とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第四十八話
マスメディアは不特定多数の生活者を対象に、多様な情報を伝達するマスコミュニケーションの役割を担っている。
通信技術が発達していないこの世界にとって、メディアは報道や解説・啓蒙、教育や娯楽、広告など複数の役割を果たしていて、社会的影響力が非常に大きい。
電波法はマスメディアに匹敵するほど影響力を拡大させるテレビジョンの成立を意味しており、大衆が関心をもつ情報を提供する幅が圧倒的に広がるだろう。
その議決を決める重要な場において、マスメディアの前で対立するのはリスクとリターンの振れ幅が大きすぎる。
「ポルトフィーノ商会が企業提携したカレドヴルフ・テクニクス、その社長が男と聞いてはいたがまさか貴様だったとはな……
この俺に対して身分を偽るとはいい度胸をしている」
例えば今の発言のように「立法府代議員に対して虚偽の身分を申し出ていた」とされるだけで、マスメディアを通じて世間が大いに議論してしまう。
勿論立場を傘に言いたい放題やりたい放題なんて出来ないのだが、権力というのはその立場の人間が口にするだけで真実味を帯びてしまうものだ。
だからこそ発言には責任を持つべきであり、状況というのは弁えなければならない。少なくとも議事堂の前で口論するなんて論外だ。
よほど勝てる目算でもあるのだろうか。そもそも何故これほど不機嫌なのか、よく分からない。
「恐れながらポルポ代議員、リョウスケ様は身分を偽ってなどおりません」
「リヴィエラ……資金提供しているからと言って、この男を庇い立てする必要はない。この男は、お前本人も騙していたんだ」
「いいえ、正しい身分を名乗っておられましたわ。リョウスケ様はお会いになった時、惑星エルトリアの代理人を務めていると述べておられました」
「嘘偽りではないか。惑星エルトリアを隠れ蓑に、不当な商売に精を出していたんだ」
「一個人に惑星の代理人など到底務まりません。エルトリアという惑星を一身に背負う責務、個人が似合うのには重すぎます。
リョウスケ様が革新的な技術を生み出した企業の社長という輝かしき経歴を持つからこそ、惑星の代理人としての役目を任されたのです。
立法府代議員を務められるポルポ様お相手に名乗るであれば、惑星の代理人の立場は当然の帰結でございましょう」
――すごい、全くそんな考えはなかったのに、あたかも礼節であったかの如く当時の状況を並べ立ててしまった。あるいは、リヴィエラ本人も誤解しているのかも知れない。
実際は全くの個人で政治や経済に無縁な一文無し男なのだが、まさかそんな人間に惑星の代表を任せる人間がいるなんて誰も思わないだろう。俺だって絶対に信じない。
そう考えると俺にそんな役目を任せたアミティエやキリエの頭がおかしいのだが、あいつらは全く俺を疑わずに全幅の信頼を寄せて全部任せている。
アミティエなんて代表者のはずなのに、高級ホテルで仲間達とのんびり朗報を待っていやがるからな。俺もホテルで贅沢三昧したかったぞ。
「強制退去の命が降っている惑星に対して商売を行うのは、明らかな違法行為だ。本議会でも問題となっているのだぞ、リヴィエラ。
幸いにもお前と懇意にしているこの俺が庇ってやっているからこそ、お前の立場は守られている。
お前はこの男に言葉巧みに騙されているんだ、今こそこの場で訴えるべきだ」
強制退去の話は今の所決定ではなかったはずなのだが、何故かこの男は確定事項のように述べている。マスメディアの間でも動揺が波紋のように広がっていた。
立法府代議員の権限は確かに大きいが、連邦政府の決定事項を確定させる程ではないはずだ。何故これほど堂々と断言しているのだろうか。
柔和な態度で応対しているが、リヴィエラの目が自然と険しくなるのが見えた。彼女からしても、詐欺師呼ばわりされるのは気分の良い話ではないはずだ。
とはいえ、彼女はあくまで被害者だと言われている以上、リヴィエラから抗弁するのは無理だろう。
「なるほど、エルトリアに気を配ってくださっていたのですか」
「何だと……?」
「強制退去の通告は確かにあったのですが、その後取り沙汰されることがなかったので不思議に思っておりました。
リヴィエラと懇意にされているポルポ代議員殿が不憫に思い、強制退去の沙汰をこの議題の日にまで延期にしてくださっていたのですね。
実にありがたい話です。惑星エルトリアの代理人として、この場でお礼申し上げます」
カレン達より学んだ貴族への返礼を態度で示すと、隣で並ばれるリヴィエラ様が綺麗な拍手を送る。思いがけない美談に、マスメディアも釣られて拍手喝采を送った。
延期されたのは俺が連邦政府の代理人ニーヴァ・ブラックウッド氏に頼んで手を回してもらったからなのだが、公にできる話ではない。よって美談にすり替えさせてもらった。
状況を的確に見抜いて、すぐさま拍手を送れるリヴィエラ様も見事である。批判されたのであればともかくとして、美談にされてしまうと否定しづらい。
承認欲求が強そうなポルポ代議員も例外ではない。称賛されるのは悪い気分ではないのか、咳払い一つのみで反論自体はしなかった。
「ふん、貴様のためではない。あくまでリヴィエラの為だ。今一度言おう、彼女から手を引け」
「それはリヴィエラ様のご迷惑になるためですか」
「言わずと知れよう。そもそもの話、通信技術の革命なんぞ夢物語だ。マスメディアは何やら盛り上がっているようだが、テレビジョンの開設など出来ようもない。
本日議題の場で電波法の是非について議論があるが、俺は明確に反対を掲げるつもりだ。
つまり、貴様如きには一切勝ち目はない」
……? 前半は分からんでもないが、後半の理屈はサッパリ分からなかった。何故この男が反対すれば、議題が否決されてしまうんだ。
連邦政府の議会は、連邦政府の立法府が取り仕切っている。下院と上院から成る両院制をとっていて、下院の投票資格を有する議員はそれぞれ主要各国の代表者が担っている。
投票資格のない構成員もいるが、代議員には立派な投票資格があるのは確かだ。だが投票の権利があるというだけで、議決権までは有していない。
こんなに自分に自信を持てる男を見るのは初めてではないが、呆れ返るまでの自負心だった。よほど今まで負け知らずで生きてきたのだろう。
「リヴィエラ。新しい商売を始めたいというのであれば、この立法府代議員である俺がいくらでも紹介してやる。
このような怪しげな商売をする輩は、高貴なお前には相応しくない。立法府代議員の俺と手を取り合い、連邦政府の為に力を尽くそうではないか。
この俺についてくればこの先、利益を生み出せる商売を沢山紹介してやれるぞ」
それって商会と連邦政府の癒着に繋がるんじゃないか、と低学歴の庶民であるこの俺は普通にそう思った。マスメディアがめっちゃ聞いているんですけど、堂々と言っていいんだろうか。
連邦政府より人工衛星型兵器製造の受注をポルトフィーノ商会が受けている事自体は、公然の事実である。だから政府と商会が繋がっているのは、メディア関係者は確かに分かってはいる。
だがそれはあくまで仕事の関係であって、立法府代議員と商会長が手を結ぶのは癒着となってしまう。企業と政界は本来、距離を置くべき関係なのだから。
好ましくない状態で強く結び付いていると、利害関係のある民間企業と慣れ合う事になってしまう。
「私のような貴族令嬢などに、立法府代議員であらせられるポルポ様がお気遣い下さるのは大変光栄に存じます。
お心遣いには感謝申し上げますが、商会を運営する長といたしましては皆様に望まれる商売を推進して参る所存です」
「ふっ、お前のその挑戦心と行動力には他でもないこの俺が高く評価しているが、今回ばかりは度が過ぎるというものだ。
お前は貴族としての高きプライドを持った立派な女性だ。偶発的に救われたこの男に恩義を感じてしまい、言い様に利用されてしまっているのだろう。
なに、この俺に任せておけ」
「ポルポ様、一体何を――」
「おい、下郎」
ポルポ代議員の言葉に不穏な気配を敏感に察したリヴィエラが手を伸ばすが、一瞬早く彼は俺に向き直った。
何故、この男はこんなに俺に絡んでくるのだろうか。どうやらリヴィエラにただならぬ情念を抱いているようだが、俺には婚約者も子供もいるんだぞ。
美しく立派な女性だとは思うけど、恋人関係になるつもりは全く持ってない。仕事が終わったら地球に余裕で帰るぞ、俺は。
「惑星エルトリアは諦めろ。その代わりと言っては何だが、小銭の出る仕事くらいは取り計らってやる」
「……ポルポ様が私に仕事を融通して頂けると?」
「ああ、お前程度の商人には一生縁のない仕事をくれてやる。惑星エルトリアを出ていきリヴィエラには二度と近づくな、いいな?」
――公然の場所での、決別宣言。微妙な提案を絶妙なタイミングで言ってのける胆力だけは流石かも知れない。
申し出自体は論外なのだが、決裂することへのデメリットも多大にある。この提案を拒否するということは惑星エルトリアを危機に晒し、立法府代議員を敵に回すのと同じだ。
さりとて追従してしまうと、リヴィエラ商会長とポルトフィーノ商会との契約は破棄されてしまう。連邦政府は敵に回さずに済むが、強力な後ろ盾は無くなってしまう。
会議の場であれば濁すことは簡単に出来るが、公共でマスメディア達に見守られているこの場だと決断が迫られる。周囲は固唾を飲んで、俺の回答を聞き逃すまいとしていた。
「お仕事を頂けるということは、私共の産業にご賛同頂けるということですね」
「何を馬鹿なことを言っている。俺は手を引けと言っているんだ」
「リヴィエラ様とのご契約についてハッキリとした数字は出せませんが、巨万の富を約束されたものとなっております。
一応言っておきますが、金銭の話ではございません。リヴィエラ様とのご契約はここにいらっしゃるマスメディアの方々を通じ、世界中に発信できる情報としての価値でございます。
それらを全て破棄した上で、貴方様が仕事を通じて世界に還元頂けるというのであれば喜んでお手伝いいたしましょう」
「ぐっ……貴様……」
馬鹿め、俺のような庶民を相手に小銭の話を持ち出すとは。俺という男は自販機の下に落ちている十円玉でも喜んで拾う男だぞ、細かい数字にはうるさいのだ。
リヴィエラとの契約は確かに強大な利益を約束できる話ではあるが、同時にマスメディアにも多大な恩恵をもたらす革命でもあるのだ。
テレビジョン放送は世界中に情報発信できる媒体であり、テレビ局が開設できれば衛星を通じて主要各国にも情報発信が出来る世界規模に展開できる可能性を秘めている。
それらを比肩しうる利益を約束できるのか――と、マスメディアとリヴィエラの前で最終確認を取ってやったのである。フハハハ、馬鹿め。庶民はこういうことにはうるさいのだ。
「数字を並べて俺を煙に巻いても無駄だぞ。必ず追求して貴様の腹の内を明らかにしてやる」
「勿論ですとも、そのための委員会でございましょう。そのために私はこうしてリヴィエラ様とご一緒に参上仕りました。
マスメディアの方々、それにリヴィエラ様もどうかご安心して見守り下さい。
私はこのプレゼントを手にして娯楽を提供し、人類の未来と世界の平和を実現してみせましょう」
実現性もないハッタリをかますのは、世界会議の場でもやったことだ。俺のような嘘つきに良心なんぞない、どんな事だって言うだけなら無料なのだよ。
大仰なハッタリを言ってその場を誤魔化すという庶民のせこいやり方に我ながら羞恥ものではあるが、無意味に胸を張って誤魔化してやった。
一瞬静まり返り――程なくしてリヴィエラが白い手で綺麗な拍手を送り、マスメディア達にもまた伝播して拍手喝采が送られる。
「それと勘違いされておられるようですから、申し上げましょう。商人にとっていちばん大切なのは利益ではなく、商売です」
「なに……? 同じことではないか!」
「違います、利益を得るのは結果でしかない。どのような商売を成して、何を求めるのか――それが大切なのです」
地球でも、ミッドチルダでも、この異星においても、剣はもう必要とされていない。けれど俺は今も手にとって戦い続けている。
剣を振るい続けるのは難しくても、剣士として在り続けることは出来る。
他人と繋がって、初めて見出した今後の生き方だった。
「私にとって今回の商売で重要なのは、莫大な富そのものではございません。
この点において、マスメディアの方々とも共感出来ると信じている。彼らもまた世界の真実を追求するべく、今こうして注目しているのですから。
リヴィエラ様と商売を成して、世間の方々に情報を提供し、この世界の在り方を変える。それらを通じた全てが重要なのです」
「……」
歯軋りするポルポを前に、リヴィエラは目を見開いて俺を見つめている。
貴族でありながら、何故リヴィエラ・ポルトフィーノが商人を目指したのか定かではない。けれど、彼女は商人として独り立ちする道を選んでいる。
それが道楽でないというのであれば、共感できる思いはあると信じている。
――と。
「素晴らしいご演説でいらっしゃいましたわ!
貴方様の決意表明、このリヴィエラ・ポルトフィーノが然と聞き届けました。
皆様。厳しい戦いとなりますが皆様の明るい未来のために、私達は権利を勝ち取るべく戦ってまいります。
人々の理解を深め、偏見を根絶し、惑星間にある差別をなくす。このテレビジョンこそ、皆さんの未来を開いてくれるでしょう!」
『おおおっ!』
ちょっと待って、その言葉はクアットロの馬鹿が勝手に述べた演説の一文じゃないか。あんたがそれを言っちゃうと、俺が唆したことになるんだぞ!?
あの発言は秘書(クアットロ)が勝手に言った言葉ですと、政治家的な逃げ方をしようと内心思っていたのに、勝手に逃げ場を封じられてしまった。
呆然とする俺の手を勝手に握って、リヴィエラ・ポルトフィーノが自分達の強固なパートナーシップを見せつける。
待てええええええええ、これ絶対に勝たないといけない事になるじゃねえか! 俺は強制退去さえ何とか出来ればいいんだぞ!
「貴様ぁ……俺をコケにしやがって……絶対に許さないからな」
『世界の皆様、御覧ください。連邦政府の巨大な権力に対して屹然と立ち向かう男の姿を!』
マスメディアまで勝手なことを宣伝してる!? 反政府的存在に祭り上げられているじゃないか!
異星に来てまで神輿扱いされたまま、俺は人々の熱狂に押されて議事堂に連れられていった。
俺の人権は一体何処へ行ったのか。
<続く>
|
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