とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 四十九話
運転手さんは夜の一族が手配した人間とあって、何事にも口を挟まずに俺達を無事隔離施設へ運転してくれた。
尾行していた車を捕まえられたからといって安心せず、安全なルートを選んで車を走らせる。緊急事態を想定して、運転ルートは何通りも事前に用意しているらしい。
妹さんも警備チームと連携して安全確認をしてくれたが、その後新たに尾行がつく様子はなかった。おかげで何事もなく施設へ戻ることが出来た。
お疲れ様でした、と妹さんは護衛の立場で一礼する。
「剣士さん、フィアッセさんへの報告はどうしますか」
「うーん」
フィアッセを親父さんに預けてホテルへ出た俺達の車に、尾行がついてきた。まず偶然ではないだろう、あり得ない。
フィアッセの親父さんが滞在するホテルに、マフィアが網を張っている。俺はその網にかかって尾行がついてしまったのだ。
この事からマフィアが親父さんを狙っているのは間違いなく、居場所まで突き止められている。少なくとも良い状況ではないのは確かだ。
ただ脅迫状の一件から既にクリステラ一家が狙われているのは明らかであり、だからこそ親父さんはセキュリティ会社に依頼してプロの護衛をつけている。
「情報共有はしておくべきだとは思うが、フィアッセが心配しそうだからな」
「別れを告げてホテルを出た途端尾行がついたからですね」
「俺の身が危ないとかいって、やっぱり一緒にいるとか言いそうだから怖い」
親父さんの滞在先は極秘のはずだが、日本への来日自体はニュースにもなっていたからな。ホテルが突き止められていることは親父さんも分かっているだろう。
だからエリスというプロの護衛がついていた。彼女一人で遠い日本へ来るとは思えないので、個人ではなくセキュリティ会社として警備についているはずだ。
あいつが一緒だからといって別に事態が好転するわけでもなんでもないのだが、誘拐事件が起きた後なだけに俺が尾行されていることを知れば心配にもなるだろう。
少し考えて、妹さんに言付ける。
「ホテルにマフィアが網が張っていることを伝えてくれ。その情報だけでも親父さんやエリスには事情が伝わるだろう」
「なるほど、承知いたしました」
フィアッセは言葉のまんま受け取るだろうけど、親父さん達は俺がホテルを出た直後の報告だから裏を読み解けるはずだ。
多分もう対策済みだとは思うが、連中の動きをお互いに把握して共有するのは悪いことではない。
知っているだろうから伝えないではなく、知っているだろうけど伝えていくという姿勢が大事だ。そういうところからも人間関係の進展を図れる。
他人との交流を進んでやりたい心情ではないが、事件性がある以上協力関係を築いておくに越したことはない。
「警備チームを通じて連絡されるように手配できました。それと報告が」
「うん……?」
「捕まえた運転手を尋問しましたが、何も知りませんでした。尾行するように金を掴ませたようです。
運転手は日本人でしたので、現地で雇われたのだと推測されます」
車を捕まえるように言ったのは駄目元だったのだが、棚からぼた餅とまではいかなかったようだ。これで組織の尻尾を捕まえれば儲けものだったのだが。
案外、マフィア側も尾行は駄目元だったのかもしれない。足取りを追えるとは最初から思っておらず、思いがけず俺を見つけて追わせてみた。
尾行の手段は慣れた感じだったので組織の一員かもしれないと若干の期待はあったのだが、あっさり捕まった事からも実力者ではなかったようだ。
警備チームは引き続き尋問は行うようだが、拷問などは出来ない為、何か掴むのは難しいとのことだった。残念である。
「しかし尾行までされるとあれば、まだ当分人前においそれと顔は出せないな」
「剣士さんの日常は私達が守りますのでご心配なくお過ごしください」
通常裏社会では有名なマフィアを怒らせたとあれば、気が気でない状況の筈だがこうして平然と過ごせている。
夜の一族や妹さん達がカバーしてくれているからであって、平和に見えた戦場なのである。たまに忘れそうになるが。
そして現在俺一人ではなく、フィアッセ達HGS患者が狙われている。マフィアの戦力図は確実に削られてはいるが、まだ俺達は脅かされている。
俺はいざとなればどうとでもなるが、フィアッセ達はなんとかしなければならない。
「おかえりなさい、良介さん。リスティは良介さんのおかげで安心したのか、さざなみ寮へ帰りました」
「そうか。こっちもフィアッセはしばらく親父さんの所へ帰ることになった」
隔離施設へ戻ると、フィリスが出迎えてくれた。何故かいつもの白衣姿に着替えている。
シェリーは事情聴取と、夜の一族からの配慮でニューヨーク消防局や市警への連絡や手続きを行っているとのことだった。
社会的立場があると行方不明のままではいられない。その点立場のないシルバーレイはのんきなもので、今はクローン体の検査を受けているとのことだった。
フィリスと二人きりになるのは久しぶりだが、特に意識するようなことではない。
「本国への帰郷ではなさそうですね」
「それは何故かあいつが嫌がるから、俺が妥協案を出した」
「ふふふ、フィアッセも良介さんが相手だとわがままを言うんですね。
良介さんはおわかりかと思いますが、フィアッセは常に他人を立てる優しい女性で、高町桃子さんからも頼られる喫茶店のチーフなんです。
そんな彼女が良介さんには甘えられるというのは、こういう状況では本当に心強いと思います」
すっかり恋愛ボケしているが、フィアッセは本来他人を気遣える人間だというのは分かっている。
考えてみれば出会った当初、高町家へ居候することになって初めて知り合ったが、浮浪者同然の俺にもあいつは優しく声をかけてくれた。
今にして思うと身元不明の怪しい男でしかないはずだが、あいつは桃子の好意に誘われて家に居座っていた俺に一度も不審な目を向けたりはしなかった。
お世辞にも愛想の良い人間ではなかった俺にも、色々気遣ってくれたんだとは思う。同年代の男が家にいるなんて嫌なはずなのに。
「組織がHGS患者を狙っているのであれば、これからもまだ脅かされるでしょう。良介さんには申し訳ないですが、どうかフィアッセの事を守ってあげて下さい」
「相変わらず他人――他人ではないにしろ、人のことを優先するんだな。HGS患者となればお前だって狙われる側だぞ」
「私は良介さんに助けていただいたので大丈夫です、ありがとうございました」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、フィリスは嬉しそうに俺を見て微笑んでいる。まだ狙われている最中だってのに。
しかし正直なところ気になってはいたのだが、マフィアに誘拐されたと言うのに、フィリスに不安や恐怖の影はない。
年頃の娘が身の危険にあったとあれば相当なショックだっただろうに、今のところフィリスは元気そうだった。空元気にも見えず、表情は穏やかだった。
杞憂に終わったのは何よりだが、それでも気になる。特に――
「そういえばお前、自分自身のクローンが造られた事も受け入れられているようだな」
「あの子の事を知った時は本当に驚きましたし、私自身の境遇と比較して心も痛めました。
良介さんにも怒られましたけど、あの子の事が心配でマフィアに攫われてしまったのは事実です」
「その点は本当にどうかと思うぞ」
「あはは、すいません。でも今のあの子、シルバーレイを見て素直に受け入れられました。
良介さんと知り合って個性を持ったあの子はもう私のクローンではなく、私の妹のような存在です。
クローンという事実はあれど、一個人として生きている。良介さんもそう思うでしょう」
俺が唆したとはいえ、組織を裏切ると決めてからやりたい放題だったからなあいつ。何考えて生きてんだ。
これからも俺を手伝ってくれるそうだが、俺の支援とかなくても好きに生きていけるような気がする。個性が強すぎる。
案外シルバーレイの存在があって、フィリスも気を奮い立たせることが出来たのかもしれない。
組織の側だったとはいえ、自分のクローンに身近なものを感じられた。そういう存在こそが家族なのだろうか。
「それに落ち込んでなんていられません。私には良介さんを支える義務がありますから!」
「えっ、俺を支える……?」
「そうです。私達を守ってくれた良介さんに負担をかけてばかりではいられません。
私も良介さんの心に寄り添いたいと思っています」
妙に目をキラキラさせて、フィリスは俺の手をギュッと握りしめる。握力なんぞないが、何故か力強く感じられた。
俺は色々な人達に支え守られているから、特に負担には感じていないが、カウンセラーであるフィリスの見方は違うらしい。
俺を献身的に支えるのだという意欲が、小柄な彼女から強い熱として感じられた。
「助けていただいた恩は一生をかけて返しますね、良介さん」
「うん……うん?」
何故だろう。
医者として正しいことを言っているのに、なんか根本的な所で間違えている気がする。
優しい彼女の微笑みがちょっとだけ怖かった。
<続く>
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