とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章
――今でも鮮明に思い出される、出会いの季節。
ようやく寒い冬が終わりつつあった初春、酷い寒さから逃げるかのように海と山に囲まれた街へと流れ着いた。
野宿していた山で木の枝を拾い、剣と見立てて自分を慰めていた時期。孤独と疲労に震えて町へと下り、お腹が空いてコンビニの残飯を漁ろうとしていた惨めな自分。
今の自分はどれほど変わったのか、見当もつかない。それほどまでに様々な事件があり、多くの出会いがあった。
「手持ちのお金が723円?」
「うむ、この町に辿り着いた時の所持金だ」
「無一文じゃなくて、地味に小銭持ってるのが生々しいわね」
「生活苦に死ぬほどあえいでいたんだよ!?」
海鳴へ着いた時はまず山で一晩過ごした後、俺は本格的に町への第一歩を踏み出したのを覚えている。
あの時確か一昨日の昼に食べたのが最後で、丸一日以上水しか飲んでいなかった。しかもその時食べたのがオニギリ一個というのだから悲しすぎる。
健康的な十七歳の肉体を持つ、成長期だった自分。考えてみれば今年18歳になり、学戦さんなら高校卒業から進路を決める時期であった。
ゴミ捨て場で拾った財布――今にして思うとそんな財布呪われていそうだ――を手に、腹を空かせて徘徊していた。
「嘘だろ……ここにコンビニがあったはずだぞ!?」
「見事な駐車場になっているわね……」
「あの時コンビニのサービス弁当求めて残飯漁りしていた思い出が、消えてしまった」
「早く忘れなさい、そんな思い出」
あの時、道の端沿いに建てられたコンビニエンスストアが完全に無くなってしまっていた。たった一年でコンビニが閉店してしまったというのか。
何か栄養を補給しないと死にそうだった俺は店の横手へ回り、廃却処分予定だったコンビニのゴミを漁っていたのだ。
アリサに聞いたところ今はゴミ管理も徹底されており、残飯処理等は出来なくなっているらしい。俺のような浮浪者はますます居場所を無くしているということだ。
過去の自分なら悲嘆に暮れていたのだろうが、店を運営する側として考えられるようになると迷惑だったというのは分かる。
『あのー、そういう事はやめたほうがええですよ』
『何だよ。ガキは帰って学校にでも行ってろ』
『うちはあんたのやってることを止めにきたんや。
ここのコンビニでの余り物を拾うのは禁止されている筈やで』
『お前が言わなかったら、万事オッケー』
『うち、ここの店長さんと知り合いやからそれはでけへんな』
――最初に当時の自分を止めてくれたのが、レンだった。
高町家の居候である鳳蓮飛。仲良くなった今だからこそ聞けた話だが、本名は"フォウ・レンフェイ"というらしい。
中国人的な名前だが、血筋としては日本人と中国人とのハーフとの事。心臓病で苦しんでいた彼女は難しい手術を受けて、今は奇跡的な回復をしている。
ようやく自分に興味を示してくれたのかと、本人は本名を名乗ってくれて笑っていた。
「それで追求してきたレンちゃんから逃げた先が、この公園だったのね」
「当時浮浪者だった俺なんぞほっとけばいいのにしつこく追求してきやがったから、コンビニ弁当抱えて逃げたんだ。
レジの店長も騒ぎに気付いて何事かとやってきたから、ついでにレンに責任押し付けてやった」
「……なんでこんな奴の友達やってんのかしら、あの子」
「うるさいな。大体変わった女というのなら、この公園で出会ったあの女だろう。あいつのせいで、俺の人生が狂い出したんだぞ」
「――ここでお姉ちゃんと出会ったんですね、剣士さん」
海脇に沿って柵が敷かれており、夜には輝くであろう街灯が並んでいる。
柵の前には歩道が綺麗に舗装されており、人口の森林に並んでいるベンチと憩いの場。
朝日を反射している海からの風が、肌に優しく触れて気持ちがいい自然の公園。さすがに公園は無くなっていなかったので、ちょっと安心した。
まさかと思って周りを見渡してみたが、護衛として同行している月村すずか――その姉の姿はなくてホッとする。
『大丈夫か? 怪我しているみたいだが』
『あ、はい。軽く擦っただけですから……いたた』
『何か車のブレーキ音がしたけど、事故ったのか?』
『私はもう大丈夫ですから、どうぞお気にならず。心配してくださってありがとうございました」』
月村忍、夜の一族の女。あいつと出会ったせいで、俺の人生が劇的に変わってしまった。
当時の頃を話す機会に恵まれたのだが、あいつはあの頃から月村安二郎とかいう財産狙いの叔父に狙われて事故ったらしい。
最初は財産狙い、次にノエルとファリンの自動人形。そして最後に月村すずかという正統後継者を狙ってロシアンマフィアと手を組み、自滅した。
綺堂さくらに聞いたところロシアンマフィアの制裁を受けて、命こそ拾ったが命を狙われる身であるらしい。
何処で何をしているのか、正直分からない。さくら達は楽観しているようだが、俺としては若干の不安はある。
ああいう輩こそ一番しぶとい。マフィアに命を狙われているのなら尚の事、切羽詰まっている。それでいてまだ命があるのであれば、悪運はある。
こちらを狙う余裕はないはずだが――どうだろうか……
「ディードとオットーが行きたがっていた前先道場がここね」
「くそっ、何処で知ったのか分からんが当時の道場破りを武勇伝として憧れているらしい」
「動機は分かるけどあえて聞くわ。なんで道場破りなんて時代遅れなことをしたのよ」
「俺の身なりで試合を申し込んで、受けてくれると思うか」
「……あたしが悪かったわ」
「謝られるのも結構きついぞ!?」
シグナムが師範代役として通っている剣道道場は駅からやや距離があり、場所には少々難ありである。自転車通いの者には申し分ないが、歩いていく分には距離的な疲労を伴う。
考えによっては体力トレーニングとも言える立地で、シグナムより聞いた話では道場生達の中には自ら走りこみで通う者もいるらしい。
住居的条件としては不便さがあるが、通り魔事件の一件があった後も剣道道場に通う者は二桁を優に超えている。
道場を興した会長による実戦的信念と新開拓による指導――師範は通り魔として逮捕されたが、シグナムと道場生達によってもり立てていた。
「ディアーチェ達は聖地で所用を済ませた後、この町へ来る。俺はシグナムの事を道場に連絡してくるから、ここで待っていてくれ。
エルトリア復興と開拓で、まだしばらく帰れないだろうからな。シグナムを推薦した手前、責任はある」
「ディード達との待ち合わせは、今晩だからね。街案内が終わったらいい時間になるでしょうし、フィアッセさんに会いましょう」
厳しい修練によって心胆を練り技を磨き、各道場相互の親睦を深めるという道場の理念。
青少年の健全なる育成を志そうと言うこの高き理念が、剣を志す者達の共感を呼んでいる。
あの頃の俺は馬鹿にしていたが、今となってはむしろ共感すら出来る。この道場の門を叩いて挑戦に挑み――俺の物語は始まった。
海鳴へ流れ着いてから、そろそろ一年が過ぎようとしている。
<To a you side 第十三楽章――『村のロメオとジュリエット』開幕>
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