VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action21 −目印−










 ミカ・オーセンティック、イベントチーフ。

彼女は今回の一大イベントをカイに頼み、自らは協力者として居残った。

厳しい仕事だが報酬を与えず、見返りも要求しない。

クリスマスは一年に一度のイベント、チーフのみならずイベントクルー達も一丸で望む。

女の子達の聖なる夜、クリスマス・イブ。

その大切なパーティを男に任せるのはマグノ海賊団はおろか、メジェールの歴史的に見ても一大事である。

周囲の猛反対や艦内の裏で蔓延る暗躍は、そういった意味で当たり前なのかもしれない。

事実カイには及ばないものの、周囲との温度差はミカも身に染みている。

自らが指揮を取れば、何事も無くクリスマスを迎えられたであろう。

カイが冷凍庫に監禁されたと聞いた時、心の中で激しい自責の念を生んだ。

こんな筈ではなかった。

まさかこれほど強硬な反対行動に出られるとは、夢にも思っていなかった。

自らの見通しが甘かった結果。

苦い思いが痛切な後悔に切り替わったのは、事件の経緯を聞いて。


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


 すぐに分かった。

冷凍庫での騒動と不要な警報――マグノ海賊団に不当な混乱を巻き起こした責任を取らされたのだと。

副長とお頭に訴えた。

いつでもそうだ。

いつだって、最後に悪いのがカイになる。

どれだけの輝かしい功績を残しても、悪人にされて終わってしまう。

猛然と訴えた。

このような身勝手な話を鵜呑みにするのが、マグノ海賊団なのですか。

目の前の物的証拠だけを信じるのですか、と――

副長は語った。

確実性を含んだ反証がある。

本人の自白、動機を黙秘。

不透明な事実が幾つか残されても、受け入れた本人の否定が無い以上決定は覆せない。

ミカは茫然自失する。

カイは自分から認め、罪を受け入れた。

裏で暗躍する者達を庇ったのだ。

ミカは独房へ走り、面会を求めた。

一分間のみの少ない時間で、少年は不思議そうに尋ねる。


『準備は出来てるのか?』


 ――頼まれた仕事の事しか考えていない。

少年の無垢な責任感に、ミカは半泣きで、任せてよ、とだけ言った。















 セレナ・ノンルコール、キッチンチーフ。

クリスマスは一年に一度の華やかなパーティ、料理の腕の見せ所である。

加えて、不肖の弟子が初めて料理に挑戦するのだ。

どれほどの運命が引き寄せたのか、見込みあるその弟子は異性だった。

近くにして遠い星、タラークの住民。

カフェテリアの使用を禁止されて、自炊する為に厨房に立つ少年。

マグノ海賊団は孤児が多く、家族を失って自立せざるをえない人間は確かに多い。

だが、本当に誰にも頼らず懸命に食を求める人間は少ない。

セレナは好感を抱き、少年に簡単な献立から教えていった。

その日の朝も、少年を待っていた。

待っていたのだ――


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


 荒らされた冷凍庫。

陳列棚が斜めに傾いており、血飛沫が派手に床に舞っている。

これをカイがやった、と?

驚きが怒りに変わり、怒りは憎しみに変わり、憎しみは悲しみに変わった。

雑巾と箒を持ってくる。

手伝いますとキッチンクルー達が来るが、入室を許さなかった。

カイが許しもなく貴重な食材を保管するこの場所に入る筈が無い。

なら、出入り自由な者は他に誰がいる?

一人で掃除をした。

倒れた棚は重かった。

散らばった食材を丁寧に片付けて、華奢な肩で担いで持ち上げた。

何とか立てたが、肩の痛みが酷く鋭利な擦り傷が出来た。

激痛を堪えて、床を丁寧に拭く。

ゴシゴシ、ゴシゴシ。

なかなか取れなかった。

血がほんのりと染み込んでおり、真っ赤なボタンが模様のようになっている。

ゴシゴシ、ゴシゴシ。

本当に、取れない。


ポタ、ポタ――


 紅の雫の上に、温かな雫が零れる。


「・・・・・・どうして、こんなひどいことするんですか」















 ルカ・エネルベーラ、クリーニングチーフ。

クリスマスは彼女にとって縁の遠い御祭り事だった。

一度だって参加した事もなければ、見に行った事も無い。

メジェールで生活していた頃、両親と過ごしたが毎日の生活の延長でしかなかった。

むしろ聖なる夜を肴に、静かに本を読むのが好きだった。

そんな彼女が初めて楽しみに思えた今年。

理由はとても簡単。

初めての友達と、過ごせるから。

笑って泣いて悲しんで、怒って叫んでまた笑って。

自分の一挙一動に素直に反応してくれる。

異性であろうが何であろうが、友達は友達。

例え奇怪な妖怪であったとしても、付き合えるなら良い。

ルカは男への偏見は今でも心にはある。

ただ、彼女にとってカイが誰であろうとどうでも良かった。

最低な生き物でも、付き合えるならそれで良い。

せいぜいからかって、たまに様子を見に行ってやるとしよう。

今日はどんな風に声をかけてみようか――


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


 うわっ。

日常のスパイスに申し分ないが、やってくれる。

ルカは話を聞いて怒った。

誰だ、そんな面白い事実責任をカイに押し付けたのは。

そんなのをカイに追求すれば、喜んで飛び込むに決まってる。

人生を何時だって面白おかしく切り抜けるタイプだ。

何の心配も無い。

今の現状を、独房の中で笑って過ごしているに違いない。

ルカは職務に戻る。

今日も洗濯と掃除に溢れている。

見た目はカッコいいのに、どうにも清潔さに欠ける少年。

清掃を名目にすれば大丈夫。

――予定を少し変更して、一つの独房を洗浄しよう。

ルカは鼻歌を歌いながら、ホースを手に持った。















   ミレル・ブランデール、エステチーフ。

彼女は自身の美的感覚と内面世界に浸しているが、反面現実も見ている。

時代の流れには敏感だった。

世間の流行、特に女性のセンスは時代ごとに変化する。

人の生きる世界の動きを追えないようでは、この仕事は務まらない。

この数ヶ月、マグノ海賊団の変化は彼女がいち早く察知していた。

醜い価値観と貧素な思考に霹靂しているが、敵はなかなかの存在感を持っていた。

いや、この数ヶ月で存在を高めていったといっていい。

何の化粧も施さず、科学薬品では手に入れられない変化。

内面は外見に影響する。

あの美しき翼もそうだが、搭乗者の外面も引き締まってきた。

苦労と忍耐を重ねて、男は次なるステージへ歩もうとしている。

クリスマスもその為に用意された舞台であるとすら、ミレルは考えていた。


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


 侮れない。

副長が決めた決定を嘲笑う気にもなれない。

外面だけ捉えれば、こちらの陣営が有利に事を進めたと言える。

外面だけ、見れば。

事情を知る者が今回の事態を判断すれば、カイの信頼は高まる。

カイに反する者はより一層猜疑を深めるだろうが、そもそもそのような者は好感度が最低なのだ。

これ以上の効果は望めない。

むしろ裏の事実を知れば、評価を改めるかもしれない。

反対派の所業すら黙って受け止める器を見せつけたのだ。

こういった反撃に出るとは思わなかった。

姑息な男だ。

美談にして信頼を得ようというのだろう。

女心を弄ぶ卑劣さが見え隠れしている。

繊細なマニキュアを噛む。

やはり、排除する必要がある。

このような男にクリスマスなんて任せられない。

メイアを何としても操って、反対派をもう少し積極的に動かす必要がある。

セレナは策略を練り始める。















 ヘレン・スーリエ、警備チーフ。

爪の先ほどの嫉妬。

何気なく過ごしていれば見逃せた気持ち。

つい先日までカイとは普通に話をしていて、便宜だって図った事もある。

あまり気にもしていなかった存在が、少しずつ大きくなっていく。

視界の片隅にも置かなかった人間が、目を逸らすのも難しくなった。

このような人物はメジェールはおろか、マグノ海賊団でも出会えなかった。

小さな嫉妬。

無視すれば良かった、忘れる事だって出来たかもしれない。


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


――不快感は恐怖へと変わった。

無実の罪を被る。

そんな真似、出来ない。

人望を無くすのが恐い、周りから冷たい目で見られるのは嫌。

数々の、それこそ誰にでも持っている当たり前の理由。

いとも簡単に、切り離せる男。

周りの目なんて知った事か、と自分の理念を守り通せる。

自室で身の震えを感じた。

この恐怖を消すには――





――存在を消すしかない。















 ディータ・リーベライ、若葉マークのパイロット。


『カイ=ピュアウインドを三日間の独房入りとする』


「・・・宇宙人さん、お腹すいてないかなー。
そうだ、お弁当持っていこうっと!」


   昔から今まで、彼女はその想いをただ積み重ねるだけだった。




















































<to be continued>







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