とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第十六話
ウーノに容赦なく通信を切られたが、それ以上の追求はやめておいた。スカリエッティ博士への取次は絶対認めないだろうし、フローリアン夫婦への治療に支障が出ると困る。
この先どうするべきか。フィアッセを今更見捨てるつもりはないのだが、解決の着地点がイマイチ見えてこなかった。身の安全を保証すればいいという問題でもなさそうだからな。
……いや、違うか。まずは身の安全を確保しなければならない。狙われているのは事実なのだ、そこからまず何とかしなければいけないだろう。
"父よ、朝餉の支度が出来た。子供達も帰ってきたので、通信が終わったら食卓へ来てくれ"
ディアーチェが念話で俺に知らせてくる。声をかけたら話し合いの邪魔になると気遣ってくれたのだろう、よく出来た娘である。
朝餉という表現が少し面白かった。ロード・ディアーチェは俺の子供であることを何故か誇っている。俺が日本人であることも、崇め奉っていてくれる。
だからこそ新しき日本での生活を重んじて、日本の表現を用いているのだろう。子供なりの見栄が微笑ましかった。
通信機器を片付けてキッチンへ戻ると、ディアーチェの言う通りディード達が帰っていた。
「おはようございます、お父様」
「博士やウーノと話していたんだね。忙しそうだった?」
「ああ、話は終わったので大丈夫だ。とりあえず食事にしよう」
詳しい作法は教えていないはずだが、ディアーチェ達は揃っていただきますの礼節を見せた。食事の作法も丁寧で、箸の使い方まで心得ている。俺の方が雑かもしれない。
脅迫状の事件で俺が苦労していると思ったのか、ディアーチェが作ってくれた朝食は実に元気が出るメニューだった。
じゃこ納豆に、野菜とベーコンの和風トマトスープ。子供に人気なほうれん草と卵とベーコンのふんわり炒めまで揃っている。見事な出来栄えで、子供達を実に満足させている。
素直に美味しいと告げると、ディアーチェは当然だと胸を張りながらも嬉しそうに頬を染めていた。
「それで昨晩から今朝にかけて、皆と話して何か得られたの?」
「そうだな、食事での会話としてお前達にも聞かせよう」
食卓にいるメンツは俺とディアーチェ、ディードにオットー、アリサに妹さんと、見事なまでに俺と子供達という顔ぶれであった。
脅迫状に関する事件など本来聞かせるべきではない大人の厄介事ではあるが、全員揃って修羅場を潜った強者達であるというのだから恐れ入る。
ちなみに俺の中では、アリサもその位置づけだった。経済でもヒトは殺せるのだ。
フィアッセ達関係者の証言、夜の一族の姫君達の暗躍、ウーノからの科学的見地――そして、何よりもHGSと超能力に関する内容。
説明していて、改めてフィアッセという女性に取り巻く事件の厄介さが見えてくる。
全てを話し合えた頃、ディアーチェが食後のお茶を出してくれた。
「脅迫状と聞いて愉快犯も想定していたが、思っていた以上にフィアッセという女を取り巻く事情が複雑だな。
父が窮地に陥った女性を見捨てる性分ではないことは理解しているが、遺伝子障害の件はどうするつもりなのだ」
「例えばユーリの生命操作能力で、遺伝子治療を望めないだろうか」
「なにをかくそうこの我がシステムU-Dという制御プログラムを用いて、かつてユーリの力の制御を行っていた実績がある。
その点から言わせてもらうと、力の暴走は抑えることは出来るかもしれないが、やはり対処療法になるのではないかと考えている。
本人の性質を変化させられるかもしれないが――事の本質に関わるため、変異してしまう危険性が孕んでいるであろうな」
「カレン達やウーノも遺伝子治療については否定的で、干渉すると本人の性質が変化してしまう事を指摘していた」
フィアッセ・クリステラの病気は高機能性遺伝子障害である限り、完治は決して出来ない。
本人が暴走してしまうとHGSの侵食が深まってしまい、選民思想に取り憑かれた超能力者が誕生してしまう結果となる。
力の暴走は抑えることは出来ても、侵食を止める事自体は難しいとディアーチェは話す。遺伝子の設計図でもない限り、元に戻すことは出来ない。
ユーリの力は強大ではあるが、遺伝子レベルの精密さを求めるのは酷であると告げる。まあ、そうだろうな。この点はあくまで希望的観測でしかなかった。
「変に難しく考えなくても、今の平和な日常を維持できれば超能力は使わずに済むし、フィアッセさんも安定するでしょう。
そもそもこの街には海鳴総合病院という専門機関があるんだし、素直にフィリス先生に任せればいいじゃない。
なんで医者でもないあんたが、治療について頭を悩ませているのよ」
「ぐっ、確かに」
海鳴総合病院は単なる病院ではなく、フィリスのような研究員が所属している専門機関であることをすっかり忘れていた。
治療方法については、それこそHGSのキャリアであるフィリスが積極的に研究しているだろう。その彼女がフィアッセについて警鐘を鳴らしていなかった。
すなわちその意味はアリサの言う通り、今の平和な生活が維持できればフィアッセの精神は安定するのだと意味している。
定期的に検査しているようだし、何かあればフィリスが診てくれるだろう。どうもフローリアン夫婦の事で、治療について自分が何かしなければと身構えてしまっていたかもしれない。
「アリサさんの言う通りだね。ボク達が対処しなければいけないのは目の前の事、フィアッセという女性が狙われている件だよ」
「テロリズムなど許しがたい蛮行、お父様の友人を狙うとは万死に値します。私達の手で粛清しましょう」
相手はチャイニーズマフィアという裏社会の強大な組織であるというのに、ディード達はむしろ気運を高めていた。この子達の教育を間違えてしまっただろうか。
重火器を容赦なく使用する連中ではあるが、この子達なら戦えそうなのが怖い。銃を恐れないのは危険とは思うが、覚悟そのものは固めている。
一人の親としては危険なことに子供達を巻き込むべきではないのは一般常識として理解しているが、彼女達は自分の身は守れる戦士でもある。
この点については悩みどころではあるのだが、一介の剣士としては意思を尊重したいところではあった。
「夜の一族は龍というチャイニーズマフィアの殲滅を図っており、壮大な計画を立てている。その一方で、フィアッセの存在は邪魔だと考えてもいる。
俺への配慮からフィアッセに対して危害を加えることはないだろうが、同時に護衛対象として見ていない。一応配慮してくれているだろうが、あくまで俺への配慮の中にしか含まれていない。
その証拠に、高町の家を出てこのマンションで生活している事も見過ごしている。高町の家は監視対象だと以前言っていたはずだから、多分フィアッセの行動を制限せず野放しにしているんだろう。
チャリティーコンサートが開催されてテロとの抗争が始まった場合、巻き込まれる危険性は大いにある。協力関係は維持するが、あくまで俺達は独自で動くぞ」
「了解だ。なに、そう不安そうにならずともよいぞ父よ。我々がいれば、あらゆる難事に対応できる」
カレン達を信用していない訳ではない。これまで俺に多くの支援をしてくれていたのは事実だし、テロ組織撲滅もサムライとして狙われる俺を守る為でもある。
ただ同時に目的のために手段を選ばないという非情な側面があり、将来的に考えて俺の不利益となると考えれば排除するのも辞さない。
ウーノ本人もフィアッセは見捨てるべきだと忠告していた。彼女は俺のことが嫌いだが、あの忠告は俺のことを考えての冷静な視点だ。その考え自体は間違ってはいないと思う。
俺も赤の他人ならさっさと見捨てていただろう。フィアッセだから見捨てられないというだけだ。
「事が大きく動き出すまで、フィアッセの身辺警護に徹するとしよう。コンサート前に誘拐でもされる危険性もあるからな」
「警護をするのであれば対象者のご家族も警戒したほうが良いのではありませんか、お父様」
「確かにディードの言う通りだな。あいつの家族は高町家と、ご両親だ。そっちを――」
――いや、待てよ。
あいつの家族といえば、他にも――
その時、電話が鳴った。
電話に表示されている発信履歴は、リスティ・槇原。
昨日、フィリスと一緒に居たはずの彼女からだった。
<続く>
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