とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第四十五話
ドヤ顔しているクアットロとシュテルにアレコレ事情を聞き出したかったのだが、世論に反した体罰にかまけている間に時間がなくなってしまった。ちっ、運のいい奴らめ。
晩餐会に招待されているのは主賓のみだが、歓迎されているのは関係者全員である。晩餐会に参加しない連中に豪勢な食事が用意されていて、舌鼓をうっているだろう。
惑星エルトリア代表のアミティと代理人の俺が晩餐会に招かれて、ドレスコードをスマートカジュアルに決めて、メイドのミラココアさんに案内してもらう。
ドレスに着飾ったアミティエは大変綺麗な佇まいだが、本人は着慣れないのか緊張の顔を崩さない。
「うう、なんというか場違い感が凄いです……あたしまで招かれてもいいのでしょうか」
「むしろ代表はアミティエだから、俺はおまけみたいなものだよ」
「それこそまさかです。リヴィエラ商会長が歓迎しているのは、剣士さんですよ。先程ホテルのパンフレットを見たんですけど……
招待されているレストラン、最上級の来賓用で――このホテルの上層階フロアを専有しているそうですよ」
……多分俺、屋台のラーメンを奢られても余裕で尻尾を振れる庶民ですよ。いちいち期待とハードルを上げてくる貴族のお嬢様が怖すぎる。
ミラココアさんの案内によると、このホテルは連邦政府に属する主要各国の文化性をモダンラグジュアリーと融合させることをコンセプトとしているホテルとの事で、近年に開業された比較的新しいホテルのようだ。
各国のテイストを現代的なデザインと調和させ、今年のグッドデザイン賞も受賞したらしい。世界都市を一望出来る、都市内でも有数の素晴らしいビューを楽しめるようだ。そんなものを見ても俺は圧倒されるだけだけど。
だが高級ホテルの美しき夜景よりも――招かれたレストランで待っていた華の如き麗人に見惚れてしまう。
「アミティエ様、リョウスケ様。当ホテルへようこそお越し下さいました。招待に応じてくださり、誠にありがとうございます」
薄紅色の双眸と髪を着飾ったアミティエさえも圧倒される、貴人。纏った鬱蒼香のドレスを着たリヴィエラ・ポルトフィーノは、可憐な微笑みを浮かべて俺達を歓待した。
蒼の色彩が髪を美しく彩った彼女は商人の顔よりも、華人としての相貌を魅せつける。婚約の話が殺到しているという噂を証明する美貌は、高級ホテルの支配人として相応しい格があった。
同性のアミティエでも圧倒される美、これほど美しい人に歓待などされたら百戦錬磨の商人であろうとも契約に転ばされるだろう。貴族の坊っちゃんが心を奪われるのも当然と言える。
夜の一族の姫君達と交流のある俺は美人に慣れているので、特に心は動かされない。俺にとって美人の女はやり手で怖いという印象しかない。
「こちらこそお招き頂きまして光栄です。こうしてポルトフィーノ商会長様とご歓談をさせていただく機会を得ることができました。
お忙しい中ご高配に預かりまして、心から感謝申し上げます」
本来であれば握手の一つでも交わしたい場面ではあるが、それはあくまで対等な場合である。立場こそ同じであっても階級の差があるのであれば、誠心誠意応じなければならない。
目上の人に頭を下げるという行為に礼儀をつけるのだと、以前カレン達に教わっている。歓待されているのは俺達の方ではあるが、慇懃無礼な態度を取れば心証よりも品位を下げるだけだ。
貴人達の晩餐会ともなれば、礼儀の一つ一つでも対人関係の評価に繋がる。人間関係で大いに痛い目を受けている俺は、教訓として自らに痛感していた。余計なことをして傷なんぞつけたくはない。
俺やアミティエの返礼に目を細め、リヴィエラは微笑みを深めてテーブルへ招き入れる。どうやら心証を悪くせずに済んだらしい。
「素敵なレストランですね。高い天井と大きな窓から一望できる景色、料理をゆっくり楽しめそうです」
「ディナーの時間帯では高層ビル群の夜景を一望することが出来ますよ。本日はごゆっくりなさってくださいませ」
美しい女性の容姿を真っ先に褒める男性は、社交界に長けている女性からの評価は今一つとなるらしい。別に悪くなることではないのだが、社交界デビューしたばかりだと侮られるようだ。
この点はアメリカ大富豪のカレンが非常に厳しく俺にアドバイスしていた。世界会議の頃は別に社交界デビューする気が全く無かったのだが、絶対いずれ必要になると礼儀を叩き込んだのだ。
ホテルへの評価は、支配人である彼女の評価に繋がる。本人そのものを称賛するだけではなく、本人の評価に繋がる点を称賛する。支配人からすれば喜ばしいことである。
商人としての評価を受けて彼女は上品に微笑み、歓談に応じる。最初の挨拶としては上々だろう。
「パンフレットを見ました。プロポーズや顔合わせ等、絶対に外せないような特別な日のディナーに選ばれることも多いそうですね」
「グルメを愛されるお客様には、記念日や誕生日のお祝いは当ホテルディナーで決めていらっしゃいまして、ありがたい限りです」
俺のような下衆な下心あるお世辞とは違って、アミティエの女性らしい評価は真心に満ちており、リヴィエラも快く応じている。
シャンデリアやベルベット生地のソファ、華やかに活けられた草木に大理石のフロア。豪華な内装も印象的なレストランで、俺達三人が専有してテーブルを囲んでいる。
人々を惹きつけてやまない最高級ホテルで、日々エグゼクティブをもてなしているレストランはホテルにとっては代表する顔のようなもので、最上級のおもてなしを提供している。
美しい料理はもちろんとして、選りすぐりのワインセレクション。400種類5000本にも及ぶ主要各国のワインに加え、100種類を超えるシャンパーニュがあり、ワインリストも公開されていた。
「本来シェフソムリエよりご提案させて頂くところ恐縮ですが、今宵は記念の夜。よろしければ、ワインは私から提供させて頂いてもよろしいでしょうか」
「それは楽しみですね。リヴィエラ様より厳選されたワインの味、今日という日を忘れられなくなりそうです」
「ふふ、プレッシャーを掛けられるといささか緊張いたしますね」
若干頬を染めて笑みを深める淑女、貴族の女性としての礼品に満ちている。彼女のこうした素振りが、連邦政府の要人達を上客としてきたのだろう。
ワイン生産の歴史が新しい国で造られるワインをニューワルドワインと呼ばれるそうだが、彼女が選んだのは歴史あるものではなく新しき国より生まれたワインだった。
自分達が時代の先駆けとなる決意が秘められており、古き歴史を打倒する商人魂に満ちた品。それでいて主要各国でも有数の品揃えを誇るワインであるというのだから真剣に選ばれたものだろう。
ワイングラスを掲げて、彼女が酒宴を告げる。
「私達のこれからに、乾杯しましょう」
「カンパイ」
ワインの良し悪しなんぞ知らんといいたいが、ドイツでディアーナ達に付き合わされた事はあるので、美味いかどうかは分かる。あの女共、ワインを片手に誘惑してきやがる吸血姫だからな。
味を口にするのではなく、味を堪能することで返礼とする。飲み慣れていることを当然とせず、今宵この時を特別であるのだと演出することが大切なのだ。相手が女性であれば当然だ。
心がけを自然としていれば、相手も喜んでくれる。朱に染めたリヴィエラの女性らしい素振りを見て、ディアーナの言っていたことは本当だったと確信する。十代の男に教えるな、こんな事。
相手の印象を良くしたところで、料理のコースが運ばれてくる。宴の始まりである。
「料理、とても美味しいです。提供されているのは、シェフのおまかせコースのみなんですね」
「専門家に身を任せてお食事を楽しみたい方におすすめですわ。いつでもぜひいらして下さい、皆様であれば歓迎いたします」
聞いたか、この上流階級の台詞。レストランなのにメニューがないんだぞ。メニューが多いのが高級だと思い込んでいた自分の庶民ぶりが恥ずかしい。
メニューがなければ値段が分からないと思うのだが、多分このレストランに来る客は値段なんぞ考慮しないのだろう。俺はまずそこを気にするのだが、感覚がおかしいのだろうか。
いつでも来て下さいというからには、客としてくれば無料で振る舞ってくれるのだろう。ひょっとしてこの世界都市で生きていけば、俺は安泰なのではないだろうか。
完全無欠にヒモの感覚なのだが、上流階級の世界に飛び込んで俺は頭が麻痺しまくっていた。
「旅人を大切な家族のようにおもてなしする精神で、この世界都市におけるホテルのホスピタリティを追求してきました」
「上層階の眺望に加えて、上質な食材をシンプルに調理する料理に心尽くしが現れておりますね」
「そう言って頂けると、シェフも喜びますわ。リョウスケ様は美食家でいらっしゃいますのね。
さぞ世界各地の新鮮な食材で堪能されたのではありませんか」
「いえいえ、国産素材を熟成させたこの料理には叶いませんとも」
料理を通じて舌を喜ばせ、相手を巧みに持ち上げて心を喜ばせる手法。会話も非常に丁寧かつスマートで、当初緊張していたアミティエも笑い声を上げて晩餐会を楽しんでいる。
美女との歓談に加えて男心をくすぐる接待に本来であれば俺も大いに満足するのだろうが、美女の微笑みの裏に巧みな商人の顔が見え隠れしていて戦々恐々となっている。
例えば今の会話でも俺を褒め讃えつつも、俺の素性や動向を探ろうとしている。何処の料理をいつ食べたのか、食事中の単純な会話でも彼女であれば簡単に探り出せるだろう。
そもそもの話、彼女は分かっているはずだ――
「ドライエイジングという手法で熟成させ、旨味を引き出し提供させて頂いています。リョウスケ様の舌を満足させられたのでしたら光栄ですわ。
牛肉やジビエ、天然魚などの素材も扱っているのですが――」
――テレビジョンに通信機器、最新衛星兵器。これら全ての技術が、連邦政府直下より生み出されたものではないことに。
技術革命と言っても、無から有は生まれない。正確に言えば生み出せないことはないのだが、テレビジョンの場合は正に現代の錬金術とでも呼ぶべき代物だった。
リヴィエラほどの才女であれば、その可能性に思い至らない筈がない。濡れ手に粟なんて商人が一番信用しない事だ。骨を折らずに多くの利益を得ようなんてふざけている。
となると、必ず確認しなければならない。
「口にされたことはおありですか?」
CW社の技術が、盗用したものかどうかを。
別の世界から流用しただけであれば、非常に危険な行為となり得る。技術流用は小銭こそ稼げるが、大金は生み出さない。自ら生み出したものでなければ、発展性はないからだ。
そして盗用したのであれば、何処の世界であろうと犯罪である。別の世界だから発覚しないことであっても、商人の矜持が許さない。貴族であれば、尚の事だ。
直接問い質すような真似を、彼女はしない。これは接待という場の商談である。自ら聞き出してこそ商人であり、同盟者か犯罪者か見定めてこそ為政者だ。
本当に、立派な女性だ。一代で大商会を築き上げられる才覚と、貴族としての矜持を併せ持っている。
「シグネチャーに合わせてワインを提案されたのでしょう。
大した目利きでいらっしゃいますね、恐れ入りました」
だからこそ、カレイドウルフ・テクニクス社のトップとして答える――貴方は、正しいのだと。
自らの正当性を主張する必要はない。俺と彼女はまだ出会ったばかりの他人であり、商会と商人の関係でしかない。潔白を訴えても何の保証もない。
俺の返答は、一つしかない――商会を築き上げた自分自身の目を、信じればいい。
「……よろしければ、甘いものでもいかがですか。シェフオススメのクレープシュゼットを御用意させます」
「いいですね、馳走になります」
彼女の表情から微笑みが消えて、食事を楽しむ童女のような優しさが感じられた。ようやく今、彼女の素顔が見えた気がした。
アミティエは無邪気にデザートを楽しみに待ち、俺は疲れを隠すかのように息を吐いた。どうやら、この局面は乗り越えられたようだ。
クレープシュゼットのコンセプトはヘルシー&ガストロノミー、つまり異なる食文化の"融合"であると――フランスの貴族カミーユが教えてくれた。
別の世界より生み出された技術を売り出す商談を今宵、正式に得られた。
「あんた。分かってないようだからもう言っちゃうけど、カレンさん達――そうしてあんたに口説いてほしかったのよ」
「口説き方だったのか、これ!?」
やはり飯は、普通に食いたいものである。
<続く>
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