VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action17 −親愛−
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涙に濡れた瞳をそのままに、ディータは目をしばたたかせる。
悲しみに暮れていた気持ちは少し抑えられ、目の前に少々の驚きが生まれた。
中空に浮かんでいるピョロ――
外見は変わりなく、特に何か変化があるようには見えない。
何の動きもなくじっとしているだけで、故障や破損の様子もない。
強いていうなら顔に当たるモニターに何も映っていない事だが、ディータには大した変化には見えなかった。
見えないのだが――――何処かおかしい。
「ロボット・・・さん?」
周りを見渡すが、誰もが皆現状況に手一杯で誰もこちらを見ていない。
気づいているのは自分一人だけなのだろう。
ごくっと唾を飲んで、ディータはピョロにこっそり近づく。
「大丈夫・・・?どこか痛いの?」
心配げな口調で、ディータは先程の陰鬱を切り替えてピョロに尋ねる。
聞こえ違いではない。
ディータは比較的耳は良い方で、その自覚もある。
確かに、聞いた。
突然話し掛けて来たピョロの声。
「・・・ディータ・・・・」
「え?え?
ロボットさん・・・えと・・・・・」
やっぱり聞き違いではない。
ディータは戸惑いつつも確信し、今度は困惑する。
ピョロの声は何度か聞いた事はある。
カイとはよく一緒に行動しており、カイの元へ毎日のように遊びに行くディータはそれこそ何十回も聞いている。
今までも機械的な音声ではなかった。
どのような仕組みなのかは知らないが、ピョロの声はデジタル的だが感情がある。
カイやドゥエロのような低音でもないが、少し明るい感じのする聞こえの良い声だった。
耳を澄ませると聞こえてきそうな印象がある。
なのに、この声は―――
「・・・ディータ・・・・」
女性の声。
本来のピョロの声ではない、ディータと同じ女の声だった。
ひょうきんなピョロにはそぐわない、クールな音質。
奇妙な声色の高さには、幼い響きがあった。
無感情な女の子、と言うべきだろうか?
ディータの前に浮かんでいるピョロから、全く聞き覚えのない声が聞こえてくる。
ピョロの声ではないが、完全にピョロが話しているようにしか思えない。
少なくとも悪戯には見えず、仲間の誰かがピョロを通じて通信している様には見えなかった。
一体どうしたというのだろうか――
ディータには事の成り行きが理解出来なかった。
ピョロの声ではないのなら、今のこの声の主は誰だろう?
非科学的な存在や夢想的な思想は、ディータの趣味的範囲ではある。
が、目の前は常識を超え過ぎていた。
「・・・ふふ・・・・・」
ディータの戸惑う様子を見てか、ピョロは小さく笑う。
浮ついた感じのない自然な笑い声に、ディータは悪意はないのだと感じた。
「ロ・・・・ロボットさん、なの?」
何が起きているのか判断は出来ないが、少しずつ落ち着きを取り戻したディータ。
恐る恐る問い掛ける少女の声に、ピョロは反応を見せた。
じっと浮遊していた機械の身体が苦衷を移動し、ふんわりと床に降りる。
無音のまま移動したその先は、ディータの右隣だった。
突然の行動にびっくりしたディータだが、結局流されるままに腰を下ろした。
少女とロボット。
一見奇妙な連れ合いだったが、目を咎める者は一人としていない。
「・・・・・・・」
ディータは黙り込んでいるピョロから、目の前に広がる光景に視点を変える。
一喜一憂している者。
行動を起こしている者。
打開策を練っている者。
静観している者。
彼女達は只の女性ではない。
今まで人生の修羅場を幾度となく乗り越えて来たマグノ海賊団である。
状況を悲観しても、無力なまま嘆く者は一人としていない。
たった一人を除いて――
「・・・・・はあ・・・・・・」
皆、頑張っている。
自分なりに出来る事をしようと努力している。
そんな戦友達に比べて、自分は何も出来ない。
自分には何の力もない。
今起こっている事態に対して、何も出来ない。
折角メイアに任された大役も務められずにいる。
部下になってくれた人達には見捨てられた。
当然だ――
ディータは思う。
自分はこんなにも頼りない。
メイアのように皆に尊敬される威厳はない。
ジュラのように自分を鼓舞する魅力もない。
バーネットのように戦う力もない。
ガスコーニュ・ブザム・マグノは、ディータにとっては雲の上の人達だった。
何も言えず、何も手を出せず、何も助けられない。
いつも誰かに助けられるだけだ。
今まではそれでも良かった。
自分は弱いのだから、強い誰かに守ってもらう。
失敗を重ねても、一生懸命すればいい。
自分にはそれだけで精一杯なのだから。
そう思っていた――――今までは。
「・・・・ディータ、どうしちゃったのかな・・・・」
これまでの自分だったら、周りの皆と同じく右往左往していただろう。
悲観的にならず、元気を出して励ます。
自分なりに決めていた役割――
それだけをこなしていれば満足していた。
それなのに・・・・・
どうしてこんなに悲しいのだろう?
どうして・・・・
――こんなに悔しいのだろう――
「・・・・う・・・・うう・・・・・」
目の奥から、胸の奥からこみ上げる。
駄目だ!駄目だ!
強くそう念じていても、瞳が潤むのが抑えきれない。
切ない気持ちの揺れを止める事が出来ない。
押さえる手から熱い雫が流れ、そっと頬を濡らした。
『自分の私情で動くリーダーなんて最低よ!』
去り行く彼女の後ろ姿が、一人の男と重なる。
『お前みたいな図々しい奴はな、大っ嫌いなんだよ!』
―最低よ!―
―大っ嫌いなんだよ!―
「・・・ぐす・・・宇宙人さん・・・えぐ・・・・」
嫌い、大嫌い。
ディータは流れる涙をそのままに、胸内で自分を罵った
何も出来ない自分なんて嫌い。
誰一人何も出来ないで悩んでいるのに助けられない。
こんな自分が、たまらなく嫌だった。
「・・・ディータ、ないてるの・・・?」
「・・・・ぐす・・・・・うう・・・・」
俯いているディータの真上から声が聞こえる。
ディータはそれが誰なのか、何なのかは分からない。
ただ、気遣ってくれている――
ディータはそれだけは分かり、小さく頷いた。
「・・・ディータは・・・どうしてかなしいの・・・?」
何が悲しい?
それは――
「・・・・・・ぐす・・・ディータね・・・ディータね・・・」
もう、どうでも良かった。
溢れる悲しみをそのままに、言葉にして語った。
「・・・・皆の・・・力になりたくて・・・・・・・
皆の・・うう・・・皆のね・・・・役に立ちたくて・・・・
でも・・・ぐす・・・・ディータ、馬鹿だから・・・・」
泣き言だった――
でも、言わないとどうにかなってしまいそうだった。
「・・・・いつものろまで・・・・ぐす・・・馬鹿で・・・・
何にも出来なくて・・・・・
ううぅ・・・・えぅ・・・・違うのに・・・・・・
違・・・うぐぅ・・・・違うの・・・・違うの・・・・・」
声にもならない。
まともに言葉にして伝える事も出来そうにない。
でも、声の主はディータの言葉を黙って聞いてくれた。
「本当はね・・・・ディータも・・・・役に立ちたいの・・・・・
・・・皆を・・・・助けたいの・・・・・」
吐露される気持ちは感情を剥き出しにする。
「・・・・皆を・・・・助けて・・・・
皆に・・・喜んでもらって・・・・・」
ディータは今の、ありったけの心の中を口にする。
「・・・・宇宙人さんにも・・・・喜んでほしい・・・・・・」
顔はもうぐちゃぐちゃだった。
涙と鼻水がまじり、何もかもが流れていくようだった。
他人が見たら笑うかもしれないが、ディータは気にしない。
上擦った声を上げて、ディータはしゃくりあげた。
後はもう言葉にもならず、ディータは口を閉ざして涙を零す。
そのまま沈黙が訪れ、ディータの泣き声だけが周りを満たした。
しばしの時が流れ―――
ようやく落ち着いて来たディータの耳元で、再び声が届く。
「・・・・ディータ、なかないで・・・・」
「・・・・すん・・・・え・・・?」
涙を拭かずに顔を上げると、ディータの前をピョロが浮かんでいた。
そのまま微動だにせず、ピョロは声を出す。
先程と同じ、幼さの残る女の声で――
「・・・・ディータが、かなしむことはないの・・・・」
「でも・・・・・」
「・・・・カイは、ディータがとてもたいせつ・・・・」
「え!?」
突然の名と言葉の内容に、ディータは驚きの声をあげる。
信じられなかった。
カイが、自分を必要としているなどと――
「・・・でも・・・・ディータは・・・・宇宙人さんに助けられてばかりだから・・・・」
弱々しく否定するディータに、ピョロはそっと近づく。
そのままディータの眼前に自らの画面を持ってきたかと思うと、モニターが突如光りだす。
真っ黒だった画面に変化が起こり、映像を出した。
「・・・・青・・・・?」
画面を染めるブルー。
何の濁りもない青さは美しく、ディータは目が吸い込まれそうになる。
一心に見つめるディータに、ピョロは語り掛けた。
「・・・・カイにとって、ディータは・・・・・」
そのまま歌うように――
「――蒼きカチナ――」
「・・・青き・・・かち・・・・え?」
ピョロから発せられる言葉がよく分からず、ディータはきょとんとした顔になる。
そんなディータを知ってか知らずか、ピョロはそのまま語り掛けた。
「・・・じぶんをしんじて・・・・ディータ・・・・」
気のせいだろうか?
「・・・カイは・・・わたしを・・・しんじてくれた・・・・」
今、ピョロが微笑んだように見えたのは――
「・・・がんばろうって・・・いってくれた・・・・」
呆然とするディータに、ピョロは伝える。
「・・・そのことばが・・・・わたしをうんだの・・・・」
「生ん・・・だ?」
ディータにはピョロが何を言っているのかは分からなかった。
ただ、ピョロがピョロなりに一生懸命慰めてくれている。
その気持ちは、痛いほど伝わってくる。
「・・・・だから・・・・ディ−タも・・・がんばって・・・」
「ロボットさん・・・・・」
画面に映る青い光。
光は優しくディータの身体を包み、声はディータの心を包む。
何の表情もなく、何の感情もない声。
それでもディータは―――笑みを浮かべた。
「・・・・ありがとう、ロボットさん。
そうだよね、泣いてばかりじゃ駄目だよね・・・・」
考えてみれば、いつもそうだった。
カイはいつだって笑顔でいた。
自分を信じろって笑ってくれた。
そんなカイに・・・・・自分は何も出来なかった。
昔も今もまるで同じ。
無力なまま―――
だけど、カイなら諦めたりはしない。
頑張って、頑張って・・・・奇跡を起こしてきたあの人なら。
一生懸命頑張っていたではないか。
皆を助ける為に――
どんなに見苦しくても、どんなにぼろぼろになっても頑張っていたあの人。
そう、どんなに情けなくてもあの人は頑張ってた。
ディータは恥ずかしくなる。
泣いてばかりの自分に―――
もう、いいだろう。
自分のやりたい事はもう、明らかなのだ。
昔の、見ているだけの自分にはもう戻れない。
あの人の―――笑顔に触れたから。
だから今こそ――――あの笑顔に応えよう。
―あの人のように笑顔のままではいられなくても、
泣いてだって前には進もう―
ディータは泣き笑いの顔を浮かべて、そのまま上を見上げて言った。
「ディータ、がんばる!」
元気を取り戻したディータを前にして―――
―がんばれ、蒼きカチナ―
―――ピョロの画面より、光は消えた。
<to be continues>
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