とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第七十四話
昨晩起きたデモ活動による事件は論議を呼んだが、結局ポルトフィーノ大貴族の一喝で介入不要となった。ポルポ代議員は必死に反論していたが、アキレス腱を握られている以上主導権は勝ち取れない。
本人は自覚がないかもしれないが、リヴィエラや俺は彼の失言を聞いてしまっている。デモ事件はポルポ代議員の自作自演であり、ヒーローごっこが目的だった。その点を把握されている以上、どうしようもない。
ポルトフィーノ大貴族が関与すれば、事件の根幹まで明らかになってしまう。ポルポ代議員としても、それは望むところではない。彼も優秀な議員ではあるのだろうが、大貴族相手では役者が違った。
程なくして、議会の時間が訪れた。
「朝早くからご苦労だったね、ポルポ代議員。次からはせめて、アポイントを取るようにお願いするよ」
「……緊急事態でしたので、早々にお耳に入れておきたかった。御令嬢をご安心させるべく、腐心したのです」
「気持ちは受け取っておこう。その情熱を政治に向けてくれたまえ」
「くっ……失礼する」
門前払いに等しい扱いを受けているのに、リヴィエラは特に顔色を変えず見送っている。フォローの一つもないことに、ポルポ代議員は未練がましく見やるが本人は視線で応えるのみだった。
本物の英雄であれば男として見直されていたかもしれないが、自作自演だったのだと気付けば女として冷めてしまうだろう。そんな騒動に娘が巻き込まれたとあれば、親としても黙っていられない。
冷たい反応だとは思わなかった。連邦政府の大貴族とあれば、簡単に御目通りが叶う相手ではない。代議員であってもこの通りだ、一般人では話しかけることさえ叶わないだろう。
だというのに――
「では私もそろそろお暇させていただこうと――」
「まだ時間はあるだろう、お茶でもどうだね」
「リヴィエラとの馴れ初めも是非伺いたいわ」
何故かいっこうに俺をお家に帰そうとしない。ポルポ代議員は早く帰れと言わんばかりなのに、俺はグイグイ引き止められる。娘を救ったお礼に対してもやりすぎではないだろうか。
そもそもの話リヴィエラを守ったというより、リヴィエラの財力を頼みに懐柔したというのが正しい。彼女が手配してくれた高級ホテルで、デモ集団とどんちゃん騒ぎしただけだ。
大きな騒ぎにならなかったのもポルトフィーノ大貴族のお力あっての事で、俺は彼女の傍にいただけだ。そこまでありがたられても、逆に恐縮するだけだというのに。
その光景を見ていたポルポ代議員は歯軋りをして、大きな咳払いをする。
「議会の時間が迫っている。よければ、御令嬢を私の車で送ろう」
「かまわんよ。娘は私の車で送る」
「昨日の今日です、何があるか分かりません。御令嬢は私がお守りいたします」
昨晩こいつの車で送ってもらった矢先に事件が起きたのに、それこそ昨日の今日でよくそんな事が言えたものだ。女を口説くにはこれくらいの積極性が必要だということか。
ポルポ代議員の面の厚さにポルトフィーノ大貴族は閉口してしまっているが、俺は一周回ってむしろ感心させられた。俺は今まで誰かに嫌われたら、突き放して人間関係を破綻させていたからな。これくらいの図々しさは必要かもしれない。
とはいえ常に相手を立てるリヴィエラも流石にキレるかもしれないので、俺は助け舟を出した。
「ポルポ代議員もこう仰っしゃられていますし、ご厚意に甘えましょう」
「……一応言っておくが、絶対に貴様は車には乗せんぞ」
「ええ、そんなに大勢乗せられないでしょうから」
「大勢……?」
「昨晩のような事件が起きたばかりです。護衛が同乗するのは至極当然ではありませんか」
「お、俺がいる限り、そんな心配はない」
「なるほど、昨晩のような事件が起きたらポルポ代議員が矢面に立って頂けるということですね」
「うっ……」
「いかがいたしますか。私を同乗させて囮にでもするか、プロの護衛を大勢詰め込むか」
「ええい、さっさと行くぞ!」
俺の執拗な追求にいい加減堪忍袋の緒が切れたのか、ポルトフィーノの御両親にご挨拶もせずに足音を立てて出ていった。ふっ、愚か者め。図々しさで俺に勝とうなんて十年早いわ。
俺は他人がどんなに嫌がろうと、自分のやりたいようにやれる男。他人からどう思われようと、知ったことではない。世界中に嫌われても、笑って一人往来を歩けるぜ。
強制的な選択を迫って焦らせたが、別に俺の言う事に従う必要なんて本来はないのだ。あくまで護衛を要らないと突っぱねることも出来ただろうが、余程俺と言い争うのに霹靂したらしい。ふははは。
とはいえ、大貴族を尻目に独断で決めてしまったことには謝罪しなければならない。
「申し訳ありません。大切な御息女であらせられるリヴィエラ様の事に勝手に口出しをしてしまいました」
「娘を思っての行為だということは、よく分かっている。先も言った通り、私は君になら安心して娘を預けられる」
「昨晩もそうして同乗して下さったからこそ、危機的状況でリヴィエラを守って下さったのでしょう。申し訳ないけれど、リヴィエラをお願いするわ」
ポルトフィーノの御両親は快く送り出してくれた。とはいえポルトフィーノの御令嬢を無防備に送り出すなどという真似はせず、護衛の車を後続で手配してくれた。
自作自演を二度続いて行うような馬鹿な真似は流石にしないだろう。多分昨晩の不手際があったからこそ、本人としては仕切り直したいのに違いない。男というのは襟を正さないと生きていけないからな。
特に言わなかったが、妹さん達も影から護衛してくれている。万が一も起こらないだろう。支度を整えて、俺達はポルポ代議員の車に乗って議会へ向かう。
御両親は玄関まで見送ってくれた。
「今日は最後まで歓待できず、申し訳なかったね。また是非招待させて欲しい」
「今度は是非我が家で夜を過ごされてくださいな。お酒を用意しておきます」
……独身の貴族令嬢に、男を招いてもいいのだろうか。貴族の常識が理解できず、ひたすら首を傾げる。恐縮している俺の様子に、リヴィエラは微笑んで見守っていた。本人は少しも嫌がる素振りを見せないしな。
御両親にご挨拶して、ポルポ代議員の車に乗る。少しは遠慮しようかと思ったが、リヴィエラは全く気にする様子もなく昨晩と同じく俺の隣に座った。ポルポ代議員は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
そして車は発進、一路連邦政府の議事堂へと向かった――
――最初に気付いたのは誰か不明だが、最初に声をかけたのは俺だった。
「正面から議会に向かうのですか」
「貴様に運転を指図される謂れはない」
「いや、そういう事ではなく……」
連邦政府の中心である世界都市。滞在して数日が過ぎているが、まだ地理はさほど把握できていない。何しろ東京やニューヨークなど比にもならない大都市なのだ。
資本主義である世界システムの中で法人の拠点や金融センター、グローバル・システムや地域、経済の結節点として機能を果たす世界都市。
多国籍企業がその基地として立地し利用するため、複雑な国際的かつ空間的階層の中に位置づけられる。グローバルな管理機能の集積を反映して、高次ビジネス・サービスが成長しているとアリサ達が現地案内してくれた。
議事堂はその中心部にあり、政治的関心を集めている。
「デモ活動をご覧になられるつもりですか、ポルポ様」
「そこの男とは違い、リヴィエラは物事というものを理解している。聡明な女は好ましいぞ」
高次法人サービスなどの活動こそが都市ヒエラルキーを左右し、世界都市を形成する要因となっている。デモ活動はいわば、高度な政治次元より生み出された余波のようなものだった。
議事堂に注目が集中するからこそ、議会を出入りする人間は制限される。世界都市では人間を差別していないが、区別はしている。階級差はなくても、社会的立場に上下が存在する。
議員が出入りする場所は決められており、俺達のような議会参席者も通行が許されている。ポルポ代議員は議員用出入り口へ向かわず、敢えて正面玄関へ車を向かわせている。
俺が聞きたいのは、そういうことではない。
「デモ活動にこの車が向かえば、昨日の二の舞いになりますよ」
まさか本気で、昨日の再現をするつもりなのか。昨日とは違い、自分からデモ活動に飛び込めばヒーローごっこなんぞ成り立たないぞ。お前がデモ活動に飛び込むのが悪いの一言で片付けられる。
ヤケクソになっている、とは思わない。俺はともかく、リヴィエラが自作自演に気づかないと高を括っている訳ではないだろう。何故自分から飛び込むのか、全く意味が分からない。
疑問符が頭を飛び交う俺とは違い、ポルポ代議員が称賛するリヴィエラの聡明さは解答を導き出したようだ。
「本日は電波法制定における議会四日目、採決を前にした最後の議会。本日がいわば決戦の日であることを、世間も認識しているでしょう。
電波法制定に反対するデモ活動の規模を見せて、私達を牽制するおつもりですか」
「違うな、間違っているぞリヴィエラ。牽制するのはお前ではない、お前の隣で踏ん反り返っている愚か者だ。
どうやらこの男は世間知らずのようだからな、俺が親切にも現実というものを教えてやろうと思ったのだ。
今議会前では電波法に反対する者達で溢れかえっているだろう。そこの男がどれほど議会で吠えようとも、民は声を張り上げて反対を訴えている。
その光景を見れば、貴様は自分の無力さを知るだろう」
げっ、リヴィエラがどう思うか別にして意外と効果的な作戦だぞ。昨日のような自作自演のヒーローごっこが失敗したので、逆に今度は利用しようとしている。
デモ活動の危険性に目をつけて、リヴィエラを襲わせてから助ける作戦は失敗した。だから今度はデモ活動の規模を見せつけることで、俺の活動を萎縮させようとする腹だ。
勿論俺は誰にどう思われようと今更萎縮なんぞしないが、それでも反対規模を見せつけられると流石に動揺する。この点を議会で訴えられても、自分が正しいのだと胸を張れる自信はちょっとない。
そんな馬脚を現した俺を見て、リヴィエラに失望させようとする作戦だ。すごいぞポルポ議員、何で自作自演しようと思ったんだこいつ。
「リヴィエラ、お前はその時本当にパートナーとなるべき男が誰なのか分かる」
「……」
そもそも俺は、リヴィエラやポルトフィーノ大貴族に持ち上げられるような男ではない。何しろたった一年ほど前まで、小銭もなく日本中を浮浪していた人間だ。着の身着のままで旅していた、汚らしい男だった。
この議会だって、本当はアリサやシュテルの全面支援があったからこそ成立していた。もし一人で議会に乗り込んでいたら、ただ狼狽えていただけで終わっていただろう。学なんぞないのだ。
昨日リヴィエラを守ったのだって、デモ集団が暴走しなかったからだ。ユーリ達のおかげで少しは強くなったが、集団暴力で乗り込んでこられたらとても守りきれなかった。
自分一人で何か成したことはない。なのは達と共に戦ったことを別に恥じてはいないが、金メッキを貼り付けた男である事は事実なのだ。
(うぐぐ、作戦はともかくとして的は射ている)
そして議事堂前の正面口に到着した時――現実が、広がっていた。
『通信メーデー』
『情報統制許さず』
『情報を守れ』
『電波安全法制』
『英雄達を守れ』
『テレビジョンを公開しろ!』
「なっ――!?」
デモとは、政治や情勢が色濃く反映される。その時代に議決された政策への反響から、集会やデモは行われるのだ。その点において、ポルポ代議員のやり方が正しかった。
そしてデモは情勢の影響を受けて変わることもある。世界では政策によりデモなどが一変した例もある。人々の考えや考えに基づく行動が、その時々によって変わるのだ。
何万人もの人達が――電波法制定と、テレビジョン開設を訴えていた。
「なるほど、これは実に良いものを見せていただきました。ありがとうございます、ポルポ様」
「い、いや、そんな馬鹿な……!」
いやいやいや、アイツラ掌返しし過ぎだろう。そんなにか、そんなに高級ホテルの接待が良かったのか!?
この猛烈な掌返しに、俺は完全に呆れ返った。俺も一般人だ、こいつらの考えていることは手にとるように分かる。
とどのつもり――罪悪感と、高揚感だろう。
罪悪感は言うまでもない。ポルポ代議員にそそのかされたとはいえ、一晩経過して自分達が何をやったのか頭が冷えたのだ。代議員と商会長を襲ったのだ、冷や汗どころの話じゃない。顔面が蒼白になっただろう。
その上で集団暴力に訴えた自分達に対して、リヴィエラ質は話し合いという平和的な手段で応じたばかりか、高級ホテルで接待までしてくれたのだ。美味しい思いをたんまり味わって、余計に申し訳ないことをした気持ちでいっぱいになっただろう。
そして――俺やリヴィエラが自分達寄りの人間だと分かって、大いに盛り上がった。リヴィエラ達が電波法を制定してテレビジョンを開設するということは、連邦政府に対して人民の代表が勝ったということを意味する。
自分達が味方をすれば、プライバシーだって保護してくれる。じゃあ反対する意味なくね? となったのだ。
(――お見事でした、リョウスケ様。昨晩の工作は見事に花を咲かせましたね。たった一晩で人身を掌握するとは、素晴らしいですわ)
(い、いやー、それほどでも……)
僕たちは味方です、だから昨日のことは許してね――罪悪感と高揚感から、彼らは片っ端から人数集めて俺達の応援団となっている。
人々の現金さに呆れつつも、自分もこういう人間だと改めて痛感して、肩を落とした。
まあ人間って、こういう生き物だよね……
<続く>
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