VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action11 −飛翔−
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<to be continues> ---------------------------
リミッターは既に振り切れている。
滑空する動機は真っ白で、理由は置き去りにして来た。
身体と機体の損傷は回復している。
バーストリミットぎりぎりまでブースターを噴射させ、押し寄る圧力も物ともせずに突っ込んだ。
蒼い惑星に墜落しようとしている赤き烙印―――
歪み狂った灼熱の炎を身に纏いて、行動不能となったユリ型が転落していた。
戦場を惑星上にしていたのが失策だった。
飛び立つ力もないユリ型は、皮肉にも惑星の引力に捕まって引き込まれているのだ。
このまま放っておけば、そのまま地上へ落下してしまう。
「まにあ・・・えぇぇぇぇぇっ!!!!!」
それは願いであり、祈り。
力なく落ちて行くユリ型との距離は圧倒的で、眩暈がする程離れている。
加えて、重量がまるで違う。
蛮型とユリ型の総重量はかけ離れていて、大人と子供以上の差がある。
落下を防ぐには支えるしかないが、全力を尽くしても完全に押さえこむのは不可能だろう。
遠距離兵器で徹底した完全破壊をするのも無理だ。
ユリ型は既に惑星の大気圏に突入しつつあり、ホフヌングで射掛ければ惑星まで影響が出る。
カイは歯軋りする。
頭では理解している。
ユリ型を止めるには急速で接近し、惑星から押し退けるしか方法はない。
その為には――――自らも大気圏内入りしなければいけない。
SP蛮型は大気圏より生み出される灼熱に耐えられる装甲は持っていない。
ユリ型を遠ざける事は可能かもしれないが―――蛮型は間違いなく無事ではすまない。
まして、コックピットにいるのは只の人間だ。
灼熱より発する熱量でその身は焼かれ――――良くて重傷、最悪死亡する。
砂の惑星で使用した蛮傘はニル・ヴァーナに保管されている。
取りに行く時間もなく、行動を起こした今は何もかも手遅れだ。
どんな対策も戦略も現実は許さず、時間のみが残酷に流れていくばかり。
突撃すれば自分がどうなるか、分からないカイではない。
(・・・はは、本当馬鹿だな俺は・・・)
ユリ型が惑星内で爆発すれば大惨事が起きる。
例えば落下地点に街があれば、死亡数は桁違いに跳ね上がるだろう。
ここで食い止めなければ、悲劇は起きてしまう。
―――だから何だというのか?
他人を助ける為に自分を犠牲にする。
自己犠牲の理念、カイが一番心底毛嫌いしているものだ。
馬鹿馬鹿しいとも思う。
例えそれで沢山の人間を助けられても、自分が死ねば意味はない。
感謝など求めてもいないし、見返りも期待していない。
善意の否定と死への警告を鳴らし続ける頭に――――身体だけが拒否していた。
人が死ぬのは許さない。
砂の惑星を思い出す。
荒廃した大地に、涸れ果てた命―――
退廃した砂の世界をここで繰り返してもいいのか?
答えは――――否。
自分が飛び立つ宇宙は・・・・気高く在ってほしい。
「勝負っ!!」
そのまま大気圏内へ突撃するカイ。
ユリ型と接触したその瞬間―――
蛮型は炎に包まれた。
信じ難い光景だった。
水に覆われた惑星の大気圏内で、激しい激突を繰り広げている二機。
爆発を繰り返すユリ型と、爆炎で真っ赤に燃え上がったカイ機―――
一進一退の攻防は互角で、惑星への距離差はプラスマイナス0だった。
『ディータが行きます!合体すれば―――!』
『巻き込まれるだけだ!それより一斉射撃で――――』
「落ち着けディータ、メイア。下手な援護はカイまで巻き添えにする!
ガスコーニュに援護を向かわせる。デリ機ならシールドを張り、収納も可能だ。
ドレッドチームはキューブの殲滅と惑星の保護を優先しろ。
ドクターは―――」
『すぐに準備する』
にわかに慌しくなったブリッジ内で、命令と応答が乱れ飛ぶ。
ドゥエロもメイアも落ち着きこそ保っているが、顔色は真っ青なのはモニターからでも分かる。
中央モニターの大画面で映し出される光景は、其れほどまでに常軌を逸脱していた。
「なんて無茶を・・・・」
漏れる声は戦慄に震えている。
両腕を広げまるで抱擁するかのように、ユリ型をカイ機は押さえ込んでいた。
青白くブースターを撒き散らして、惑星への落下を決死の覚悟で止めている。
カイは文字通り命を燃やしているのだ―――
「・・・坊やが無茶なのは今に始まった事じゃないさ」
「お頭・・・」
マグノの言い分はもっともだが、釈然としない。
ブザムは顔を向けて、はっとする。
艦長席に座るマグノは愛用の杖を握り締めて―――震えていた。
「そして・・・いつだって、アタシらはそれを咎める事も出来やしない」
「・・・・仰るとおりです」
命令違反、暴発行為―――
それこそ数え上げればキリがない程、カイはこれまでに度々自分勝手な行為を繰り返している。
常に後始末を押し付けられるのは他のパイロットであり、マグノやブザムなのだ。
けれど―――その行為はとても潔い。
海賊を拒絶し、己が夢を邁進するカイが一番他人を救っている。
見ず知らずの誰かを、憎き敵ですら情を向けてしまう。
まるで小さな子供が漫然と持ち合わせている正義感のように、真っ直ぐに生きている。
叱る事は出来る。
現状が片がつけば、ブザムも徹底的に説教はする。
危険を顧みない行為は、自分を苦しめ続ける被虐的な行動でもあるからだ。
カイがもし誰かを守る為に命を絶やせば、強い憤りと悲しみを覚えるのは一人や二人ではないだろう。
二度とするなと厳命はする。
マグノとてそうであろうが――――止められるだろうか?
懲りるだろうか?諦めるだろうか?
自分が悪かったと反省するだろうか?
今度は自分の命を最優先にすると約束させられるだろうか?
それを守れる人間は――――果たしてカイなのだろうか?
カイの今の行為は決して正しくはない。
最良ではあるが、最善ではない。
誠実なる行動だが、清廉な行動ではない。
「難しいね、本当に。
あの子は・・・間違えちゃいないからね」
マグノは悲哀に満ちた声を漏らし、ブザムはきつく唇を噛む。
マグノにここまで心配させるカイに義憤を感じ、ここまで愛されるカイに軽い嫉妬を抱く。
深く呼吸を漏らし、ブザムは顔を上げる。
気持ちを鎮めている暇はない。
いつも後手に回って、何もしないようでは本当に無能だ。
それこそ、カイに笑われてしまう。
大人は駄目なのだと、あの真正直な少年に失望されるようでは終わりだ。
「アマロ。
もしカイがユリ型を放棄すれば、大気圏で消滅する可能性はあるか?」
「え、あの・・・・す、少しお待ちください!」
突然問われてもたついてしまうが、そこはブリッジの一旦を担うクルー。
現況と今後の展望、惑星大気成分と敵の構成物質を計算する。
「可能性は10%以下。
本体は燃え尽きても、破片類はまず間違いなく地表に突き刺さります」
大気とは惑星を取り巻く空気の層。
大気圏は地表から対流圏・成層圏・中間圏・熱圏の4層に分けられる。
カイとユリ型がせめぎ合っているのは地上から約80キロ以上、熱圏の領域にいた。
この層には大量の熱いプラズマが溜まっており、蛮型ではとても耐えられない。
「ベル、率直に聞く。
このままの状態が続けば、カイはどうなる?
・・・結論は出ているだろう。忌憚のない意見を聞かせてくれ」
身を強張らせるベルヴェデール。
カイが突撃し、惑星を守るための抑止力として行動した時から必死で現状を確かめた。
―――答えも出した。
嗚咽が漏れそうになるのを堪えて、彼女は口に出す。
「五分もすれば・・・ヴァンガードは溶解します。
万が一装甲はもっても、大気中の高密度な電子や陽子にパイロットがもちません」
「・・・・そうか。ありがとう」
言葉にしてくれたベルヴェデールに労いを向け、ブザムは考える。
カイはもう限界だ。
星を守るために懸命になっているが、このままでは引く事も押す事も出来ず消滅する。
そしてユリ型は――――そのまま自由落下する。
カイの行動は報いて欲しいと思う。
自らで星を救う事が出来ればどんなに立派だろう。
現実だけが・・・・それを許そうとしない。
「・・・エズラ。ユリ型の落下地点を算出してくれ」
このままむざむざとカイの命を散らせる訳にはいかない。
カイには何としてもユリ型を放棄させ、大気圏から脱出させる必要がある。
万が一落下地点に人がいなければ、カイを説得するのは可能だろう。
無論惑星そのものに甚大な被害が出るが―――今は命が優先だ。
可能性の積み重ねを講ずるブザムに、エズラの報告は非情だった。
「ら、落下地点に都市部が・・・見えます。
このままでは、その・・・・」
「・・・もういい」
何とか必死でフォローをしようとするエズラを、ブザムは制す。
これで完全に消えうせた。
どの道を選んでも、誰かが傷つき死んでいく。
課せられた道は二つ。
大勢を救う為に、一人を見捨てるか?
一人を救う為に、大勢を見捨てるか?
カイがこのまま抵抗し続ければ、爆発を連鎖するユリ型は地表に届く前に消滅する。
少なくとも都市部にいる人々は直撃は避けられるだろう。
そして―――カイは死ぬ。
カイをユリ型から離させて、大気圏から救出する。
大怪我を負っているのは確かだが、命は救える。
そして―――人々は死ぬ。
他人を守る為に、仲間を犠牲にする。
仲間を守る為に、他人を犠牲にする。
どれを選んでも誰かが死ぬ。
残された時間は少ない。
躊躇するゆとりも与えられない。
ブザムは――――優秀だった。
海賊として生業を持ち、こんな場面に何度も出くわした。
だからこそ、言わなければいけない。
ブザムはマグノ海賊団副長なのだから――――
「エズラ、ガスコーニュに通信。カイを―――」
「―――待って下さい」
ブザムの声を遮る冷たき制止。
「まだです」
彼女は立ち上がる。
「あの人はきっと――――わたしを裏切りません」
偽りの仮面を―――脱ぎ捨てて。
セルティック=ミドリはその素顔を――――微笑みに変えた。
空気を捻じ曲げる熱気に、心が溶かされる。
抗う意思は火花を散らす電磁場に弾かれて、抵抗する身体は血液が沸騰せんばかりに煮え滾らせる。
正常な意識の光はとうの昔に途切れている。
皮膚が熱で溶解し、操縦桿に生々しく付着していた。
熱圏大気の世界は、一介のパイロットをいとも容易く燃焼させられる。
甚大なエネルギーと反作用による爆発で、両目を開けるだけで激痛が走った。
揺らぐ視界と永眠を求める肉体に、潰れる心。
食いしばった歯が折れるのを自覚し、カイは――――
(・・・・・・・・・・・・)
夢は決して叶わない。
理想は現実に敗北する。
タラークが、メジェールが、砂の惑星が―――嘲笑している。
無意味、無価値、無慈悲・・・・
ちょっと前まで独りで歩けもしなかった奴に何が出来る?
育ての親であるマーカスは言っている。
ガキの幼稚な御伽噺―――
目の前の世界とすれ違うだけ。
ユメの果てにあるのは、叶わなかった自分の後悔のみ。
ラバットはそんな自分を徹底的に打ちのめしてくれた。
洗練してくれた。
あの男は今もどこかで一人生きている。
いつかまた会おうと、その背中で約束してくれたのだ。
何もないと分かったけれど――――
―――空だけはいつも自分の上にいてくれた。
(・・・・負けない・・・・負けない・・・・負けやしない・・・・!!)
「・・・ほ・・・・ふぬんぐ・・・・・きど・・・う・・・・」
その為に作られたモノ。
あらゆるエネルギーを変換し、自分の生命力として塗り替えてくれる。
朦朧とした意識はまもなく消え去ろうとしている。
舌を噛む。
苦々しい鉄分と零れる血液が舌に絡みつき、つかの間の時間を与えてくれた。
両手はユリ型を押さえているので、手に持つのは不可能。
武器として扱うのは無理だ。
背中に装着されたままだが―――それでいい。
出来る事を、ただするだけ。
打倒する。
この世界を、理不尽な暴力を叩きのめす。
現実がただ絶望で蔓延しているというのであるならば―――
(・・・自分のユメで・・・・・塗り替える・・・・!!)
少年は神を否定する。
信仰を持たず、縋り付くモノは在りはしない。
祈りに力がないのは知っている。
マグノ海賊団が教えてくれた。
悲嘆な過去を持ち、不平等な差別を受け続けた彼女達の苦悩が夢想を踏み躙る。
神様は人間を助けてくれはしない。
少年は頼らない。
純粋に、願い続けるだけだ。
その為の言葉を、今こそ叫ぼう。
夢の中で微笑んでいたあの人を・・・・思い出して。
「I see trees of green, red roses too」
いつもユメに響いていた・・・・いのちの唄を――――
「I see them broom for me and you」
あの壮大な草原で―――
「I see skies of blue, and clouds of white」
白いワンピースを着て―――
「The bright blessed day, the dark sacred night」
とても温かい笑顔で――――
「And I think to myself―――」
優しい旋律を―――聞かせてくれた。
―――約束を―――した。
ホフヌングは1秒で無人機一体を葬り、5秒で十機以上を消滅させた。
そして・・・・唄は三分。
180秒。
「"what a wonderful world"」
惑星から―――黄金色の流星が駆け上がった。