とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第二十四話
ジェイル・スカリエッティ博士とウーノ達の尽力により、フローリアン夫妻の搬送は無事に成功した。
名目上島流しの処分を受けている俺達が堂々とミッドチルダの施設へ転院させるのは都合が悪いので、フローリアン夫妻はジェイルの生命研究所へ送っている。
キリエとアミティエは逡巡はしていたが、母親のエノレアさんに諭されてエルトリアに残る事になった。見舞いや看護は状況が落ち着いてからと、自分を戒めているらしい。
三日以内のエルトリア退去はこれで果たせたので、早速連邦政府の代理人と交渉した。
「惑星再生委員会が分析したエルトリアの観測データを手に入れたぞ」
「本当に政府側と交渉できたのですね……」
「なんだよ、その微妙な顔は」
「感心しているんです! 何です、ちょっとかっこよくなったからっていい気にならないで下さいね!?」
「情緒不安定か、お前!?」
謎のキレ方をして、顔を赤くした湖の騎士が観測データを全て持ち逃げして走っていった。せっかく手に入れてやったのに、なんて図々しい女だ。
ともあれ惑星エルトリアの観測データがあれば、クラールヴィントを装備したシャマルなら惑星全域の分析は行えるだろう。リーゼアリアと協力すれば、生命分域もスムーズに進められる。
ユーリによる惑星の活性化を行うには、この惑星全土を見極めて環境の促進をコントロールしなければならない。下手に劇的に進化させてしまうと、この惑星に生きる全生物に悪影響を及ぼしかねないからだ。
いずれにしても下準備は出来たので、いよいよ惑星エルトリアのテラフォーミングを行う第一歩を始めよう。
「まさかここへ戻ってくる羽目になるとは思わなかったわ……親孝行な自分が悪い」
「マスターがさり気なく娘になったことをアピールしていますので、汲んであげて下さいねお父様」
「変に気を使わないでくれる!?」
――惑星エルトリアにある、古い廃教会。
月日が経過した、人の肉盛りを感じない建物。荒れた翳がにじんでいる建物の肌、瓦礫や石灰だらけの壁。土台柱はまるで白蟻が蝕ったように腐っている。
一世紀以上は経っている古びた教会は、枯れた木が煩いほどに枝を伸ばしていた。残骸めいた風景は悲しさよりも、寂寥で滲んでしまっている。
哀れにすら思える歴史の遺物を前にイリスやイクスヴェリア、前時代の少女達が賑やかに語っているのが何だか面白かった。
「そういえばイリス、あの時この教会に安置されていた遺跡に宿るAIとか言ってたよね。結局あの設定、何だったのよ」
「うっさいわね、悪かったって言ってるでしょう」
「謝罪を求めているんじゃなくて、単に気になったから聞いているだけよ。もう怒ってないから」
「ふん……何から何まで全て嘘だった訳じゃないわよ。ここが、エルトリアの先史時代に存在した遺跡なのは本当よ。
ユーリのせいでシステムダウンしたあたしが保存しておくのに便利だったから、利用していたのよ。生体テラフォーミングユニットだって、メンテナンスされないとどうしようもないからね。
文句ならそこで、何の記憶もなく珍しげに見ているこいつに言ってよね!」
「どうだ、思い出したかユーリ」
「いえ、全く」
「くきー! こいつ、本当に腹が立つわね!?」
キリエとイリスが初めて出会った場所が、この廃教会に眠る遺跡らしい。地下に安息される古びたシステムそのものが、惑星エルトリアの古い廃教会にいる赤毛の少女だったというロマン話らしい。
イリスが話したがらないのでキリエに聞くと、イリスはエルトリア先史時代から廃教会に安置されていた遺跡板に宿るAIだと言っていたらしい。本人が横で聞いていて、黒歴史とばかりに嫌な顔をしている。
そもそも違和感なく人間と会話が可能な程の高度な知能と自意識を持っているイリスは、今から約10年前にイリスが再起動した時に偶然居合わせたのがキリエ・フローリアンだったということだ。
十年前といえばまだ子供の頃、強い絆で結ぶ時間は十分にあったということだ。
「自分の目的を果たすために、キリエさんと親友と呼べる関係を築いていたということですね。ひょっとして昔、わたしと友達だったという話も――」
「なるほど、詐欺師の手段だな」
「ちょっとちょっと、何から何まで全て嘘だったみたいな理解はやめて!?」
ユーリと二人で耳打ちしあっていると、イリスが慌てて割って入る。ユーリも今更疑っている訳ではないだろうが、キリエを騙していたのは事実なのでイリスも気が気でないらしい。
廃教会を案内されながら、当時の状況を教えてもらう。イリスは今でこそ実体化しているが、当時力を失っていた彼女は遺跡板より投射した立体映像であったらしい。
声を発しているのも遺跡板ではなく映像の方だと、芸の凝った騙し方をしていたようだ。イリスの釈明では本体そのものを生成した半実体で、幽霊のようなものだったようだ。
廃教会の地下へと降りて、人工知能搭載型の遺跡板システムへと辿り着いた。
「……放置されているかと思ってたけど、メンテナンスしてくれていたのね」
「一応キリエの友人でしたからね、こっそり面倒くらいは見ていましたよ」
「そういうところは、姉妹よね。なんだかんだ言って、甘いというかなんというか」
キリエとイリスの関係はアミティエも知っていたようで、イリスが居なくなった後も遺跡板システムの様子を見に来ていたようだ。
このシステムは演算能力と情報の蒐集、データの蓄積機能を持っている。他にも遺跡板システムそのものが、エルトリアの独自技術であるフォーミュラの術式処理にも使用されているようだ。
イリスもこのフォーミュラと組み合わせて使用し、機械運用を目的としたヴァリアントシステムを活用していたようだ。エルトリアの技術体系が眠る遺跡は、今も使用できる状態にある。
本体であるイリスが、遺跡板の前に立った。
「キリエの家の地下にも、AIこそ未搭載だけど同システムが保有されていた。同期可能な遺跡板がまだ、このエルとリア惑星中に多数残されているわ」
「それらとリンクすることで、この機能を更に拡張することができるのですね」
「そうよ。そしてこの遺跡板システムを利用して惑星エルトリア全土にリンクすれば、あんたの力がエルトリアの隅々にまで届くわ」
「なるほど、それでお前はユーリをこの遺跡へ案内したんだな」
「ええ、あたしがこの遺跡板システムと再び一体化するわ。あたしがリンクを繋いであげるから、あんたはここからその馬鹿げた力を思う存分活性化させなさい」
いわばこの遺跡板システムを心臓部として、リンクという血脈を惑星エルトリア全土に広げて、星丸ごと生命の血ともいうべき生体エネルギを流して活性化させる計画らしい。
本来であればリンクは無差別になってしまうが、シャマルとリーゼアリアの分析により、惑星エルトリアに必要とされる栄養分の配置は完璧に行われる。
これなら生命の進化や環境の改善も、計画的に促進される。かつて惑星の再生を目指していた委員会の理想が今ようやく、実現されるのだ。
キリエやアミティエの父グランツが頓挫していたプランが、別アプローチではあるが実現される。イリスの機能とユーリの力、そして俺達全員の能力と叡智によって夢が叶う。
「……死んじゃったアタシの家族が夢見ていた理想が、実現されるのね」
「お前の力によって叶うんだ、きっと喜んでくれるだろうよ」
「あ、あの――」
「どうした」
「えと……あ、ありが……おとう……」
「何だよ、ゴニョゴニョと」
「っっ……イクスヴェリア、ちょっと来て!」
「はいはい、なんですかマスター」
「……」
「ふむふむ――ありがとう、お父さんと言ってます」
「自分の口で言えよ!?」
真っ赤な顔をして地団駄を踏んでいる思春期な義理娘に、呆れた顔で言ってやる。でも確かに自分の親に感謝の言葉を告げるのって、結構勇気がいるよな。
考えてみれば俺も桃子やリンディ、クイントやメガーヌに自分の言葉で感謝を言えた機会は少ない。気持ちはあるんだけど、本人を前にするとなかなか言えないのだ。
今ではもう親代わりの大人たちだが、俺もあの人達を母として呼んだことはない。別に言ってもいいのだが、口にしてしまうと自分の中の何かが変わってしまいそうで怖いのだ。
イリスもかつて父として慕っていた人に裏切られたばかりだ、抵抗もあるのだろう。
「こほん――アタシ自身生体テラフォーミングユニットとして、惑星再生のために造られたという理由以上の意欲を持って、委員会の人たちとこの星の再生を望んでいたわ。
結局それでも成果としては足りず、連邦政府によって委員会の予算は着々と削られていっちゃったけどね」
「そちらについては、俺が代表として交渉は続けていくから安心しろ」
「はいはい。ユーリの生命操作能力とあたしの機能によって、惑星再生の新しい希望にしてやるわ。協力してあげるから、あんたも頼んだわよ」
「うん、記憶はないけれどこの星でお世話になったのは本当だもんね。私も全力で頑張る」
「……あんたの全力は怖いから、そこそこで」
「なんで!?」
旧縁ながらも新しい友人を得たイリスは、共に惑星再生に取り組みながら今度この惑星で活動を行っていく。イクスヴェリアは冥王として得ていた知識を活用して、イリスの補佐を行う。
イリス本人と話すと要領を得ないので、彼女の交流を担当するイクスヴェリアと打ち合わせする。彼女によると資材とエネルギーさえあれば、様々な用途を備えた自分の機能を活用できるらしい。
かつてミッドチルダ全土から奪った資材類を元に、量産型や固有型といったイリス群体を産み出していた。彼女の製造や生産機能を元に、活動機能を持つ個体を生み出すことでその効率を鼠算的に増やすこともできる。
この遺跡板システムを運用する人材はアリサ達がいるが、惑星全土となると人手が足りない。だからこそ、量産型を活用していくということだ。
「固有型はなぜ採用しないんだ」
「聖王オリヴィエに主導権を奪われてから、本人が嫌がっています」
「納得」
まさか黒幕である所長があっさり倒されて、聖王オリヴィエ本人が降臨するとは夢にも思わなかった。事件解決どころか世界が滅びかねない大惨事となったのは、記憶に新しい。
固有型は知性を持った指揮官タイプで有能ではあるのだが、同時に自意識を持っているので暴走されると手に負えない。本来は主人であるイリスが手綱を握っているのだが、オリヴィエのような例外が生まれると厄介だ。
イリスも固有型は便利だと分かっているのだろうが、それ以上に裏切られた経緯があるので使いたくないのだろう。自分も裏切っておいてなんだが、人間とは棚上げする生き物なのである。
そして全てのセッティングが整い、ユーリ・エーヴェルヴァインが舞台に上がった。
「見ていて下さいね、お父さん。私がこの惑星を蘇らせてみせます」
「おう、期待しているぞ」
「永遠結晶エグザミア――システム"アンブレイカブル・ダーク"起動!」
かつて惑星エルトリアに夜天の書と共に転送されて、エルトリア再生委員会のイリスと共に在った少女。
裏切りの歴史で一度は切り離されたが、奇縁と奇運の果てに再び惑星へ降り立って全ての歴史は回帰された。
強大な力を蘇らせてもその優しき心は何一つ変わらず、家族と友人のために今日も力を振るっている。この光景を目にしたら、委員会の人達もきっと喜んだだろう。
今日この日より、惑星アルトリアは新しく生まれ変わるのだ。
<続く>
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