出来る事をしなければいけない。

一手でもしくじれば死ぬ、この戦況下で。

特に自分は今、一人ではない。

自分の身を案じ、己自身の生き方を見つめ直す為について来てくれた人達がいる。

自分の帰りを信じて待つ人達がいる。

自分と目標を同じく、別の場所で戦う人達がいる。

自分の為に苦しんだ人達がいる。



――決着をつけなければいけない、人達がいる。



生きる理由が多すぎる。

このまま死ねば、本当にただの無責任だ。

頭の中で整理する。


(俺に出来る事――戦う事。
蛮型に乗って、メラナスに参戦して…


…勝てるのか、本当に?)


 気合や根性でどうにか出来るレベルを超えている。

乱戦になっても生き残る自信はあるが、自分一人生き残っても無意味だ。

戦場で通じる理屈ではないにしても、犠牲者は出したくなかった。


奪うのも、奪われるのも、断じて認められない。


海賊的なやり方を、今後生涯許さないと決めたのだ。


(――でも艦長達は死ぬまで戦いを止めないだろう…
ここで引けば、故郷は刈り取られる。
今度の襲撃が本格的ならば、敵も本気で来る。

あの大軍が…あの母艦が、本気になったら――)


 厳しい顔で、周囲を見渡す。

男も女も心を一つにして、分け隔てなく戦いに挑んでいる。


――ニル・ヴァーナの、未来…


今の自分には眩しすぎる風景だった。

こんな時に不謹慎かもしれないが、束の間目を奪われた――

拳を、握る。

憧れの光景を、敵に汚されるなんて御免だった。

だが、今の段階で対抗する術が無い。


――艦長に戦術を求めようとして、踏み止まる。


必死の形相。

モニターの母艦を睨みながら、檄を飛ばしてクルー達を鼓舞している。

聞ける状況ではなかった。

そもそも、必勝の戦術があるのなら最初に話している。

クルー達全員に伝えている筈だ。

カイは唇を噛んだ。

絶望的な状況下で、いつの間にか誰かに甘えようとしている自分に気付く。


――恐怖している。


負ける事を、死ぬ事を怖がっている。


――奪われる事を。


仲間を助けられない非力な自分を、心のどこかで自覚している。

マグノ海賊団との離別以来、日増しに強くなる諦観――心の迷い。

巨大な敵の正体、引き裂いてしまった絆。


勝利の確信がない――


敵の弱点でも、味方の増強でも、あるいは精神論でもよかった。

これさえあれば勝てるという、何か。

その何かが自分には欠けている。

そして――その何かを、自分は知っている。


――マグノ海賊団への、答え。


海賊という道を選んだ彼女達への、自身の答えが無い。

海賊以外に彼女達が生きる道。

彼女達の可能性を指し示す、自分の生き方の答えが無い。

だから、迷ってしまう。

心の基盤が無いから、足元すら危うい。


――これでは勝てない…


今の自分にはヴァンドレッドも、SP蛮型もない。

パイロット経験は半年、その大部分をSP蛮型の高度な性能に頼っていた。

自分の弱さを自覚したところで、ふらつく足元が固まらない。


時は、迫っている――


出来損ないの自分で出来る事は無いだろうか…?

(――考えろ…考えろ…諦めるな!


俺に出来る事――蛮型に乗る事。

俺にやれる事――戦い続ける事。

俺がやらなければいけない事――皆を、助ける事。


俺がやりたい事――誰も死なず、皆が平和な世界へ…



…。



…あ、った…)


 ――それは、使い古された手。


激しく、自分が認めなかったやり方。

他の誰かがこれをやれば、きっとそいつを自分は許さない。

身震いする。

これをやれば、自分は…



――だけど、皆が助かる可能性は増える。



その事実だけが、唯一にして最大の手柄。

実行するに値する報酬だった。

カイは息を呑んで、汗ばむ拳を握る。

そのまま強い足取りで艦長席へ向かって、彼は決意の眼差しを向けた。


「艦長、話がある――」
















「――何よ、話って」


 流石に艦内警戒態勢移行中とだけあって、カフェには誰もいない。

今頃厨房で非常食と携帯食の調理に、厨房のスタッフは励んでいる頃だろう。


――食堂に集められた、ニル・ヴァーナチーム。


カイからの急な召集だったが、皆に疑問の色は無い。

恐るべき戦いが目の前に迫っている。

母艦の映像はもう皆も見ていた。

問い質すジュラも確認のような意味合いで、カイに尋ねる。


「ジュラ達も参戦するんでしょ? ぼやぼやしてる暇無いと思うけど」

「カイさん、私も皆さんのお手伝いが――」


 キッチンチーフのセレナ・ノンルコールが、そわそわして厨房の方を見ている。

御手伝いの最中だったのだろう。

厨房のコックは男なのだが、彼女は抵抗も無く混じって働いていた。

カイは瞑目して、口を開く。


「…皆はどう思う? 正直な意見を聞かせてほしい。
仮に俺達が参戦したとして、この戦い――勝てると思うか?」

「そんなの、ジュラがいれば勝てるに決まって――」


「負けるでしょ、絶対」


 勝気なジュラの言葉を遮って、足をブラブラさせていたルカが呟く。

彼女は現実主義、理想で物事を語らない。

ジュラはルカを睨むが、反論の言葉無く秀麗な唇を噛む。

落ち着かなく座っていたアマローネも不安顔で、


「アンパトスを襲撃したあの無人兵器より大きいのよ、ジュラ。
あの時どれだけ大変だったか、ジュラが一番よく知っているはずよ」

「そ、それはそうだけど…」


 ――通称、ユリ型。

一度目カイに撃退されて、再度襲撃を仕掛けてきた時は何倍もの大きさに膨れ上がっていた。

ジュラとディータが内部破壊を仕掛けて、ニル・ヴァーナの特攻でようやく倒せた恐るべき戦闘兵器だった。

デジタルな目を恐怖に震わせて、ピョロはカイを見上げる。


「どうするピョロ…? 
勝てないと分かってて戦うなんて、命を犠牲にするだけピョロ」

「――俺もそう思う」

「え…?」


 皆、意外そうな顔をする。

少なくとも、今までのカイなら死を覚悟で特攻していた。

諦めなければ勝てる、そう信じて突っ込んでいっただろう。

カイは厳しい顔で皆を見渡す。


「今のままだと、負ける。だから、こうしようと思う。


――今から全員、救助船に乗れ」

「ちょ、ちょっとそれって――逃げる気!?」


 シュラは血相を変えて詰め寄る。

カイは静かに頷いた。


「そうだ。勝てない相手に挑んでも死ぬだけだ。
命を粗末にするくらいなら、俺は逃げるべきだと考える」

「ふざけないで!」


 ジュラは激昂して、カイの胸倉を掴んだ。

殺気立った瞳を向けて、ジュラは怒りを露わにカイにぶつける。


「ここにいる人たち、全員見捨てて逃げろっていう気!?
冗談じゃないわ!
あんたの怪我を治してくれたのも、ここの人達のおかげじゃない!
よくそんな恩知らずな真似が出来るわね!?

そんな奴だと思わなかったわ!」

「そうだピョロ! 酷すぎるピョロ!?
人間の屑だピョロ!」

「やーい、ばーかばーか」

「便乗するな、お前は!?

…たく、いつからそんな正義感に目覚めたんだお前ら…」


 ルカはともかく、他のメンバーは本気で怒っていた。

口に出さない他の面々も、不満や非難をカイに向けている。


――自分達の事で精一杯だった仲間が、外の世界の住民を思い遣っている…


変化は、確実に訪れていた。

カイは決意を新たにする。

この変化を、決して消してはならない。


「勘違いするな。逃げるのは、俺達だけじゃない。

――ここにいる人達を連れて逃げるんだ」

「全員で…?」


 怪訝な顔をするジュラに、カイは説明を入れる。


「ニル・ヴァーナは現在、原因不明の事故で停泊している。
位置は俺達が出て行ってから動いてない。


――あの母艦を倒すには、ばあさん達の力が必要だ。


マグノ海賊団・メラナスの連合軍で、あいつを倒す」

「――!」


 驚愕。

ジュラも掴んだ手を離して、呆然とした顔でカイを見る。

確かに今、手元の戦力では母艦を倒すのは不可能だ。

しかし――


「で、でも敵はもう接近して来ているのよ。
逃げる時間なんてあるの…?

それに此処から戦線を離したら、母艦はメラナスの星に向かうわ」


 セランと艦長から聞いた戦況を元に、アマローネは的確に分析する。

計算の速さと状況の読みは、流石に一流だった。

彼らがこの戦況下に踏み止まっているのは、自分達の故郷を守るためだ。

たとえ勝算を上げる為でも、彼らがこの提案をのむとは思えない。


ならば。


どうやって彼らを、カイは納得させたのか――



「俺が此処に残る」



「――っ!? え…」

「俺が残って――

――奴らを、足止めする」


 何て事は無い。


――カイは結局、何も変わってはいなかった。


犠牲を出さないために、最善を尽くす。

自分の命を、懸けてでも。


































<to be continued>







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