VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 7 -Confidential relation-
Action22 −真っ当−
---------------------------------------------------------------------------------------------
「人が良いにも程があるぴょろよ!」
カフェテラストラペザを出て――
無言のまま歩き続けるカイの周囲を飛び回りながら、ピョロはかれこれ十分以上は言い続けている。
「分かっているぴょろか?カイは結局言い様に利用されただけぴょろ!」
キッチンチーフから話された、カイのクルー入りの裏事情。
表面上は功績が認められた上で、日頃の評価が問題視されての低待遇という話だった。
マグノ本人が公正に定めて決定された事項であるとの事で、カイは渋々納得し甘んじて受け入れた。
ところが、真実は違った――
「お頭は自分の部下全員を納得させる為に、カイ一人を犠牲にしたんだぴょろ。
風当たりの強いカイをセキュリティ0にする事で、体面を保ったんだぴょろよ!!
こんなの、ひどすぎるぴょろ!」
宿敵タラークの者であり、最低極まりない男。
そんな者達が自分の仲間になる事には耐えられないと反対する女達。
肯定する者と否定する者とでクルー達を二分化する事を恐れたマグノが、事態に収拾をつける策を立てた。
それがカイのセキュリティ権限0であり、待遇無処置である。
航海を続ける上で絶対的に必要であり、波風の立たないドゥエロ・バートは一般レベルの認証を持つ正式クルーに。
人並みはずれた行動で数々の問題を起こしたカイには、クル−入りのみさせてクルーとして行動させない位置付けにする。
差別極まりない処置をカイ一人に集中させる事で、ドゥエロ・バートのクルー入りをお茶に濁し、その上で反対派を納得させる。
これがチーフから話された今回の騒動の真実だった。
そしてそのチーフも事情を知りながらも、周囲の流れには逆らえずにカイを冷遇したという。
全ての話が事実なら、マグノがした事はカイを犠牲にしてのマグノ海賊団の安定化だったと言える。
ドゥエロ・バートは正式にクルー入りし、捕虜だった以前に比べれば雲泥の差の好待遇に満足する。
男をクルー入りする事に賛成だった者達にとっては、形の上でもカイも仲間入りした事に納得する。
男をクルー入りする事に反対だった者達にとっては、カイは形の上でしか仲間入りしていない事に納得する。
マグノが仕向けたこの案は確かに艦内に再び安定をもたらせたのだろう。
カイを人身御供にした、という事実を除けば―――
「なのにお前ときたら何ぴょろか、あの態度は!
仕事の宣伝なんてしている場合じゃないぴょろ!」
沈黙を保つカイにますます腹を立てて、ピョロはカイの眼前にぬっと浮かぶ。
ピョロがここまで怒りを露にするのは初めてだった。
そもそもナビゲーションロボが人に腹を立てる事自体がありえない。
ましてや一連の騒動の被害者はカイであり、自分ではないのだ。
ピョロが怒る事はない。
ないが――
ピョロはそれでも、怒っていた。
自分の身内を優先し、カイを蜥蜴の尻尾の如く切り飛ばしたマグノに。
真実を聞かされて、尚何も文句を言わなかったカイに――
カイはピョロを見て鬱陶しそうに顔をしかめ、手で追い払いながら言う。
「んじゃあどうしろってんだよ。
あそこでチーフを一発分殴ればよかったってのか?」
「そこまでしろとは言わないぴょろが、少なくとも文句の一つや二つ言ってやるべきだったぴょろ!
いや、今からでも遅くないぴょろ。
お頭に直接会いに言って、いつものように思いっきり言ってやるぴょろよ!」
「・・・・・・・」
視線を下げるカイに、ピョロはそのままの勢いで言う。
「そうすればお頭も反省して、カイを今度こそ正式にクルー入りをしてくれるかもしれな――」
「・・・・悪いけど」
顔をあげて、カイはピョロを脇に退かせて言う。
「俺はもう海賊のクルーになるつもりはねえ。未練もない。
あいつらの仲間にはならない」
一言も躊躇わず、カイははっきりと言い切った。
事実を知る前に、自らが決断しての行為。
真面目な顔をしているカイに、ピョロはそのまま隣に浮かんで顔を覗き込む。
「・・・もう、女達に嫌気がさしたんだぴょろか?」
「あん?」
立ち止まってカイはピョロを横目で見ると、ピョロはうんうんと頷きながら続ける。
「何も言わなくていいぴょろ。
考えてみれば、あれだけ嫌がらせをされたんだぴょろね。
カイが愛想を尽きるのは当然だぴょろね」
ピョロはどこか納得したようにそう言って、今度は笑顔を見せる。
今まで怒っていたのが嘘のように、その表情は晴れやかだった。
「あんな恩知らずな女達のことは忘れて、新しい人生を送るつもりぴょろね?
それなら確かに文句を言う必要ははないぴょろ」
ピョロの言葉を耳にし、カイはふうっと溜息を吐いて上を見上げる。
代わり映えのしない通路の天井。
元々は海賊の船だった区域を今、男の自分が歩いている――
(恩知らず、か・・・・)
「・・・い、今何て仰いましたか?」
青ざめていた顔を上げて、茫然自失といった表情で尋ねるキッチンチーフ。
「少しでも悪いと思っているなら、ポスター貼る許可をくれって言ったんだ。
一枚でいいからさ、な?」
明るい笑みを浮かべて、カイはそのまま両手を広げる。
途端一枚の大きなポスターがチーフの前に広げられ、チーフは目を白黒させた。
「じゃーん!これぞ新しく始めた俺の仕事。
名づけて・・・・名づけて・・・・・え〜と・・・・・・
な、『何でも屋』だ!」
かなり間を空けて、それでも堂々とカイは胸を張って紹介した。
いきなりな事に言葉も出来ないチーフに代わって、その隣に座っていたピョロが半眼になる。
「センスのない名前だぴょろ」
「うるせえ!分かり易い名前なのが一番だろうが!」
「どうせ、今考えた名前だぴょろ?」
「貴様、何故それを・・・・」
「ばればれだぴょろ。馬鹿だぴょろ」
「馬鹿!?てめえ、今馬鹿って言ったか!」
「馬鹿に馬鹿といって何が悪いぴょろ!」
「てめえ・・・・馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞ!」
「子供みたいな事を言うなぴょろ!」
「ガラクタよりはましだ!」
「あーーー!?ガラクタって言ったぴょろね!」
「ちょっと待ってください!!!」
『!?』
掴み合いに発展しそうな二人に、怒鳴り声が飛び込んでくる。
互いの身体をしっかり掴み合っている二人が横目で見ると、チーフがはあはあと息を切らせて立っている。
「ど、どうしたんだよ?
ポスターだったら、別に目立つ所じゃなくてもいいぞ。入り口にでも貼ってくれればそれで・・・」
「思いっきり目立つぴょろ」
「そうではありません!」
バンっと激しい音を立てて、チーフはテーブルを叩いて言う。
「・・・どうして怒らないんですか?」
「え?」
目をぱちくりさせるカイに、チーフは激しい剣幕で詰め寄る。
「今の話を聞きましたでしょう!?私は・・・貴方を・・・・」
「だーかーらー、許して欲しいならこのポスターを―――」
「はぐらかさないで下さい!」
頭に血が上っているのか、チーフは涙腺が緩み顔を歪める。
「貴方は・・・・どうしてそんなに・・・・・」
テーブルにぽた、ぽたと断続的に落ちる雫。
カイもピョロも黙り込んだままでいる内にも、チーフの言葉は続く。
「ここまでされて・・・・どうして・・・・怒らないんですか・・・?」
染み入るように、チーフの途切れ途切れの言葉はトラペザ内に消えていく。
カイはポスターを力なく握り締めたまま、視線を逸らす。
気まずい沈黙がしばしの間流れ、そして、
「――――・・・・・・」
「・・・イ?カイ!聞いているぴょろか?」
「おっと、悪い。ぼけっとしてた」
はっとしてカイが視線を戻すと、ピョロは疑わしそうに聞いてくる。
「やっぱり気にしているぴょろか?」
「何がだよ?」
訝しげな顔をしてたずね返すカイに、ピョロは冷静に答えた。
「チーフの話ぴょろ」
「・・・・・・・別に」
気にはしていない、それは本当だった。
クルー入りを拒んだ自分だ。
今更真実を聞かされても、もう一度出した結論は変えるつもりもない。
もう終わってしまった事なのだ、もう。
ちゃんと考えた上で、マグノ海賊団の仲間入りする事を辞める道を選んだのだから。
「何だったら、ピョロがビシッ!と言ってやるぴょろよ」
「やめとけ。俺はチーフもばあさんも恨んじゃいねえよ」
カイは一呼吸置いて、言葉を続ける。
「ばあさんが俺をいくら利用しようと、チーフが俺にどういう事をしようと、もう全部終わった事だ。
これからは俺は俺でやっていく。それでいいだろうが」
「カイ・・・・」
ピョロが瞳を潤ませていると、カイは穏かに微笑んでピョロの頭に手を置く。
「変な言い方だが・・・怒ってくれてありがとよ」
「・・・・・・・」
大人でもなかなか言えない純粋な感謝の言葉。
何の打算もなく投げかけてくれたカイを、ピョロは無言で見つめる。
ありがとう――
カイのこの言葉とこの表情を、ピョロはどこかに刻まれたような感覚を覚える。
メモリー容量ではなく、別の何処か。
ピョロは自分でも分からないその部分に気づき、不思議な昂揚感が浮き出て来るのに戸惑いを感じた。
言葉に出来ないもどかしさに声も出せずにいるピョロにもう目もくれず、カイは歩き始めた。
「さあ!暗い話はこれまでにして、やる事やっちまうぞ。
今日一日で全部回りきらないと、俺は明日も飯が食えなくなるからな」
それだけは勘弁してほしいとばかりに、カイはげんなりとした顔をする。
何しろ今日で三日目に至る強制的な絶食。
これで明日も食べられないとなれば、精神的なストレスにも発展する場合もある。
女の食べ物を気に入っているカイとしては、憂慮しなければいけない事態だ。
明るく話題転換しようとしている事に敏感に気づき、ピョロも明るい表情を取り戻す。
「しょうがないから、最後まで付き合ってやるぴょろ。次はどこに行くぴょろか?」
「お前はちっとは主人に対する・・・ま、いいや。
次はそうだな・・・ブリッジにでも行くか。クマちゃん達やおふくろさんにもちゃんと話しておきたいし」
「了解ぴょろ」
二人はそのまま通路内を右往左往して目的地へと向かう。
そのまま歩く事数十分――
雑談を交えてブリッジへと向かう二人の前に、大柄な影が目の前を遮った。
「おや?カイにピョロじゃないか」
「ん?
なんだ、ガスコーニュか」
「何だとはまた随分な挨拶じゃないか」
通路の真ん中で対面するカイとガスコーニュ。
言葉こそ気分を害したように聞こえるが、ガスコーニュの表情は緩んでいた。
「俺は今仕事で忙しいんだ。お前の相手をしている暇はねえの」
「仕事って言ったってただの挨拶回りだろう?」
ドレードマークの長楊枝を揺らしてガスコ−ニュが言うと、カイは分かってないとばかりに人差し指を揺らす。
「ちっちっち、この活動には俺の未来がかかっているんだぞ。
俺の今後を明るくする為にも、客さんは大事にせんとな」
したり顔で言うカイを、ガスコーニュは面白そうに笑った。
「クルー入りを拒否したって聞いた時も驚いたけど、すぐ様新しい商売に手を出すとも思わなかったよ。
お前さんがうちに来た時はびっくりしたもんさ」
カイが今日一日かけて行っている宣伝活動は、当然レジシステムも含まれている。
キッチンチーフに出会う前に既にレジへと向かい、店長のガスコーニュには話は通していた。
今までの経緯から今後の事。
カイから全てを聞き終えて、ガスコーニュはポスターを貼るのを許可し、仕事を回す事も約束してくれた数少ない理解者となった。
「もうあらかた回り終えたのかい?」
「大体は、な。今からブリッジに向かう所だ。
アマローネ達やばあさんとかにも宣伝しとかんといけないからな」
そのまま話は終わりとばかりに、カイはガスコーニュに手を上げてそのまま横を通り過ぎようとする。
ガスコーニュ当人はと言うと、横脇を通り過ぎようとするカイに目を向けた。
「カイ!」
「あんだよ?」
足を止めるカイをガスコーニュはしばし見つめ、口を開いた。
「・・・・頑張るね、あんた・・・」
「働かんと食っていけないからな」
「そうじゃないよ。アタシが言いたいのは―――」
ガスコーニュの言葉はそこで遮られた。
ヴィィィィーーーーーン!ヴィィィーーーーーン!!
突如けたたましくなるサイレン。
天井の照明を遮断するかのように赤色灯が点滅し、通路内を赤く染める。
不吉な音色を船内全域で奏でるこの意味を、カイは最早知らぬ筈がなかった。
「くっそう、まだ全部回ってないってのに・・・・」
露骨に舌打ちして、ポスターを握り締める。
敵の襲来――
穏やかだった日常を打ち破るかのように、サイレンは激しさを増して鳴り響き続ける。
カイは持っていたポスターをピョロに押し付けた。
「お前、これ持ってとりあえずガスコーニュと一緒にレジに行け!」
「え・・・・ええええっ!?いきなり言われても困るぴょろ」
突然の事態に動揺するピョロをそのままに、カイはガスコーニュに振り向く。
「ガスコーニュ、忙しいだろうけどこいつ頼む。
戦いが終わったら迎えにいくから、それまで預かってくれ。
こき使うのは全然いいから」
「よくないぴょろよ〜〜〜〜!!」
「んじゃあ後はよろしく!」
ピョロの必死の訴えを無視して、カイは通路を走り始める。
敵の規模や強さは分からないが、急ぐに越した事はない。
急いで戦いに馳せ参じようとするカイに、背後から声がかかった。
「待ちな、カイ!」
ハスキーな女性の声に、カイは表情を険しくして振り向いた。
「何だよ!俺は急いでいるんだ、早く言え!」
「まさかとは思うけど・・・・自分の愛機でいくつもりじゃないだろうね?」
怪訝な顔をして尋ねてくるガスコーニュを、同じく怪訝な顔でカイは答えた。
「他にどうやって戦えっつうんだよ!
俺の相棒で懲りない馬鹿共をひねってやるに決まっているだろうが」
戦う前から敗北を感じさせない堂々とした口ぶり。
敵の規模も強さも把握していないのにも関わらずここまで言えるのは、ある意味大したものかもしれない。
が――
「・・・やっぱり分かってなかったか」
「俺が何を分かってないってんだよ!」
馬鹿にしたようなガスコーニュの物言いに、カイは睨み付けて挑む。
ガスコーニュはカイのそんな怒りにも怯える事はなく、腕を組んで平然と口にする。
「お前さん・・・私とパルフェに何を頼んだのか忘れたわけじゃないだろうね?」
「パルフェとお前にだぁ?
・・・・・・・・・・・あ!?」
ガスコーニュの言い分に心当たりがあるのか、カイは口元を押さえてしまったという顔をする。
カイが半ば悟ったのを感じ、そのまま頷いて話した。
「今新型兵器の開発完成段階で、あんたのヴァンガードは分析をしている最中さ。
パルフェが一度ばらしたみたいだから、今日はとてもじゃないけど無理だね」
カイが立案した新型兵器『ホフヌング』。
ガスコーニュとパルフェに開発を頼んだ時、カイは必要なら自分の蛮型も調べてくれてかまわないと約束した。
当然の話で、新しい蛮型の兵器である以上素体を調べなければ装着すら出来ない。
カイもその辺は理解はしていたが、まさか今日行われているとは思わなかった。
「何で今日、こんな時に限って・・・・」
「アタシもまさか今日来るとは思わなかったよ」
申し訳ないとばかりに、ガスコーニュは沈痛な表情をする。
ガスコーニュのそんな痛ましい顔を見て、カイは苛々した気持ちを抑える。
頼んだのは自分である以上、責めても仕方がない。
それよりも、今は自分の大切な相棒がいないこの状態でどうやって戦うか?
悩むカイだったが――
「・・・・別に行かなくてもいいぴょろ」
「な、何言って・・・」
一瞬ふざけているのかと思ったが、ピョロの顔は真剣そのものだった。
「もうこれ以上戦ってもしょうがないぴょろ。
今まで一生懸命に戦ったカイに、あいつらが何をしたか忘れたぴょろか!」
「・・・・・・・」
ピョロの叫びは止まらない。
「カイが必死になる必要はないぴょろ。
危険な事はいつもカイに押し付けるのに、この船の女達は何の恩も感じてなかったんだぴょろよ!」
「・・・・・・・・」
戦う理由がない――
戦える武器もない―――
サイレンがやかましく鳴り響く中を、カイはただ沈黙して立っていた。
<続く>
--------------------------------------------------------------------------------