とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十七話
「フィリスが行方不明ってどういう事だ!?」
「とりあえず落ち着いて話を――おい、何だこの子達は」
「それよりフィリスのことを教えろ。電話で連絡を受けて急いで駆けつけてきたんだ」
――海鳴大学附属病院。早朝にリスティより電話を受けて、俺達はマンションから急行してきた。
病院前では白衣姿のリスティ・槇原が煙草を吸って俺達を待ち構えていた。その姿を目の当たりにした瞬間、俺は一瞬冷静さを取り戻した。
リスティはヘビースモーカーだったが、俺と諍いがあった後はタバコを吸わなくなっていた。そんな彼女が苛立ちを露わに、煙草を吸っている。
只事ではないのは電話を聞いて理解していたが、当事者が怒りを見せていると逆に冷静になれた。
「病院前でお前と言い争いをしたくない。現場はボクの権限で今鑑定させているから、休憩室にでも行こう。
で、ボクとしては真剣な話をするつもりなんだが、その子供達を同席させる気か」
取り乱す俺を心配して同行してきたディード達を一瞥して、リスティは指摘してくる。反論しようとして言葉を飲み込んだ。
ディード達は歴戦の戦士だと説明したところで説得力に欠けるし、子供達の戦歴がフィリス達への関与を許可される理由にはならない。
信頼というのは積み重ねるものではあり、一朝一夕ではないのだ。少なくともこの場では邪魔だと言われても仕方がなかった。
とはいえディード達を軽視されるのも納得いかないので、折衷案を出した。
「ディード、オットー、妹さんを連れて病院周辺を捜索してくれ。お前達の能力なら手掛かりを見つけられるかもしれない。
ディアーチェは俺の助手としてここに残り、話を聞いてくれ。あくまでリスティとは俺が話すが、気付いた点があれば指摘するように」
「承知した――リスティ殿、有事に乗り込んでしまい迷惑をかける。
私はロード・ディアーチェ、決して邪魔をしないと我が名にかけて誓おう」
「お父様、何かあればすぐ私に連絡してくださいね。必ず言いつけを守ってみせます」
「気を確かに持ってね、ボク達はいつでも力になるから」
「剣士さん、必ずフィリス先生の足取りをつかんでみせます」
言葉を悪くするとお前達は話し合いに参加できないので退席してくれと言われたに等しいのだが、状況を察したディード達は快く頷いた。
俺は勿論リスティも毒気を抜かれた顔をして、行動を開始するディード達を呆けた様子で見送った。この通り聞き分けのいい子達なんだよ。
少しばかり悪い気もしたが、重要な話は関係者のみという指摘はごもっともなので反論しないでおいた。言い争っても仕方がない。
リスティは気まずそうにタバコの火を消して、携帯灰皿に投げ込んだ。
「……あの子達、お前を父親だと言っていたがどういう事なんだ」
「……話をするとひたすらややこしいが、俺が今養っているとだけ言っておこう」
「普通に考えれば養子縁組なんだけど、あの黒髪の子とか短髪の子が、何となくお前に雰囲気が似ているんだけど」
「子は父を見て育つと言うだろう」
「意味合いが違うだろう、バカ。まさかと思うが、その子もお前の子供とか言わないよな」
「リスティ殿は警察関係者と聞くが、流石に見事な観察眼を持っておられる。なにをかくそう、我こそ父の正当な後継者なのだ!」
「……おい。こいつ、道場破りしていた頃のお前とそっくりだぞ」
「嘘だろう!?」
物凄く嬉しそうに俺の子であることを誇るディアーチェを、物凄く呆れた顔で睥睨するリスティ。
フィリス達には一応俺が不在していた頃の話を聞かせたことはあるのだが、聞くのと見るのとでは全く違うという良いお手本であった。
俺だって未だに何でこうなったのか、疑問に思う瞬間がある。たった一年で我が子を名乗るディーチェ達や、俺の遺伝子を継いだディード達が誕生するなんて思わない。
夢でも見ている気分だったが、現実というのはいつだって非情である。
「まあいい、何だか馬鹿馬鹿しくなって逆に冷静になったよ。電話で話した通り、昨晩から今朝にかけてフィリスが行方不明になった」
「まさかフィアッセの脅迫状関連で巻き込まれたのか」
「今行ったとおり昨晩から居なくなってるんで、事件性はまだ見いだせていない。何しろ時間帯的に見れば、まだ一晩しか経過していないからな」
リスティの話は重大に見えて、内容としてはシンプルだった。
フィリスは昨晩病院で夜勤の勤務であり、リスティはその夜私用で電話したらしい。当然フィリスは仕事中だったので、翌日折り返すことになった。
今朝になって再度電話をしたが、電話が通じない。夜勤明けで休んでいるのかと思い、家を訪ねてみたが帰っていなかった。
そして病院に出向いたところ、夜勤明けのフィリスの姿がなかったのである。
「病院に確認したところ夜勤に入っているが、退勤した形跡がない。つまり昨晩から今朝になって連絡が取れなくなっている」
「まさか昨晩病院が襲われたのか」
「それを今鑑定させているんだが、少なくともフィリスの診察室が荒らされた形跡がない。
夜勤をサボって出かけているのだと言われたら、まあ反論できないな。あの真面目なフィリスに限ってあり得ないが」
リスティが説明しながらも舌打ちしている。苛立ちを覚える気持ちはよく分かる。
多分俺やリスティもフィアッセの脅迫状の件さえなければ、フィリスの不在を疑問にこそ思っても今の時点で事件にはしないだろう。
何か理由があって病院を抜け出している可能性のほうがまだ高いからだ。警察側で事件として取り扱われるのは、現時点では不可能だと言っていい。
対処に悩んだフィリスは、脅迫状の事件を知る俺に連絡してきたのである。
「フィアッセにも確認を取りたいんだが、脅迫状の件があるからな……正直今の段階で騒いでしまうと、フィアッセを余計に不安にさせてしまう」
「脅迫の関与を絶対疑うだろうからな……ともあれ、状況はよく分かった。取り乱して悪かったな」
「いや、ボクもお前に八つ当たりしてしまった。ディアーチェと言ったか、お前にも厳しいことを言ってすまなかったな」
「状況は理解しているつもりだ、我々に気を使う必要はない。リスティ殿の心労をお察しする」
「何だ、お前と違って良い子じゃないか」
「俺と比較して評価を高めるなよ!?」
しかし、困ったことになったな。非常に心配ではあるんだけど、今のところ状況はどっちでも取れると言っていい。
誘拐されたのかもしれないし、フィリス本人に理由があって不在にしているのかもしれない。勿論探すけれど、警察を頼るのは今の時点では難しいと言っていい。
捜索願を出そうとしても、昨晩から今朝にかけてとあればまず取り合ってくれないだろう。
事件性を見いだせないのであれば、警察は動いてくれない。
「病院には監視カメラがあるんだろう、昨晩出入りしている人間に不審な点はないのか」
「警備室に取り次いてみたんだけど、まだ大して時間が経過してないからな……病院側は正直渋っている」
「ここの職員だろう、何で非協力的なんだ」
「フィリスから話を聞いているだろう。ここ海鳴大学附属病院には"G号棟"という気密性の高い研究施設がある。
職員の行方不明を大袈裟に騒ぎ立てるのを好ましく思わない。
それでも職員の命が関わっているのならまだしも、まだ一晩しか経過していないんだ」
「なるほど、誘拐だという確執が取れないと無理か……」
「誘拐だと判明した時点でアウトなんだが、こういうのがお前の嫌いなお役所体質っていう奴だね」
「一年前と違うんだ。お前達の仕事を馬鹿にしたりはもうしないよ」
「たしかに今の発言はお前の成長を貶めるものだな、悪かった」
リスティが困ったような微笑みを浮かべて肩を落とす。少なくとも一年前は決して見せなかった態度だ、少なくとも信頼はされているのだろう。
しかしながら、事態は予想外に落ち着いており、だからこそ困ったことになっている。言い方は悪いが、誘拐だとはっきりしてくれたほうが全力で動けた。
少なくとも今の状況では夜の一族を頼っても、動いてはくれるだろうが緊急性を問うのは無理だろう。警察も同様である。
今朝から姿を消した知人とあれば、関係者は個人で探すしかなかった。
"父よ。話が終わった後、我が空を飛んで捜索に取り掛かろう。父は関係者各位を当たってくれ"
"分かった。俺はこのままリスティと行動するよ"
くそっ、自分の子供達を悪く言う気はまったくないが、ディード達の能力は人探しに向いていない。
どの子達も戦闘能力に特化しており、クアットロ達の方がこういった活動に向いていた。
とにかく今は動き出すしかないのだが、どこから探せばいいのか。あいつは本当に無事なのだろうか――
フィリス・矢沢はその日、俺達の前から居なくなった。
<続く>
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