VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action11 −申請−










マグノ海賊団頭目・マグノ=ビバン。

タラーク・メジェール両国家でも恐れられている存在で、150名を超える勇猛果敢なクルー達の尊敬を集めている。

老齢100歳を超える第一世代の女性だが、今も尚その魅力と尊厳は損なわれていない。

そんな彼女だが、頭目としての仕事は緩急が激しい。

戦闘中やその前後、重大な問題発生と対処に関しては彼女の決断が必要とされる。

が、簡単な業務や指示は副長であるブザムが補佐をし、指示系統にまで関わっている。

有能な補佐官が居る上での平穏な現状は、彼女に必要以上の空き時間を与えてしまった。

私室である艦長室で、マグノは一人過ごしている。

彼女の部屋は特別区域に指定された管轄内にあり、セキュリティは厳しい。

頭目として当たり前の待遇だが、その内装はというと平凡である。

破戒僧とはいえ、マグノは法衣に身を包む人物。

階級差を気にせず、差別を徹底して嫌う。

妙齢の女性らしい趣味のいいインテリアと、洗練された調度品が並んでいた。

そんな部屋の真ん中で、彼女は椅子に座ってサイドボードを見上げていた。

開かれた扉の中は棚が幾つか区切られており・・・・・・

沢山の写真と遺品が並んでいた。


「・・・・・・・・・」


 タラーク・メジェール国家を相手には徹底した略奪行為を行い、その上で最善のやり方と安全を確保する。

限りなくノーリスクに近づけ、完璧なハイリターンを求める。

略奪した物資類は義賊として貧窮する人民を救う為に使う。

仕事前は幹部達と時間を惜しまず話し合い、細密な計画と役割分担を行う。

仕事後は行われた海賊行為による反省点と相手側の状勢を確かめ、両国家の動きに注意を払う。

全ては仲間の為であり、大切な部下達の為。

大切な家族を守る為に、彼女は決して妥協はしない。

冷徹な判断を求められる場合でも、仲間を切り捨てる真似だけはしなかった。

数年前に行われたメジェール財政の赤字対策。

国家の一部とも言えるエリアの一つを強引に封鎖し、大勢の国民を無造作に切り捨てた。

故郷を追われた人間を救うべく、海賊として生業を立てた頭目。

その存在は絶対で彼女の決断をクルーは誰一人疑わず従うまでに、組織は大きくなった。

失敗は許されず、人民の命を一身に背負う女性。

沢山の人達を救い、仲間を助けて――


――それでも犠牲を積み重ねてしまった。


(・・・・・・)


 何も声をかけてやれない。

並ぶ写真の顔ぶれは生き生きとしており、もうこの世に居ないとは信じられない。

マグノ海賊団旗揚げから数年。

何の犠牲もなく生業を立てられるほど、海賊業は甘くない。

元手ゼロから始めた組織では運営もままならず、ろくな襲撃も行えなかった。

アジトを転々とし、ドレッドの運用を行い、操縦者の育成に至るまで随分無理をした。

襲撃の最中反撃を受けて、死なせてしまった者も沢山居る。

仲間割れが原因で命を失った者もいた。

どれだけ物資を集めても、助けられなかった者も居る。

逆に――死なせてしまった命もまたあった。

国家が敵に位置する男達が相手では加減もしないクルーもいて、反撃されれば攻撃した。

並んだ写真と遺品は仲間だけにすぎない。

犠牲者を数えればきりがない。

それでも、海賊家業は続けた。

そうしなければ、生きてはいけないのだから。

奇麗事だけでは誰も助けられず、助けてもくれない世界なのだから。

仕方のない事だと、心に言い聞かせ――やがては真実となった。


「・・・・・・ぅっ!?」


 突如、マグノは顔色を変える。

脂汗を流し、顔を歪め、呼吸を荒くする。

大きな掌が震えながら胸元の一点に伸ばされる。


心臓。


その苦痛はほんの一瞬。

すぐさま落ち着きを取り戻し、痛みも嘘のように消えていった。

呼吸が回復する間、彼女は椅子に身体をもたれさせる。

一時的な呼吸困難から始まり、突然の不整脈に胸を痛める。

心臓が起因しているのだと悟ったのは、つい最近。

はっきりとした痛みが出始めた時からである。


(・・・近頃、周期が短くなってきているね・・・)


 病気と言うには浅く、無視も出来ない症状。

疲れが原因なのかと思い込んでいたが、一向に治る気配もない。

カイが提案した一ヶ月間の休暇も、実はマグノにはありがたかった。

もちろんそこまで意図的でもないのだろうが、長期療養はここ最近の変調を癒すのにもってこいだったからだ。

――ところが、治る兆しもない。

急激な悪化はしていないが、突発的な発作が起こっている。

ドゥエロに見て貰ってもいいが、周りに知られたくはなかった。

心配させるだけだから。

ストレスを溜めているのは自分だけではない。

船内の150名のクルーが未知なる敵への恐怖と、慣れない長旅での不安を抱えて頑張っている。

大勢の部下達が、自分の決断と安心を求めている。

それは全面的に補佐してくれているブザムに対しても、だ。

旗揚げ当時から共に過ごして来たガスコーニュですら、いざとなればマグノを頼りにする。

お頭として弱々しい姿を見せる訳にもいかない。


見上げる先には喪った仲間達の顔。


犠牲はまだ出るかもしれない。

救えない命はきっとこれからも出てくる。

されど、今在る部下たちの命と幸せは大切に抱える。

普段の毅然とした姿を取り戻すべく、ゆっくりと呼吸を整えて――


「やいやい、くそばばあ! 出てこーーーーい!!」


 ・・・落ち着く暇もありはしない。

快活で元気のいい男の声が、扉の向こうから聞こえる。

この艦内で自分をばばあと罵る人間は、約一名しか思い当たらない。

想像する人物と声色は全く同じだった。

手先はまだ震えている。

声を出そうとするが、変に上擦った声を上げれば怪しまれる恐れがある。

しばらくじっとしていると、


「おいこら! お前は今、完全に包囲されている!
部屋の中にいることは、俺様の有能なる家来のアマローネが確認しているんだ!!
とっとと出て来い!!」


 なるほど、厳重なセキュリティを簡単に突破出来たのも頷ける。

権限はなくても、最前線での解析を任される技能を持つアマローネなら一時的に無効化するのは容易い。

マグノは暗闇の中で微笑む。

随分仲よくなっているじゃないか・・・


「あくまで無視するなら、ブリッジの艦長席に面白おかしい落書きをするぞ!
お前の悪口をたっっっぷり書き込んでやる!」


 幼稚な悪戯である。

戦場では大胆な発想を駆使する者とはとても思えない。


「うるさいね・・・・・・扉は開いてるからさっさと入りな」

「何だ、開いているのかよ」


 扉が開閉する瞬間に、汗を拭き取ったハンカチをしまう。

顔色の確認は出来ないが、平静は取り戻していた。

息を整えて、改めて向かい合う。


「・・・・・・汗びっちょりだね・・・・・・」

「遠いんだよ、この部屋! 監房からどれだけ走ったと思ってんだ!」


 全長三キロ以上の艦内を隅から隅まで走り回る徒労。

エレベータが使えない以上、カイはその努力を重ねないといけない。


「だから言ってるじゃないか。カードを持っていてもいいって」

「いらんわ! 俺はマグノ海賊団じゃねえ!
――そうそう、それだ。俺はそのセキュリティ云々について話があって来たんだ」

「なんだい、やっぱり入団したくなったのかい?」

「海賊の仲間になんか誰がなるか!
俺の部屋を問答無用で改造して、変なドアをつけたのはお前だな!!」

「部屋・・・? ああ、お前さんの部屋のことかい」


 一瞬眉を潜め、すぐに思い出すマグノ。

それならカイのこの突然の押しかけにも納得できる。

いきなり土足で踏み込んで騒ぎ立てるので、何か緊急事態なのかと勘ぐってしまった。

カイはマグノのあっさりとした態度が気に入らないのか、


「そうだよ! 無断であんな事しやがって!
あの部屋はマグノ海賊団に関係なく、俺が正当に権利を持っている筈だぞ」

「自由に使っていい、と取り決めたからね」

「なのに、家主の俺に内緒で勝手なことするなよ!」

「でも、ちょっとドキドキしたんじゃないかい?」

「ま、まあ、それは冒険心はちょいと疼いて――って、馬鹿野郎!」


 素直な少年に、老婆は笑いを堪えるのに必死だった。


『あたしの名前、言っちゃってオッケーですよ。
カイちゃん、ぜーったい文句言いに来ますから、えへへ』


 ――伝言はしっかり受け取っている。

マグノは真相を告げた。


「言い分は分かったけど、アタシに言われてもどうしようもない。
あくまでセキュリティ使用の許可を出しただけだからね」

「あんたじゃない――?
その許可を申請にしに来た奴は誰だ」

「お前さんも知ってるだろう――ルカだよ」


 小柄な体格に丸ホッペ。

アイより年上なのに、パイウェイより背の低い主任クラスの女性。


クリーニングチーフ・ルカ=エネルベーラ。


それがカイの部屋を改造した犯人の名前。

服装の汚れは人生の汚れです、と意味不明な格言を見習い当時教えてくれたチビ主任である。


「何であいつが!?」

「アタシに聞かないでおくれよ。本人に聞いてみな」

「はーあ、無駄足だったか・・・・・・あん? 何だ、この写真」


 マグノはあっと声を上げる暇もなかった。

カイは不思議そうな顔で、開きっぱなしのサイドボードの中を見ている。

自分の迂闊さに溜息すら出てしまう。

体面を取り繕うのに精一杯で、周りを確認していなかったのだ。

どうかしている。


「・・・・・・戦友だよ、昔のね」


 ――どうかしているついでに、そんな事も言ってみる。

カイは目を見開いて、


「・・・・・・そっか・・・・・・」


 そうとだけ言った。

マグノの言葉の裏に気づいたのだろう。

写真や中の遺品には手もかけない。

その小さな心配りに、マグノは知らずに息を吐く。

やはり、カイは少しずつ変わってきている。

行動はまるいっきり少年なのに、内面は大人へと一歩一歩進んでいる。

日々研鑚し、考える事を止めない上に訪れる変化だ。

カイはただじっと写真を見ている。

一人一人の顔を瞼に焼きつかせようとしているかのように――


「・・・ばあさん」

「? 何だい」

「海賊の仲間になるつもりはねえけどよ――」


 カイはサイドボードの扉を閉める。


「――俺がいる限り、あいつらの写真が増える事はないよ」


「・・・・・・」


 思いがけない言葉。

マグノはただ呆然と、カイの背中を見ている。


「この船には宇宙一のヒーローがいるからな。
ばあさん一人にだけ、責任を押し付けるつもりはない」


 カイは口が滑ったとばかりに、照れ隠しの言葉を吐いた。

そのまま背中を向けて、扉を開く。


「よ、ようするに年寄りが無理するなって事だよ!

いつもより顔色悪いぞ、あんた。

ぽっくり逝く前に、ドゥエロにでもちゃんと診てもらえ」


 そのまま走り去っていくカイ。

よほど、自分の台詞が恥ずかしかったのだろう。

辛気臭い励ましよりも、悲しみに満ちた同情よりも。

端的なだけの、気遣いをカイは送った。


「・・・・・・」


『俺はこの星もこの星に住む人達も好きなんだ。絶対に死なせたくは無かった』


 アンパトスでの戦い。

自分を陥れようとまでした彼女達を許し、あまつにさえ手まで差し伸べた。

命懸けで星を救い、心を賭して国民を助けた。

放っておいてもよかった。

上陸したのが自分達だけならば、最後の最後まで彼女達を変えることは出来なかっただろう。

何も出来ないまま、星から去ったに違いない。


『――俺がいる限り、あいつらの写真が増える事はないよ』 


 易々と、言ってくれる。

病気で消える命もある。

不慮の事故、自殺、他者の蹂躙――様々な理由で人間は死ぬ。

いとも、簡単に。

海賊である以上、平穏はありえない。

命とは決して戦いだけで喪うのではないというのに――


「・・・・・・ふふ」


 それでも、カイは裏切らない。

マグノ海賊団が出来ない事を、カイはやり遂げた。

救えなかったであろう命を、救ったのだから――

マグノ海賊団頭目として、沢山の命を抱える立場。

弱音を飲み込んで、厳しい現実を一人背負う身。


『俺は、マグノ海賊団になるつもりはねえよ』


 だからこそ――対等にもなれる。



少しだけ・・・胸の内が軽くなった気がした。
























































<to be continues>







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