とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第三十二話




 商船とはその名の通り、連邦政府の商法に基づいた商行為を目的として運航される船である。

一般的には貨物を運ぶ船を指しているが、そもそも連邦政府では軍船と対比してそれ以外の船でこう呼ばれているらしい。軍船と商船を区別した上で、この広い宇宙を出て交易しているのである。

エルトリアは立ち退きが決まった惑星である為、大掛かりな商船では乗り込めない。そもそも住民が少ないので大型船は不要であり、定期便で出してくれる船は常に小型であったとの事だった。


そして本日乗り込んできたのは――


「遊覧船!? なんでそんなのが乗り込んできているんだ!」

『そんなの、アタシに聞かないで!? 何でか知らないけどお偉いさんが乗り込んきて、現場がパニクっているのよ』


 ――遊覧船と聞くと観光用に思えてしまうが、実を言うと旅客員と貨物を運送できる船をこう呼ぶ場合もある。まあ実際のところ、観光用が主ではあるんだけど。

旅客員と貨物、どちらが主なのか船の用途によって異なる。定期航路で運用される商船に旅客員を積んだ場合は、種別上は遊覧船と呼ばれるのである。

とどのつまり商品だけではなく、旅客員も積んで商船が乗り込んできたという訳だ。惑星エルトリアへ観光しようなんぞという物好き、それでいておエライさんというキーワード。


否が応でも、仕事の難易度が高まってきている。


『そいつがビビってるくせに女にいいところ見せようとしてうるさく指図してくるから、指揮系統がゴチャゴチャになって死ぬほど迷惑してる』

「女に……? 誰か来ているのか」

『ポルトフィーノ商会の――あっ、馬鹿!? 火器で刺激するんじゃない、まず避難を――ああああ、貴重な戦力がまた減った!?』


「すぐ現場に急行する。ローゼ、状況が分からんからガジェットドローンを偵察に回せ」

「もう回しております、我が主。なかなか面白い見世物が展開されておりますよ」

「早く言えや!?」


 偵察型ガジェットドローンより展開される光景は――大カラスの群れであった。


鳥類の中では頭が非常に良く、黒い鳥として代表的な存在。ある程度の社会性を持っていて、鳴き声による意思の疎通を行って協力出来る獣鳥型。

ユーリとイリスによる惑星エルトリアの活性化でしぶとく生き残っている、モンスターの一種。縄張り意識が異常に強く、不用意に巣に近づいた人間や動物の個体を敵対者として認識し、威嚇・攻撃行動を行う。

"見慣れない船"が縄張りに着陸していた行為を、大ガラス達は敵対行為と見なした。


『しょ、商船隊、二手に分かれろ! 精鋭は俺や"リヴィエラ"達を守り、他のメイド達は銃器をぶっ放して鳥どもを一匹残らず撃ち落とすんだ。
おい、護衛共。お前らも高い金出して雇ってるんだから、しっかり働けよ』

『――"ボルボ"様。戦闘の事はプロに任せ、私達は商船の中で待機いたしましょう。現場に出ても、彼らの邪魔になるだけです』

『馬鹿野郎、船の中に籠もっていて何かあったらどうするんだ。こんな頼りない奴らに任せられるか。
安心しろ、リヴィエラ。俺が必ずお前のことを守ってやるからな』

「いかがですか、我が主。今どき映画やアニメでもなかなか見られない、茶番劇ですよ」

「何やってんだ、コイツラ……」


 現場へ急行しながら見せられた勇者とお姫様の幕間劇に、俺は心の底から溜め息を吐いた。勇者というのは大袈裟な表現だが、そうとでも言わなければやってられない。

仕立てのいい上質なファッションをベースにして、遊び心を加えた服装の男性。上流階級の紳士風に見えるが、年格好は幼稚さが見られる、所謂着飾った若者。金髪の似合う気取った男が、何やら格好つけている。


現場を強行に仕切っている男を必死で取り直しているのが―― 綺麗に切り揃えたロングストレートの、女性。


汚れを知らない身を包むのは、商会を示す深い色の制服。客を喜ばせるセンスのいい服装に身を包み、白き肌が汗に滲んで陽光を反射させている。

これほど乱雑した現場でも毅然としており、スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、礼儀とたしなみを忘れていない。


青い髪に、青色の瞳。知性と理性で美しく磨かれた女性が、男を必死で取り直しているのが見えた。


『そのお心遣いは大変嬉しく、心強く思っております。ですが貴方様もまた連邦政府の重鎮であり、大切な責務を抱える御方です。
お気持ちはありがたく頂戴いたしますので、どうぞご自身の身を大事になさってくださいませ』

『俺をそこまで思ってくれるのか、嬉しいぜ……必ずお前の期待に応えてみせるからな!』

『いえ、ですから――っ!』


『引っ叩いてもいいから、そいつを船の中に押し込んで。ここはアタシが押さえる! ノア、援護して』

『了解』


 商船には護衛が必須だが、商会と呼ばれる規模になると商船隊と呼ばれる軍事機構が存在する。

新商船隊が設立されている商船は、連邦政府の海軍や委員会によって承認されている事を示している。よほど財力、もしくは人脈に優れた商会でなければ成立しない。

有償資金協力によって成り立っている商船隊は、何故か見目麗しき女性によって構成されている。そのまま店に出しても何ら恥ずかしくない女達が、接待用の制服に包んで銃火器を撃つ姿はシュールだった。


ただ一言で表現すると、練度が高い。男の指揮など関係なく、カラス達に対応できている。


『鳴神!』

『スカッドリッパー』


 銃火器で対応する彼女達の前には雷属性を持つエテルナと、飛び道具を見事に使いこなすノアが対応している。

元猟兵である彼女達にとって荒事は日常茶飯事であり、モンスターのような異形との戦いは人外を束ねる彼女達にとっては専門分野だ。

お互い初対面ではあるが、猟兵達と商船隊の連携は意外なほどに機能していた。お互いのスキルが見えるにつれて、連携度合いも高まっている。


戦果としては正しくても――結果としては、それがよろしくなかった。


『よーし、いいぞ。今だお前達、全火力を集中して殲滅しろ!』

『――っ、ですが!?』

『早くしろ、勝機を逃すぞこの馬鹿共め! お前達は黙って俺の言うことに従え!』

『あんな奴の言うことを聞かなくていいから、連携をしっかり――』

『外野は黙っていろ!』

『うっ――!?』

『! エテルナ!?』


 その行為は、男からすれば自分にまとわりつく虫を追っ払う程度の所作だったのだろう――銃を、撃たなければ。

明らかに護衛用として持たされたのであろう短銃、殺傷能力は低く狙いも甘かったはずなのだが――

あろうことか、エテルナの足をかすってしまった。


明らかに素人だからこそ射線を見極めづらく、エテルナは戦火で荒れ狂う状況下では完全には回避出来なかった。


『クアアアアアアアアアアッ!』

『ううッ!?」


 カラスは最初、鳴き声によって威嚇する。それが見上げんばかりの大カラスで、群れとして一斉に鳴けば音波攻撃として成立する。

強烈な音波に三半規管を揺さぶられた戦士達が、苦痛に歪めて膝をついてしまう。咄嗟に耳を抑える本能的行動を取るが、これが更なる悲劇を招いた。

カラスは威嚇が成功すると、次に後方から相手の頭を狙って舞い降りて――


獲物を掴んで、急上昇するのである。


『キャアアアアアアアアアアッ!』

『リヴィエラ様!?』


 誤って味方を撃ってしまい混乱する男は恐怖に駆られ、咄嗟に飛び退き――男を取り直していた女性を、一人にしてしまった。

大カラスは本能的に、彼女がこの商隊を指揮する責任者だと気付いたのだろう。ボスを狙うのは動物として正しい行為である。

威嚇が成功した大カラスは獲物を掴んで急上昇し、人の手の及ばぬ領域まで飛び上がった。


上空でスカートを翻す美しき女性をめがけて、カラス達はその麗しき肉を啄むべく嘴を向ける――



「御神流、枝葉落とし」



 ――カラスのこうした一連の動作を全て見抜いていた俺が、上空から叩き切った。


何を隠そう、カラスは俺にとって怨敵である。日本で浮浪生活を続けていた俺は、こいつらの憎たらしい行動は熟知している。野宿するのに、コイツラは邪魔以外の何物でもない。

人が折角手に入れた食料を狙って突いてくるし、人が気持ちよく寝ているのにうるさく鳴きやがるし、人が旅している間にもその警戒心の高さ故に襲いかかってくることもあった。


たとえでかくなろうとも、コイツラが何しようとしているのか分かりきっている。自動人形であるローゼの腕力を持って、上空へと飛び上がったのだ。


「よっと――大丈夫ですか」

「は、はい……危ないところを救って頂き、ありがとうございました」

「いえ、お気になさらず。あとは我々が引き受けますので、安全な船の中に戻っていてください。私がどうにかしますので」


 あの男も含めて――そのニュアンスを、この聡明な女性はすぐに理解してくれた。

空中で彼女を抱きかかえて、そのまま着地。初対面の女性にお姫様抱っこといった失礼な真似は続けられないので、丁寧に立ち上がらせた。

彼女は頷いて一礼し、商隊に連れられて船の中に避難する。


現場へと降り立った俺は、残された戦士達の前で大声を張り上げた。


「皆さん、ここにいるエテルナの指示に従って戦ってください。責任は全て私が取ります」

「なっ、貴様勝手なことを――」


「ローゼ」

「よっ」

「うぐっ!」


 ……確かに黙らせろというニュアンスで呼びかけたが、首をひねれとは言っていないぞ。

ローゼは男の首を後ろから掴んで、コキャッと曲げてしまった。気の毒に、泡を吹いていやがるぞ。まあ、うるさいのがいなくなったのでいいか。

俺の責任で男をめでたく黙らせたことで、商隊の女性達から感謝と感激の眼差しを向けられる。辛かったんだろうな……


「全員、モンスターを殲滅しろ!」

「おー!」


 指揮系統が正常化されて、優秀な戦士達によってモンスター達が見事に討伐されていった。

おい、ちょっと待て。剣士として俺も最前線で戦うつもりだったのに、何故いつの間にか責任者側に立っている。

俺も何とか前線に加わろうとするが、責任者が戦うなと怒られてしまった。違う、そうじゃない。


「あの、僕は剣士なので、前線にですね……」

「誰も聞いていませんよ、主」

「うっさいわ!」















<続く>








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