VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action20 −活路−
「――カイ、正直に話してくれないか」
「正直に話してるじゃないか」
尋問室と呼ばれる部屋がある。
マグノ海賊団内の罰則者や規定違反を犯した者達へ、処罰の取り決めを行うべく取調べが行われる。
それが、表向きの理由。
本来の使用目的はスパイやテロ――団内への不法侵入者を内々に摘発する為に設けられた。
マグノ海賊団には敵が多い。
タラーク・メジェールの国家を相手に奇襲を仕掛け、膨大な物資や兵力を強奪している。
彼女達にとって生きる術でしかないが、略奪される側はたまったものではない。
とはいえ、取り締まるにはマグノ海賊団は大き過ぎた。
その為内部工作を行うべく、スパイやテロリストが送り込まれるのである。
神出鬼没を武器とするマグノ海賊団も侵略者には注意を払い、最大限の警戒を行っている。
冷たい壁に机と椅子という簡素な室内に、二人の人間が向かい合っている。
マグノ海賊団副長、ブザム・A・カレッサ。
フリーパイロット、カイ・ピュアウインド。
ブザムは険しい顔を、カイは素っ気無い表情で視線をそらしている。
「では、警報を鳴らしたのは何故だ」
「間違えて鍵かけてしまったんだ、俺が」
「何故、冷凍庫にいた」
「お腹が空いてたから」
「額のその怪我は?」
「転んだ」
「両手・両足を固定していた手錠はどういう事だ」
「遊んでたんだ」
「冷凍庫に布が千切れて捨てられていた」
「誰が作業中落としたんじゃねえの」
「カイ」
ブザムは鋭い瞳を向ける。
一癖も二癖もあるマグノ海賊団の上に立つ人物である。
静かな呼び掛けでも、罵声や怒鳴り声より恐怖を煽り立てられる。
緊張が室内を溢れる。
「お前と皆との確執は承知している」
ブザムはカイを見上げる。
額に巻かれた包帯と露出した手足に施されたガーゼ。
長時間冷凍庫に放置されて、凍傷に近い負傷を負っていた。
手首の錠の跡も生々しく残っている。
「クル−の中にはお前を変わらず捕虜として、敵として見ている者は多い。
お前への並々ならぬ風当たりの強さを、あえて静観しているのは事実だ。
だが、今回の件は捨ててはおけない。
冷凍庫へ拉致監禁など、悪戯では済まされない。厳しく処分する必要がある」
下手をすれば、カイは死んでいたかもしれない。
男女共同をマグノが唱えている以上、クルーが犯した行為は見過ごせない。
カイは確かに微妙な立場にあるが、今回の一件を黙認すれば他のクルーにまで悪影響を及ぼす。
身体を拘束して、マイナス以下の極寒地獄へ放り捨てる。
男女がどうとかの問題では済まされない、卑劣な犯罪である。
簡単に事態を処理するには、この利敵行為は重すぎた。
ブザムの厳しい指摘に――カイは、全く態度を変えなかった。
「考え過ぎたぜ、あんた。女達は一切関係ない。
俺がちょいと遊んでたらヘマしただけだ」
「・・・何故庇う」
「庇う? 俺は正直に話しているのに」
「分かっているのか?
お前の言い分が真実だとすれば、お前の犯した行為は職場荒らしとなる。
権限の無い設備に無断で侵入――私は、お前に、責任を追及しなければいけない」
「ああ。だから、大人しくこうして捕まったんだ。
マグノ海賊団じゃないからって、責任逃れする気もない。
罪を認めてるんだ、処分はちゃんと受ける」
「・・・・・・」
平然とした顔をするカイに、ブザムは沈痛な表情を束の間浮かべる。
――ありえない。
腹をすかせたから、冷凍庫へ入っただけならまだ頷ける。
だが手錠の説明や怪我の理由、閉じ込められた経緯はまるでバラバラだった。
辻褄を合わせているだけだ。
警報が艦内全域に行き渡り、現場へ急行した時、カイは無残に床に這いつくばっていた。
警備クルーに調査を任せ、カイは医療室へ。
その後調査結果を報告させると布等は見つかったが、カメラや盗聴器の類は無かったとの事だった。
治療後カイを尋問したのだが、手錠類もカイが持っていたと公言。
入手経路を尋ねたが、ラバットにこっそり貰ったと言ってきかない。
物的証拠はあるのに、その数々を全部被害者が握り潰しているのだ。
これでは真犯人が見つけられない。
カイが完全に非がないとは言わない。
一時は増長し、多数に迷惑をかけた事だってある。
しかし、今はどうだろう。
徹底した調査をすれば可能だが、マグノ海賊団内を良い意味でも悪い意味でも刺激してしまう。
結局――歯止めをかけているのはこれだ。
クルーの為、仲間の為、マグノ海賊団の為。
大切な自分の部下達を守る為、カイ一人に責任を押し付けてばかりいる。
カイ一人が悪人となり、始終冷たい視線にさらされてばかりだ。
『なのに、お前達はこんな行為を繰り返し続けている!』
仲間を守る為、切り捨てる。
誰かを犠牲にして生きている。
繰り返している――
何一つ、変わってはいないのだ。
生き続けている限り、このままでいる限り、未来永劫誰かを犠牲にしてしまう。
そしてその役目を、カイ一人に背負わせている。
何より哀しいのは・・・・・・カイが望んで役目を引き受けてしまっている事。
ブザムは憐憫を胸に仕舞い込んで、冷徹にカイに宣告する。
「・・・・・・分かった。
カイ、お前を三日間監房入りとする」
「・・・・・・ああ」
重くも無く、軽くも無い処分。
実際被害は特に無く、罪に値するのは不法侵入のみ。
その理由も不法とは言い難いものだ。
冷凍庫を管理するキッチンからも苦情が出ていない以上、妥当と言える。
個人的な感情を一切含まない処罰。
真犯人は他にいるのに、カイを犯人としてこの事件を終わらせる。
仲間内に被害を出さない最善の策。
ブザムは、あくまでマグノ海賊団副長としてカイを罰した。
処分を受けて、カイは正面からブザムを見据える。
その瞳に非難や不平の色は無い。
ただ、真っ直ぐだった。
「ありがとう、副長」
「・・・・・・っ」
責任ある立場、背負わなければいけない責務。
任務に私情を挟まず、仲間を守る為なら平気で誰かを陥れられる。
その裏にある――ブザム・A・カレッサ本人に、カイは謝罪を含めての感謝を述べたのだ。
ブザムは身を震わせる。
本当に――カイは成長している。
この数ヶ月間の出会いと触れ合いの中で、カイは着実に心の視野を広げていた。
カイに比べて、我々は何も変わっていない。
このままでいいのか――
「・・・・・・すまない」
――押し殺したはずの感情が、ほんの少し漏れる。
変えられない現実に、目の前の少年に、何も出来ない。
このままでいいのか――
ブザム・A・カレッサに、苦渋の波紋が広がっていく。
自室とは別の監房。
トイレと洗面所のみの、飾り気も何も無い囚人用の部屋。
保安クルーに連行されて、カイは一人寒さの篭る監房の中に放りこまれた。
レーザーシールドを張られ、幽閉される。
不貞腐れた様子で監房に寝転がるカイだが、ふとシールドの外を見る。
此処へ連行した本人。
警備のチーフ、ヘレン・スーリエ。
オレンジ色のショートカットの髪と、ワイルドな風貌が似合う年上の女性。
普段浮かべているクールな表情とはうって変わって、神妙な顔でカイを覗き込んでいる。
「――何で、アタシらを庇ったんだい?」
「・・・」
「アンタを拉致ったのは誰か、手錠を見れば分かっただろ。
見習いで雇った頃見せた筈だ」
「・・・」
「情けをかけたつもりかって聞いてんだ、答えな!!」
――こういう女である。
強気な性格に上乗せして、プライドも人並みはずれて高い。
腕っ節もマグノ海賊団ではトップクラス。
白兵戦で彼女に勝てる人間はそういない。
今まで何度か仲良くやれてきたのは、カイが立場的には挌下だったからだ。
その勝利神話も、少しずつ崩れて来ている。
彼女は、焦っていた。
その上このような情けをかけられて、黙っていられる人間ではない。
見下ろされるのは真っ平ご免だった。
カイは面倒臭そうに、ヘレンを見やる。
「お前らにかける情けなんぞねえ。
俺はクリスマス主催者なんでな、騒ぎを大きくするのはご免なんだ。
とっととこんな馬鹿げた事は終わらせて、準備に取り掛かりたいんだ」
舌まで出してやる。
ヘレンは歯軋りしてカイに睨みつけ、黙って踵を返して出て行った。
彼女が今の態度をどのように受け止めたのかは、分からない。
庇った事への真意を見出したか、表面通りに見て怒りを煽ったか。
何にせよ――あの気位の高さでは、素直に好意を受け止められないだろう。
好意なんて、無論ないが。
「・・・何で庇った、か――」
考えなんて、本当になかった。
反対派に特に特別な感情を抱いていない。
一部になかなかユニークな人材がいるようだが、彼女達が率先してあんな愚考に出るとは思えない。
恐らく、本来の反対派の工作だろう。
自分を、敵視する女達。
情けをかける理由なんてありはしない。
でも、敵ではない。
敵ですら、ありはしない。
エスカレートして来ている敵対行為だが、むしろカイの心は次第に燃えてきていた。
庇った事への理由は、本当にない。
思いついたのは今。
憎しみを相手に、憎しみで対抗するなんてアホらしい。
自分は英雄であり、彼女達は海賊なのだ。
戦い方をあわせる必要なんてない。
反対派をブザムが摘発するのは非常に困る。
何故なら、
「クリスマスで、決着つけてやる」
これは、楽しいパーティなのだから。
カイは暗闇の中で、笑顔を浮かべた。
<to be continued>
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