VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action37 −理不尽−
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「さあさ、寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!」
気合の入った声が広場に広がる。
野太い声には一片の羞恥もなく、ただ力強い。
「星々を廻って手に入れたお宝ばかり!
お目の高いお客さんを満足させる一品が揃ってるよ!」
ニルヴァーナ下部・レストエリア――
元海賊母船内の各施設に繋がる通路の分岐点に当たる場所に、そのエリアは存在する。
簡易ベンチとテーブルが少数のみの味気ない場所で、日頃は人も少なく寂しいエリアである。
しかし、今日一日は特別――
場を仕切るラバットによる露店販売が開催されていたのである。
男は立ち居入り禁止の場所だが、マグノの許可済み。
海賊団お頭の許しを得ている以上、誰も反対は出来なかった。
・・・というのは表向きの理由で、現状は全く違っている。
その証拠に、店舗の前には沢山の女性が見に集まっている。
どの顔どの顔も活気に満ちており、好奇心旺盛でラバットの用意した品々を見ていた。
本来彼女達の価値観から言えば男は敬遠し、店は閑散としても不思議ではない。
心情からすれば、男の店に誰が・・と言った感じだろう。
しかしながら、今ばかりは環境が違う。
メジェール母星ならいざ知らず、彼女達がいるのは船の中。
長旅で何日も押し込められており、娯楽施設も少ない船内では仕事をするしかない。
時間ばかりを持て余し、敵が訪れれば命を削る。
そんな彼女達の前に、大いに興味を刺激する買い物が出来るようになった。
ストレス解消という意味でもこうして大勢のクル−達が集まるのは、むしろ当然の成り行きかもしれない。
そんなお客さんの中に、珍しい顔もいる。
「ふーん、機材関係も取り扱ってるんだ・・・」
厚底眼鏡に、だぼだぼのツナギ。
大よそ華やかとは程遠い格好で、パルフェが店舗を覗き込んでいる。
興味を示しているのかどうかは眼鏡に隠れて、判断はしずらい。
だが、それでもお客さんである。
ラバットはここぞとばかりに、パルフェの前に歩み寄った。
「施設関係から取り揃えたもんだ。
ジャンク品もあるが、最新型も取り揃えている。
あんたのお眼鏡に叶う代物があればいいがな」
パルフェが専門家と判断し、プライドを刺激する言い方をするラバット。
商売としての基本はきちんと心掛けていた。
ラバットの物言いを聞き、丁寧にパルフェも品物を見ていく。
経済観念はしっかりしているのか、衝動買いはしない。
あくまで一つ一つきちんと見ていき、時には質問もする。
対してラバットも朗らかに答え、解説を加えて商品の性能を説明する――
「・・・・何でパルフェまで来てるんだ?」
「売り出しだからな。興味をそそられたのだろう」
店舗の賑わいを遠目に、カイとメイアの二人が言葉を交し合う。
店舗開設前の準備を手伝い、その後実際に商売の生業を見学する――
行程は予め相談しており、今二人で商売の様子を見守っていた。
―――というのは当然名目で、事実上はラバットの監視だった。
「あの野郎、愛想良いじゃねえか・・・
パルフェもパルフェだ、楽しそうにしやがって」
「機械学の分野は、パルフェの趣味でもある。
話が合えば楽しくて当たり前だ」
「・・・なんだよ、いやにあいつの肩を持つな」
「つっかかるお前が分からん。今、不審な点は無いだろう」
ラバットの前を除き、メイアは普段通りでカイと接していた。
とはいえ着替えはそのままで、毅然とした仕草が加わり聖女のように神々しい。
お陰で余計に注目され、メイアも居心地が悪かった。
それよりも、今変なのはカイだった。
ラバットと女性陣のやり取りを見ながら、気が立っている様子すら見える。
無鉄砲・猪突猛進な行動力と奇抜な発想が目立つカイだが、意外に内面は温厚である。
本気で怒った事は今まで殆ど無く、その理由も考えの食い違いからに寄るモノ。
理不尽に、気分で誰かに害意を向ける人間ではない。
メイアも最近それに気付き、今こうしてカイの隣にいられる―――
「・・・不審な点がないのが怪しい。
見ろ、あの媚を売るような顔を。怪しいじゃねえか」
「接客は笑顔が基本だと、レジでお前が言ったのではないのか?」
「・・・・何で知ってる・・・?」
「知られたくないなら、もう少し控えめに行動しろ。
常に噂が響いているぞ」
「ぬぐ・・・・
大体だな、何で女共がこんなに集まるんだよ!?
俺が何でも屋始めた時は、誰一人依頼しなかったくせに」
ラバット来訪時と同じ文句を、カイは腹立だしげに言い捨てる。
集まる女達の目や態度に拒否の態度は一切無い。
自分が初めて出会った時と比べれば雲泥の差で、余計に腹が立った。
「皆も別にあの男を慕っている訳ではない。
あの男の売り出す商品に気を惹かれているだけだ。
それに―――」
唇を小さく笑みの形に変え、メイアは言う。
「お前は女が嫌いなのではなかったのか?」
「え、あ・・・・
い、いや、生意気だとは思うけどよ・・・」
「なら、気にする事は無い。怒るのは筋違いだ」
「うー・・・・」
メイアの言い分はもっともだが、それでもカイは不満げだった。
はっきりと否定出来ず、さりとて肯定も出来ない。
女への気持ちについて、カイは今だに霞んでいた。
メイアはしばしの間穏やかな目で悩むを見つめ、呟くように言った。
「・・・確かに身勝手なのかもな、我々は・・・」
賑わいを見せ始める店舗。
ラバットの啖呵売りに感化されてか、クルー達も熱心にやり取りしている。
表情を輝かせて買い物に熱中している者達を見て、メイアは珍しく深刻な顔をして俯いた。
男は自分勝手で醜悪、最低の生き物――
そう、教えられて今日まで生きて来た。
だが、現実はどうだろう?
我が身を省みず、時には命を賭して船を守り通してきたカイ。
そんなカイを蔑ろにする自分の仲間達。
――どちらが自分勝手であるというのか?――
「ん?何か言ったか?」
きょとんとするカイにメイアは、
「・・・何でもない」
メイアは目を瞑って、ただ首を振った・・・・・
「?何だよ、何がおかしいんだ?」
「?笑ってなどいないぞ」
「嘘付け、今笑ったじゃねえか」
「・・・・笑ったつもりは無いんだがな」
カイは何も気にしていない。
口では悪態をついているが、いざ何かあれば一番に皆を助けようとする。
つまりは、そういう男――
メイアは自分の手を見つめる。
固く結び合った感触は今でも残り、熱を持って手の平にしんわりと残っていた。
一日限りの関係でも、自分はカイに協力するのだと決めた。
その誓いがある限り、カイの味方でいよう――
それが、それだけが、反目されても愚かに守り続けるお人好しに出来る唯一だった。
「あ、パルフェ。あの馬鹿!?」
「ど、どうした・・・?」
素っ頓狂な声を上げるカイに目を向けると、カイは黙って顎をしゃくる。
促されて方向を変えると、パルフェが何やら一つのパーツを手に取っている。
熱心に質問し続けているのを見ると、気に入ったのだろうか?
ラバットもここぞとばかりに、交渉に入っているようだ。
「流石、いいのを選ぶね!
そいつはエネルギー循環率を飛躍的に向上させる性能がある。
不具合もなく、最新鋭で適合能力も高いぜ」
「へえ・・・・そうなんだ。
ペークシス君、今調子悪いみたいだからちょうどいいかも」
少しの間考えて、パルフェは決断したように顔を上げた。
「よし、これ買った!いくら?」
「毎度あり、その気前の良さが気に入ったぜ!
よし、本日特別サービスで無料だ!!」
『タダぁッ!?』
無料と言う言葉に、パルフェはおろか周りの観衆も目を向く。
当然だ、開店した以上利益を求めなければ話にならない。
第一、この船に乗船したのも商売が目的だった筈。
パルフェ当人は喜び勇んで受け取り、逆に疑惑が膨れ上がったのがカイだった。
「ど、どういうつもりだ、あの野郎!?
タダにしたら商売にならねえじゃねえか!」
「・・・・・ふむ・・・・・」
カイが混乱する傍ら、メイアは難しい顔をして黙り込む。
が、そこまでだった。
無料は確かに怪しい、怪しいが―――
それでも無料は無料。
タダで商品を手に入れられるかもしれないとあって、黙っている観衆ではない。
目の色を変えている女性陣に、ラバットは心境を察したかのように豪胆に笑った。
「勿論、眼鏡の姉ちゃん一人なんざケチ臭え事は言わねえ。
こんな麗しい女性達と仲良くなれるチャンスなんだ。
好きな奴を持っていきな!」
『本当に!?』
巧みに甘い蜜を垂らすラバットに、女性陣に歓喜の光が点る。
背後で控えていたカイは見兼ねて、
「待て待て待て!
お前ら、そんな怪しい話に・・・・!?」
『あんたは黙ってて!』
一同全員がカイを睨む。
「は、はい・・・」
子供なら気絶しそうな殺意の波動に、カイもぐっと息を呑んで後ずさり。
それがきっかけだった。
反対の声が消えた瞬間に、女性達が店舗に押し寄せる。
「どれにする!?化粧品とかいいかな?」
「あーん、私香水が無くなって困ってたのよ」
「ちょっと!その指輪、私が狙ってたのよ!」
「何よ!あんただってネックレス持ってるじゃない!!」
奪い合い・取り合いの騒ぎが沸き起こる。
戦争状態と呼んで差支えのない迫力さに、売り手のラバットすら押される程だ。
商品の品揃えは千差万別で、女性用のグッズも数多く揃えている。
その中には化粧品やアクセサリー、高価な宝石類まである。
日頃買い物一つする事の出来ないクル−達にとって、まさに宝の山だった。
準備を手伝ったカイやメイアですら、この品揃えの豊富さには感嘆するしかなかった。
「くっそ・・・何なんだ、お前ら女は!
あんな怪しすぎる品にほいほい手を出すか、普通!?」
我先にと群がる女達に、カイはもう呆れ果てるしかない。
メイアはメイアでカイの抗議に反論せず、唇を噛み締めている。
「よくあんなんで、海賊だのどうだのって言えるな。
目先しか見えてないんじゃねえのか」
ラバットに害意は無い可能性も確かにある。
ただの好意で無料とし、友好の印としてプレゼントしているのだと思えなくも無い。
もしもそうだとするならば、初めからそう言えばいい。
わざわざ脅しめいたやり口で入船を求めたり、商売の交渉までする必要もないのだ。
絶対に何か裏がある――
ここに至って、カイは確信を持つ。
そしてそんな危険性も気付かず、ラバットに丸め込まれるクルー達にカイは憤りを露にする。
こうなった以上、クル−達の心情はラバットに傾いたと言っていい。
ここで何を言おうと、僻み・戯言だとカイが非難されるだけ。
何よりラバットが企んでいると言う明確な証拠がないのだ。
結局推論の域を出ず、ラバットを追求してもとぼけられるのが落ち。
弁舌で打ち負かすのは、カイとラバットの経験の差は大きかった。
自分の主張を聞き入れてもくれない現状――
女達はただ目の前に振り回されて、本質も見ようとしない。
それでいて、自分が何か言えば反論される。
怒鳴り散らしたい衝動に襲われるが、何とか抑えた。
分かってる。
力づくで訴えて解決する事などたかがしれていると――
この二ヶ月の男女共同生活で、嫌と言うほどカイは思い知らされていた。
しかし、感情は抑えきれない。
自分達の身に危険が及ぶかもしれないのに、能天気な振る舞いをする女達に次から次へと怒りが湧いてくる。
食い縛る唇からは血が滲み、握る拳は震える。
が―――
「・・・え・・・・?」
不意に白い手の平が重なり、カイははっとした顔で横を見る。
「・・・・落ち着け」
「青髪・・・・・」
メイアはそっと・・・・カイの手を柔らかく包んだ。
「・・・・許してやってくれ・・・・頼む」
「・・・・・・」
「・・・・・お前が正しいのは分かっている。
代わりに私が引き受ける。
その怒りを・・・私にぶつけてくれ・・・・」
メイアの瞳が悲しみに揺れる。
透明な蒼き瞳を間近で見つめ、カイは頭が冷えていくのを感じた。
少なくとも、メイアは分かってくれている。
今はそれで充分ではないか―――
一人でも戦うのだと決めたのだ。
現実が理不尽であっても、ただ怒りを爆発させたのでは昔と変わらない。
目の前の女達と何も変わらない――
カイは首を振って、その手の平を重ね合わせた。
「お前は何も悪くねえよ。謝らなくていい。
それより、心配かけてすまねえ。
つい・・・かっとなっちまった・・・」
「・・・気にしなくていい」
メイアが頷くと、カイも苦笑いした。
肩の力も抜けて、冷静さも戻る。
照れ臭そうにやんわりメイアの手をどけて、カイはこほんと咳払いする。
「お前、ちょっとここ任せていいか?
ちょっと思い立った事がある。
パルフェと話がしたい」
「?それはかまわないが・・・・・」
何の話だと目を向けるメイアに、カイは思案げな顔をする。
「さっきあいつが買った、と言うかもらったパーツを調べてみたい。
それにちょっと用事もあるしな」
怪訝な顔をするメイアに、カイはぱしっと叩いた。
一枚の戦利品の入ったポケットを――
「・・・誰もいないみたいね。ジュラ、そっちは?」
「大丈夫よ、バーネット。早速取り掛かりましょう」
暗闇の中で――
二人は互いに頷き合い、行動を開始した。
<to be continues>
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