VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action4 −参加−
三ヶ月という月日は長いか、短いか。
結局のところ、判断出来るのは個人に過ぎない。
安易に過ごしてきた者にとっては、怠惰の一言で片付けられる日々だろう。
日々を有意義に過ごしてきた者にとっては、忘れられない思い出となるだろう。
「――いたいた、探したぞ」
「カイ……?」
彼女――メイア=ギズボーンにとってこの三ヶ月はどうであろうか?
会議室のテーブルの端に座っていたメイアは、入室者を見るなり怪訝な顔をする。
メイア以外に会議室に誰もいない。
テーブルに書類を並べ、一人黙々と仕事を行っていた。
彼女が怪訝な顔をするのは無理も無い。
眼帯は取れたものの、顔や身体に巻かれた包帯やガーゼ。
毎日着こなしている黒シャツより、寝巻き姿に着替えている男の姿。
誰がどう見ても寝起きか、入院中の患者にしか見えない。
「一ヶ月の入院と聞いたが……出歩いても動いても大丈夫なのか」
口に出た自然な問い掛けに、メイアは内心臍を噛む。
まるで心配しているような言葉だ。
カイは特に気にした様子も無く、メイアの隣に腰を下ろす。
「平気、平気。ドゥエロの奴が面倒見てくれている。
栄養満点の飯食ってるし、順調に身体も回復。
毎日寝まくってるからな」
ミッション漂流から、ハードな毎日を過ごしてきたカイである。
休む間もない戦いの日々の反動で、カイは本当に毎日ぐっすり寝ていた。
怪我の治りも早く、最近は身体を動かしてもお咎めは無くなりつつある。
メイアは、そうか、とだけ言って、
「復帰したら気を引き締めてくれ」
話はそれだけとばかりに、書類に目を落とした。
仕事第一、実直主義。
三ヶ月経っても生真面目さは変わらない。
カイは頬杖ついて、その仕事振りを眺める。
「今、休暇中だろ。何で仕事なんかしているんだ」
「休暇中だからだ。皆、気が緩んでいるからな。
こういう時こそ、きちんと責務を果たす必要がある」
「普段から義務を果たしていれば大丈夫だと思うんだが」
「安易な妥協は失策を生む」
「……」
なるほど――カイは納得する。
メイアは立場もあり、責任もある。
マグノ海賊団ではまぎれもなく幹部で、彼女に強制的な命令権を持つ者は少ない。
その上このような勤勉な態度を取られては、誰も誘えない。
皆が心配していた訳が分かった気がした。
「肩の凝る生き方してるな、相変わらず。
もうちょっと楽に生きたらどうだ」
「お前のように自堕落に生きるつもりは無い」
「ふふふ・・・・・・俺がそんなお堅いお前の為に、一案を持ってきてやったぞ」
「……今度は何を企んでいる」
仕事の手を止めて、メイアはカイを見やる。
マグノ海賊団誕生から歴史を遡っても、カイほど彼女を今まで何度も翻弄させた者はいない。
悪巧みの度に巻き込んで、船や仲間の危機だと説得させられて言い様に玩ばれている。
警戒を露にするメイアに、カイは懐から一枚の紙を取り出す。
書類の上に重ねて置くと、メイアは怪訝な顔で手に取る。
「『男女初のクリスマス・パーティ』? イベントクルーが企画しているのか」
「俺が仕切る事になった」
「…お前が?」
イベントチーフのミカとは幾度となくメイアは顔を合わせている。
リーダー会議で立場を同じくする者として、互いに仕事の報告を行う。
溌剌とした明るい性格の人間だが、仕事には人一倍の誇りを持っている。
一見すると軽いイメージのあるイベントの仕事だが、彼女は誰よりも真剣だった。
そんな彼女がクリスマスという一年に一度の大イベントを、自ら指揮しない筈は無い。
メイアは目つきを厳しくする。
「お前の仕事はパイロットだ。何故干渉を持つ」
「は? 何言ってんだ、お前。
パイロットとして身を立てているのは認めるが、専門職にしたつもりは無い。
俺の本職はあくまで英雄。業務内容は幅広いぜ」
「イベント職に関わりは無いだろう」
「頼まれたら引き受ける。何でも屋の醍醐味だな」
「…彼女がお前に頼んだのか」
何の目的があるのか分からないが、もしそうなら口出しも出来ない。
少なくとも無理矢理話を通したのではないのなら、文句を言う筋合いもない。
メイアは息を吐いて、パンフレットを手渡す。
「それで? これが私と何の関係がある」
「お前、一度も参加したことが無いそうだな」
単刀直入に聞かれて、メイアははっとする。
「――っ、忙しかったんだ」
「ふーん、じゃあ今年は参加出来るんだな」
「急に言われても困る。私にも仕事が――」
「おいおい、クリスマスは来月末頃だぞ。別に急でも何でもないだろ。
一日だけ予定を空けてくれればいいんだ」
「だから仕事が――」
「スケジュール管理くらい出来るだろ。
緊急出動以外で、リーダ−とはいえパイロットのお前にやる事って何だよ。
前もって予定しておけば、その日限定で忙しい事なんてあるはずが無い」
全くもってカイの言う事は正しい。
明日明後日参加しろというならともかく、クリスマスは来月の末である。
アジトに居るなら話は別だが、現在タラーク・メジェールに向けて運航中の船の中だ。
先行きに見通しが立つ状況にない以上、スケジュールの立て様がない。
一ヶ月以上先にまでスケジュールが詰まる程、現段階で忙しい筈が無かった。
恐らく、前もって反論を予想していたのだろう。
メイアは歯噛みして言い直す。
「仕事をそんな理由で休めない」
「そんな理由? マグノ海賊団お頭様直々に参加するパーティだぞ。
部下のお前が参加しないと? 大した忠心だな」
「……っ!」
海賊であるとはいえ、ルールがある。
メイアは特に礼節や責任を重んじるタイプだった。
建前とはいえ、誘いを拒否すれば礼儀に反する事になる。
今までに無い手強い敵だと、メイアは渋々認めた。
とはいえ、参加する意思はない。
「……私一人参加しようとしまいと、同じだろう」
「全く違う。パンフレットに全員参加って書いてあるだろ?
例えばお前一人参加しなかったら、さぞ場は白けるだろうぜ。
皆で盛り上がろうって時に水をさすんだからな」
「……」
ただの一人、されど一人。
150名参加と149名参加は変わらないようで、煮え切らない数字だ。
その事実を他の女性達が認識すれば、確かに決まりが悪くなる。
流石のメイアも困ってしまった。
今まで誘いを受けた事もあるが、立場的にも弁術にもメイアが勝りお引取り願った。
しかし、カイが相手では話が違う。
マグノ海賊団でも無ければ、自分より下でもない。
最近判明してきたが、馬鹿ではあるが愚か者ではない。
戦術では自分が舌を巻くやり方で敵を出し抜いている。
こうなれば、
「とにかく、無理なものは無理だ」
「何でだよ。問題ないだろうが」
「個人的な理由だ。お前には関係ない」
メイアは口を閉ざした。
説明すれば、またなにか反論するに決まっている。
立場が同等なら、尚更理由を説明する意味も無い。
今度カイが何を言おうと、メイアは一切何も言わないつもりだった。
冷たく視線を逸らすメイアに、カイは、ふーん、と静かに微笑んだ。
「どうしても嫌か?」
「しつこいぞ、カイ」
「ほう……では、取引するつもりはないか?」
「取引?」
場にそぐわない発言に、メイアは再びカイを凝視する。
「そう、お前はパーティに参加してもらう。
その見返りを用意しようと言っているんだ」
「……何だ? 応じるつもりはないが聞いておく」
カイは懐からもう一枚取り出す。
「コレの販売を止めてやろう」
「……? ――なっ!?」
渡されたのは一枚の写真。
写し出されているのは他でもないメイア本人。
問題なのは――写真の中の彼女本人の服装。
「ふふん、俺が知らないと思ったか?
お前、パイロット連中に誘われて海へ泳ぎにいっただろう。
仲間の間じゃ話題沸騰だぜ?
特にお前、綺麗だからな。
焼き回しすれば、マグノ海賊団の皆様がさぞ喜んでくれるんじゃないかな」
彼女のしなやかな肢体を包むセパレートの水着。
程よく鍛えられたボディラインが、溜息が出るほど美しい。
写真の中のメイアは、砂浜でのんびり安らいでいた。
「だ、誰が撮影したんだこれは!?」
「その辺は黙秘しておこう」
「ふざけるな!
だ、大体私は断ったのに皆が無理矢理……」
「おいおい、俺が話したいのはそんな事じゃないぜ。
参加するのか? しないのか?
君の返答によっては、音速で船内の人気者になるぞ。くくくくく」
「き、貴様……」
目の前で写真をピラピラふられて、屈辱にメイアは顔を赤くする。
今までこんな侮辱は味わった事が無かった。
ここで拒否すれば、間違いなくカイは写真を広めるだろう。
面白そうな事柄には真っ先に参加する男である。
かと言って、参加する意思は全く無いのだ。
葛藤に身を震わせていると、不意にカイは真面目な顔をする。
「何でそこまで嫌がるんだ、お前」
「……」
カイが真剣だったから――だろうか?
メイアは顔を俯いて、ポツポツと話した。
「……賑やかな場は苦手なんだ……」
「どうしても無理、か?」
「積極的に誘ってくれる好意は素直に受け取る。
だが、ああいった他人との触れ合いの場はどうしても……」
深々と、カイは嘆息する。
本人の意思を無視するのは容易い。
写真を盾に、強く脅迫すれば屈するだろう。
しかし――
「お前さ――もうちょっと踏み込んでみろよ」
「……?」
「他人と関わらない、自分で生きていく。
それだけじゃ何も変わらないだろ?」
「……お前が正しいとは限らない」
「なら何が変わったんだ、お前の中で。
海賊になって、チームを率いるリーダーになって、お前は人間として変わったのか?
俺はお前らの過去なんぞ知らん。
だが、お前らがメジェールを出て一人前になったとは悪いけど、これっぽっちも思えないな」
「何故、お前にそこまで言える!」
「つまんねえ差別してるじゃん、今でも」
「……それは!」
「他人相手に略奪しているじゃないか。
男達を踏みにじってるじゃねえか」
そして――何より言いたかった事。
「――過去に引き摺られているじゃないか」
「――!」
違う――などと何故言えるだろう。
他人とのかかわりを拒否している理由に、過去以外の何がある?
カイは薄く微笑んで、もう一度パンフレットを差し出した。
「俺も……お前が知りたいんだ。
お前の一日を、俺に預けて欲しい」
「カイ……」
――頬に朱がさした。
<to be continues>
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