VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action33 −老婆−
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<to be continues> ---------------------------
水面が波立ち、膨大な水量が一気に海上都市へ押し寄せる。
賑わいを見せていた街中は浸水が始まり、人々は一心に塔へと目指した。
かつての各々の生活空間に未練はない。
生まれた時から運命付けられていた瞬間が、今ようやく訪れたのだ。
人々は聖衣たる白のローブに身を包み、無貌の仮面を被る。
沢山の人間が塔へと導かれ、聖なる道として崇められている螺旋階段を上っていく。
アンパトスの国民が横を素通りするのを見ながら、マグノは表情を険しくしていった。
「あんた等の勝手な信仰にうちの坊やを巻き込まれちゃ迷惑だ。
早く返しておくれ」
「なりません。あの方はこの星に必要なのです」
「あの子はお前さん達を必要とはしていないよ」
「……これは定められた事です。あの方も分かってくださいます」
「決められた事、定められた事―――あんたはそればかりだね」
問い質しても埒があかないと考え、マグノは別の視点から相手を責める。
明確に敵対していないが、相手はカイを無理矢理仲間に引きずり込もうとしている。
元より遠慮は無用だった。
「見たところ大きな船も無いようだけど・・・・・・こんなちっぽけな世界の中で何を知る?
その若さで何を悟る?何を理解する?
自分が本当に正しいと言い切れるのかい」
「……言い伝えに間違いなどありません」
「神様の言ってる事が正しいという根拠は何処にある?
誰だって間違える事はある。神様だって例外じゃない」
「貴方は……」
ファニータにとってムーニャは絶対的存在。
それこそ親よりも遥かに尊敬すべき対象だ。
この星の誰もが認める神を、この老婆は否定したのだ。
許せる筈もない。
ファニータの表情から―――初めて笑みが消えた。
「あんたが慕うあの子だって、現実と理想の中で必死に戦ってる。
あの子がどれだけ悩み苦しんで此処まで来たか、あんたに想像出来るかい?」
「……」
マグノは知っている。
この二ヵ月半余りの旅の中で、カイがどれだけ傷付き悲しんできたかを。
毎日を冷遇され、命の危険に晒され、敵だらけの中で生きてきた。
どれほど悔しかっただろう。
どれほど苦しみ抜いただろう。
何の手助けも出来なかった歯痒さを、嫌と言うほどマグノは味わった。
「宇宙は広いんだ。沢山の生命があり、一つ一つがまるで違っている。
あんた等だけが絶対だなんて思わないことだね。
この星だってそうだ。
宇宙で一番美しい星と言ったね……比べてみた事があるのかい!」
「……我々の神を、この星を貴方という人は―――」
「あんた達の理想とやらに、アタシらまで巻き添えを食うのはごめんなのさ。
……もう一度だけ言うよ?カイを返すんだ」
それこそ飛び掛れば制圧するのは簡単だろう。
従者二人が力任せに襲い掛かれば、マグノに対抗出来る筈もない。
しかし、出来ない。
彼らをくい止めるのは―――100歳を過ぎた老婆とは思えない気迫。
小柄な体格から発せられる威厳と、言葉からにじみ出る気迫に控える従者二人は息を飲む。
伊達に猛者達が集うマグノ海賊団の頭目を務めてはいない。
ブザムも自分の任務だけに集中し、マグノの背後でただ警護役を没頭する。
マグノの一声で直ぐに動けるように―――
じっと睨み合うファニータとマグノ。
マグノの眼光にファニータは胸元の仮面を引き寄せ、被って遮った。
「あの方は我々に必要です。貴方には渡せません」
無表情の仮面の向こう側より、ファニータは冷たく一瞥する。
「まして―――我々の神を侮辱するような人間などに渡せるとお思いですか?
貴方のような愚かな人間が、あの方を苦しめるのです!」
初めて浮き彫りにされた彼女の激情。
自分達の正しさのみを主張してきた者が出す激しい怒り。
論ずるマグノもまたファニータからすれば一方的な主張である。
互いの意見は平行線を辿っているが、マグノは一筋の痛みを感じていた。
カイを苦しめる―――
ニル・ヴァーナ艦内で、カイがどんな差別的処遇を受けているかは知っている。
彼の現実を知りながら、何も手を差し伸べられなかった。
自分の部下達を諌める事は、メジェールの倫理観そのものを否定する事になる。
ましてや、マグノ海賊団の頭である自分がカイの味方をすれば激しい反発にあうだろう。
マグノは人望を損なう事を恐れるような人間ではないが、如何せんカイの立場が微妙すぎた。
共に旅をしながらクルーの多くを支え、戦場で多くの命を救った。
一方で海賊を否定し、仲間入りを拒否している。
カイが悪い人間でないのは、マグノでなくても殆どの人間が知る事実だ。
しかしながら、それでもカイは否定した。
海賊になる事を拒み、あくまで英雄になるべく自分独りの道を選んでしまった。
心理面ではともかく、立場的にマグノが味方をしてしまえば海賊団内で分裂が起きてしまう。
今後の戦いでそれでは生き残れない。
だからあえて―――カイには手を差し伸べなかった。
いや、差し伸べる事が出来なかった。
もしカイがこの星に残れば……?
ファニータ達はカイを心から敬い信望するだろう。
全国民がカイの味方となり、彼の為に身も心も捧げる。
カイも脊髄など望まない以上、惨たらしい結果になる事もまずない。
誰からも大事にされ、平和で温かい暮らしが保証されている―――
確かに、アンパトス価値観ややり口は歪んではいる。
カイにとってこの星に残る事は変質した現実に犯される可能性もある。
では―――ニルヴァーナに居る事はカイにとって幸せなのだろうか?
カイを認めている人間が居る一方で、カイを否定する者達もまだまだいる。
喧嘩や騒動だって何回でも起きるかもしれない。
食料も自給自足、助けてくれる人達は誰も居ない。
毎日襲い掛かる刈り取りとの戦闘。
命懸けで戦っても、決して報われる事はない。
そんな毎日がカイにとって本当に良いと言えるのか?
幸福を考えるなら、慕ってくれる人達の傍に居るのが一番ではないのか?
マグノの頭の中で疑問と葛藤が渦巻く。
でも、それでも―――カイは真っ直ぐだった・・・・・・
「……これ以上話しても無駄のようだね……」
残念そうに言いながらも、マグノの表情には不遜な感情が見え隠れしていた。
逃げる事は許されない。
カイは今まで決して―――逃げたりはしなかったのだから。
染み付いた臓器の破片が服を濡らし、死屍が靴にへばりつく。
真っ赤に染まった血の世界で、少女は可憐に微笑む。
「……こんにちは、ますたぁー。あえて嬉しいな」
「ソラ―――じゃないみたいだな」
姿顔立ちはそっくりだが、全体的な印象で二人は違う。
ソラの髪は銀色、この少女の髪は金色。
瞳もソラは蒼色、少女は朱色に染まっている。
雄大な青空の下にいた少女と、虚構な紅空の下にいる少女。
根幹で、二人は対称的だった。
まるでトランプの絵柄のように。
右手と左手のように―――
「誰だ、お前。此処は何処だ」
「クス……ますたぁー、顔がこわーい」
険しい表情でカイが睨むのもかまわず、少女は無邪気に飛び跳ねた。
少女のステップに血飛沫が霧散し、長いスカートがくるりと舞う。
血と肉と臓器が腐乱する世界で、少女の舞は幻想的な華を咲かせていた。
鼻歌すら聞こえてきそうなご機嫌な顔で、少女は口を開く。
「ここね・・・・わたしの遊び場所」
「遊ぶ……?」
「うん。
死体が積まれた領域で、血の羊水に浸されて、死と絶望の悲鳴を聞くの。
たのしいんだよー」
小さな手を広げて、少女は陶酔している。
少女に魅せられる光景―――
信じられなかった。
宇宙に出て、様々なモノを見て来た。
融合した戦艦に合体兵器。
砂が荒れ狂う乾いた砂漠があれば、古き時代に捨てられた施設もあった。
水に覆われた美しき星、そして―――青空と草原の大地。
必ずしも美しい場所ばかりではなく、正しさが通ずる世界でもなかった。
でも此処は明らかに常軌を逸脱している。
死に絶えた世界。
狂気と恐怖を血で彩った悪夢だった。
臓腑と血醜にまみれた大地で遊ぶ少女。
何もかもが想像の外であり、まるで―――
『ユメの中で貴方と私は出会いました』
―――現実ではないような・・・・・・
『あなたがユメと呼ぶ世界。
――生と死の交差点、あなたが織り成す世界』
あの時の・・・・・・空色の少女の言葉。
『わたしとあのコはここで生まれました』
「お前―――ソラが言ってたもう一人の・・・・・・」
「・・・・・・ソラって呼ばれてるんだ、あの子。ふーん・・・・・・」
ゾクっと背筋に冷たい感触が走る。
純粋な微笑みの向こうに見える不透明な圧迫感に、カイは息苦しさを覚えた。
「可愛がられてるんだ、あのコ。
いいなー、ますたぁーを独り占め出来て。
わたしなんて・・・・・・ますたぁーの傍にもいられないのにね・・・・・・」
「お、おい。あのさ、お前の事ソラが心配し―――」
―――咄嗟に距離を取る。
嫌な予感が全身を駆け抜けて、心身を凍りつかせる。
次第に早くなる鼓動に胸を押さえて、カイは少女を凝視する。
明らかに少女の様子がおかしい。
俯いた顔でクスクス笑っていて、とても楽しげだった。
時と場合によっては子供なりの微笑ましさだと思えるが、少女の放つ雰囲気が幻想を打ち消す。
(な、何だ・・・・・・刈り取りやマグノ海賊団と戦った時もこんなやばい感じは―――)
二ヶ月半の戦闘によって鍛えられた鋭敏な感性が、しきりに警鐘を鳴らしている。
早く逃げろと、身体が悲鳴を上げている。
今まで刈り取り相手に戦っていた時とは比べ物にならない。
こんな小さな女の子に―――どこからこんな・・・・・・
「―――わたしね、ずっとずぅーっとますたぁーに会いたかった。でも、会えなかった。
アイツの負の意識がわたしを侵食したから。
ひどいよね。アイツ、わたしのますたぁーになろうとしたの。
わたしを犯して、無理やり力を引き出そうとして・・・・・・」
少女は顔を上げる。
「安心して、ますたぁー」
真っ赤に染まった瞳が、カイの視線を貫く。
天使のような眼差しを―――悪魔のような微笑みをカイに向けて。
「・・・・・・わたしはますたぁーだけのもの。ますたぁーは―――」
ドレスの結び目に手を伸ばす。
すっと結び目が解け、ぱさりと音を立てて、ドレスが血溜りに落ちる。
剥き出しの肩と柔らかそうな双丘が艶かしい―――
「わたし一人のモノ」
そのまま優雅に抱き付き、カイを地に伏せて少女は唇を奪う。
唇の端を甘噛みされたと感じると、すぐに強引な舌が割って入り込んでくる。
「・・・・・・あのコには渡さない。
わたしと一つになって、ますたぁー」
くちゅっと―――血の味のする唾液が絡み合った。