VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 8 -Who are you-
Action12 −血糊−
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ミッション内突入から三十分が経過した。
内部調査と行方不明者捜索を目的として訪れたメイア達だったが、突如の不測事態に足止めを受けていたのである。
何とか照明が点っている大きな通路に出て、メイアは全員の点呼と安全確認を終える。
不幸中の幸いか怪我人もなく、行方不明になった者もいない。
全員集結しているのを見て、メイアは内心で一息吐く。
(杞憂だったようだな・・・)
ミッションに入った途端に起きた停電に、メイアは作為的な臭いを感じていた。
偶発的な事故にしては、あまりにもタイミングが良すぎたからだ。
まるで全員が中に入ったのを確認してから、わざと照明を落としたかのように――
だが結局何も起こらず、攻撃の類もない。
何か仕掛けられた訳でもなく、全員無事に揃っている。
もし停電が何かの罠だったのなら、照明を落とした時点で何らかのリアクションがある筈である。
何しろ自分達は視界を閉ざされて右往左往していたのだ。
恥ずかしい話だが、自分自身も動揺してしまったのである。
その気になれば捕らえる事も、殺す事だって出来た。
それなのに何もないまま終わっている。
メイアは警戒こそ解かないものの、先程の停電は事故である可能性も考えつつあった。
(とにかく気をつけるに越した事はないな・・・)
一同の安全確認を再度行いながら、メイアは小型の通信機を開く。
到着の報告と突如起きた停電についてを、今回の任務の総指揮官であるブザムに報告する為だった。
メイアは通信機のスイッチに手を伸ばして――
「リーダー、リーダー!」
「ディータか・・・どうした?」
張り切った様子で駆けて来るディータに、メイアは通信機を一旦しまう。
ディータはメイアの傍まで走ると、息一つ切らさずに話し掛ける。
「ディータのお仲間さんは全員います。
皆さん、お身体にも異常がないみたいでとても元気ですぅ」
「分かった。
他の班員も全員揃っているようだから、すぐ調査にかかろう。
くれぐれも油断はするな」
「任せてください!宇宙人さんは絶対に見つけますから!」
使命感に燃えているのか、ディータは普段和んでいる瞳にやる気を燃やして敬礼した。
メイアはそんなディータのやる気に、期待半分不安半分で見つめる。
職務に励むのは結構だが、ディータは今日はチームリーダーなのである。
本人一人が勇ましく行動しても、部下をきちんと管理しなければ意味がない。
団体行動は時に独断での行動が一番迷惑になるのだ。
ディータはどうもそれが分かっていない節があった。
「ディー・・・」
「じゃあリーダー、ディータ行きますね!」
注意を呼びかけようとしたメイアに気づかず、ディータは背を向けて持ち場へと戻る。
少し気になって、メイアは聞き耳を立ててみる。
「みんなー!今から宇宙人さんを探しに行くよ!
準備はいいかな?」
「こっちはもうとっくに準備は出来てるわよ。
早くしてよ、リーダー」
「リーダーが遅いと、皆が迷惑するんだから。
てきぱきして、てきぱき」
遠目から見ると、ディータの呼びかけに部下達は不承不承頷いているという感じだ。
仮にもリーダーであるディータに、部下達は不遜すぎる態度を見せている。
こんな態度をメイアやブザムに向けたのなら、叱責されてもおかしくはない。
傍目から見ても、ディータは自分の部下に完全に侮られている。
マグノ海賊団は元々上下関係には厳しくはない。
海賊という生業上組織内部でも社会から外れた無法人、もしくは自由人というイメージが蔓延している。
無論あけすけな態度を取れば叱責の一つや二つはあるが、処罰にまでは至らない。
そもそもマグノ海賊団の幹部になるには優秀である事が第一条件だ。
技術面・頭脳面・肉体面と一定の分野において秀でた者。
もしくは人格面で高みに立つ者が選別されて、重要な任を拝命される。
部下に舐められるという事実は、突き詰めれば上司に責任があるという事になる。
立場が上の者を見下すという部下の悪質な人格面も育成出来ない、管理能力に欠けている人物として見られるのだ。
「ご、ごめんなさい・・・・すぐに取り掛かるね」
まるで親に怒られた子供のように、ディータは背中を丸めて反省の意を示す。
これでは誰がリーダーか分かったものではない。
メイアは嘆息して口を挟もうとするが、一瞬後頭を振った。
部下を持つ事は、責任を持つという事――
自分の部下は自分で管理しなければいけない。
誰かに頼ってしまう者を、部下がリーダーとして認める訳がない。
ここでメイアが口を出すのは簡単だ。
それこそディータの部下達に上司への態度について叱責すれば、すぐに言う事を聞くようになるだろう。
が、それは所詮上っ面だけ。
メイアの言う事だから従っただけで、ディータに信頼を寄せてはいないのだ。
表面的にうまくいくだけで、内面は全く変化していない。
むしろ庇われる事で、ディータ本人の心証をより悪くするだけであった。
(ちょうどいい機会かもしれないな・・・)
ディータは普段からすぐに誰かに頼る甘えた部分があった。
現実を直視しないと言うべきだろうか。
この旅が始まる前からもUFOだの何だのと空想にふけり、何かあれば逃避してしまう。
そのせいで変わり者呼ばわりされ、同世代の皆から嫌われていた。
旅が始まってからでもそれは変わらない。
むしろカイと出会ってからは、よりひどくなった傾向がある。
何か困った事が起きればカイに頼り、カイのいう事にホイホイ流される。
今でもそうだ。
張り切った様子を見せているのは、頼りにしている者がいなくなかったから。
心の拠り所がなくなり不安になったから、ディータは懸命に探そうとしているのだ。
カイを必要としているからと言えば聞こえがいいが、その実自分の安心を取り戻したいだけ。
無論カイを仲間だと認めているからというのもあるだろうが、それ以上に重荷を背負いたくないだけなのだ。
それではカイを見つけても、ディータには何にもならない。
永遠にカイを頼り続け、安心という籠の中に閉じこもるだろう。
ディータが非戦闘員ならそれでもいい。
しかし、ディータはパイロット。
仲間達の安全を守り、仲間達を助けるのが仕事なのだ。
最前線に出ろと無理は言わないが、性根がしっかりしない者には戦いは任せられない。
理由はシンプル。
死ぬからだ――
「・・・・・・・」
何とか笑顔で呼びかけているが、部下達の態度は辛い。
メイアはじっと様子を見つめ、やがて背を向けた。
今回救助班として選抜されたのは、ミシェールを初めとする新人パイロットメンバー。
ディータと同じような境遇の者達である。
一番嫌われていた同世代の信頼を掴む。
今のディータが乗り越えなければいけない試練だった。
冷たいようだが、一人頑張って貰うしかない。
酷薄な態度をとるメイアだったが、ある種の希望があった。
「メイア、警護班の準備も整ったわ。
何時でも再開出来るから、調査開始をお願いしたいそうよ」
ディータでも超えられるという確信。
それは今声をかけた女性にある。
「分かった。ジュラも出来れば警護班も手伝ってやってくれ。
また停電のような不測の事態が起きる可能性もあるからな」
「メイアも心配性ね・・・・大丈夫よ。
あんなのただの偶然に決まってるわ」
楽観的にそう言い切り、ジュラは優美な微笑みを見せる。
ジュラもディータとは本質的に似ている面がある。
困った事が起きれば誰か第三者に頼り、自分は決して前には出ない。
その上でジュラは自分を鼓舞しようとしていた。
依存的でありながら自己中心的な性格は、当然として皆にはいい気持ちにはさせなかった。
ディータと違うのは彼女が表面的に嫌われていたのに対し、ジュラは内面的に嫌われていた。
普段は強気なジュラだからこそ、誰も表立って逆らえなかったのだ。
結局嫌われていたのには変わりはなく、ディータと同じく信頼がなかったのも変わりはない。
お陰で以前の大規模な襲撃では、リーダーの代わりも務まらずメッキが完全に剥がれてしまった。
もう駄目だとばかりに追い込まれたのだ。
それが――
「ほら、皆しっかりして。お仕事始めるわよ」
きびきびと皆の前で、ジュラは適切に指示を送っている。
その様子を一瞥し、メイアはふっと表情を和らげる。
希望はある。
ようやく、少しずつ変わってきている女性がいるのだから――
「メイア、メイア!ちょっと!」
「バーネット?どうした、そんなに顔色を変えて」
ジュラの様子を見ていたメイアが思考を切り替えて対応する。
慌てた様子でやって来たバーネットは、真剣な表情で話を切り出した。
「・・・物音がしただと?」
眉を潜めるメイアに、バーネットは力強く頷いた。
「さっき見回りも兼ねて通路の奥を調べてたんだけど・・・・」
きょろきょろと周りを確認し、バーネットは誰にも聞こえないよう小声で伝える。
メイアと同じく停電を罠だと疑ったバーネットは通路に出た後、見回りに出た。
護身用の武器を片手に調べていたバーネットの耳に、突如通路の先から何かが割れる音がしたという。
一切の音のない基地内で響く金属音。
誰が聞いても怪しい物音に、バーネットは敵の気配を感じてメイアの元へ報告に来たのだ。
話を聞いて、メイアは消えつつあった不信感が顔をもたげる。
やはりいるのだ、ここには――
自分達の知らない誰か。
もしかすると敵意があるかもしれない第三者が――
報告を聞き、メイアは即決断に出た。
「すぐに調べよう。何かが起きてからでは遅い」
新しい罠の可能性もある。
だが座していてもどうしようもないのは事実だった。
むしろ少しでも早く行動に出た方が、後手に回らずにすむかも知れない。
決断の遅さが命取りになるのは避けたかった。
自分勝手に行動せず、すぐに報告してくれたバーネットには感謝したい。
メイアはすぐに事情を説明し、全員で行動を開始した。
救助班を中央に、探索班が前に――
警護班は最後尾と最前列に並んで、皆の周囲の安全を確保する。
一同が行動を開始して十分。
通路を進みに進んで、皆はバーネットが聞いたという音の発生源に辿り着く。
照明が一つ落ちている――
通路から別の通路へと続く入り口付近で、無残に割れた状態でそれはあった。
ガラスも粉々に砕けて、元の状態が分からない程に壊された状態。
だが、一同は今目にしているのはそんな些細な物ではなかった――
落ちている照明。
問題なのはその周り―――
―ありありと染み付いている真っ赤な血―
呼吸が止まったのはほんの一瞬。
金縛りが解けたように、皆の目が見開いた。
「きゃあああああああっーーー!」
一滴や二滴ではない。
出血と呼ぶにはおこがましいが、それでも紅に床は染まっている。
誰かが上げた悲鳴を皮切りに、一同に波紋の如く動揺が走る。
「な、なんなのよこれ!?」
「もしかして、ここってすごくやばいんじゃ・・・・」
「ちょっとちょっと、聞いてないわよ!?」
「敵はいないっていう話じゃなかったの・・・・」
無理もない。
生々しい血が床に流れ、こびり付いているのだ。
もはや疑いようもない事実だった。
このミッションには自分達以外に誰かがいる――
敵かどうか分からないが、その敵は血を流しているのだ。
リアリティのある血糊は充分すぎる程、見つめる者の神経を過敏にさせた。
伝染する動揺は恐怖となり、背筋を凍らせる・・・・
「落ち着け!」
その場にいた全員がびくっと身体を震わせる。
異様な雰囲気を作り出している現場を吹き飛ばす程の大声で、メイアは一括する。
「敵であると決まった訳じゃない!
忘れたのか!
ここミッションには、我々以外にもう一人いるだろう!」
メイアの指摘に、ようやく思い出したのかはっとする一同。
そう、ここにはもう一人いる。
行方不明になっている男が――
「血が流れているからといって、他に敵がいると決め付けるな。
断言は出来ないが、落ちてきた照明にカイがぶつかって負傷した可能性もある」
メイアはそのまま歩き、現場の傍で屈んだ。
そのまま手を伸ばして床に零れる血を触り、手先を赤く染める。
「血はまだ乾き切っていない。
聞こえた物音もついさっきだ。
なら、まだこの血を流した人物は近くにいる可能性が高い。
もしもそれがカイなら救助し、手当てをしなければいけない。
この血を辿れば追いつける」
血は現場のみにとどまらず、奥へ奥へと点々と続いている。
恐らく血を流したその誰かが負傷をそのままに進んでいったのだろう。
これ以上はない道標だった。
メイアの指摘通り、考えてみれば一番可能性が高い人物だ。
きっと何かドジでもして怪我をし、途方に暮れて彷徨っているに違いない。
周りの面々もカイかもしれないと知って、少しは安心したように緊張を緩めた。
そんな一同をよそに、バーネットはそっとメイアに近づいて耳打ちする。
「メイア、あの血は・・・・」
「・・・ああ。負傷しているとなると、かなりの出血量だ。
・・・しかし、カイではない可能性もある。
油断はしないように、警護班にも伝えてくれ」
「・・・分かった」
小さく頷いて、バーネットはメイアから離れる。
情報が少なすぎた。
ミッションに突入してからというもの、混濁した状況が続いている。
何とかしたいと思うものの、打つ手はない。
何かあるとは思いながらも、確証はない。
まるで誰かに操られているかのような、奇妙な錯覚に陥ってしまいそうだった。
敵がいるのかいないのか?
それだけでも分かればいいのだが、何も分からない。
自分ないしは自分の仲間が攻撃されている訳ではないのだ。
悪戯に敵がいるのだと断定してしまえば、味方にいらない不安を与えてしまう。
考えた末―――結局目の前の手掛かりにすがるしかなかった。
もう一度全体をまとめ、今度はメイアが先頭に立って前に進む。
血は点々と床についており、分かり易い目印だった。
(この血がカイだといいのか、悪いのか・・・・・)
メイアは思いを馳せながら、嘆息する。
もしもカイなら敵ではないが、怪我を負っている事になる。
もしもカイではないのならカイが無事だが、他に誰かがいる事になる。
どっちに転んでも嬉しくない結果が待っているのだ。
メイアは気が滅入るのを感じながら、皆を引き連れて後を追う。
そのまま歩く事十分―――
「ここは・・・・・・」
通路を真っ直ぐに歩いて出てきた先は一つのフロアだった。
何十人も入れるスペースを有しており、隅々に簡易イスとテーブルが設置されている。
殺風景な広い休憩室――
メイアはそんな印象を抱きながら血を辿り、ふと足を止める。
「・・・・血が・・・途切れている・・・?」
広大なフロアの真ん中。
歩き続けていた先にあったのは、ポツリと途切れた血の跡だった。
今まで細々と付いていた血の雫が突如止まっており、その先の床は綺麗なままだ。
メイアは訳が分からなかった。
(?何故急に・・・?
この部屋には誰もいない・・・・どういう事だ・・・?)
辺りを見渡してみる。
周囲は壁で囲まれており、窓もない。
特徴的といえば椅子とテーブルがあるくらいで、他には何もない部屋。
ディータや他のメンバー全員が中に入り、同じく周りをみては対処に困っている。
出入り口は前方と後方に一つずつだけ・・・・・
バタン!バタン!!
「なっ!?」
自分達全員が通り過ぎた後方の出入り口。
そして前方の出入り口に、突然無機質なシャッターが下りた――
メイアは驚愕し、呆然とした思考の隅でぼんやり悟る。
(閉じ込め・・・られた・・・・・・!?)
「・・・戦略完了・・・・いつつ・・・・・・」
カイは真っ赤になった腕を抑え、汗を流しながらも笑った。
<to be continues>
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