とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第九十三話




 フィアッセに脅迫状が届いている――考えられるのは、彼女のご両親関連であった。

夜の一族の世界会議が行われた際に起きた、数々の事件。ドイツの地で勃発したテロ事件の渦中で、俺は偶然フィアッセのご両親と挨拶する機会に恵まれた。

英国議員とソングスクール長の御両親。有力者達とのご縁もあると当時伺っており、俺も随分支援して頂いた。政治や権力絡みで、クリステラのご令嬢であるフィアッセに火の粉が飛んだ可能性がある。


また政治やテロ絡みかと思うとウンザリするが、流石に放置する訳にはいかなかった。


「分かった。幸いこちらも一段落ついたところだ、一旦帰国する。帰ったら連絡するからフィアッセに伝えておいてくれ」

『良かったです。おにーちゃんが帰ってくれるのなら、フィアッセおねーちゃんもきっと安心しますよ!』


 何故かなのはの方がウキウキな顔で喜んで、通信を終える。慥かにジュエルシード事件の時に何かあれば頼っていいとは言ったが、あいつ本当に遠慮なく甘えてきやがるな。

頭が痛くなるが、何にしても放置できない。通信越しにフィアッセと相談してもいいのだが、遠き惑星の地にいる説明が全くもって出来ないので諦めた。宇宙船とかありますよ、とか言われても信じないだろうしな。

さて、帰るとなると準備しなければならない。名目上俺はエルトリア開拓の総責任者なので、何もかも放り出して自由に帰っていい身分ではない。基本的に俺は何もしていないのだが、責任者という立場上引き継ぎとか必要である。


ということで急遽、実質上の総責任者を召喚した。


「ということで帰ります」

「何いってんだ、こいつ」


 本来俺のメイドであるはずの少女が、通信越しに平謝りする俺をすげえ上から目線で見下ろしてくる。エルトリア開拓を成功させた実績を持つアリサは今や、エルトリアの惑星の支配者であった。

暴れん坊気質の妖怪達もアリサに睨まれると平伏するらしい。元幽霊なのに、今では妖怪達を支配しているのだから、弱肉強食の世界というのは恐ろしいものであった。

とはいえ頭脳明晰な優しき少女、なにか事情があるのかと聞かれて、俺は高町なのはより聞いた話を説明する。可愛い顔を頷かせてアリサはため息を吐きつつ納得してくれた。


アリサは腕を組んで宣言する。


「そういう事情なら仕方ないわね。あたしも一緒に帰るわ」

「えっ、でもお前がいないと色々話が進まないだろう」

「事件はアンタを中心に起こるから、アンタが離れていればこの惑星は平気よ」


 こんな酷いことを平然とのたまう女がこの世にいるだろうか。怨霊でももっと優しい言葉をかけてくれるぞ。

色々言いたいことがあったが、アリサは一睨みでこちらを黙らせる。


「脅迫状の文面を見てみたいと分からないけれど、フィアッセさんは御両親ではなくあんたに相談を求めているんでしょう。
男女の機微も絡んでくるんだから、女性も立ち会ったほうがいいわ。だからといって同年代を連れると、フィアッセさんも気兼ねするでしょう。

あたしくらいがちょうどいいのよ」

「なるほどな」


 俺は政治だのテロだのばかり穿って考えていたが、アリサの言う通り男女の問題である可能性だってある。

フィアッセは英国美人で、歌姫とまで呼ばれるほどの才女。際立った容姿と優しい性格で、本人でさえ気づいていない魅力がある。

ストーカー被害に遭っているのであれば、男の俺には計り知れない問題が絡んでくる事も考えられる。女性も居たほうがいいというのは正論だった。


高町恭也にフラれたばかりの彼女を前に、男女で連れ合うのには問題という指摘も頷けた。


「エルトリアの事はリーゼアリアに、連邦政府の事はシュテルに引き継ぐわ。
あたしが今から事情を説明して両者に今後の展望を説明してくるから、あんたはCW社の責任者としてポルトフィーノ商会と話をつけてきて」

「分かった、そっちは頼む」


 衛星兵器との戦闘やエルトリアの環境暴走でごたついてしまったが、電波法の採決が行われている最中であった。

議会の審議にはあくまで参考人として列席しており、当然議員でも何でもない俺は電波法採決の投票権なんぞ持っていない。だから投票の日もエルトリアの緊急事態だからとリヴィエラ商会長に詫びを入れて帰還したのだ。

採決の結果は既に出ているだろう。俺の留守を預かった秘書役のシュテルとは、衛星兵器の妨害で連絡が取れていなかった。ようやく通信も回復しているので、俺は商会にコンタクトを取ることにした。


リヴィエラ・ポルトフィーノよりプライベートの連絡先は交換しているが、採決の日に直接アポイントを取るのは気が引けた。


『社長様、おめでとうございます!』

「むっ、ということは」

『ただいま中継させて頂きますので、少々お待ち下さい』


 商会の秘書役の方から興奮気味に返答があり、すぐに中継がつながった。どうやら連邦政府主星より一斉発信されているらしい。


『連邦政府議会では本日電波法の法案が可決され、両議院からも合意が取れまして通過の運びとなりました。
議長様からも両院協議会による採否が行われ、協議会で合意に達する事が出来ました。法案にもこれ以上の修正は加えられず、そのまま採決する事になります。

よって今こうして、わたくしは皆様の前に新しき技術を発信することが出来ております』


 中継放送に映し出されているのは邦政府の高名な貴族の御令嬢。

学院を主席で卒業した才媛であるリヴィエラ・ポルトフィーノの美貌だった。


『両院協議会で合意した法案が両院で可決されたので、今後署名を得るために大統領に送付される形となります。
ですので正式な決定ではございませんが、多くの方々よりご支援賜りまして――

こうして一斉放送の認可を得られております』


 ……大統領からの署名があってこその電波法であるはずなのだが、どうやってテレビジョン放送の認可を得られたのだろうか。

美しき微笑みを浮かべている彼女が末恐ろしく感じられるが、その存在感は鮮烈であり、民衆は皆魅せられているだろう。


『ポルトフィーノ商会はカレドウルフ・テクニクス社と提携し、画期的な通信に関する革新的機能の数々を発表していきます。
通信時間を驚くほど飛躍的に向上させ、圧倒的なパワーを備えた通信チップを搭載。
写真という固定概念に囚われず、映像による先進的な新しいシステムを採用し、シネマティックモードを新たに導入していきます』


 驚くべきことにこの衛星中継はテレビジョン放送の技術を用いた通信であり――

今日に至るまでの連邦政府の通信技術では到底なし得ない放送であった。

連邦政府の主星である世界都市からの、テレビジョン技術を用いた一斉発信。これが何を意味するのか、既に分かりきった話であった。


電波法可決の報と共に公式発表を行うとは些か拙速に思えるが、妨害行為を行った大統領への先手と考えれば頷ける。


『我々が提唱する通信技術は、これまで政治に寄り添った公共的な通信とは一線を画します。
駅や公園、盛り場といった皆様の目に留まる所に最新技術が反映されるのです。
生産の停滞と呼ばれていた時代は終わり、今後は皆様による消費ブームが巻き起こる事となるでしょう。

テレビジョン放送にはそれだけの値打ちと価値があり、皆様の生活を大いに支援できる普及率を見込めるのです』


 ――確か白黒テレビが普及された頃、盛り場に設置された街頭テレビには多くの人々が集まって、プロレスをはじめとしたスポーツ中継に熱狂した時代があったらしい。

俺は日本の歴史を知っているのでよく分かるが、地球には居ない彼女がテレビジョン方法開始による熱狂を想定できている理性に唸らされた。商人としての嗅覚と視点がずば抜けている。

当時に安心もさせられる。俺が地球へ戻ったとしても、彼女ならば異世界転生を気取る大統領相手でも十分以上に立ち回れるだろう。エルトリアの主権も勝ち取れるに違いない。


マスメディアも大いに熱狂し、記者会見で大小の質疑を浴びせている。リヴィエラ商会長は余裕を持って答えているが――


『議会ではパートナーのリョウスケ氏にも大きな注目が集まっておりました。
CW社との契約に当たり、リョウスケ氏との関係も噂されておりますが、その点はいかがでしょうか』

『まあ、早速テレビジョン放送による弊害が生じましたね』


 ゴシップネタだと揶揄するリヴィエラ商会長に、マスメディアからもどっと観笑が湧き上がった。

自分は全く知らなかったが、議会ではそれほど注目されていたのか。アリサ達のカンペを横目に喋っていただけだと知ったら、こいつらどんな顔をするのだろうか。


企業と商会のトップが男と女となれば、こうしたゴシップを揶揄されるのは宿命とも言える。政治経済問わず縁談話が殺到する彼女であれば、平然とかわしてくれるだろう。


『人間関係に絶対などありませんが、通信革命による新しい時代の流れがそのまま私共の関係の深さに結び付くものであると予感しております。
政治と経済、通信と生活、商会と商売。こうした関係をより良くしてまいりたいと思っておりますので、皆様に祝福されるように努めてまいります』


 魅惑的に微笑する彼女に、マスメディアどころか世間が大いに沸き立った。ええ、もうちょっと明確に否定してくれよ!?

やばい、絶対にマスメディアのカモにされる。フィアッセには悪いが、脅迫状の件は俺には渡りに船だった。

今後もCW社としては大いに貢献していくが、少なくともほとぼりが冷めるまでは俺個人は表舞台から姿を消すことにしよう。


一応これでエルトリアの主権は確保できた形ではあるが、まだまだ気楽には出来ない政治的事情に嘆息した。














<続く>








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