VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action26 −十字架−
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銀髪のツインテールが光に反射しているかのように眩い。
全てが絶妙に配置された造作は、人とは思えないほど整っている。
凡人には決して届かない、幻想的な美しさを持つ存在。
―――今、此処に舞い降りる。
「すごい、すごい!本物だ、本物だ!」
『御久しぶりです、ディータ=リーベライ』
ニル・ヴァーナ全システムを掌握している者のみが、操作し得る技術。
光の燐粉が残影を描いて消失し、少女が実体化する。
「うわー、こんな可愛い宇宙人がいるんだ……」
『"人"ではありません』
少女は淡々と訂正するが、相手は余程感激したのか半ば上の空だった。
プライベートエリア・ジュラ=ベーシル=エルデンの部屋前。
カイに頼まれて、ディータはジュラの力になるべくやって来ていた。
元より、出撃が無いディータには空き時間もあった。
回復後すぐに上陸と、忙しいカイに代わって今まで頑張っていたのだ。
あれこれと考えて試行錯誤し、その成果は―――芳しくなかった。
「そうなんだ!えとね、えとね……ディータは、ディータ=リーベライって言うの。
あなたのお名前は何て言うのかな?」
少女の背丈に合わせて、にこにこ笑顔でディータは尋ねる。
子供をあやすかのような優しい微笑みと声だったが、少女には何の感慨も与えない。
『話を聞かない人ですね、貴方は』
何度もはっきりと名を告げているのに、自己紹介をしたディータにまず冷たい一言。
それでも少女は自らの名を丁寧に明かした。
『私は……ソラ。ソラ=ピュアウインドです』
「ソラちゃんって言うんだ……綺麗な名前だね」
『ありがとうございます。私もこの名を誇りにしています』
毅然とした物言いだが、微かに自慢げな響きがある。
心から名前を大切にしているのだろう。
その姿が微笑ましく、ディータは頬が緩みっぱなしだった。
自分が今どこで何をしているのかを忘れたかのように、ソラに熱中している。
……その光景を、暗い雰囲気で見つめる者が居た。
「うう…すっかりのけ者にされてるピョロ……
カイの気持ちが少し分かった気がするピョロよ……」
イジイジと、暗い通路の端っこで床にのの字を書いているロボット。
本人なりに落ち込んでいるのだろうが、傍目から見れば笑える仕草だった。
ロボットであるがゆえに余計だろう。
『きちんと認識はしています。
アナタのシステムには、以前よりラインを繋げていましたから。
…いい機会ですので言っておきます。
アナタはマスターの僕。自分の任を忘れぬように』
「い、いきなり何言うピョロ!?」
初対面の女の子に注意されるとは思っておらず、ピョロは動揺を見せる。
ピョロは意外に女に嫌われてはいなかった。
ニル・ヴァーナに乗船した当時はカイ達との仲を懸念されたが、マグノに取り入った事で非難は回避。
その後もカイが色々な意味で目立っていた事もあって、害はない存在だといつしか認知されていく。
セキュリティにも妨害されず、男でもないピョロは次第に誰も何も言わなくなった。
そんな彼(?)に、この辛辣さである。
『もっとも、アナタのお陰でディータ=リーベライとコンタクトが取れました。
その点は感謝しています』
「コンタクト……?」
横から口を挟んだのはディータだった。
指を咥えて不思議そうな顔をするディータに、ソラは淡々と述べる。
『覚えておりませんか?ミッションで一度、貴方とは話しました』
「んーと、んーと……うーん、ディータがソラちゃんとお話……」
『そうです。ナビゲーションロボを交換ラインにして、ですが』
「ロボットさん……?あ……あああっ!?
もしかして、もしかして!あの時ディータを励ましてくれた声の―――!
でもでも、あの時は……」
思い出す―――閉鎖された空間の中で、共有し合ったあの時の思い。
拙い言葉遣いで一生懸命に自分を励ましてくれた声。
幼く甘いアクセントのある声色と、ソラの声は全く同じだった。
改めて思い出して―――それでも妙に思う。
言葉遣いが全然違っている。
理論然としたソラと、あの時の声の主と結びつかなかったのはそれだ。
ピョロと言う中継を通してだったとしても、目の前の少女と以前の声の主は別人に思える。
『当惑されるのも無理はありませんが、間違いなく私です。
自己形成される前でしたので、あの時は不安定でした』
「けいせい……?」
難しい単語に頭を悩ませるディータ。
『私はこの二ヶ月、自己認識と外的共有に徹底していました。
その後マスターを知り、進化を模索すべく、心象領域を広げました。
不完全ではありますが、自己認識が可能となったのです』
・・・・・・ちんぷんかんぷんな話だった。
ディータにはソラの話の十分の一も理解出来ない。
盛んにハテナマークを浮かべるディータだったが、彼女の今日の相棒は違った。
「・・・・・・・・・・・・有機物・・・・・・無機物・・・・・電子・・・・粒子・・・・・・・・解析・・・不能・・・
こいつ、絶対に変だぴょろ!
ホログラミング・フィールドで人間のように見せてるだけで、もっと別の存在ぴょろ!」
「えー、でもこんなに可愛いよ?変じゃないよ!」
本人でもないのにむっとした顔で抗議するディータに、ピョロは俄然とした顔で反撃する。
「人間はこれだから困るぴょろ!
いいぴょろか?こいつは男でも女でもないぴょろ。
3次元的に高度に画像処理されてるから、可愛く見えるだけぴょろ。
得体が知れない、気味の悪い奴だぴょろ。
きっと人間でも機械でもペークシスとかでもな―――」
「黙りなさい」
―――空間が凍る。
ただ一言口ずさんだだけで、ピョロは完全に口を閉ざした。
画面に映し出された目は怯えきっており、小さなボディを震わせている。
「無用な詮索です。私はマスターの為だけに存在する身」
「あ、怪しい奴を怪しいと言って何が悪いぴょろ!」
「・・・・・・」
「御免なさいピョロ」
一睨みされて、床に土下座するロボット。
縮こまって恐縮してばかりのピョロに、ディータはくすくすと笑った。
ピョロには悪いが、面白くて仕方が無い。
「ねえねえ。さっき言ってたマスターって……もしかして、宇宙人さん?」
どこか優しげに聞いてくるディータに、ソラは小さく肯定する。
『カイ=ピュアウインドは私のマスターです』
「そっか・・・・・・ソラちゃんも宇宙人さんが好きなんだね」
少女には愚問である。
逡巡の一つも無く、ソラはしっかりと言った。
『私の敬愛するただ一人のマスターです。
マスターの命を受けて、この場に参上しました。宜しく御願いします』
「うん、こちらこそよろしくね!」
そのままソラの手を握ろうとして、すり抜けた事にまた笑顔を誘う。
映像である事実を忘れての行為に、ソラは呆れた顔をしながらも尖がる様子は無い。
ディータは何も聞かない。
突然現れた少女について、その一切を。
マグノ海賊団でもない、何時船に乗り込んだのかもしれない謎の少女。
それこそ、さっきのピョロのように騒ぎ立てるのが普通であるというのに―――
生まれたばかりの赤ん坊のように、邪気の無い他人への接し方。
何の理屈も理論も無いディータの好意の現れに、ソラもまた新しい記録を内に登録する。
『この人間は―――まぎれもなく、マスターの力になってくれる』
―――と。
「・・・・・・もう完全に放っとかれてるぴょろね」
床に這いつくばったままのピョロは、心で涙した。
仕切り直しとなった。
新しく加わったソラを従えて、もう一度頭から考え直してみる。
今回問題となっているのは、ジュラが部屋に閉じこもって出てこない事。
理由その他は一切不明。
このまま閉じ篭もりが続けば、身体はおろか心にも異常が出てしまう。
何か対策を立てなければいけない。
『状況は分かりました。
先のお二人の提案を聞かせていただきましたが、はっきり言いまして愚策です』
「えーうー、自信あったんだけどな・・・・・・」
「じゃあお前、何か他に策があるピョロか!」
がっくりするディータと、先程の恨みがこもっているのか激しく怒鳴り散らすピョロ。
勿論と、ソラはとつとつと話していく。
『地震というのは、そもそも急激な断層運動です。
船の中ではリアリティがありません』
「ふむふむ」
「・・・・・・正しい事を言っているとは思うけど、何か違う気がするピョロね・・・・・・」
二人の反応はさておいて、ソラは冷静に案を述べる。
『現実感を相手に持たせるには、インパクトが必要でしょう。
そこで―――まず、空調を切ります』
「え・・・・・・?」
「へ・・・・・・?」
二人は顔を見合わせる。
特に興奮した様子も無く、自分の提案を客観的に相手に伝えるソラ。
『十分も経たずに、室内は激しい酸素不足に陥るでしょう。
人間には耐えきれません。
最早悩みなど抱える余地も無く、彼女は部屋から出てくるのではないかと―――』
「そっか!すごいよ、ソラちゃん!」
「死んでしまうぴょろ!?
駄目ぴょろ、駄目ぴょろ!!」
一人の女の子の賛同と、一人のロボットからの反対。
多数決なら二対一だが、ピョロの猛烈な反対で案は見送られた。
「全っ然、人を非難できないぴょろ!
お前だってろくでもない案だぴょろよ」
『アナタに言われるのは心外です。
ディータ=リーベライも、私も案を出しました。
アナタだけ役立たずです』
「うぬぬ・・・・・・こいつ、むかつくぴょろ!」
「まあまあ、仲良くしようよ」
苦笑いを浮かべて、二人の間に立つディータ。
なかなかこれといった案がまとまらず、三人は悩みつづける・・・・・・
『そもそも、彼女は何を悩んでいるんですか?』
「それが教えてくれないの。宇宙人も知らないって」
「他の女達も知らないって言ってたピョロ。皆、薄情だぴょろ」
ディータ・ピョロ・ソラ。
『人間とは不毛ですね・・・・・・私には分かりません』
「ディータは少し分かる気がするな・・・・・・
落ち込んでいる時、一人になりたい時ってあるよ」
「人間はデリケートな心を持っているぴょろね・・・・・・難しいもんだぴょろ」
人間と機械とそれ以外の存在。
一つの目的を共に果たさんとする統一感。
『一人になりたいと言う気持ち。
一人にさせたくないと言う気持ち。
自分と他者との相反する気持ちが、今の事態を生んでいると言えます』
「・・・・・・どちらかが間違えているのかな・・・・・・」
「案外、どちらも間違えているかもしれないピョロよ・・・?」
そんな三人が、奇妙な連帯感を生んでいく。
『・・・・・・お二人はいいですね。悩みがなさそうで』
「ううん、そんな事無いよ。
ディータだって宇宙人さんと仲良くなるにはどうすればいいかなって―――」
「余計なお世話だぴょろ!」
答えは今だ、霞の中。
しかしそれでも―――
(・・・・・・少しは・・・・・・静かに出来ないの・・・・・・)
きっと―――届いている。
<to be continues>
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