VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 8 -Who are you-






Action34 −商売−




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 場が緊張に包まれる。

集った顔ぶれは一様に表情を硬化し、一点を見つめる。

外来する船を収容する停泊所へと結ぶ通路。

その通路と広場を隔てる扉が左右に開かれて、奥からのっそり人影が出てくる。

興味と警戒を嫌が応にも両立させる訪問客―――ラバット。

招かざる来客が、いよいよここニル・ヴァーナにその姿を見せたのである。


「ほう・・・またえらい歓迎振りだな」


 顔を見せるなり発せられた第一声がそれだった。

緊張感は欠片も無く、態度や仕草も普段通り。

飄々とした態度は、逆に警戒心に満ちている一同を困惑させる。


「女ばっかりか・・・・
なるほど、数多を駆け巡る女海賊って訳か。
こりゃあいい。別嬪揃いじゃねえか」


 気軽な足取りでラバットは船内へと入ってくる。

周りに目を向けながらも、その視線は集まっている女性陣に集中していた。

向けられる男の目線に、女達は肌に鳥肌が立つのを感じる。

男に目を向けられるのは初めてではない。

それこそ男女共同生活が始まってからは、カイ達三人と何度も顔を合わしている。

今更男に見つめられるのに、いちいち拒否反応を示していては疲れるだけだ。

もっとも男を肯定しているだけではなく、ただ慣れているに過ぎない。

しかしラバットの視線は全く別だった。

好意的といえば聞こえはいい。

事実、ラバットは自分達をタラークの男のように嫌悪や侮蔑で見ていない。

しかし―――何かが違う。

まるで見つめられるだけで肌を嘗められているかのような、粘着質な感覚を覚える。

この船で一番嫌われているカイでさえ、こんな目はしない。

こんな吐き気を覚えたりはしない―――


「んん?何だ、そんな顔して。
ちと強引なお邪魔をさせてもらったが、悪気があった訳じゃねえ。
むしろお前さん達とは仲良くしたいと思ってるんだぜ、俺は」


 一同の警戒を解くかのように、両手を上げてのパフォーマンスを行う。

浮かべる笑顔に邪気は無く、快活で暗さの無い姿勢。

思わず笑ってしまいそうなラバットの様子に、女性陣は互いに顔を見合わせる。

カイ達男三人にはない何かを、第一印象で感じられたのだ。


「おっと、紹介が遅れたな。俺はラバットってんだ。こっちは相棒のウータン。
兄弟から聞いてると思うが、商売させてもらいに来た。
ま、よろしくな」

「ウッキキ、キキキ!」


臆する事無く陽気にラバットが自己紹介すると、背後に控えるウータンも同じく答える。

なまじ害意の無い相手に、マグノ海賊団クルー達も敵意の向けどころが無い。

おのずと状況に流されるままにされる一同だが、一人マイペースな娘が口を開く。


「兄弟って、もしかして宇宙人さんの事かな?」


 男も女も関係なく言葉を投げかけられるのがディータの持ち味だった。

初対面であるにも関わらず、警戒心や敬遠は無い。

ラバットも一目でディータの本質を悟ったのか、ああとあけすけに頷いた。


「察しがいいね、お嬢ちゃん。
俺とあいつは兄弟の契りを結んだ仲よ」

「いいな〜、仲良しさんなんだね・・・・」


 ディータの声と表情には羨ましさがあった。

ディータがカイを想う気持ちは本物で、心の頼りにもしている。

まだまだ仲を深めたいと思っているのだが、カイ本人に撥ね退けられてばかりなのだ。

簡単に仲がいいと言えるラバットに、ディータは小さく息を吐いた。

と――

「勝手に決め付けるな、てめえ!」


 女性陣を掻き分けて、カイが全員の前に立つ。

顔を見せたカイに、ラバットは総合を崩して歩み寄った。


「何だよ、つれねえな。
お前さんの為にこうして足を運んだんだぜ」

「あんたがそんなに義理堅い奴には見えねえけどな・・・
お前もお前ですぐ信じるんじゃないの」

「え?でもさっきも仲良さそうに話してたから・・・」

「どう見たらそう見えるんだ、お前は!?」


 きょとんとした顔で首を傾げるディータに、カイは嫌そうな顔で言ってのける。

どうも人を信じ過ぎる性質が目の前の女にはある。

それが悪いとは言わないが、ここまで無防備だと逆に心配になってしまう。

カイは柄にもなく気遣った様子で言う。


「とにかく、お前はちょっと下がってろ。
このおっさんは俺に用があるんだからよ、な?」


 大柄なラバットをやや見上げる形で、カイは視線を合わす。

話を向けられた当人はやれやれと肩を落として、背後を見て言った。


「それもそうだが、俺だけじゃねえよ。
こいつもお前には会いたがってたんだぜ。
な、ウータン」

「へ・・・?
って、おおおぉぉぉぉいっ!?」


 ぱっと飛び出たウータンが、カイに身体ごと豪快に抱きつく。

支えきれずそのまま床に押し潰され、カイは呻き声を上げた。


「いでっ!?ぐ、け、怪我している個所を・・・・・
おわっ!こら、顔を舐めるな!?」

「おーおー、言い忘れてたな。
そいつ、メスなんだよ。
お前さんにどうやらすっかり惚れ込んだみたいだな」


 羨ましいぜと、ラバットはにやにや楽しげに言う。

一方面白くも何も無いのがカイである。

頬はおろか顔中を大きな舌で舐められて、息をする暇がない上に唾でべとべとになる。

何とかもがくが、ウータンは小柄な体格の割に力が強かった。

圧し掛かられた状態では身動きも取れず、カイは身体中をばたばたさせるしかない。

周りの皆は過激な求愛行動よりも、ウータン自身を目を丸くして見つめている。

遺伝子改良されて生まれた生物・ウータン――

メジェール生まれの彼女達も初めて見る動物であり、その姿には奇異すら感じる。

到底近づいてカイを助けようという気にはなれない。

ラバットはラバットで状況を楽しんでおり、カイには為す術が無かった。

一人を除いて――





「・・・・お前がこの人を好きなのは分かった。
でも、この人は怪我をしているんだ。あまり無理はさせないでくれ」





 人影がウータンを覆う。

声に驚いて顔を上げるウータンを、人影が静かに包み込む。


「ウキ・・・・?」

「・・・・・・・」

「キィ・・・」


 迫力は無い、恫喝もされていない。

物言わずして見つめられただけ――

ただそれだけで、ウータンはすごすご引き下がった。

呑まれたのはウータンだけではない。

今の今まで場を支配していたラバットですら、目を奪われていた。

至高の蒼き宝石――

人影は一人の女性だった。

ラバットはただ、その美貌に目を奪われるしかない。

そんな二人の動揺を尻目に、人影はくるりと優雅に振り向いてそっと腰を下ろす。


「大丈夫ですか、チーフ・・・。さ、ハンカチを」


 表情を歪めて唾を拭うカイを、メイアはそっと白いハンカチで拭き取った。

丁寧な仕草で拭く手つきは繊細で、優しさに満ち溢れている。

浮かべる感情こそ何も無く無表情だが、カイへの高き忠誠心がその態度に表れていた。


「悪いな、青か・・・い、いや、メイア・・・

「もったいないお言葉―――
差し出がましき行為、御許し下さい」


 二人の間を流れる雰囲気に、ラバットを含めた一同は声も出ない。

特にマグノ海賊団側は、今見ているのが夢ではないかとすら思えてくる。

今この世界に舞い降りた麗蓮なる貴婦人――

そうとしか思えない程、今のメイアは気品に満ちている。

カイは愕然とした皆をちらりと見つめ、内心ほくそ笑む。

そのままメイアに身を預けるようにしながら、その耳元に口を寄せた。


(作戦はばっちりだな・・・・
見ろよ、皆のあのアホ面)

(・・・・ち、違う意味で驚かれているとしか思えないのだが・・・)


 小声で囁き返す声色は、まぎれもない普段のメイア。

チームリーダーとしてのメイア=ギズホーンだった。


(何でだよ。これも全て戦略だろう?)

(た、確かにそうだが・・・・・
この格好はやり過ぎではないのか?)

(いいじゃん。皆、喜んでいるしよ)

(・・・わ、私は仮にもリーダーだぞ!
部下への示しはどうする!)

(・・・だーかーら、その部下を安全に守る為の作戦だろうが。
お前にはちゃんと説明したじゃねえか)

(・・・・しかしだな・・・・)


 二人は小声で言い合いを続ける。














―二時間前―














―メインブリッジ―














 二人は顔を寄せ合って密談を交わしていた。


「お前のアシスタントだと?」

「俺が船内で仕事を始めたのは知っているだろ。
お前にはその商売の手伝い人になってくれ」


 決定事項のように言い切るカイに、メイアは柳眉を吊り上げる。


「冗談ではない!私にはリーダーとしての責務が・・・・!」

「誰が本当にやれって言ったんだよ!
・・・ま、まあ人手は欲しいけど、今回はフリだフリ」

「フリ・・・?」


 カイの含みのある物言いに、メイアは感情を静める。

今までの生き方がそうさせるのか、落ち着いたものだった。


「あの親父、この船で商売したいって言ってたろ?
何の目的があるのか知らないが、表面上は客商売しないといけない。
そこをつけ込むんだ」

「つまり・・・・奴の傍にいて常に監視をする。
その目的を悟られない為の隠れ蓑か」

「ピンポーン。
上手にやりくりしたいから手伝わせてくれって言えば、あの親父も嫌とは言えないさ。
それに俺がこの船の嫌われ者で、商売がうまく言ってないのは周知の事実。
誰の目で見ても疑われない」

「なるほど・・・・他の皆には黙っておくと・・・」


 もし周囲が一致団結で行動すれば、ラバットに気取られる可能性がある。

見た目とは裏腹に、ラバットが用心深く抜け目無いのはカイが何より知っている。

万が一にも気付かれれば、ラバットはその本性を二度と見せないだろう。

カイの提唱する戦略はラバットの目だけ欺くのでは不十分なのだ。

成功率を高めるには、同じ仲間であれ騙さなければいけない。

結果として、それがラバットを確実に欺ける事となる。

メイアはカイの説明を推敲して、


「・・・・何故私には話した?」

「え・・・?」

「反対されるのは分かっていただろう。
お前の提唱する作戦に、私が協力するとも限らない。
なのに・・・」

「そりゃあ勿論――」


 メイアの言葉を遮って、カイは言う。

何の迷いも、気負いも見せず―――





「お前が一番信用出来るからだよ」





「・・・・・・」


 信用出来るから―――

何に対してとも、カイは言わない。

単純かつ明確な言葉。

頭の回転が速いメイアが気付かない訳が無い。

この目の前の男は、自分に全面的な信頼を置いているのだと―――


「じゃあ協力してくれるって事で今日一日頑張ってくれ、アシスタント君」

「えっ、あ・・・・」


 言葉を失っていたのを頃合と、カイは先々と話を進める。

メイアは目を白黒させるが、反論の言葉が浮かばなかった。

ここぞとばかりに、カイは得意満面に言う。


「そうそう、俺は仮にも雇い主。
それ相応の言葉遣いと態度で接するように」

「な、何だとっ!?」

「後パイロットスーツじゃ200%怪しまれるから、お前ちょっと着替えて来い。
金髪は・・・・任せると余計派手になりそうだから、赤髪に頼むか」

「ふざけるな!何を勝手に・・・・」

「その髪飾りはどうしようかな・・・・・
よし.それはお前の自由でオッケーで」

「冗談ではない!
これ以上お前の戯言には付き合いきれん」


 冷淡に切り捨ててそのまま立ち去ろうとするメイア。

その後姿を目にしつつ、カイは何でもないように言ってくる。


「お前が嫌なら、俺は別にいいけどな。
俺が、一人で、気ままに、好き勝手にやるだけだし」

「・・・・・」


 足が止まる。


「万が一俺が失敗したらどうなるだろうな〜
おっさんの悪巧みが成功して、船の危機とかなったりして。
お前らに義理はないから別にいいけどな、俺は」

「・・・・・・・・・・」


 私情と責任――

メイアがどちらを取るか、最早言うまでも無い。

この時点で彼女の完敗だった・・・・・
  













「んじゃあ、俺の方からも紹介するよ。
こいつは俺の家来の―――」

「この人のパートナーで、メイアと申します」


 今だ茫然自失となっているラバットの前に、二人が立つ。

仲睦まじいく二人は寄り添っているが―――


(何でパートナーなんだよ!?
段取りを変えるな!!)

(お前の下など冗談ではない。
本当なら馴れ合うのもごめんなのだぞ!)


・・・・一つも息は合っていなかった。




















<to be continues>

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