VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action40 −秘め事−
---------------------------------------------------------------------------------------------
<to be continues>
沈黙がよぎる―――
他に誰もいない機関部控え室で、二人はパソコンの画面を凝視していた。
「・・・・あたしには専門外だわね」
それは数分か、あるいは数秒か。
静寂を破って、パルフェは大きく伸びをして首を振る。
「植民船時代、地球でこんなのが信じられてたのかな?
正直、あやふやなものだと思うけどね・・・・」
現実的な面から提唱し、非現実な領域にまで踏み込んでいる。
全ての文章を読み終えて、パルフェが漏らした感想はそれだった。
パルフェはもう興味がないとばかりに画面から目を離すが―――
「・・・・・・」
「?カイ・・・・聞いてる?」
「・・・・・・ん・・・・うん?
どうした、パルフェ」
「いや、今―――ううん、何でもない」
フォルダ内の表示をそのままにして、パルフェは机の上に置かれていたパーツを手に取る。
パルフェにとって今一番の注目株は、もっぱらこの新しいパーツだ。
呆然としたままのカイを一瞥し、パルフェはそっとしておく。
何か考え事をしている時に話し掛けるのは迷惑なだけ。
パルフェはその事をよく知っており、カイを気遣って口を閉ざす。
「・・・・・・・」
―フォトン―
一つ粒子にして、未知なる変革を生み出す素粒子。
世界を根底から覆し、生命そのものの在り方すら変える変質さ。
否、もうこれは変質などと言う矮小な括りでは縛れない。
『異質』・・・そう『異質』だ。
人類が現時点においてどうにも出来ない時空間すら歪められる。
(・・・・・)
地球――
冷静に考えてみれば、地球がどのような星だったのか知らない。
そもそも地球と言う存在もこの船に乗るまでは知らなかった。
植民船団が地球を離れて百年に近い年月が流れている。
かつて故郷としていたマグノのような第一世代も今ではほんの僅か。
どのような星なのだろうか?
そもそも―――
その地球は今どうなっているのだろう?
まだ住んでいる人間はいるのか?
マグノの話だと、地球はもう人類が住める環境が損なわれているらしい。
だからこその植民船であり、宇宙への船出である。
そう考えれば、今はもう滅亡していてもおかしくはない。
(うーん・・・・・)
カイはディスクの内容であるフォルダと、表示された文章を見つめる。
もう一度読み返して、内容の全てを確認する。
この文章を書いたのが誰かなのか、記載はされていない。
地球から持ち出した誰かがミッションに封入したとも考えられる。
(何であんな厳重に封入してたんだ、これ・・・?)
内容が眉唾物で何の価値もないなら、別に隠しておく事はない。
捨てればいい事であり、人の目に付かないように納める必要もないだろう。
となると―――重要な内容なのだ、これは。
少なくとも持ち込んだ人間からすれば・・・・・
(・・・・・本当って事か、これ・・・・?)
生命そのものを変質させ、星すらも改竄してしまう『フォトン』
そして―――時間や空間を歪めるフォトンの集大成『フォトン・ベルト』
本当にそんなものがあるなら―――
(・・・とんでもねえな・・・・・・)
科学技術なんて何の役にも立たない。
人間の扱える領域を遥かに越えている。
カイは戦慄に身を震わせ、そして―――
「・・・・・あっ」
「な、何?」
突然声を上げるカイに、パルフェは思わずパーツを取り落としてしまう。
呆然とした顔で声を掛けるが、カイは全く耳に入っていない様子だった。
視線は中空に向いており、真剣に考え込んだ顔で口元を抑えている。
(・・・・・違う・・・・違う!)
勘違いをしていた。
そして、理解した。
何故このディスクが存在するのか?
厳重に保管され、秘密裏に隠されていたのかを―――
(・・・・・馬鹿か、俺は!
あるじゃねえか・・・・・フォトンに似た物質が・・・・)
人類など歯牙にもかけない圧倒的な力。
世界を変え、宇宙の法則をも歪める異質性。
人間の低質な常識など簡単に覆し、科学技術では足元にも及ばない存在。
そして―――時空間を越える能力がある。
何故気付かなかったのか―――
「・・・・・・・・・」
カイは冷たい汗を流して、視線を横にする。
ガラス張りに囲まれた美しくも眩い結晶体―――
ペークシス・プラズマ
(・・・・・偶然か・・・・・?)
ペークシスの名は一字も出ていない。
飛躍した発想だと言われれば否定は出来ない。
そもそも、ペークシスに関しても何も知らない。
二つを結び付けるには判断材料が少なかった。
しかし―――
カイはこれまで起きた現象を思い返す。
突如発動したペークシス・プラズマ。
遥か彼方へ転移したイカヅチ――
融合した二つの母船・ニル・ヴァーナ――
合体した蛮型とドレッド・ヴァンドレッド――
そして――
難しい顔をしたまま、カイは考え込む。
(・・・・ペークシスの傍に・・・・俺や青髪達がいた。
バートも確か船の中に・・・・・)
カイは机に両肘をついて熟考する。
誰にも操縦出来なかったニルヴァーナを動かしたのがバート。
合体出来るのは自分とディータ、それにメイア。
ジュラとはまだ試していないが、これまでを考えると合体できる可能性は高い。
そして、その全員がペークシスを浴びた―――
(でも・・・・あの時イカヅチには、ドゥエロも船内にいた。
ペークシスが俺達に影響を及ぼしたんなら、あいつにも何かある筈だ。
でも、目立った所はないし・・・・)
頭痛がする。
『ペークシス・プラズマ』と『フォトン』
両者の能力や現象は似通っているのに、ぴたりと一致しない。
関係ないかもしれないが、関係がないにしては共通点が多い。
カイは髪をぐしゃぐしゃさせて、重い頭を机に落とす。
こんなに考えに没頭したのは初めてかもしれない。
自分の知識不足を呪うが、こればかりはどうしようもなかった。
これ以上考えても結論は出ないだろう。
カイはぐったりとしたまま、力なくガラスの向こうのペークシスを見つめ――
「・・・・そうかっ!?」
閃光――
思考の迷走に陥っていたカイに、稲妻のような閃きが走る。
ディスクに書かれている事が全て真実だとすれば―――
「・・・・・・・・・完成出来る。ホフヌングを・・・・・!
だけど・・・・・」
切り札になる――
例え以前の鳥型を中心とする大艦隊の数十倍の戦力が押し寄せても、恐らく勝てる。
しかし、完成させてしまえば―――
(・・・それでも・・・・俺は使うのか?
使えるのか・・・・?
・・・・・あいつらに・・・・・そこまでの価値があるのか・・・?)
自問自答を繰り返すが、答えは出ない。
そのまま顔を俯かせてしばしの間考えて、カイは顔を上げる。
「・・・・・パルフェ」
「えへへ、何か思い付いたり?」
カイが何に悩んでいるのかは分からない。
ただあの文章を読んで何かを知り、何か思いついた様子なのは分かる。
そしてその発想は―――好奇心と興味を大いに刺激してくれる。
パルフェはわくわくした顔を向ける。
カイはうっと後ずさりしつつ、すまんと一言前置きして言った。
「ちょっと思いついた事がある。
後でいいから、あそこに入らせてくれないか?」
カイが顎で促した先は機関部内の最重要室――
ペークシス・プラズマが保管されている場所だった。
パルフェはペークシスとカイを交互に見つめ、少し考えて頷いた。
「・・・分かった。
他の娘達に見られるとまずいから、あたし一人の時連絡するよ。
夜中になると思うけどいい?」
何の不満もなく、カイは明るい顔で承諾した。
「ああ、全然かまわない。俺も今はあの親父の件で忙しいからな。
こっちに手を回す余裕はない。
パーツに関しては分かり次第連絡してくれ」
任せてと頷いて、パルフェはそのままカイを見上げる。
カイは目をぱちくりさせて当惑した様子で、
「・・・な、何だよ。人の顔をじっと見て」
「・・・ううん。
カイっていつも一生懸命だなって思ってさ・・・」
突然の言葉に、カイはぎょっとする。
「そ、そうか?
青髪とかにはいい加減だとか、いつも色々言われてるぞ」
顔を合わす度に言われており、カイも思い出してはげんなりとする。
そんなカイの困った様子に、パルフェはあははと笑って、
「メイアもちゃんと気に掛けてくれてるんだよ。
例の一件でカイの事、見直したみたいだから」
思い当たるのはたった一つしかない。
ニル・ヴァーナ鎮圧とメイアの命の危機の憂き目にあった敵襲――
あの時ほど、カイはメイアの為に戦った事はない。
命懸けでメイアを守り、言葉を投げかけて、全力で戦い抜いて勝利した。
今思い出すと、カイは恥ずかしさで顔が赤くなる思いだった。
公でとんでもない発言をしたのもそうだが、よりにもよってメイアの前で子供のように泣いてしまったのだ。
あの時、どうしてあんな心境になったのか覚えていない。
助かったんだと安堵した瞬間、涙が出るのが止められなかった。
次から次へと零れてきた熱い涙――
あんなに泣いたのは初めてかもしれない。
少なくとも、タラークで生活していた数年間一度もあんなに泣かなかった。
男のくせに涙もろいとは・・・・・・
カイは全力であの時の記憶を消し去る事にした。
「でないと、カイに協力なんてしてくれないよ。
カイの仕業でしょう?メイアのあの格好」
買い物に来たのだから、今のメイアを知っても当然だった。
何しろラバット以上に注目を集めたのだから。
「なかなかのもんだろう?
おっさんもすっかり油断しているぜ」
「いやー、あれは本当にびっくりしたよ。
メイアってあんなに綺麗だったんだね」
お世辞でも何でもなく、素直にパルフェは口にする。
何か否定の言葉を浮かべようとして、止める。
悔しいが、その点は認めざるをえなかった。
「ま、人間化ける時は化けるからな・・・・
お前もちょっとは服装変えたらどうよ?」
「えっ!?あ、あたし!?」
まさか振られるとは思わず、パルフェは驚きの声を上げる。
カイはうんうんと頷いて、パルフェを上から下まで見下ろした。
薄汚れた上下のツナギ。
プライベートでも仕事でも変わらない服装なのは、パルフェもメイアも同じだった。
仕事に殉じているのだと言えば聞こえはいいが、二人とも女らしい服を嫌がっているだけのように思える。
「案外、お前も似合うかもしれないぞ。
青髪だってあんなに・・・
えーと、まあ、とにかくだ」
こほんと咳払いするカイ。
本人がいなくても、メイアを綺麗だと口にするのは抵抗があった。
認めてしまうと、自分の中の何かが変わってしまいそうだった――
「いい機会だし、お前も着替えてみるとか?
服なら俺が用意させるから」
パルフェの為だとカイが言うが、どう見ても楽しんでいるようにしか見えない。
それが証拠に、カイの瞳は無垢な少年の如く輝いていた。
パルフェは冷や汗を掻いて、わたわたと手を振る。
「ベ、別に着替える必要ないじゃない!
あたし、まだ仕事が・・・・」
「じゃあ仕事終わった時でいいから」
「え、えーと、他にやる事が・・・」
「やる事終わってからでいいから」
「く、空調設備の点検も・・・・」
「ええい、煮え切らねえ奴だな!素直に諦めやがれ!!」
「ちょ、ちょっとカイ!?」
狭い室内をどたばた暴れる二人。
カイは手をわきわきさせて、部屋の隅にパルフェを追い込んだ。
「ふふふふふ・・・・とりあえず、まずその眼鏡を外してもらおうか」
「ど、どうしてよ!?」
「前々から気になってたんだよな、その眼鏡の奥。
分厚いからよく見えないから、どういう顔してるのかはっきりしねえし」
「あ、あははは・・・・
ちょ、ちょっとカイ、顔が怖いよ・・・?」
じりじりと追い詰められていくパルフェ。
カイもカイでどうしてこうなったのも分からないまま、勢いに任せていた。
「男は時に仲間であれ、非情でなければいけないんだ」
「い、意味が分からないし・・・・」
「ええい、したばたすんじゃねえっ!!!」
「ちょっ!?あっ!?
ど、どこ掴んで・・・・・!?」
強引に飛びかかって、そのままカイは覆い被さる。
そのままパルフェの眼鏡に手を当てて、強引に引っ張ろうと―――
『カイッ!
いつまでも何をして――――!?』
「あ・・・・・・・」
驚愕の眼差しを向けるカイと、もう一人。
机の上に置きっぱなしだった通信機から、リアルタイムで一人の女性が映し出されている。
メイア――
偶然か、もしくは神様の悪戯か。
通信機のモニターは、ばっちりカイのいる方角に向けられていた。
「・・・あ、青髪・・・・」
『・・・・・・・・』
メイアは唖然とした顔のまま微動だにしない。
「・・・こ、これは、その、だな・・・・・」
『・・・・・・・・・』
カイは必死で考えた。
きちんと説明しなければ、200%誤解される。
仰向けに倒れているパルフェ。
争い合った余波でツナギの胸元は乱れており、パルフェは緊張と興奮で上気した顔をしている。
その上に跨っている自分―――
・・・・どんな言い分もありはしない。
『・・・・・フ、フフ・・・・』
「あ、青髪・・・?」
怖かった。
ひたすら怖かった――
リアルタイムで笑顔を浮かべる蒼い髪の女性。
あまりにも純粋で、あまりにも綺麗なその微笑みに、カイは得体の知れない恐怖を覚えた。
刈り取り部隊と対した時もこんなに震えた事はない。
ふふっと無邪気に笑みを零して、メイアはたった一言こう言った。
『・・・・そこで待っていろ』
プツン―――
容赦なく、何の躊躇もなしに通信機が切れる。
残されたのは黒い画面のみ―――
カイはしばしの間呆然と見つめ、おもむろに立ち上がった。
本能が叫ぶ。
逃げたら殺される――
そして、
逃げなければ殺される――と。
「あ、後は頼んだ、パルフェ!!」
「あーーーー!?ずるいよ、カイ!!」
「何とでも言え!俺は自分が可愛い!!」
そのまま有無を言わさずにディスクを取って通信機を引っ手繰ると、カイは機関部を走り去っていった。
--------------------------------------------------------------------------------
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。