VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action25 −開催−
全周波数における艦内一斉放送。
全部署・全領域にネットワークを通じて、映像と音声を送る。
通常使用するのに最低限の許可は必要なのだが、カイはこれまで幾度か利用していた。
マグノ海賊団との初の共同戦線に向けて、己の覚悟を明かしたメッセージ。
メイアが重傷を負い、敗戦目前で意気消沈した皆に向けた約束。
そのどれもが個人の目的で使用したのだが、特に主だった処罰は受けていなかった。
緊急時だった事もあるが、艦内に不穏を招く事はおろか皆を力づける為に使用した為。
覚悟を示したあの時も、マグノ海賊団を否定して――肯定した。
そして本日、イベントチーフの権限の元放映が行われる。
「本当に、手伝わなくていいの?」
「主催者の挨拶なんだ、俺一人でいい」
倉庫を後にして、賛成派主要陣はイベントルームへと移動する。
倉庫内に放置されている品々は興味深い物もあったが、本格的な散策は後回しとなった。
もっと重要なイベント、主催者による艦内一斉放送が行われる為である。
イベントチーフのミカが少し心配そうに尋ねるが、カイは笑って断った。
彼女の心配も無理は無い。
倉庫でルカも指摘したが、これから放映するビデオ内容はタラーク・メジェールの常識を覆す。
もし両星で流せば、国家反逆罪が適用されても言い訳出来ない内容だ。
両国家が旗印としている価値観を真っ向から否定し、混乱を招くのは必然である。
見る者がどう判断するかは別にしても、内容そのものに限りない火種を抱えていた。
放映すれば、カイが矢面に立たされるのはまず間違いない。
カイは揺るぎない表情を浮かべる。
「どうせ、現時点で俺は嫌われ者なんだ。大して変わりはしないよ」
確かにそれは事実だが、ミカは安易に片付くとは思っていない。
クリスマスはこの困窮する旅中で行われる、癒しにもなり得るイベントだ。
マグノ海賊団は旗上げして数年だが、団内の絆は根強い。
友情から恋愛感情に発展し、仲睦まじくする両人からすれば何よりの一日だ。
艦内にはカイが主催する事実を知らない人間もある。
前もって公布はしているが、大々的にではない。
突然の男の主催に加えてのこのビデオ――波乱の予感が胸に飛来する。
ミカは息を吐き、小さく笑った。
反対してもカイは実行する、そういう男だ。
怨嗟や拒絶に晒されても、自分の心を貫く。
自らの責任一つで済むのなら、尚更止めたりはしないだろう。
そして――それを期待しているから、カイを主催者にした自分。
不謹慎かもしれないが、やはりカイを招いて良かったと思う。
冷凍庫事件で肝を冷やし、後悔もしたが、己の意志を曲げないカイに勇気付けられた。
同時に、あろうことか冷凍庫に放り込む暴挙に出た仲間達を目の当たりにして、憤りを感じた。
――このままではいけない。
男を蔑視するのは故郷を思えば当たり前だ、理解は出来る。
海賊家業をしている手前、奇麗事を言う気は無い。
自らの手を汚し、多くの人間に非道ではないにしろ略奪を繰り返した。
自分達と大勢の難民を救う為とはいえ、世間では悪とされる行為を取ったのも事実。
だからといって、冷凍庫に監禁とは信じ難い行動だ。
男だから何をしてもいいのだろうか?
生きる価値に値しない存在、それが男だと教えられた。
家畜以下に見られているカイ、でも一本気で真っ直ぐなのだ。
マグノ海賊団が迷惑を被った事もあるが、何度も助けられた事実は決して消せない。
なのに、この有様。
お頭や副長がどう思っているのかは知らないが、静観するのも程がある。
仲間の取った情けない行動に、ミカはむしろカイを積極的に応援したくなった。
男女共同生活が正しいのかどうかは分からない。
でも仲間が正しいのか、カイが間違えているのか、現状を客観的に見る限り両者の行いがどちらに傾くかは分かる。
イベントを行う為には、艦内の動向や雰囲気を見る観察眼が大切なのだ。
事実を事実として受け入れて、それからどのようなイベントが必要かを考える。
前例が大好評だったとしても、今回がうまくいくとは限らない。
イベント開催には例年には無いインパクトも必要だ。
ミカが次第に興奮していく自分を自覚する。
今年は――楽しくなりそうだ。
「皆、用意はいい? そんじゃ、行くわよ!
・・・・・・。
・・・・・・五秒前!
・・・3・・・2・・・1・・・!」
他の皆は何も声をかけない。
ただ黙って、見守るだけ――
一同が見守る中、艦内全域に放送が流された。
『皆さん、こんにちは。カイ=ピュアウインドです』
『皆さん、こんにちは。カイ=ピュアウインドです』
「!? ――っ」
その日、セルティックは業務中だった。
コンソールのヴァージョンアップとメンテナンス、ネットワーク回線の調査を行っていた。
地道な作業だが、彼女はコツコツとした仕事を好んでいる。
同姓には素顔を見せているが、人見知りな性格は変わらない。
クマの着ぐるみに頭部のみを外し、一人でプログラムを走らせていた最中だった。
突然ブリッジの中央モニターが起動し、前面にカイが映し出されているのを見る。
別に本人がその場にいる訳でもないのに、セルティックは慌てて頭部を被り直す。
例え映像であっても、カイにこの素顔を見せたくは無かった。
この船で――
――誰よりも嫌いな人だから。
『突然の放送で驚かれたと思いますが、しばしお耳を拝借願います』
セルティックは手を休め、カイに目を向ける。
「・・・・・・似合いません、敬語なんて。
何時ものように汚らしい言葉で話したらいいじゃないですか」
まだ十台半ばの女の子。
友達と話す時は普通に会話して、やや幼さが残る話し方をする。
敬語で話すのは当然上司だけ。
カイに向けられたこの話し方は、彼女なりの他人行儀だった。
仲間としても、上司としても扱う気は無い。
彼は味方でもなく――今はもう敵だった。
『皆さんはもうご存知かもしれませんが――』
カイは何者にも恐れぬ瞳で、画面の向こうから真っ直ぐに目を向けて来た。
『――今年行われるクリスマスを、俺が主催する事になりました。
マグノ海賊団のみならず、俺達男三人も参加する予定です。
いえ――参加します』
「あの人っ!?」
セルティックは思わず立ち上がる。
今何を言ったのか、あの男は自覚しているのだろうか?
マグノ海賊団だけのクリスマス。
年に一度の華やかな女性のイベントに、ずうずうしく参加すると宣言したのだ。
今までのように内々に話を進めてではない。
大胆にも、この船に乗る150人のメジェール人に参加予告をしてしまった。
こんな事をしても、カイには何の利も無い。
むしろ当日ないしは近日まで事実を伏せて、後に公布した方が反感は少なくて済む。
男が参加するクリスマスだと聞いて、誰が参加するというのだ。
誰が――
「・・・・・・許していません。謝るまで、許しませんから」
・・・謝っても、許さないって、わたし・・・
内なる気持ちの揺らぎに、セルティックは唇を噛んで俯いた。
『突然の事で驚かれたと思いますが、俺は本気です。
クリスマスという行事がどのようなものであるか、残念ながら想像しか出来ません。
タラークには年に何度か祭りがありましたが、クリスマスはありませんでした』
訥々と穏やかに話をするカイを目に、メイアはコーヒーのカップを傾けた。
カフェテリアには他にも何人かクルーがいて、驚いた顔ではやし立てているのが見える。
内容から察するに、賛否両論のようだ。
メイアは、カップで口元を隠す。
カフェテリアにいる同僚に、今自分が浮かべている表情を見られたくは無かった。
『こんな俺が主催する事に不安――もしくは反感を抱くのはもっともだと思います。
俺だって男の行事を女が主催すると聞けば、不安になります』
(――やはり、動いたか・・・・・・)
エステチーフのミレルや警備チーフのヘレンには申し訳ないが、監禁は失策だったと思っている。
有効的な手段なのは否定はしない。
問答無用で冷凍庫に拉致監禁すれば、反対派の存在を骨の髄まで思い知る。
今後警戒を強めるか、主催を降りる等の撤退を考えるのが普通だ。
そして、その普通を呆気なく無視するのが――あの男だ。
ある意味で予想通りだが、ここまでやってくれると表情が緩んでしまう。
つくづく、飽きさせない男だった。
『ですが、こんな俺を――支えてくれる人がいます。
一緒にやろうと、励ましてくれる人達が。
男と女が一緒なんて、異常かもしれません。
でも――俺はそうは思いません』
(・・・・・・)
はっきりと、言い切った。
今まであやふやで、不安定な空気の中で暮らしていた男女共同生活。
不満は山ほどあった。
衝突は数知れずだった。
このまま男女が共にするべきか、内輪で反発していたのも少なくは無い。
でも――本当に、それだけだろうか?
誰もが皆、ただ漠然と不満だけを抱えていたのだろうか?
それは――違う。
変わらない現実の中で、変わってしまった心だってある。
今在る目の前を不満に思う気持ちが、周りに共感しているとは限らない。
男が居るのに不満に思う心と――
――男が居るのに不満に思う心を、不満に思う心もある。
カイが今言った通り、カイを応援する女性も居る。
男を否定するという事は、その男を思う女を否定する事に繋がるのだ。
『俺は――女と一緒に居て、楽しいです。
この気持ちは異常かもしれませんが――嘘ではありません。
俺は皆と一緒に、このクリスマスを過ごせたらと心から思います』
男も女も一緒に――それは理想であり、愚者の妄想でもある。
この艦内の一体何人が、望んでいるというのか?
少なくとも、今までのマグノ海賊団は生活は不安定だが、組織として安定していたのだ。
余計な要素を挟む筋合いは無い。
旅に出る前のメイアなら、断言しただろう。
今一度、メイアはカップを傾ける。
クリスマスを参加するつもりは無かった。
皆が賑わう場所が苦手だった。
他者との親密なコミュニケーションは、弱さに繋がると思っていた。
皆と一緒にこのクリスマスを――
カイの嘘偽り無き気持ち。
例えカイ本人の妄想でしかないにしても、少なくともカイは自ら望んで実行している。
口だけではない。
何より――悪くは無いと思う自分がいる。
メイアは静かに微笑んだ。
反対派と賛成派。
この戦いは決して――男と女だけの戦いでは終わらない。
心苦しいが、遣り甲斐はある。
決して、避けられない戦いなのだ。
そして――自分は戦いのエキスパートだ。
(お互い、負けられないな)
やるべき事は沢山ある。
通常業務はしばらく控えて、これから行われる内戦に目を配らなければいけない。
『ではこれから――皆さんにお見せしたいものがあります』
放映された内容に細工は無い。
小細工の無い真っ正直な映像を、艦内全域に広めた。
その内容は今は消えてしまった幸福であり、世界だった。
過去として埋没し、歴史の片隅で消えてしまうしかない束の間の時間。
五分程度の内容だが、その一場面は艦内を震撼させた。
「・・・・・・男と女が一緒にいるね」
「それが普通なんだぴょろ」
「普通・・・・・・そうなんだ・・・・・・」
休憩室で二人過ごしていたディータとピョロが、映像を見つめている。
心の機微に疎い。
この二人に共通して言える事である。
他人の悪意や善意に鈍感で、世間に蔓延る思想に怯えてしまうタイプ。
間違いに気づいてもなかなか口に出せず、引き篭もってしまう。
そんな二人だからこそ――常識に縛られない物の見方も、また出来る。
「宇宙人さんとディータも――おんなじなんだね・・・・・・」
「違うぴょろ」
「え・・・・・・?」
きょとんとするディータに、ピョロは威張った顔で言った。
「性格の悪さは、カイが断然上だぴょろ。ディータの方が、ずっと優しいぴょろ」
「そ、それは言い過ぎだよー、ロボットさん」
肩を寄せ合って、二人は笑顔を見せ合う。
そして、二人はまあ映像を見つめる。
「・・・この女の子、可愛いね」
「ピョロは・・・・・・この赤ちゃんが一番可愛いと思うぴょろ」
「うん・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ディータ、迷っているぴょろか?」
「え、え?」
ピョロはデジタルな瞳を覗かせる。
初めての、女友達に見せる優しさで。
「――カイはきっと、怒らないぴょろ。
ディータがどうしてもと言うなら、ピョロも一緒に謝るぴょろ」
「・・・・・・ん」
反対派陣営に居る二人。
勢いに乗せられて入ったが、カイと袂を分かってしまった。
そして、今のこの映像。
誰よりもカイを好きでいるディータに、今の立場は辛い。
このまま反対派に居れば、衝突は避けられない。
今ならまだ、引き返せる。
ピョロは、そう言ってくれているのだ。
ディータは静かに首を振った。
「立場が違っても・・・・・・出来ることはあると思う。
だって宇宙人さんは今までそうして――ずっと戦って来たんだから。
ディータはね、一緒じゃなくても出来る事があると思うの。
難しくて今はまだ分からないけど――もう、分からないままにしたくない。
ディータ、一人でやってみたいの」
男と女と言う種別の違い。
敵対する立場でありながら、カイはマグノ海賊団を守り抜いている。
眩しくて――とてもカッコいい姿を見せてくれる。
あの人の隣に、立ちたい。
今は心から、そう思っている。
ミッションの時のように、泣いて震えて誰かに甘えるのはもう嫌だった。
「なら――ピョロも一緒にいるぴょろ。
ディータは、一人じゃないぴょろ!」
「――うん。ありがとう、ロボットさん」
心の内を、熱く奮わせる。
ジュラの一件――思いを一つにした共感は、ロボットと人間の絆すら深めてくれる。
男と女もこれであってくれたら――それはディータの思想。
ようやく芽生えた、ユメでもあった。
カイは最後にメッセージを残す。
『この映像を見て何を思うかは、皆さんのご想像に委ねるしかありません。
あくまでメジェールを信じるか、この映像に真実を見出すか。
かつてのこの営みを過去として終わらせるか、未来への糧にするかは、皆さん次第でしょう。
俺は――この家族を嘲笑ったりはしません。
心から、憧れと羨望を抱ける幸せの象徴とすら感じています。
今年のクリスマスは、この家族をテーマに開催するつもりです。
男と女の在り方を、今一度考える良い機会ではないでしょうか?
――最後になりましたが、皆さんのご参加を心から待っています』
<to be continued>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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