VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action52 −異変−
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思えば変な話だ。
途方にくれて、姿無き声に導かれてここへ辿り着いた。
誰かに話したら笑い話にされるか、気でも狂ったのかと変質者扱いされるだろう。
そんな奴、知り合いたくもない。
自分でもそう思う。思うのだが―――
「・・・・気のせいじゃなかったよな、確かに」
一度っきりではない。
二度も三度もはっきり聞こえ、その意思も伝わってきた。
間違いなくあの声は存在し、自分を案内しようとしていた。
断言して言える。
問題なのは誰なのか分からず、声しか聞こえなかった事。
もっとはっきり言えば、声なのかどうかも怪しい。
「こう・・・・響く感じだったよな、頭に」
自分の頭を撫でるように触り、独りごちる。
意味不明な現象で、今考えればよく疑いもせずここへ来たと思う。
でも―――
「・・・・綺麗な声だったよな・・・・」
まるで鈴が鳴るような、透明な声。
常識だの何だのにまみれた大人には出せない、純真無垢な子供のような舌ったらずな響きがあった。
この世に神様や天使が存在するなら、こんな声なのだろう。
そして、声に宿る思いの温かさをカイは感じ取れた。
自惚れかも知れないが、自分を俺を想い案ずる気持ちがあった。
清らかな慈しみが向けられていた気がする。
馬鹿馬鹿しいとは思うけれど――――信用してしまった。
「そして裏切られた、と。はあ・・・・・」
医務室―――
当たり前だが、怪我人や病院を収容する部屋である。
声に従って辿り着いたのがこの部屋だった。
一応通路はこの先も続いているが、先にあるのはまた違う分岐点のみ。
一応行ってはみたのだが声の反応はなく、ここしか考えられない。
「怪我をしたとはちと考えづらいしな・・・・」
この部屋の主・ドゥエロは居ない。
協力を要請して、今現在は保管庫を見張っている筈だ。
それに怪我をしたからといって、医務室へ行くとはとてもじゃないが考えられない。
ラバット本人が何らかの事故で負傷したなら、まず自分の船に戻ろうとするだろう。
対等な取引での乗船だった時ならともかく、今は問答無用で敵同士。
そんな甘い目算をラバットが立てる訳が無い。
もう一つの可能性はディータ本人に何かあった場合だ。
考えたくはないが、ラバットに負傷させられたとしよう。
そんな無抵抗な人間に乱暴するような下衆なら、そもそも医務室へ運ぶ真似はしない。
治療という発想すら浮かばないだろう。
かといって、篭城するには不適切だ。
医務室は狭い上に、随時誰かが居る。
一発で発見されて、事態は悪化する羽目に陥る。
あらゆる観点から、ラバットが向かう場所に適さない。
(・・・嘘をつかれた、とも思えないんだがな・・・・)
声が誰なのかは知らないが、騙す事に意味でもあるのだろうか。
そう考えてみると、自分の味方と決め付けていたのも変な話だ。
確証も何も無い、存在すら不確かだというのに―――
笑い出したい衝動を堪えて、カイは踏ん切りをつける。
悩んでいても仕方が無い。
カイはそのまま一歩歩んで、自動ドアを開けて中に入る。
瞬間―――
「おうわぁぁぁぁっ!!」
室内よりカイの絶叫が発生し、何かが倒れる音が重く響いた・・・・
現在位置の把握。
カイも難渋していた問題だが、実はマグノ海賊団内でも審議されていた問題点でもあった。
クルー達の現状は組織がしっかりしている為、常日頃きちんとした形で管理はされていた。
一人一人が専門職に従事しているので、職場事で常勤していればいい。
各職場のチーフやマグノ達幹部に抜かりは無い。
―――のであるのなら何の問題も無いが、そうもいかない。
現状をもって今だ全区域の把握も出来ていない上に、クルー達にも休暇日はある。
極端な話休暇中の行動は自由で、権限さえ侵さなければどこへあろうと行ける。
ディータ=リーベライ、彼女がいい例である。
ディータは時間さえあれば自室で過ごさず、カイに付いていた。
そんな彼女の行動はそれこそ二十四時間見張りでもつけない限り、位置を知るのは不可能だろう。
大勢が住む上で広いのは歓迎だが、逆に広さゆえに足枷にもなる。
「困ったな・・・・一体どこにいるんだ」
見る人が見れば、目を丸くしていたかもしれない。
冷静沈着・生真面目の典型なメイアが、途方に暮れた顔で通路を歩いているのだ。
今日のメイアは服装も含めて、心身共に周囲に気を使う余裕を失っていた。
「人に頼むのは勝手だが、せめて行き先の宛てでもつけてもらいたいものだ。
時間ばかりかかる」
ディータが攫われて、全員が行動に移した。
それぞれ自分の役割を胸に、その任を全うしようとしている。
メイアもまた同じだった。
半信半疑で付き合っていたカイの作戦だが、ここに来て現実味を帯びてきている。
対抗策も何も考えぬまま放置していたらと思うと、ぞっとする。
「・・・意外と、目の付け所は悪くないのだな」
ぽつりと、呟く。
今日は朝からカイに振り回されっぱなしだった。
行方不明で捜索し、見つけたかと思えばその本人に閉じ込められる。
救助しに行って救助されたのでは笑い話にもならない。
しかも、厄介種を引き連れての帰艦だ。
事あるごとにトラブルばかり起こしてくれる男だと、呆れを通り越して感心するメイアだった。
「せめて反応を確認出来ればいいんだが・・・」
カイに頼まれた事は非常に重大だ。
早期発見が望ましく、早急に事を成さなければいけない。
ディータが人質に取られている以上、失敗は許されない。
逸る気持ちを抑えて必死で走り回っているのだが、埒があかない。
「・・・独りは大変なのだな」
ふと思う。
そして、そう思えてしまう自分に少なからず驚きを感じた。
つい最近までは独りでこなせる強さと独立性を求めていた。
他者との深い関わり合いを拒み、共存しても依然せずここまでやって来た。
順調だったように思える。
パイロットとしての実力も身について、リーダーとして抜擢された。
自分の位置を自分で掴み、これからも独りでやっていくつもりだった。
手にしたモノは確かにあった。
なのに―――
『メイアをそんな風にした誰かさん』
独りで戦う人間―――
自分だけではなく、相似形のように存在するもう一人。
性格も性別も対称なのに、その心根は同じであるようにも最近思える。
違うのは―――本当に独りで戦っている事。
「・・・・・・・・」
自分の手の平を見つめる。
着飾った姿なので愛用の手袋も身につけていない、白く透き通った手。
手にしたモノとは―――――何だろう?
実感として在ったモノは色褪せて霞んでしまっている。
まるで初めから無かったかのように、儚く脆く崩れ落ちていったように存在が無い。
カイと自分、その違い。
独りで戦ってきた者と、独りで戦ってきたと思い込んでいた者―――
「・・・・・為すべき事をなそう」
薄く瞳を閉じたまま、メイアは気持ちを切り替える。
―――しかし、既に遅すぎた。
「・・・・・・・っぐっ!?」
血飛沫が舞い、メイアは仰け反って倒れる―――
元イカヅチ内監房―――
現在は男達の自室となっている室内で、眩い照明が焚かれている。
幾数個ある監房の内ドゥエロに当てられた自室の中で、ドゥエロは素早くテンキーを操作していた。
「思っていた通りだ、バート。合致する点が多い。
そちらの資料はどうだ?」
ドゥエロとバートには、マグノ海賊団員としての一般的な権限が与えられている。
特にドゥエロは船内唯一の医者とあって、高レベルな範囲での特務権限が与えられていた。
ドゥエロが現在手にしているのは、自前のパーソナルコンピューター。
艦内のデータベースに直接アクセスをかけて、情報参照を行っていた。
「こりゃあすごいよ、ドゥエロ君!
完全じゃないけど、似たような物が多い。
女達から協力を得られたらもっと早いんだけど・・・・」
「無用な騒ぎを起こさない方がいい。
カイもその方針で動いているからこそ、遠回しに事を押し進めている。
我々が均衡を壊せば、彼女の身が危ない」
保管庫での作業中、パルフェから事態の成り行きを二人は聞いた。
突然の事件発生にバートはおろか、ドゥエロすら驚きに身を染めた。
のんびりしている暇はないと、二人は即座に自室へと戻って来た。
来るべき時に向けて、最善の策を施す為に―――
「あの娘、大丈夫かな・・・?
パルフェは保管庫で待機しておいてくれって言ってたけど」
「案ずる気持ちは察するが、カイの心配は杞憂だ。
保管庫は海賊達の物資が積み込まれている。
当然セキュリティも万全に敷かれていて、まず手出しは出来ない」
パルフェに伝え聞いたカイの待機命令を、ドゥエロは必要無しと判断した。
理由を話せばカイも分かってくれるだろう。
だからこその独断であり、ドゥエロはその点でもカイを信頼している。
もう薄々だが感じ取れている。
カイ=ピュアウインド―――あの男の器を。
「じゃあ、ラバットを探しに行くとか・・・?あの娘、危ないんだろう」
「・・・・随分と、彼女を心配しているようだが?」
作業する手を休めず、ドゥエロはバートに尋ねる。
詰問すると言うより、不思議に思っての質問だった。
バート=ガルサスと言う男は基本的に自分が主体であり、他人はその他に過ぎない。
最近は心境の変化が起こりつつあるが、それでも自分が世界の主人公である事に変わりはなかった。
ドゥエロの問いにすぐには答えず、バートは少しどもりながらぽつぽつと呟く。
「いつも明るくて、いい娘だったからさ・・・・
僕の弁当も作ってくれるって約束もしてくれて。
まあ、その・・・・嬉しかったりしたんだ、僕・・・・」
小さな声が、しっかりとした真心がこもっている。
ディータはいつもカイしか見てなかったが、だからといって二人も蔑ろにはしなかった。
傍で見ていても気持ちが良い娘だった。
大勢の女の中での殺伐とした環境で、ディ−タの存在は少なからず癒しになっていたのだろう。
バートのディータを思い遣る気持ちは、女への嫌悪感を排除するほど大きいようだ。
ドゥエロも、バートの小さな芽生えに水を差す真似はしない。
作業を続けたまま、話を続ける。
「我々は我々に出来る事に従事しよう。
結果を出さずして次に移れば、中途半端になってしまう」
案ずる気持ちはドゥエロも同じ。
ただバートと違う点は、事態を常に第三者的視点で観察している事だ。
感情的に動く事は悪くは無いが、物事を全体面から見つめるのもまた大切。
ドゥエロの本質はそこにあった。
「我々の任務はあの男の正体を突き止めること。
カイ一人では手に余るからこその我々だ。まずは結果を出そう」
静かに、それでいて真摯な言葉でドゥエロは締めくくる。
バートはしばらくまじまじとエリートを見つめ、小さく息を吐いて苦笑いを浮かべる。
「ドゥエロ君もちょっと変わった気がするよ」
「そうか?」
ふむ、と考え―――、
「データ照合と作成はもうすぐ完成する。
バートは品々の検索と資料作成を急いでくれ」
今の自分は悪くはないと、ドゥエロは笑みを深めた。
了解と威勢のいい声を上げて、バートも作業の続行にかかる。
(・・・・何にも無ければいいんだけどな、あの娘・・・・)
そんな一握りの不安を、バートは強引に振り払った。
<to be continues>
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