VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action31 −交渉−
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<to be continues>
ブリッジ内に冷たい空気が流れる。
疑心暗鬼に満ちた視線が絡み合い、交差する。
中央モニターに映し出される男の表情とブリッジ総員の表情は、完全に相反していた。
「おいおい、そんな疑った目で見ないでくれよ。
俺達の仲じゃねえか」
ラバットは鷹揚に笑みを浮かべて見せる。
これがミッションを出る前、戦闘突入前ならばカイは疑わなかった。
そのまま賛同し、ラバットの申し出を受けていただろう。
だが、今は状況が違う。
戦闘途中での突然の砲撃――
命すら奪われかねない執拗な攻撃に、カイは散々苦しめられたのだ。
ラバットに共するウータンの仕業だとはいえ、あくまで犯人候補のラバットからの言。
どこまで信用していいか、分かったものではなかった。
「・・・何か他に企みでもあるんじゃねえのか?」
「どうしてそう思う?」
平然と切り返されるが、カイも負けていない。
「あんたが何の見返りもなしに人を労うタイプには見えねえ。
何か目的があって近づこうとしていると思っても不思議はねえだろう」
ラバットとは付き合いは浅いが、カイは過小評価はしていない。
軽い態度とは裏腹の重厚な人間性。
時折発する言葉には重みがあり、見た目からも歴戦の戦士たる強さが伺える。
自分には足りないモノを、カイはラバットに感じていた。
カイの指摘に一同が見守る中、ラバット本人は特に迷う事無く言いのける。
「さすがは俺の相棒。なかなか鋭いじゃねえか」
「え・・・・?」
まさか肯定されるとは思わず、カイは目を白黒する。
そんなカイの動揺を見抜いてか知らずか、ラバットは意気揚々と話を進める。
「実はお前ん所で商売がしたくてな。
そっちの船、お客さんが大勢いそうじゃねえか。
今まで貯め繕った品をここらで一つ売り捌きたいって思ってるんだ。
さっきの戦闘で船も損傷しているし、しばらく停泊させてくれ」
「こいつら相手に商売だと!?」
目を見開くカイに、おうよとラバットは得意げに弁舌する。
「商売ってのはタイミングが命だ。
売れる時に売っとかねえと、大損こく場合もあるからな。
どうだ?
無論それなりに見返りは約束させてもらうぜ。
何たってお前は俺の相棒だからな。
純利益をそうだな・・・・6:4でどうよ?」
「う、う〜ん・・・・って、何気にお前が多いじゃねえか!」
「はっはっは、そりゃあ当然・・・・と言いたいが、欲がねえなお前は。
別に俺が6だなんて言ってねえのによ」
「だああああ、しまった!?」
思わず宙を仰ぎ見て叫ぶカイ。
今までの緊張感はどこへやら、二人は仲良さげにしている。
何時の間にか話も進んでおり、まとまりすら見せていた。
ラバットが狡猾なのか、カイが素直なのか。
どちらにせよ、これで決まりでは納得出来ない面々が背後に控えている。
「ちょっと待ちな。そう簡単に認める訳にはいかないねえ」
「ばあさん?」
カイが振り返ると、ブリッジ中央席で厳しい眼差しを向けるマグノの姿があった、
100歳を超える年齢ながらに、人生を積み重ねて来た人間。
列強なる海賊の頭目――
ラバットに決してひけを取らない女性が、話に割り込んでくる。
「カイが世話になったそうだね。
その点に関しては素直に礼を言うよ。
でも、あんたの乗船は許可出来ない」
厳格な態度を崩さず、冷徹にラバットを突っぱねるマグノ。
今まで見せなかったマグノの冷淡な態度に、カイは目を剥ける。
一方のラバットは狼狽する様子は無い。
「駄目かい?あんたらにとっても悪くはねえ話だと思うがな」
「あんたの施しを受ける程、こっちは困っちゃいないよ。
アタシらは泣く子も黙る海賊だからね。
無ければ分捕るまでさ」
さしものラバットも息を呑む。
海賊として生業を立て、苦悩の時代を歩み乗り越えてきたマグノ海賊団。
その頭目としての役割は重く、時には切り捨てる判断を迫られる。
状況に適した対応とあらゆる障害要素を弾く警戒心。
心構えが無ければ成り立たない商売なのである。
少しでも不遜要素があれば、誰であれ受け容れる訳にはいかない。
「ほお、つまり俺は信用できねえと?」
「当然だよ。
特にお前さんはどこかきな臭い匂いがするからね。
身包み剥がされたくないなら、とっとと消えな」
上っ面の言葉には騙されない。
マグノはにべも無く撥ね付けて、ラバットの要求を一蹴する。
副長であるブザムやチームリーダーであるメイアも口を挟まない。
お頭の決定は絶対であり、選択に間違いは無い。
二人のみならず、クルー全員が全面的な信頼をマグノに寄せている。
事実上の交渉決裂にラバットは少し考え込む素振りを見せて、
「ちと聞きたいんだが」
「?話せる範囲ならかまわないよ」
「お前らが海賊なのは分かった。
俺が聞きたいのはそっちの奴の事だ」
「?俺?」
ラバットの視線が自分に向けられているのが分かり、カイは訝しげな顔をする。
「カイがどうかしたのかい?」
「簡単さ。こいつはお前等の仲間なのか?」
「なっ!?」
突然の問いに、カイは身を強張らせる。
「・・・・何が言いたいんだい?」
探りのあるラバットの問いに、マグノは警戒心を高めて尋ねる。
「俺の見た感じ、何やらややこしい関係のようだからな。
言ってみれりゃ好奇心よ、好奇心。
信頼がない男は乗せられないんだろう?」
「・・・・・」
マグノは表情を難しくする。
単純で何でもない質問のようだが、実に痛い所を突いてくる。
目の前の男は知っているのだ。
カイがマグノ海賊団に所属しておらず、その立場も非常に不安定である事を――
信用足り得ない人間を許さないのなら、カイはどうなのか?
存在そのものの矛盾を、ラバットは巧みに突いた。
どこで知ったのかは分からないが鼻の利く男だと、ブザムも舌打ち。
ここでカイは仲間だと言うのは簡単だ。
一言言えば、ラバットもそれ以上何も言えない。
簡単なのだが―――――出来ない。
そもそもカイを、男の在り方を肯定出来るなら以前からそうしていた。
マグノ海賊団一員として迎え入れたあの時から。
セキュリティを設定する時から―――
出来なかったから、カイ一人に全てを押し付けた。
全ての中傷を、嘲笑を、哀れみを一人の男にぶつけた。
年端も行かぬ十代の青年に苦渋を背負わせた。
そう仕向けたのはまぎれもない、お頭であるマグノ=ビバン本人だ。
それを今更撤回は出来ない。
マグノは法衣の影に表情を隠し、俯いた顔で口を開く。
「この子は―――」
「―――ただの居候だよ」
一同がさっと視線を向ける。
何かを言いかけたマグノを手で制し、カイが正面から向き直る。
「こいつらと俺に繋がりなんてねえ。
仲間どころか、嫌われてる。
ただ―――目的が同じだから一緒に行動しているだけだ」
カイの表情は静かだった。
迷いも嘘も何も無い、濁りのない顔――
何よりも雄弁に、真実を裏付けていた。
「全部終わったら・・・・おさらばだ。
いや、最後の最後まで一緒かどうか保証はねえな。
何かあればすぐ縁切り―――そんな関係だ。
勘ぐっても何もでねえぜ」
初めからそういう関係なのだと、カイは言い切る。
分かり切っていた事―――
常識以前であり、決定事項でもある。
マグノ海賊団とカイは元々から関係は定められていた。
近づく事も無く、ただ離れて行くだけの繋がり。
蜘蛛の糸よりも細く、一吹きすれば切れてしまう絆―――
言葉にするカイに、不満や苦悩は無かった。
何故ならカイ自身が誰よりもそう思っているからだ。
それが当たり前なのだと、当然なのだと。
ゆえに、気付かない――
「ふーん・・・・」
ラバットが見つめる視線の先――
背後にいる女性達の表情の変化に、カイは気付かない。
否、気付けない――
「・・・・・・」
ディータは何か声をかけようとして、思い止まる。
自分の口から、胸の内からカイにかけられる言葉が無い。
励ましや賛美は、カイに何も届かない事を痛感する。
ほんの少し前のディータなら気付けなかった。
哀しいかな、彼女にもたらされた成長が彼女を止めてしまった。
近づく事も、声をかける事も遮ってしまう。
分かってしまう。
メジェールとタラークの、男と女の遠い隔たりに――
(・・・馬鹿な事を・・・・)
ディータと同じ後姿を追いつつも、メイアの心境は全く逆だった。
互いに相反していた頃にも経験の無い激しい感情。
少なくとも、ここ一年以上は感じた事の無い強い気持ちがメイアを貫く。
自分達とは仲間ではないと断言するカイ。
自らの孤立を口にするカイに、メイアは無意識にだぶらせる。
他者を否定している自分に―――
他人を必要とせず、独りを貫き強さを確立しようとする姿勢。
否定するつもりは無い。
自分が望み、自ら歩んできた道なのだから。
ただ・・・・
カイに、同じ道は歩んでもらいたくない―――
メイアは今でも胸に焼き付いている。
枕元に立って子供のように泣いていた姿を。
生きていて良かったと心の底から安堵していたカイ――
そんなカイと今の言葉はひどくアンバランスで、言い様のない不快感を覚える。
周りの皆も同じだろう。
ブリッジにいる皆が俯いたりと、複雑そうな顔をして黙っていた。
我知らず、メイアは対立していたあの頃と同じ険しい表情でカイの背を睨んでいた。
「ふーん・・・・なるほどね」
ブリッジの雰囲気を何となく察し、ラバットは頬を掻く。
少しつついただけでこの反応。
どうやら、思ったよりも根が深い関係のようだ。
ラバットは一同を、何より中心のカイをそのまま睥睨する。
「・・・・・くだらねえ質問だったな。
悪いな、どうも好奇心が先走っちまう」
「別に・・・秘密事でも何でもねえし」
そっぽ向いて、歯切れ悪くカイはそう言った。
気になる態度ではあるが、これ以上つっついても仕方が無い。
そのままラバットは手を上げて、あっけらかんと言った。
「んじゃ、交渉は不成立って事で俺達はそろそろ失礼するぜ」
「へ・・・?もう行くのかよ」
突然の別れの台詞に、カイは面食らう。
食い下がってくるかと思っていたのに、ラバットはあっさり引き下がったのだ。
「もう用はねえからな。
お前と酒酌み交わしたかったが、そっちの嬢さん達に嫌われちまったらしい。
女と揉めたくないんでね」
「そ、そうか・・・・」
そう言われると、少し悪い気がするのがカイだった。
本当は悪意も何も無く、ただ宴を繰り広げたかったのかもしれない。
このまま別れるのは寂しく、味気ないと感じての好意だったのかもしれない。
少し後味の悪さと申し訳なさを感じてしまうのだ。
「また縁があればどこかで会おうぜ。
い、一応助けられたしな・・・・・礼はしねえと」
「気にする事ぁねえよ。
お前にはちゃんと餞別をもらっているからな」
「餞別・・・・?」
心当たりが全くない。
首を傾げるカイに、ラバットは物凄く嬉しそうな顔をして手を振る。
「んじゃあな。
お宝は俺が全部ちゃんと有効利用してやるから」
「・・・・・・・・」
―宝―
その単語に、カイは脳裏に閃くものがあった。
「待て待て待てぇぇぇぇ!!」
慌ててカイが身を乗り出すと、
「何だよ、何か用か?
俺たちはこれでグッバイだろう」
ラバットはわざとらしく軽快に、船のエンジンを噴かせる。
「お前、それは汚ねえぞ!?
お宝はちゃんと分ける約束だろうが!」
カイはようやく思い出した。
ミッションで手に入れた物資を全部預けたままだという事に。
「ん〜、でもな・・・・
受け渡しをしようにも、船に入れないんじゃどうしようもねえしなぁ〜」
「〜〜〜〜〜〜」
今更ながらに悟る。
切り札は初めから相手が持っていた事を――
わなわなと身体を震わせるカイを見て、マグノは露骨に溜息を吐いた。
「仕方ないね・・・・・乗ってきな」
渋々という言葉がピッタリのマグノの台詞が、この場での商談成立を意味していた。
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