VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 8 -Who are you-






Action2 −基地−




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 手足は活力を失って垂れ下がり、身体の端から痺れが広がっていく。

体力は当の昔に尽き、気力も損なわれて行く。

死神に末端から食い尽くされていくかのように、肉体も精神も死滅していった。

耳だけが感覚域を広げていき、か細い音を鋭敏に捕らえる。

微風の様に優しく、旋風の様に存在感のある音が途絶えかけた呼吸音である事にも気づかない。

視界が、歪む――


「・・・・・・・・・」


 仰向けに身体を横たえる。

柔らかで、さりとて冷たい感触が背中に広がり、身体を支えた。

そのまま上を見上げても世界は何も広がっておらず、ただ無機質な壁が遮っているに過ぎない。

でも、何も感じなかった。

目の前に何もないのは分かっている。

認識に認識を上塗りして、得られるのは疲労感だけ。

疲労が積み重なれば思考は麻痺し、麻痺すれば感覚も消失する。

感覚が消失すれば―――何もない。

今、知る。

この何もない世界で、滅入ろうとする己の内在の隅で知る。

不安も、悲しみも、怒りも、憎しみも―――

不幸であると自らに絶望する事であれ、生きている証拠なのだと。

生きる証なのだと。





本当の絶望は―――





――何もない。





「・・・・・・・」


 目を、閉じる――















  「どういう事ですか!」

「お話した通りです」


 いきり立つ青年の前で、冷静な顔を崩さない一人の男。

青年に権限のある研究室にて、青年と男が机を挟んで対面していた。

男は姿勢よく直立したまま、青年に語り掛ける。


「貴方の研究はここ一年成果が出ておりません。
提出して頂いたレポートも説得力に欠けた内容だった。
研究を続けていた貴方が一番よくご存知でしょう?」

「だからって、今日中に研究室から出て行けとは横暴じゃないですか!」


 青年は激情に駆られて、机を強く叩く。

今朝までは専用の研究室で機能していたディスク。

今日も今日で熱心に研究していた青年の研究室に男が訪ね、告げた言葉がこの研究室の閉鎖だった。


「研究は半ば実っています。成果はまだ確かに出ていません。
理論も不確かです。
ですが過去に実際に起こり得た例も・・・・」

「――さん」


 勢いよく述べていく少年の言葉を、男は遮って言葉を重ねる。


「実証性があるかどうかの議論は置いておきましょう。
貴方が扱っている研究の題材には幾人もの科学者達が行ってきました。
『時空螺旋転移』、つまり時間移動のね」


 時間移動。

一笑に付す御伽話だが、概念そのものは西暦時代半ば頃から始まっていた。

古来人間は己の有限なる命を嘆いた。

死、生命がある限り避けられない絶対的運命。

甘受しなければいけない恐怖。

人間は宿命から逃れる為に、今を今のままとする為に、永久なる生命を求めた。

研究は進められ、やがて人は気づく。

刻――

肉体を枯渇し、精神を老化させていく現象。

目の前で留まる事無く流れるこの「呪い」を何とかすれば、人は死なずにすむ。

永遠を手に入れられる――

人は認識した。

「時間」という概念を―

人は感じた。

時間の流れを――

生まれた概念は知識の探究心につながり、後の人々の研究対象ともなった。

時間を区分化すると、過去・現在・未来に出来る。

古き時は消え、今流れる時はそのままに、新しき時へと進めていく。

人が解読するにはあまりにも困難な領域だった。


「時間移動の研究そのものは二十世紀に解明されたと言われています。
あくまで理論上は、ですが」


 男の言葉には嘲りが浮かぶ。


「貴方も研究者の端くれならお知りでしょう?
時間の流れに触れるには、宇宙そのものを歪める程のエネルギーが必要とされる。
結局、貴方の研究は机上の空論。
過去の研究者達と同じ難題で止まっている。なら、無意味だとは思いませんか?」


 青年はぐっと唇を噛み締めるが、何も口には出来なかった。

男の指摘は正しかった。

青年が立ち止まっていたのはまさにその問題であり、研究が座礁に乗り上げているのは問題点をクリアー出来ていないからだ。

分かっている、男に指摘されずとも。

だが――


「・・・・可能性はあります」

「ほう?」


 男は興味を示したように声を上げる。


「貴方は僕の研究内容をよくお知りのようだ。
が――」


 青年はずいっと顔を寄せる。


「研究の本質をご理解頂けていないらしい。
先程の貴方の弁舌がそれを証明している」


「本質?お聞きしたいものだ。
貴方の研究が今までの科学者達と何が違うのか。
時間移動が夢物語ではないと証明してもらいたいね」


 青年に馬鹿にされたと思ったのか、男は鼻白んで青年を揶揄する。

男から顔を離した青年はそのまま下がり、机の引き出しからある物を取り出した。


「ここに、僕の研究の起源があります」

「起源?」

「貴方は――」
 

 青年は男一枚のデータディスクを差し出す。


「時間の螺旋をご存知ですか?」
 















 何だよ?


「――!?―――」


 聞こえないぞ。もっと大きな声で・・・・


「―――」


 あのディスクは・・・・・・・確か・・・・















「・・・あれは確か・・・・!?」


 声は現実となる。

恐ろしいくらい間近で聞こえた声にはっとして、目を開く。

身体を起こそうとして、目の前が急激に明暗を繰り広げて倒れてしまう。


「・・・へぇ・・・ふぅ・・・」


 体を動かせたのが不思議なほど、声に張りがなかった。

予備ドレッド・コックピット内。

星々の世界を漂う船の主、カイ=ピュアウインド――

彼は今、宇宙の迷子だった。


「・・・・はあ・・・・・・・・」


 自爆を目論む敵との戦いから一日。

敵の目的を察して、効果範囲外まで敵を呼び寄せて倒したまではよかった。

カイにとって戦略通りであり、母船も無事に済んだ。

そこまでは予定通りだった。

ただ、誤算だった点もある。

ドレッドの操縦を事前に教わっていなかったので、制御不能になってしまったのが一つ。

もう一つは敵の爆発に巻き込まれてしまった事。

よりにもよって、ドレッドのコアユニットが破損してしまったのだ。

ドレッドは通常コアユニットとコックピットが素体となっている船である。

このコアユニットが破損してしまうと、船を稼動させるコアエネルギーの循環率が悪くなってしまう。

悪くなってしまうとドレッドそのものがエネルギー不足となって、推進力が低下するのである。

お陰でドレッドは長所である速度を失って、緩慢に前進するのみだった。

ドレッド内には緊急事態に備えて、いくつかの器材は確かにある。

最前線を戦う以上危険は付き物であり、避けては通れない道なのだ。

何時如何なる状態に置かれても対処できるのが一人前であり、パイロットとして認められる。

カイが陥っている宇宙の漂流も予測される危険の想定の一つであり、ドレッドは対処法がある。

己の通った進路を第三者に伝える道標『マーカー』。

仲間に自分の危機を伝える『緊急回線』。

どちらも孤立した場合に役に立つ様ドレッドに装備されているのが、致命的な欠点があった。

使い方を知らない者には意味がない――


「・・・やばいな・・・・・・」


 前後左右見渡しても、今まで数ヶ月過ごして来たニル・ヴァーナの姿は見えない。

敵を倒した直後は気楽に考えていたカイも、ここに来て命の危機を感じてきた。

ドレッドが一機だけで漂っているのは危険なのはカイも分かっている。

故郷にたどり着くにはまだまだ遠い。

今現在も敵領域内であり、何時何処から襲ってくるかもしれない。

満足に操縦も出来ないドレッドでは、次襲撃されたら苦戦は免れない。

負けるつもりはないにしても、簡単には勝たせてはもらえないだろう。

同じ戦法で挑んで来るほど、敵も愚かではない。


「・・それよりやばいのは・・・・・・
・・・・腹減った・・・・」


 ニル・ヴァーナを離れて丸一日。

何も口にしておらず、水一滴たりとも飲んでいない。

本来ドレッドには緊急時に備えての非常食が保存されてはいるが、カイの乗る機体は予備ドレッド。

急なスクランブル要請の出撃だったので整備に手一杯で、食料の一切がなかった。

発進を急かしたカイだったが、船を救えた結果自らの身を危険に陥れてしまったのである。

皮肉としか言いようがない。

海賊達の危機を救おうと急いだ結果、自分を逆境に落としてしまったのだ。


「・・・・あ〜あ、何でだろうな・・・」


 ほっておけば良かったのだ。

考えてみれば、自分があの女達を助ける義理はない。

思えば、食事も満足に取れていないのは連中が仕掛けたセキュリティのせいなのだ。

漂流してこんなにお腹を空かせている訳ではない。

三日以上水しか飲んでおらず、出撃前から限界に近かった。

その上今その水も一日口にしておらず、洒落にならない程衰弱している。

目も霞み、力が入らず、身体はもう空腹すら訴えるのをやめてしまった。

呼吸も不定期に荒くなる。

自分がこんな状況に追い込まれてしまったのは――


「・・・あいつらのせい・・・って思うのは・・・簡単なんだがな・・・」


 そう思えないから困っている。

カイは仰向けに寝転がったまま苦笑する。

今だに分からない。

女だからとかではない。

タラークが主張する女敵視の思想など、カイにはもう頭の片隅にもなかった。

元々不信だった上に、現実に女と接すればそんなくだらない思想など消し飛んでしまう。

ディータのあどけない笑顔。

メイアのすました顔。

ジュラの妖艶な微笑み。

バーネットの苦笑い。

アマローネの大人ぶった表情。

ベルヴェデールの勝気な顔つき。

そして――


「・・・・はは・・・そういやクマちゃんのちゃんとした笑い顔は見てないな・・・」


 泣かせてしまった着ぐるみの少女。

結局あれから何も話せずに、船を飛び出してしまった。

帰りたいのだろうか、自分は?

カイは自問自答し、同時にもう一つの疑問が浮かぶ。

許せるのだろうか、あいつらを?

海賊であるあいつらを――


「・・・・・・・」


 女だから拒絶したんじゃない。

マグノ海賊団入りを断った時の事を思い出す。

冷遇されたから意地になった訳でもない。

理由はただ一つ。

海賊だから――

あの女達の事情は以前ガスコーニュから聞かされて知っている。

海賊にならなかったら、連中は生きていけなかっただろう。

それは分かる。

海賊をしていたから、自分を救えた。

恐らく似たような境遇に陥った人達を助けてきたのだろう。

アグノ=ビバンという頭目の人柄が証明している。

あの女達は自分達が生きる為だけに略奪したのではない。

大勢の人達を、仲間達を助ける為でもあった。

しかし―――





―奪われた者達はどうなる?――





 メジェールから、タラークから物資を奪う。

ならば、その奪われた人達はどうだ?

奪われて幸せになる人間などいない。

例え殺していないにしても、奪われた者達は痛手を負う。

もしもその物資が生活の糧であったとするならば、奪われたらその人達は生きてはいけない。

奪われた人間の権利など無視してもいいというのか?

不幸な境遇に陥ったから、他人を不幸にしていいとでもいうのか?

もし、そうなら――





―あいつらは故郷の連中と変わらない―





「・・・・・・」


 カイはぼんやりと上を見上げながら考え込む。

奪われた者達が集って奪い返しているだけ。

それでは何の意味もないのではないか?

マグノ海賊団、彼女達がしている事は未来なき繰り返しに過ぎないのではないのか?

その先に一体何がある。

答えは、出なかった―――



「・・・くそ・・・・」


 拳を握り締める。

女達が間違っているのならどうすればいい?

分からない。

否定すれば終わる問題ではない。

分からないから――――悔しかった。

案外離れてもよかったのかも知れない。

曖昧なまま一緒に知るよりも、離れて一人になった方がいいのかもしれない。

そうすれば、何も迷う事無く夢の続きを追える。

元々一人で旅立つ決心で、タラークを飛び出したのだ。

自分一人でやっていく覚悟はあった。


「・・・・このままでも・・・いいかもな・・・・
って良くねえよ!?」


 自分の思考につっこんで、カイは無理やり起き上がる。

現状のままだと後一日ももたない。

ドレッドも永久的に稼動させるのは不可能であり、何より自分の体が限界だった。


「敵のいない星とかないかな・・・
食料とかあれば最高なんだけど」


 カイは外部モニターに目を凝らして探索にかかる。

このまま諦める気は全くなかった。

生に未練はたっぷりある。

カイは残された気力を振り絞って、立ち寄れそうな星を捜す。

見つかる可能性は非常に低い。

今まで通ってきた旅の道程を振り返れば確かだ。

初めて立ち寄れそうな星に辿り着いたのに既に死んでおり、敵の罠だった。

この先に人間の住める環境のある星が見つかっても、そこに敵はいないと断言は出来ない。

が、何も見つからないまま宇宙に干乾しになるよりはましだろう。

カイは例え敵や罠が満載だろうと、立ち寄る気でいた。


「・・・・くそ・・・・何もないのかよ!?
ドレッドもいつまで動くか分からないってのに!
・・・・・・お?」


 モニターに点滅ピントがあり、カイは目を向ける。

探索モードに移行していたドレッドのモニターが操縦者に告げる。

前方距離3000に宇宙ステーションの反応あり――


「宇宙ステーション?・・・・宇宙ステーション!?」


 カイの瞳は輝いた。
































<to be continues>

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