VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 7 -Confidential relation-
Action7 −支給−
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ニル・ヴァーナ誕生以前、すなわち融合する前のイカヅチ旧艦区にはそもそもエレベーターはなかった。
広大な規模を誇る母船イカヅチではあるが、内装は軍備に特化した設計と植民船時代の名残が強く残されている為である。
増設された新しい設備と腐りきった古き設備との不具合が歪みを生じ、船員に不親切な設備となっていた。
特に高低の差が低い外見のために、エレベーターそのものを設立する意味も少ない。
利用価値の少ない設備を創設する意味がないと判断したタラ−ク上層部は、結局軍装を最優先とした。
やがて船が完成して出立した矢先にマグノ海賊団襲来、そしてペークシスの暴走である。
言ってみれば、ニル・ヴァーナ艦内に設置されたこのエレベーターは二つの船を繋ぐ掛け橋となっていると言ってもいい。
そんな由来のあるエレベーター前にて、カイはひたすら困り果てていた。
新設置されたセキュリティシステム。
登録にない不振人物をシャットアウトするべく、エレベーターは非常音声にて先程から訴えかけ続けている。
何度も無視してエレベーターへと乗り込んだカイだが、セキュリティが万全なのかエレベーターはピクリとも動かない。
セキュリティの認識をクリアー出来る者でなければ、機能そのものが稼動もしない設備となっているようだ。
「何で俺だけが刎ねられるんだ!?」
ドゥエロとバートがエレベーター内に入っても何事もないままなのに、カイが入った途端セキュリティが作動してしまう。
原因は既に分かっているのだが、不満を口に出さずにはいられないカイであった。
エレベーター前で地団太を踏んでいるカイに、バートは投げやりな態度で言葉を口に出す。
「もう諦めろよ。エレベーターは使用出来ないんだって」
「何でだよ!」
「だ〜か〜ら〜、お前にはその権限がないの。
セキュリティ登録者の認証が必要だって言ってるじゃないか」
「うぐぐ・・・・」
カイのセキュリティ認証レベルは0。
与えられた権限内での行動を抑制する防衛システムこそがセキュリティであり、権限なき者にセキュリティは容赦のない壁となる。
エレベーターを使用するのは最低でもレベル1が必要となる。
つまり、0でしかないカイには突破は絶対に不可能なのだ。
「納得いかーーーーん!
大体だな、昨日の夜まではちゃんと俺でも使えてたんだぞ!
どうして朝になった途端に使えなくなる事があるんだ!?」
昨晩目が覚めてしまったカイは暇に任せて、マグノ海賊団の女性クルーの個室が並ぶエリアへの進入を試みた。
その際にエレベーターを使用したのだが、その時は確かに気ままに使えていたのである。
突然の変化に憤りを隠せないカイだったが、その疑問にドゥエロが答えた。
「我々にクルーとしての権限が与えられたのは早朝だ。
時間にして数時間前。
優秀な人材が揃っている海賊達には造作もない仕事だろう」
「あ・い・つ・ら〜〜〜〜!!」
クルー達一人一人の顔を思い浮かべて、カイは歯軋りする。
想像の中でしか過ぎないが、脳裏で女達が薄ら笑いを浮かべているようにカイは見えた。
「そういう訳だから、君はもう諦めて監房で静かにしていた方がいいだろう。
僕達は悠々と下に降りるから。ね、ドゥエロ君?」
「昨晩の一件もある。
女達の気まぐれに期待するしかないな」
揶揄するようなバートの声に、言葉少ない励ましでドゥエロはカイに言葉を重ねる。
ドゥエロの気持ちはありがたいものの、カイはそれでも納得できなかった。
「俺だけ留守番かよ!?大体飯はどうするんだよ!
俺に飢え死にしろって言うのか!!」
食事が取れる施設のある場所は、カフェテリア「トラベザ」のみである。
当然ながら「トラベザ」は元海賊母船側、つまりはエレベーター階下にしか存在しない。
朝食を取るには、結局下の階まで降りないといけないのだ。
「僕の部屋に特性ペレットがある。
ガルサス食品の人気の品なんだけど、余ってるから別に食べていいぞ」
自分の祖父が設立した会社であるガルサス食品の開発したペレットを、バートがよくおやつ代わりに口にしている。
色とりどりのカラフルなペレットなのだが、カイは思い出しただけで口の中に苦味が走った。
「今更ペレットなんぞ食えるか!人間の食うもんじゃねえ、あんなもん!」
タラークでの食事の基本はペレットである。
栄養満点でエネルギー価の高い食品であり、男社会で唯一の貴重な食品だった。
一粒口にするだけでも一日の栄養供給がされるという優れものだが、欠点として味の酷さになった。
味は一応幾つかに分類はされているのだが、どのペレットも酷く味が悪い。
それでもタラークでは毎日食事として取っている為に、カイもタラークを出るまでは当然のように食べていた。
だが、今は違う。
メジェールの食文化に触れて、幾度か御馳走になった温かい手料理を食べてからというもの、最早ペレットは口にも出来なくなっていた。
カイにとってペレットは栄養剤くらいの認識でしかなくなっていたのだ。
「ペレットを嫌がるのかよ。タラークじゃずっと食べてたんじゃないか。
しかも、僕の所の新製品だぞ!」
「嫌だっての!ペレットなんぞもう二度と口にはしねえ!!」
「あのな・・・・」
贅沢言っている場合じゃないだろう!と言いかけて、バートはふと口を閉ざす。
忙しなく視線を動かしてあれこれ考える素振りを見せて、やがて笑いを噛締めるような表情を浮かべた。
「ペレットを食べないね・・・・本当かなぁ〜?」
「何だてめえ。疑ってんのか?」
カイはむっとして睨むが、バートは飄々とした態度のままで返答した。
「本当に本当だな?絶対に食べないんだな?」
「男に二言はねえ!一度でも口にした事は必ず守るぜ」
「待て、カイ。それは・・・・」
堂々と宣言するカイに何か気づいた様子でドゥエロが口を出そうとするが、バートが素早く阻む。
両者の間に入って、カイの眼をじっと見つめながら言った。
「よし、約束だぞ。お前は今日から二度とペレットは口にしない」
「おうよ、上等だ。お前のところのペレットとも縁を切るぜ」
何の躊躇いもなく言い切ったカイに、バートは満足げな顔で頷いた。
真剣そうにしようとしているようだが滲み出る感情は抑えられないのか、笑顔をかみ殺したような複雑な雰囲気が出ている。
なし崩しのまま交わされた約束事に、カイは特に何も考えずに平然としていた。
そこへ、バートがドゥエロを見上げて言った。
「さて、それじゃあそろそろ行こうか、ドゥエロ君。
朝ご飯を食べにいかないと」
「あ、ああ・・・・」
ドゥエロはカイを見て躊躇う素振りを見せるが、直後エレベーターの扉が無情にも閉まり始める。
扉の外にいるカイは慌てて手を出して、閉まりきるのを遮った。
「こらこら、ちょっと待て!」
「何だよ、もう・・・・」
渋々「開」ボタンを押して扉をバートが広げると、カイが二人の傍に駆け寄った。
「俺はどうするんだ、俺は!」
「降りられないんじゃ仕方がないだろう?大人しく留守番でもしてなさ〜い。
僕達二人は女の料理を食べるから」
あっさりと見捨てようとしているバートに、こめかみに青筋を立てるカイ。
二人の様子を黙ってみていたドゥエロは黙っていられなくなったのか、静かに口を開いた。
「・・・このエレベーターに固執する事はないだろう」
「え?」
ドゥエロの言葉の意味が分からずにカイは眉を潜めるが、ドゥエロは淡々と続きを述べる。
「下へ降りる手段は、エレベーターだけではないという事だ。
この船が迷走していた時に繋げられた非常階段がある」
「非常階段?ああ、あれか・・・・」
カイは思い出したようにドゥエロに同意する。
ペークシスが暴走して二つの船が一体化した当時、システムの大部分が停止して一時はパニックになった事があった。
船は勝手に進み、ペークシスの侵食で大部分の機能が停止し、ドレッドチームの船すらまともに動かなかった。
幸いその時は被害に合わずにすんだカイの奮戦と、ドゥエロとパルフェによるシステム復旧作業で事なきを得た。
コンピューターに頼りきりにしていた事へのしっぺ返し、皆が反省すべき点だった。
機械が不備になった怖さを知ったマグノ達は、上下を行き来する為に非常用の階段を取り付けたのである。
それが非常階段だった。
カイはそこまで知った上で提案したドゥエロに恐る恐る尋ねる。
「でもよ、あれって確か・・・・」
「ああ、ここから反対に沿った通路の奥の奥にある」
「簡単に言うなよ!?この船がどれだけでかいと思ってるんだ!?」
戦艦ニル・ヴァーナ、タラーク軍母船と海賊船が融合した巨大な船である。
メインブリッジに近いエレベーターから非常階段までとなれば、船の端から端までとほぼ変わりはない。
広大な船の中を端から端まで行き来しなければいけないと思うと頭が痛くなった。
「他に手はないのならそうするしかない。私も強制はしない」
そこまで言って、ドゥエロはそのまま口を閉ざした。
強硬に降りようとさえ考えなければ、無理に苦労する事はない。
精神的圧力のかかる選択肢でもないがゆえに、ドゥエロはカイの決断に任せた。
「あー、悩んでても仕方がねえ!お前ら、先に行ってろ!!」
そのまま振り向いて走り始めたカイを、ドゥエロは小さく笑って見送った。
傍らのバートはと言うとカイがそうするとは思わなかったのか、その背中に声を送った。
「お、おい、待ってろって・・・・・・」
「階段で行くしかないだろうが!
畜生、何で朝からこんな運動しなければいけないんだよ!」
悪態を吐きながらも、カイは見る見る内に通路の奥へと遠ざかっていった。
二人はカイの姿が彼方と消えるまで見送って、互いに顔を合わせた。
「・・・頑張るね、あいつは」
女に認められたいという気持ちはバートにも芽生えている。
が、それにしてもバートはカイがあれほど頑張れる意図が掴めない。
カイは女に認められようと頑張っている様には見えないからだ。
女が好きか嫌いかと聞いたら、カイがどう答えるかも分からない。
普段の行動を見ていれば一目瞭然だが、どう見ても女に好かれようとして行動しているようには見えなかった。
複雑な心中を抱えるバートに、ドゥエロは自分なりの見解を口にする。
「カイは困難があればある程乗り越えようと懸命になる男だ。
あのような姿勢は見習わなければな」
感心しているような口調に、バートは目を見張った。
「見習う!?君が!?」
ドゥエロ=マクファイルと言えば、士官候補生はおろか第三世代でもトップに位置する優秀者である。
身分も能力も何の問題もない天才が三等民でしかないカイに敬意を表している様子なのが、バートには驚きだった。
ドゥエロは含み笑いを浮かべたままエレベーターに乗り込み、何かに気づいたように一瞬顔を上げる。
「・・・そういえば、カイに伝えるのを忘れていたな・・・」
「へ?何が?」
下の階のボタンを押してエレベーターを作動させた後、バートは尋ねる。
ドゥエロは難しい顔をしながら、ぽつりと言葉を出す。
「・・・・あの非常階段は有に1000段以上ある」
エレベーター内に階下を滑る音のみが響く。
「・・・・・ど、ドゥエロ君・・・・」
「・・・健闘を祈るしかない」
二人の乾いた声を最後に、無音となったエレベーターは素晴らしい速度で下降して行った。
ニル・ヴァーナの全長は三kmを超える。
ペークシスにおける未知的な力によって、拡大も縮小もされないままに二つの船は融合した賜物である。
外見上の縦幅・横幅には船として機能する上で大きさに差こそあるが、それでも母艦クラスを遥かに凌駕している事には変わりはない。
横幅がキロ単位なのだとすれば、縦幅とてキロ単位であるのは自明の理なのだ。
そんな二つの船の区画を階段で繋げるとするならば、自ずとその段数は想像できよう。
「・・・て、てめえ・・・・っはあ・・ぜい・・・・
そ、そういうことは・・・ぜい・・・早く・・・言えっての・・・」
「何も走って来る事はなかったのに」
全身汗ぐっしょりで完全に息切れしているカイを見下ろして、バートは呆れた様な口調で言う。
互いに分かれてそれぞれの経路でカフェテリア前へと辿り着いた三人だが、カイは完全にグロッキーだった。
体力は消耗し尽くしており、呼吸も荒い。
数キロに渡っての階段下りと通路間の往復を行って、肺が酸素を求めている。
息も絶え絶えなのだが、それでも悪態をつく事が出来る所がカイのカイたる所以だった。
「はあ・・・はあ・・・な、何だあの階段の数は・・・
ぜい・・・ふう・・・い、嫌がらせに近いぞ・・あれは・・・」
「船の大きさを考慮すれば、むしろ当然だろう」
少し不憫に思いながらも、客観的な物言いでカイに話し掛けるドゥエロ。
カイは少し目つきをきつくして睨むが、反論しても無駄だと気づいてそのまま床に座り込む。
通路の冷たい金属の感触が火照った太ももに気持ちがよく、空調の利いた通路内でじっとしているだけでも落ち着いた。
「にしても、さすがに通路とかにはセキュリティはないみたいだな」
汗に濡れたシャツの胸元に風を送りつつも、カイは独り言のように呟いた。
「ここに来る途中でどこかで引っかかったりとはしなかったのか?」
「全然。
あいつらの事だからエリアに入った時点で大騒ぎになるかもとは思ってたんだがな・・・」
意外そうに聞くバートに、カイはこれまた意外そうに答えた。
昨晩の失敗を踏まえてカイは長い階段を降りきった後、通路内を走りながら警戒はしていたのだ。
事実、途中通りがかる際に仕事場へと向かうクルー達の何人かとはすれ違った。
昨日の今日なので叫ばれるなり何なりされるかと警戒したが、思っていたよりも何も反応はなかった。
顔見知りであれば驚いたような顔をされ、顔を合わせない者なら眉を潜められる程度である。
今までの冷遇や冷たい態度をされてきたカイにしてみれば、過剰なセキュリティが何だったのか途惑ってしまう程だった。
「ふむ・・・・ともかく何事もなければ、それに越した事はないだろう。
セキュリティ0とは言え、通路も歩けないようではクルーとしての意味はない」
「それもそうだな。ばあさんもそこまで鬼じゃないか」
エレベーターでの不機嫌も何のその、カイは疲れも忘れた顔で溌剌に笑った。
「二人とも、早く中に入ろうよ。
中はかなり混み合ってるみたいなんだ」
バートがカフェテリアの中の様子を見ながら、カイとドゥエロに呼びかける。
バートの誘いにはっとして、カイは勢いよく立ち上がった。
「お、そうだ!飯、飯。
余計なセキュリティのお陰でめちゃめちゃ腹が減ったからな。
しっかり栄養取らないとな」
今にも涎を垂らしそうな顔をして、カイは腹をさすりながら目を輝かせる。
二人も二人で、それぞれにこれから入るカフェテリアに思いをはせていた。
「女の食べ物を実際に口にするのは、私は初めてだ」
「は、はは・・・・・僕は一回だけ食べたことがあるよ・・・」
冷静な表情に好奇心を、げんなりとした表情に苦味を、二人は浮かべていた。
カイはそんな二人の発言に、へえと驚いた顔をする。
「ドゥエロは食べた事はなかったっけ?」
「ああ。君が食べている姿を見た事があるだけだ。
タラークでの教えでは女は男の肝を食うとの話だが・・・・」
「あんなの嘘嘘。食べた事がないなら、俺が美味そうなメニューを選んでやるよ。
もうペレットなんて食えなくなるぜ」
タラークの常識をあっさり否定するカイを見て、ドゥエロは口元を緩めた。
「・・・よろしく頼む」
「バートも選んでやろうか?って、お前は食べた事があるっていってたな。
誰に食わせてもらったんだ?」
女の食べ物を口に出来るのはカフェテリアで食べるか、誰かに作ってもらうかの二つのみ。
以前のカイ達はクルーとしての待遇ではなかったので前者はありえず、必然的に誰かに作って持ってきてもらうしかない。
バートに料理を作ってくれる女がいたというだけで、カイには驚愕の事実だった。
ドゥエロも平然とした顔をしているが、瞳には好奇心の色が輝いている。
「え!?あ、え〜と・・・
そ、そんな事よりも早く中に入って女の料理を食べようじゃないか、二人とも!」
以前こっそりバーネットの作る料理を食べようとして、バートは辛みで舌を腫上がらせた事がある。
原因としてはこっそり食べたバートが悪いのだが、その事件はバートにとって忘れられない苦い思い出となっていた。
詰め寄ってくる二人に事情を話す訳にも行かず、バートは慌てて口を抑えて中へと入っていく。
「おいおい、逃げるなよバート。男らしく白状しろって!」
にやにや笑いながらバートを追いかけて、カイがカフェテリア内に続いて入ると、
ピーーーーーーーーーーーーーー!
「はーい、ストップ!」
「そこで止まって下さい」
「チ、チーフ?それに黒髪・・・・・・」
カイが踏み入れたカフェテリア内。
そこにはキッチンスタッフチーフを勤める女性と、笛を片手にしているエプロン姿のバーネットが厳しい表情で立っていた。
<続く>
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