とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第五十六話
貴族よりご招待を預かった以上、大企業の社長として貴族制度を把握しておかなければならない。恥になる程度ならまだしも、不利益まで生じるかもしれないからだ。
連邦政府における貴族とは議会から分離したことで成立した階級であり、下院と異なって終身任期制である。貴族の身分を取得する者はその者の生存中に限り、形式的な男爵の爵位を授けられる。
政府外において爵位の等級の差を傘にきた振る舞いは好まれず、紳士であることに違いはないと厳命されている。爵位の問題は紋章という栄誉であり、それ以上でもそれ以下でもないとされているのだ。
連邦政府の貴族は数は多くなく、彼らは先祖代々の宮殿や屋敷を守りながら暮らしている。
「本日はお招き頂き、誠にありがとうございます。現代を生きる貴族の一面をご拝見させて頂き、光栄の至りです」
「こちらこそよく来てくれた、歓迎しよう」
リヴィエラの父、ポルトフィーノ公爵。爵位を世襲できる生粋の貴族であり、彼ほどの貴族だと議会出席権が付随しており、議会召集令状を受けなくても議会には出席できる。
アリサに聞いた話だと所領の保有は貴族たることの前提条件ではないらしく、貿易や商業などで財を為した者が貴族に列せられるケースもあるらしい。
そういう意味では、リヴィエラ・ポルトフィーノご令嬢などその最たる例であり、彼女は実家の権威には頼らずに連邦政府諸国の閉塞的な状況を打破すべく、画期的な交易を行って財を成した。
父からすれば目に入れても痛くないほど可愛い我が子であり、娘が連れてきた異性など目の敵にしか見えないだろう。
「近代となって貴族制度も名ばかりなものでね、末えいである我々は祖先達が築いた屋敷や遺産を守っているにすぎんよ」
「ご謙遜を。世界都市の文化と歴史を伝えるために、固く閉ざされてきた扉を開いてくださった。歴史を動かされた歴代のご当主の方々の歴史を感じさせますよ」
「そう言って貰えると、招待した甲斐があるというものだ」
朗らかに笑ってポルトフィーノ公爵は応じてくださっているが、この人はきっと俺が本心のまま話しているとは夢にも思わないだろう。庶民として、単純に度肝を抜かれていた。
普段は人の目が触れることのない現代の貴族が住む屋敷を訪問しているのだ、美術品や調度品の数々を見るだけで目が超える。レプリカなんて無粋な品は、この屋敷には存在しないだろう。
屋敷の華やかさにも負けない公爵の貫禄と、ドレス姿で麗しく着飾っているリヴィエラ嬢。お客様と投手の歓談を邪魔せず、優しく見守るその姿は屋敷を彩る華であった。
当主が政府によって創設された爵位と認めて、貴族の枠組みに取り込む形をとっている。ポルトフィーノ公爵もまた、連邦政府の重鎮なのである。
「公爵や伯爵という肩書は単独で与えられるのではなく、称号名の一部として与えられるものですね」
「地名が一般的だが、家名と同じ場合もあると伺っています」
「うむ。ゆえにポルトフィーノ商会の看板を掲げる我が子も当初風当たりが強く、父としても大いに心配したものだ」
自分の姓名を会社名とするのは日本に限らず地球では珍しくはないが、貴族となれば看板の意味合いも異なる。
リヴィエラ・ポルトフィーノほどの人物であれば、権威を傘にきる為の旗印ではなかった筈だ。自分自らの才で生きていくという気概によって、商会を成立させた。
父の心配を期待という形で答えた彼女は、まさに両親への何よりの恩返しとなっただろう。剣で一度は挫折した俺からすれば、輝かしき夢物語だった。
天下無双という看板も今では色褪せているが、昔は男一匹掲げて日本を横断したことは覚えている。
「親不孝者だと思われるかもしれませんが、リヴィエラ様のお気持ちは察するものがございます。
自分がこの世界でどれほど通用するのか挑戦することは、育てて下さった両親への奉公となると信じていますので。
反面、時には無茶をして心配させてしまっているのが心苦しくもあるのですが」
「子供ならではのそうしたジレンマは、親としては我が子の優しさとありがたくは思っているのだよ。心配させるのはややいただけないがね」
「せめて結果を、と焦らぬようには気を遣うことにいたします」
「はは、年長者としての小煩い意見と流してくれたまえ」
「いえ、大事なご息女様と仕事を共にしているのです。何より心掛けなければならぬことでありましょう」
笑い話として流そうとした彼を、俺は頭を振って真剣に受け止める。ここまで半ば腹の読み合いをしてきた中で、今の言葉は紳士的に思えたから。
無理もない話だ。成長を遂げた娘がテレビジョンの開設という改革を掲げ、連邦政府相手に電波法の制定を要求して議会に乗り込んでいる。貴族としても、父としても決して捨て置けない懸念であろう。
その渦中で娘と肩を並べているのは、何処ぞと知れぬ男だ。今まで聞いたことのない名前、耳にしたこともない企業、見たこともない技術を引っさげている。怪しいという言葉でしか表現できない。
それでいて異性とあれば、気が気でないのは無理もない。俺が出来ることは貴族である彼の信頼を得るのではない。
「こうしてご縁ありまして、仕事を共にさせて頂いております。私自身が期待に応えるだけではなく――
ポルトフィーノ公爵のご期待に応えようとするリヴィエラ様を支え、成功に至るべくお力添えをする。
それが光栄にもパートナーとして選ばれた私の責務であると、ポルトフィーノ公爵よりご意見頂戴して認識した次第です。
貴重なご意見、ありがとうございました」
「リョウスケ様……」
俺の言葉を耳にして、リヴィエラは気恥ずかしげにはにかんでいる。ご両親の前でこのように言われたら、恥ずかしくなるのも分かる。ちょっと申し訳なく思うが、彼女の父には言っておきたかった。
俺は彼女の覇業に、最後まで付き合うことは出来ない。勿論責任を持って取り組んではいくが、いずれ必ず元の世界へ戻る日が来る。この世界は、俺にとっての終生ではない。
ゆえにこそ仕事を行う上で、せめて彼女は成功させてやりたいと思っている。自分の利益になる事にも繋がるが、それ以上に彼女には商人として成功させてやりたかった。
それはきっと剣士として成せなかった自分への、せめてもの償いだと思うから。
「……参ったね、リヴィエラが連れてくると言うからどんな曲者かと思ったが……よもや、これほど一本気な人間であったとは」
「お、お父様、リョウスケ様に失礼ですよ」
「いいではないか、将来の家族になるかもしれんのだ。これぐらいは言わせてくれ」
「ええっ!?」
貴族との家族付き合いなんて、茨の道だ。ご遠慮願いたかったが、何故か上機嫌で食事にも招かれて美味しく歓談させられてしまった。
リヴィエラと隣だって両親と食事するなんてどうかと思うのだが、リヴィエラ本人は気にする素振りどころか始終にこやかに話を弾ませている。
まあ彼女やご両親は貴族だ、接待なんてお手の物だろう。機嫌を損ねない程度に済ませられたのだから、御の字と思っておこう。
ちなみにポルトフィーノ公爵の奥方ともお会いしたが、彼女によく似た美人さんだった。目の保養になる。
「大変お美しいご婦人でいらっしゃいますね」
「えっ、なんですって?」
――微笑みで黙らされた。ぐっ、余計な一言だったのか。
貴族の社交辞令がいまいち分からないまま、貴族様のお屋敷訪問は終わった。
<続く>
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