VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action42 −海賊−
紅と蒼。
な二つの光が互いに交じり合って紅蒼の渦を描く。
人知の及ばぬ極限の空間。
ニル・ヴァーナとユリ型の激突が行われていた。
互いに一歩も引かず、両者は傷付く一方。
破片が飛び散り、戦塵が舞い、闇に溶けて消えていく。
戦場は悲鳴を上げていた。
鳴動する船内の中、此処は周囲より切り離されていた。
照明は落とされて、闇色に満たされた区画。
主を待つ機体が三機、並んでいる。
その中の一つ・紅玉の機体。
広大な主格納庫にて、ジュラ=ベーシル=エルデンが一人愛機を見つめている。
「――」
じっくりと見るのは久しぶりだった。
数年間、果敢に戦場を駆け抜けた自分のドレッド。
己の役割を果たす為に改良を重ね、防御に特化した機能に仕上げた。
「……久しぶりよね、こういう気分で見るのは」
初めて機上した時の興奮。
戦いに対しての不安。
絡み合った気持ちは一種の高揚を与えてくれた。
生まれて始めて味わった感覚。
その新鮮な想いは――時を経て風化していった。
命令に従い、獲物を求めて海賊家業に身を費やす毎日は退屈に変換されていく。
己を鼓舞し、仲間を従えて、日々の糧を手に入れる。
勝利が当たり前となった時刺激はなくなり、情熱は消え失せた。
そんな自分と共に合った機体。
喜びも悲しみも、怒りも優しさも、宇宙で一緒に味わってきた。
――カイと繋げてくれたのもこの機体だった……
「色々あったけど――今日もよろしくね」
戦況は大幅把握している。
カイが戻ってくる気配もない。
船の危機を黙って見過ごすような奴ではない。
きっと今頃、戦っているのだろう。
「――行かなきゃ」
頼りになるリーダーはいない。
――自分の仲間を巻き込めない。
敵はあまりにも強大だ。
今前線で戦えるのは、自分しか居ない。
……本当は怖い。
大規模艦隊を相手にリーダーを任された当時の記憶が蘇る。
自分の迷いと判断ミスで、多くの被害を出してしまった。
焦燥ばかりが積もり、後悔ばかりが蓄積されていく。
プレッシャーと責任の重みから解放されたのは、自分の力ではなかった。
厳しく叱責し、優しく励ましてくれたガスコーニュ。
逆転の戦略を考案し、代わりに指揮を取ってくれたカイがいたからこそだ。
その二人も今はいない。
本当の本当に――独りで戦わなければいけない。
カタカタ震える身体が情けない。
こうして暗闇で独りだからこそ、弱さが露呈してしまう。
決意をしても、その一歩を踏み出すのに躊躇いはある。
「……本当に凄かったのね、あいつって」
いつも活力に満ちた笑顔でまっしぐらに進む男。
無茶を積み重ねて、無理を乗り越えてきた。
どんな恐怖も絶望も打倒した。
初めから強かったのではないというのに……
いつも傷付いて、悩んで迷って、苦しんで。
血反吐を吐いて、薄汚く汚れて――最後は栄光を掴む。
でもやり方は無茶苦茶で誰にも受け容れられず、独り孤独に戦っている。
本当に、腹が立つほど――自分とは正反対。
性別まで正反対なのは神様の悪戯などと、茶目っ気にも思えてしまう。
独りで――
――戦う――
「――やっぱり来てたんだ、ジュラ」
「ディータ……?」
考えに没頭していたのか、ディータは真横にいた。
隣の格納庫で待機中の自分の機体を前に、ジュラを覗き込んでいる。
「……あんた、何で此処に?」
「部屋にいなかったから、此処かなって」
ショートヘアに着替えと、驚くほど変わったジュラを前にディータは笑顔を絶やさない。
表情に驚きや戸惑いもなく、変化を歓迎しているようにも見える。
見透かされたような感じで、ジュラは少しだけむくれる。
本当、この娘も随分変わったわよね……
「……一応、言っておくわ。
その――世話になったわね、色々」
部屋に閉じこもっている間、必死でディータは声をかけてくれた。
諦めず、めげず、悔やまずに。
素直にお礼が言えない自分が少し情けないが、同時にこうも思える。
自分らしい、と。
「ううん。ジュラが元気になってくれただけですごく嬉しいよ。
一緒にこれからも頑張ろうね!」
そしてこの娘も――根本的な面は変わってはいない。
昔はその無邪気さに苛々ばかりしていたが、今は特に腹立たしくも思わない。
明るい表情を見て、つられて笑ってしまいそうな自分がむしろ滑稽かもしれない。
「相変わらず能天気で羨ましいわ……
ジュラは忙しいからもう行くわよ」
「戦いに出るんだよね? ディータも一緒に行く」
「駄目よ」
此処に来た目的は一緒なのは知っている。
でも、譲れる事と譲れない事がある。
「あんたは待機、いいわね?」
「いや」
「……これは命令よ」
「そんな命令は聞けません」
今度はディータがむくれている。
ほんの少し前はピシャっと言えばすぐ気弱になる娘だったのに、いつからこんなに頑固になったのか。
やっぱり、この娘は人を苛々させる。
「メイアがいない以上、サブリーダーの命令が絶対よ。
命令違反は処分されるわよ」
「後でどんな処分でもうけます」
「――っ。新入りが命令違反したら、出撃許可も出ないかもしれないのよ」
「今、ジュラのお手伝いが出来るならかまいません。
ディータは絶対に出撃します。一緒に戦います」
「……」
あえて敬語で訴えかけるところに、誠意と真摯な決意が見えた。
ディータがどれほど心配してくれているか、ジュラも理解できる。
理解出来るから――危険に巻き込みたくは無かった。
「駄目と言ったら駄目!」
「行くと言ったら行きます!」
「危ないって言っているのが分からないの!」
「ジュラだって危ないです!」
「ジュラはいいの!」
「ディータだっていいです!」
「ついてこないで!」
「ついていきます!」
「足手纏いなの!」
「ディータだって戦えます!」
……。
ひかない、全然ひこうともしない。
切れ長の瞳を細めて見つめるジュラに、ディータはただ視線で応える。
不思議にも、身長の低いディータが大きく見える……
ジュラは内心で舌打ちする。
何なのだ、この娘の変わりようは。
故郷のアジトにいる先人達でも、これほどの意思を持っている人は少ない。
一日や二日での変化ではない。
だとすると、ディータはこの旅で少しずつ成長していた事になる。
……そんなこと……全く気付かなかった……
内面の醜さだけではなく、目まで曇っていたのか――
ジュラは嘲笑気味に低く笑う。
「――あんた、カイに似てきたわね・・・・・・」
「ジュラも宇宙人さんみたいな言い方してる。
ディータを心配して、いっつも来るなとか駄目だとか言うの。
独りで抱え込んで……傷付いて……」
暗闇の中で、ディータは表情を曇らせる。
戦場で果敢に戦って仲間を守り、船の中では孤立して仲間を案じている。
その境遇にもしかすると……この娘は一番腹を立てていたのかもしれないわね……
ジュラはディータに密接な親近感を抱いた。
そんなジュラの思いを汲み取ったように、ディータはしっかりと手を握る。
「きっとね・・・・・・一人より二人のほうがもっと大きな力になれるよ!」
そのままブンブンと勢い良く振るディータ。
……どうでも良くなった。
危険だと何度言っても無駄だろう。
そんな事は分かっているのだ。
分かっているから――二人で頑張ろうと言っている。
一人では無理でも、二人なら出来る事だってある。
ヴァンドレッドがそれを教えてくれた。
今日は負けが続く日だ。
ジュラは清々しさすらこめて、ディータの手を優しく握り締めた。
「足、引っ張ったら承知しないからね!」
「えへへ、がんばろーね!」
二人は戦場へと駆け上がった。
『…そろそろやばいんじゃない、ソラ』
「…貴方こそ声に余裕が無いですよ、ユメ」
二つの意思に亀裂が走る。
噛み合わない互いの心を象徴するように、戦いは苛烈さを増していく。
ニル・ヴァーナのシールドは残り一枚。
ユリ型は表層面が完全に剥がれ落ち、牽引ビームに勢いがない。
身体無き魂は磨耗せずとも、代理品は消耗する。
どちらかが崩壊した時点で敗北者は決まる。
『ばーか、ばーか。ごめんなさいって言えば許してあげるのに』
「マスターに謝罪するなら、今の内ですよ」
妥協なんてしない。
守るモノと捨てるモノ。
守りたいモノがあるゆえに、守る者は頑なに力を振るえる。
固執しないがゆえに、捨てる者はかなぐり捨てて力を振るえる。
何が正しくて、間違えているか。
二人はその答えを持ち合わせていない。
ゆえに力を振るう。
限界を超えて、エネルギーを高められる。
密接する力と力。
均衡状態はただ続いていき――
『――え』
展開されるリンクの一つに反応が走る。
シールドを維持したまま中空の画面をアップすると――
『ディータ=リーベライ…ジュラ=ベーシル=エルデン』
膨大なエネルギーの渦に飛び込む二つの機体。
拮抗する戦況に耐えられなくなったのだろう。
敵を倒そうとする覚悟は理解できるが――
「いけない!」
力のベクトルが急激に変化する。
ニル・ヴァーナから飛び出した赤と青のドレッドは、攻撃も防御も出来ない。
牽引ビームの濃密な引力に巻き込まれ――
――広大な闇の中へ取り込まれる。
『あははは、じゃーねー』
禍々しき花弁は――ゆっくりと閉じていく。
そして、何も残らなかった……
<to be continues>
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