とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 第三話
フィアッセ・クリステラが引っ越したマンションでは住人が日々安心して生活できるように、セキュリティ対策が取られていた。
まず建物の外周には防犯カメラが設置されており、建物内に入るためにはオートロックによる解錠が必要となる。
二重のセキュリティシステムが備わっているマンションだと、アリサと妹さんがマンションを一瞥して説明する。何故か案内したなのはが感心して頷いていた。
セキュリティ概念を知っている二人に驚くべきか、セキュリティの何たるかを全然知らないなのはに呆れるべきか、ちょっとだけ悩んだ――ちなみに俺も知らなかったので、逆に呆れられた。
『リョウスケ、来てくれたんだね!』
「……画面越しの再会って、あんまり感動がないな」
『ふふふ、今すぐ開けるから待っててね』
オートロックは、扉が自動で施錠されるセキュリティシステム。マンションのエントランスから住宅内のインターホンを使って解錠する必要がある。
オートロックが備わったマンションではこうやってエントランス画面をカメラ越しに確認して、不要なセールスを断る等の部外者の侵入を防ぐことができる。
エントランスにいる俺からはフィアッセの声だけだが、フィアッセから見れば一応再会という事になる。脅迫状なんぞ来ていて落ち込んでいるかと思ったのだが、元気そうだった。
マンションの中に入れてくれた後、念の為に確認してみる。
「妹さん、マンション周辺及び内部に不審な"声"は聞こえるか」
「身元まで特定することは出来ませんが、怪しい行動をしている存在はありません」
月村すずかはマンション全域に及ぶ生物の存在を探知できるが、不審な存在は居ないとの事だった。ただ当然だが、知らない人ばかりなので内面まで察することは出来ない。
マンションはエントランスと玄関の2ヶ所のカメラで来訪者を映し、住戸内のモニター付きインターホンで確認する程セキュリティ性が高いようだ。
モニターを通して来訪者の顔が分かるため、不審者や勧誘などに対してはその場で断ることができる。なのはに聞いたところ、今まで特に不審な来訪者は居なかったそうだ。
マンション内は少なくとも素人が不法侵入することは不可能であるらしい。その点はアリサ達も太鼓判を押してくれた。
「おかえりなさい、リョウスケ。会いたかった!」
「うおっ……大袈裟な奴だな」
「あれ、突き飛ばされるかと思ったのに意外な反応。大人になったね、リョウスケ」
「苦労の多い人生だから」
玄関先で出迎えてくれた女性はフィアッセ・クリステラ、光の歌姫の異名を持つイギリス人の女歌手である。
長い金髪が特徴的な英国美女で、翠屋のチーフウェイトレス。高町家の長女的存在で、家長の桃子とも非常に仲が良い。
高町恭也や美有希の幼馴染であり、高町なのはの事は妹のように接している。基本的にのんびり屋のお姉さんだが、去年片思いの末に失恋して落ち込んでいた。
月村忍に負けない抜群のプロポーションの持ち主に抱きつかれても、邪険にしない程度には俺も慣れてきたようだ。
「来てくれてありがとう。ごめんね、忙しかったんでしょう」
「大事業を起こして忙しなかったが、ようやく落ち着いてきたところだ。骨休みするにはいいタイミングだったよ」
「帰郷と言わないあたり、まだまだ尖っているかな」
「俺がいずれ旅立つと志しているぞ、まだ」
フィアッセにウインク混じりにつつかれるが、俺は頑なに主張して見せる。まだ人前で海鳴を故郷と呼ぶのは嫌というか、抵抗がある。
武者修行という名の放浪だったので別に向かう先はなかったのだが、ここで落ち着くにはまだ俺も若すぎる。旅に憧れる気持ち自体は残っていた。
ただどうしたって一人旅なんぞ出来ないので、道中にゾロゾロ連れても単なる旅行にしかならない気がする。長旅でも平気そうな連中ばかりで、へこたれたりしないからな。
フィアッセとの再会に盛り上がるのはこの辺にして、彼女の部屋にお邪魔することにした。
「むっ、内装を見ると一人部屋ではないと見た。男を連れ込んでいるな」
「えー、リョウスケじゃあるまいし連れ込まないよ」
「おい、俺だったら連れ込むと言いたいのか!?」
「でも家族が増えているんだよね?」
「俺の家族構成をバラしたのはお前だな」
「いたたたたた、ごめんなさい、ごめんなさいー!」
俺のゲスな勘ぐりに対して、ジト目で反論するフィアッセ。事実を知らなければありえない反撃に犯人の頬をつねると、良い子ちゃんのなのははあっさりバラした。
女を増やした訳ではないという強弁は無意味すぎるので、口を閉ざす。俺の仲間の比率は男と女で1:9ぐらいなので、女に囲まれていると疑われても仕方がない。
どいつもこいつも一癖も二癖もある連中なので、カテゴリが女であると言うだけの怪物連中なのだが、それらを全て説明するのは頭が痛くなるのでやめる。
俺となのはのやり取りに機嫌を直したフィアッセが、真相を語った。
「仲が良いルームメイトがいるよ。リョウスケにはいずれ紹介しないね」
「紹介しないの!?」
「"アイリーン"と気が合いそうだから、リョウスケには紹介したくない」
「アイリーンって……あの「若き天才」"アイリーン・ノア"!?」
「? 知っているのか、アリサ」
「なんで元幽霊のあたしよりあんたが知らないのよ」
不機嫌な顔でそっぽを向くフィアッセに代わって、アリサがこの場にいないルームメイトについて教えてくれた。
アイリーン・ノアはフィアッセが関係するクリステラソングスクールの卒業生で、「若き天才」の通り名を持つアイルランド系アメリカ人の歌手。
世間的にはエレガントイメージで売り出されているが、本人は活動的な性格から自分のイメージを好んでおらず、世界的有名人であるにもかかわらず、イメージのギャップがあるらしい。
世界的有名人らしいが、一年前まで新聞やテレビなんぞ見ていなかった自分は認知していなかった。この一年間も海外や異世界へ飛び回っていたからな。
「クリステラソングスクールってお前の母ちゃんの学校だよな。アイリーンとはそこからの繋がりか」
「子供の頃入退院を繰り返していた私を病院から連れ出してロンドン市内で遊びまわったりしてくれた、わたしの家族のような人なの」
「へえ、お姉さん的な存在か」
「うーん、保護者代理のような関係かな。公私ともに私を支えてくれているよ」
今回引越し先を探していたフィアッセに付き添って、現在は活動拠点を日本に移して同居してくれているらしい。
年齢はフィアッセより1歳年上であり、性格は荒っぽい姉御肌で活動的。幼少時に自動車事故で両親を失った際、祖母の紹介で同世代の少女が居るクリステラ家で養育を受けたとの事だった。
そういう意味ではフィアッセとは事実上姉妹のような関係とも言えるが、クリステラ家の家庭方針に則り彼女も日本語教育を施されて、ソングスクールにも入学したようだ。
なるほど、そこまで深い繋がりであれば同居していても何の不自然さもない。
「日本に来てまで同居してくれているということは、お前に来た脅迫状の事も知っているのか」
「うん、流石に隠し立てすることはどうしても出来ないから……なのはから話は聞いてる?」
「文面も聞かせてもらったが、とりあえず脅迫状を見せてもらえるか」
フィアッセは神妙な顔で頷いて部屋へ戻り、一つの封筒を持ってくる。一応封筒を一通り確認するが、特に怪しい部分はない。というか差出人も、送り先も何も書いていない。
中身を確認したところ、日本語で以下の文面が無機質に記載されている。
『チャリティーコンサートを中止しろ。さもなくば、フィアッセ・クリステラの命を奪う』
イギリス人のフィアッセに対して、何故か思いっきり日本語で書かれていた。慥かに本人は日本の生活にも長いが、見た目は容姿端麗な英国美女だ。どこからどう見ても日本人には見えない。
これで通じると思っているのであれば、犯人はフィアッセの私生活も把握していると考えたほうがいいだろう。だからフィアッセも高町の家から引っ越してきた。
生憎と名探偵ではないので、脅迫状から手がかりを探すのは難しい。とにかく、事情を尋ねる。
「この脅迫状はどうやってお前のところへ届いたんだ」
「それがね、桃子の家のポストに入っていたの」
「この封筒、住所も何も書かれていないぞ」
「うん……でもある日ポストを確認したら入っていたみたいなの」
――という事は誰かが直接高町の家に来てポストに投函したようだ。
住所を知っているのに郵送しなかったのは、逆に辿られない為の配慮だったのかもしれないが、直接家に持ってくるほうがリスクが高い気がする。
ストーカーにでも追われているのかもしれないが、脅迫状の文面からすると、フィアッセ恋しさとは思えない。命を奪うとまで書いてあるからな。
不幸中の幸いというのは変だが、高町家は夜の一族が俺の関係者ということで警護対象となっている。非常に嫌だが、後で夜の一族に確認を取っておこう。
「それでまずリョウスケに相談したかったんだけど、まだ帰ってきてなかったからまず安全確認をするべく――」
「まてまて、まずは警察じゃないのか」
「何を言っているの、リョウスケ。まず真っ先に相談するのは、リョウスケだよ。リョウスケが一番頼りになるんだから、そこからだよ」
「えっ、まず俺に相談してから他にも相談しようと思ってたのか?」
「うん、だからまず引っ越して桃子達を巻き込まないようにしてから、リョウスケが帰ってくるのを待ってたの」
「他にやること腐るほどあるだろ!?」
フィアッセ・クリステラの笑顔に満ちた信頼感に、テーブルに突っ伏した。コイツ、馬鹿すぎる。
こいつの話が本当なら事態が刻一刻と迫っているのに、こいつは俺が帰ってくるまで何もしとらんということになる。何で無事だったんだ、こいつ。
いやまあ護衛を引き受けた以上、留守にしていた俺が悪いと言えばそれまでなのだが、たとえそうだとしても危機感がないだろこの野郎。
フィアッセはニコニコしている。
「リョウスケも帰ってきてくれたから、これで事件は解決だね」
「おい、どうなっているんだ。俺が留守中にアホンダラになっているぞ、こいつ」
「こういうのって恋愛脳というのでしょうか……」
高町なのはの言い分に、俺は心から頭を抱えてしまった。
事態が起きる前に帰ってこれたので手遅れではないのだが、何だか違う意味で手遅れになっている気がする。
なんか今までミッドチルダのテロ事件や、惑星エルトリアの政治闘争とかに関わってきた反動か、スケールが小さすぎてその温度感に震えてしまう。
しかし今までがそもそも異常だったんだというだけで――日常で起きる事件ってこういうものだよな。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.