VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action16 −義父−
目が覚めると、真っ暗だった。
ぼんやりした頭で瞼をこじ開けて、ベットから身を起こす。
寝汗が酷い。
空調完備された部屋なのだが、不快な感触にカイは嘆息して立ち上がった。
監房から通路を見ると、照明はまだ落とされたまま。
時間帯を確認するとまだ早朝前で、夜勤交代まで後少し時間がある。
マグノ海賊団に所属しないカイに日勤・夜勤の区切りはないが、起床時間帯まで二度寝するのも億劫だった。
向かい側の監房で寝ている二人に気を使って、部屋内の照明をつけずにこっそりと洗面所で顔を洗う。
潤いのある冷たい水が気持ちよかった。
「・・・やっぱ慣れないよな、この部屋」
あのマイペースなクリーニングチーフがあつらえてくれた部屋。
完璧にリフォームされた自室は監房には全く見えず、完全に上品な個室と化していた。
窮屈な貧民街の落ちぶれた酒場で数年間過ごした三等民には、少し居心地の悪さを感じる。
狭く、汚く、何もない監房の方がむしろタラークでの生活に近い。
育ての親マーカスの元で過ごしていたあの平和な日々に。
(・・・・・・)
旅に出て数ヶ月。
こうして一人、暗闇の孤独に浸されると思い出してしまう。
口汚い養父と毎日のように喧嘩し、酒場での手伝いで一日を過ごしていたあの日々。
毎日が同じで、平凡に時間が過ぎて、退屈ですらあった。
その日々に不満を感じ、自ら飛び出して、今此処にいる。
毎日がドタバタの連続で忘れがちだが、父は今どうしているのだろうか?
(・・・・・・死んだと思ってるかな、やっぱ)
アレイク中佐の推薦で、名誉あるイカヅチの乗船を許された。
三等民の雑用係として裏方仕事ばかりさせられていたが、乗船出来ただけでも幸運だっただろう。
そして、マグノ海賊団の襲撃。
護衛艦は全滅、軍部は焦燥、九十九式蛮型はその殆どを戦闘不能にさせられた。
上層部は海賊ごと旧艦区を切り離し、魚雷を撃って鎮圧。
タラークはマグノ海賊団、そして旧艦区に残っていた男達全員が死んだと判断しただろう。
まさかペークシスが起動して、辺境の彼方へ飛ばされたと夢にも思うまい。
カイの奮戦によって旧艦区に取り残された人達は無事奪取したが、本人は今も此処に残ったまま。
避難した者達の中にカイがいなければ、爆発に巻き込まれて死んだと思うのは当然だ。
ドゥエロ・バートは名誉の戦死。
カイは――恐らくアレイクを除いて誰からも認識されないまま。
身元不明の三等民なんて、上層部には存在も知られずに終わるだろう。
そして、数ヶ月の月日。
(・・・あのくそ親父、英雄たる俺を脳内で勝手に抹殺してたらぶっ殺す)
記憶のないカイにとって、養父のマーカスは世界で唯一人の味方だった。
タラークの思想に従う謂れはないが、養父より学んだ教えは胸に刻まれている。
カイは自立心が強いが、それでも少年である。
親を思い出し、過去を懐かしむ心にほんの少しの寂しさを誘われる。
『いくら宇宙に出たところで、そこにてめえの居場所はねえ』
――その言葉は今、胸に痛い。
夢は直ぐ叶えられるとはあの時でも思っていない。
沢山の苦難と試練が待ち受けていると、漠然と想像していた。
『お前は・・・・・・英雄にはならねえ』
現実の厳しさを知り、英雄願望を捨てるのだと父は息子に語っていた。
変な言い回しだったが――数ヶ月たった今では少し分かる気がした。
夢を持ち続けることは難しい。
過ちを犯した過去は、未来永劫遺恨として残る。
叶えられない現在は、目の前を閉ざす。
見えない未来は、歩く勇気を遮断する。
生きていく事への厳しさを学んだ。
女性の冷たさを――人間の醜さを見せ付けられた。
圧倒的な絶望と恐怖、壮大な力を思い知った。
理想を求め続けるということは、苦悩を背負い続ける事でもある。
夢と現実の違い、幸福と不幸の紙一重さを思い知らされる。
『もし叶わなければてめえは何も残らない、虚しいだけの道化になるだけだぞ!』
そうなる前に、やめろ。
夢は見ているだけが一番綺麗なのだ。
叶えようとすれば、幻想となって消えていくだけ。
『お前が言っている事はな、ただの幻想に過ぎねえ』
(・・・・・・)
水に濡れた顔をタオルで拭いて、洗面所を離れる。
寝汗に濡れたシャツを着替えて、洗濯物籠の中へ放り込んだ。
ベットに横になるが、一向に眠くなんてならない。
カイはもう一度起き上がって、監房を出て行った。
カフェテリアには誰もいなかった。
夜勤の女性達が休憩がてら利用するので、照明並びに施設は使用されている。
カイはIDカードを持っていないので、食事の一切は取れない。
空コップに水だけ汲んで座り、静かに口にする。
「・・・・・・」
クリスマスまで後一ヶ月。
今日は今日協力者達の顔合わせと、簡単な打ち合わせだけで終えた。
明日から本格的な下準備と、クリスマスの計画を立てなければいけない。
女だけのパーティを、男は取り仕切る。
前代未聞のこの企画に反対が出るのは必然だった。
賛成派と反対派。
肯定する者と否定する者。
頭の痛い問題だった。
反対者が出るのは事前に分かっていたが、まさか知り合いまで反対に回るとは思っていなかった。
その事実にショックを受けたことが、衝撃的だった。
『てめえにはその覚悟があるのか、ええ!?』
自分自身で確かめに行く――それがあの時の精一杯の答えだった。
覚悟、あの時はあると信じ込んでいたように思える。
でも・・・女に嫌われていると分かっていたのに、事実を知ってうろたえているのだ。
滑稽な話だった。
何が覚悟か。
それでも――逃げ出すつもりはない。
タラークは男性像を象徴し、女性を忌み嫌う。
メジェールは女性像を象徴し、男性を忌み嫌う。
この船では、それが当たり前としてまかり通っている。
正しいのだろうか、タラーク・メジェールの言っていることは。
少しも改善されない今の関係を、このクリスマスで何とかしたい。
しかし、見知った者が反対しているこの現実。
動揺している今の自分。
「・・・・・・やれやれ」
答えの出ない問いに悩む日々は続く。
マグノ海賊団が女性だけだからではない。
メイア達がカイを拒絶し、カイがメイア達に反発を抱いている。
それはマグノ海賊団が、マグノ海賊団でいるからだ。
英雄と海賊。
略奪を許せない気持ちに、決着はついていない。
カイもマグノ達も、その根本から既に対立し合っているのだ。
カイが、マグノ達が――もしくはその両方が何らかの折り合いをつけない限り、この関係は永遠に続くだろう。
クリスマスは成功させたい。
メイア達が嫌いではないのは本当なのだ。
分かり合えなくても、理解したいと最近は特に思っている。
しかし、どうすればいいのだろう。
タラーク・メジェールの根幹に関わるこの命題に、どのような答えが導き出せるか?
『宇宙に出たところで何ができるんだ?』
父は今でも、尋ね続けている。
<to be continued>
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