とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第二十一話
キリエとアミティエ、二人の依頼人より正式に承諾を受けたので、翌日から惑星エルトリアの開拓計画が始まった。
開拓といえば俺の中では鍬を持って大地を耕すイメージだったのだが、アリサという天才メイドに笑われてしまった。あいつは男心というのを分かっていない。
思いつく限り全てを実行するという俺の提案は叶えられ、早朝から世界屈指の優秀なメンバーが集って開拓計画を熱心に練り始めている。机仕事は全て、あいつらに任せよう。
全てを丸ごと一気に叶えられるのは無理だが、少しずつでも一気に推し進めることは出来る。
「おはようございます、リョウスケ。お話は伺いました」
「おはよう、フェイト。朝から張り切っているな」
「はい、とてもリョウスケらしい方針だと思います。貴方はあの頃から変わっていませんね」
むしろ前と比べて変わったと人から言われがちだが、プレシア・テスタロッサの裁判に取り掛かりきりだったフェイトにとって、俺という人間はあの頃のままであるらしい。
悪意は全く感じられず、むしろ強い好感と信頼に満ちている。あの頃といえば言わずもがな、ジュエルシード事件だ。失敗の連続で、俺にとっては黒歴史に等しい。
しかしながら考えてみれば、確かに何に対しても必死で足掻いていた日々だった。結局アリサを諦めきれず、フェイトを見捨てられず、なのはやはやてを放り出せなかった。
挙句の果てにプレシアまで説得までする始末なのだから、手に負えない。多くの人達が助けてくれなければ、何も手に入れられなかっただろう。
「リョウスケの号令を受けて、皆一斉に動き出しています。それで私も何か力になりたいと思って、リョウスケに声をかけたんです」
「なるほどな」
フェイトは控えめな性格でこそあるが、多種多様な才能を持った女の子である。ただ惑星の開拓という一面で考えると、確かに何が出来るのか悩んでしまうだろう。
別に彼女を責められない。俺だって何にも出来ないから、自分の人脈やコネを大いに当てにしてやりたいようにやらせているだけである。責任だけ果たせばいいのだから、楽なものだ。
そういう意味ではフェイトも大いに当てにしたいところではあるが、この子に何をさせるべくか考えると難しい。魔導方面が得意なのだろうが、エキスパートは出揃っている。
本人もきっと初動に困って、俺に聞きに来たのだろう。素直に仕事がないか聞きに来る一面は子供らしいと言えるが、割り振る仕事がないと困ってしまう。
「だったら――っ」
「! この地響きは!?」
口を開こうとしたその瞬間、大地が突然鳴動を始めた。
地震大国である日本でもありえない地響き、大地そのものではなく大地を踏み荒らす重音。何かがこちらへ向かって、急速に迫っている。
俺達は現在、フローリアン姉妹の家にお世話になっている。この辺一帯は住宅を除けば、家庭菜園と牧場スペースしかない。周囲は砂と岩石エリアで荒れ果てている。
俺とフェイトはお互いに顔を見合わせて、頷き合う。
「到底好意的な来客とはいえないようだ、行くぞ」
「はい!」
地球から持ち込んできた俺の唯一とも言える荷物であるセフィロト、リインフォースがグースカ寝てる神剣を竹刀袋から抜いて駆け抜ける。
基礎鍛錬は欠かせていないが、イリス事件以後は平和で実戦はしていない。久しぶりの戦いの予感に震えでもすれば戦士らしいと言えるが、生憎と俺は剣士である。
生粋の剣士は、斬るのを喜ばない。斬るのは結果であり、斬るまでが過程だ。その一連の動作に磨きをかけるのであって、感情なんて不要である。
フェイト・テスタロッサもバリアジャケットを装着し、バルディッシュをセットアップした――そういえば。
「お前と一緒に戦うのは、初めてだな」
「そうでしたっけ。ジュエルシード事件では共に戦場を駆け抜けたと思うのですが」
「お互い、それどころではなかっただろう」
「なるほど……確かに背中を預け合う心境ではありませんでしたね」
フェイトは当時を思い馳せたのか、苦笑いする。俺も同様だ、あの事件の最中でお互いを気遣う余裕なんてとてもありはしなかった。
フェイトは母親や自身の贖罪で精一杯だったし、オレはオレでアリサや自分自身の失敗で頭を抱える始末。自らを省みるだけで、隣に立つ人間を気にかける余裕もなかった。
そんな俺達が全く異なる惑星、異世界とも言える場所で命を預け合うなんて思わなかった。こういうのを子供心で表現するとすれば――
冒険、というのだろう。
「リョウスケ、発見しました」
「おお、あれか――って、どええええええええええええええええええええ!?」
――人間以外と戦った経験といえば魔導兵や人外を除けば、野犬があげられる。
これはフィリスに聞いた話だが、動物を飼う際には登録や予防接種が義務化され、放し飼いも減っているため繁殖が減り、捨てられる件数自体が減少傾向にあるらしい。
ただ完全に居なくなった訳ではなく、放浪している最中に襲われたことがある。動物は基本的に人間を恐れるが、無害ではない。俺もたかが犬程度と侮っていたのだが、意外と手強くて悪戦苦闘させられた。
野生化した犬は、強いのだ。
「野良犬ですね」
「犬なのか、本当に犬と呼んでいい生き物なのか!?」
犬だと言われたら、確かにそうかも知れない――見上げんばかりの大きさで、なければ。
昔は俺が野良犬を見下ろしていたのだが、今度は俺が見下されている。偶然の一致でしかないのだが、俺が過去に追い払った野良犬に腹が立つほどよく似ていた。
惑星エルトリアの極悪な環境で生まれ育った野生の犬は、巨大化していた。もし噛みつかれたら、骨ごとバキバキにされるだろう。
残念ながら人に懐いているようには見えず、俺達を見下ろして涎を垂れ流している。思いっきり食べる気満々じゃねえか。
「ワオーン」
「くそっ、鳴き声がちょっと可愛いのが腹が立つ」
大口を上げて襲い掛かってくる犬に対して、フェイトは素早く飛び上がって回避。生憎と俺は空を飛べないので、横っ飛びして攻撃を回避した。攻撃というか、明らかに捕食行為だが。
野良犬の顎が地面に食い込んだが苦痛の一つも上げず、あろう事か地面を雑草ごと食らって立ち上がった。硬い土をガリガリ噛み付いて、飲み込んでいる。味の善し悪しなぞ度外視なのだろう。
惑星エルトリアは弱肉強食の世界、野良犬一つの行為を見て嫌というほど痛感させられる。人間は霊長類最強の動物などではなく、ただの餌だった。
久しぶりに思い出される、この感覚。自分は捕食される側なのだという、弱者の劣等感。
「プラズマスマッシャー」
フェイトの放つ近距離砲撃魔法。電光を伴う純粋魔力攻撃で、射程距離を犠牲にして威力と発射速度を高めている。高速の雷光が、野良犬を直撃した。
瞬間的な稲妻の攻撃は回避を許さず、野良犬を直撃。攻撃範囲の広さは野良犬の傍に居た俺も含まれており、そのまま立ち止まっていれば俺まで巻き込まれていただろう。
ジュエルシード事件の頃であれば回避なんて出来なかったはずなのだが、フェイトは躊躇なくプラズマスマッシャーを使用した。変わっていないといいながら、彼女はきっと分かっていたのだろう。
野良犬が雷光に目を奪われたその瞬間――
「出鼻小手」
機を見逃さずに、別名出小手と呼ばれている技を打ち込む。野良犬の手元が疎かになったところを見計らって、前足を跨ぐようにして上から大きく打ち込んだ。
この技は相手の手元に隙ができたところを、本来は小手に打ち込む技。人間相手に想定されているが、実戦でも通じる剣術。剣道でも多用されている有効打である。
斬るのではなく打つ技ではあるが、生命の剣セフィロトほどの神剣であれば話は別。巨大な野良犬の前足は切れずとも、骨は砕けて折れ曲がった。
雷によって意識を絶たれ、剣によって足を断たれた野良犬は、そのまま地面に沈んだ。
「見事な技でした、リョウスケ。強くなりましたね」
「相手の力量を的確に図ってサポートしてくれたお前も流石だよ」
必ず巻き込まれないと信頼していても、味方ごと攻撃魔法を放つ胆力は並の魔導師では出来ない。どうしたって、躊躇はしてしまうだろう。
自分の責任で味方を傷つけてしまうのは、全力な人間であれば躊躇するものだ。機を一切逃さずにノーモーションで魔法を放ったフェイトだって、精神的に強くなっている。
少女の目に映っているのは、曇りなき信頼。この人は強くなっているのだと、頼もしき視線で俺を見つめている。彼女の期待に、俺は応えられたのであろうか。
セフィロトを竹刀袋に入れて、俺は野良犬の元へ駆け寄った。フェイトも大人しく従う。
「人の匂いを嗅ぎ付けてきたようですね。恐らく、以前より見張られていたのでしょう」
「以前はどうして襲われなかったんだ。アミティエ達の両親しか居なかったんだぞ」
「同じことでは?」
「同じ……?」
「人間を餌としてみているのであれば、病人であるかないかは関係ないと思います。
餌が急に増えたので、頃合いと見て襲撃してきたのでしょう」
「うげっ、そんな感覚なのか」
人間が動物相手に狩りをする感覚と同じだ。まず獲物の巣を見つけ、繁殖するのを待つ。餌が増えたその瞬間を見計らって、大いに狩り尽くすのだ。
野良犬が巨大になれば匂いに鋭敏になるのかどうかは確かな話ではないにしろ、アミティエ達の家が狙われていたのは確かだ。今にして思えば、当然の話だった。
キリエ達から聞いた話では、モンスターとも言える凶悪な生物に何度も襲われていたのだと言っていた。
彼女達が都度撃退していたそうだが、撃退していたという事はここが捕食者達の狩場なのだ。
「やはり野良犬は俺にとって天敵だな」
「その口振りでは、以前にも襲われた事があるのですか」
「海鳴に来る前は一人で国中を放浪していたんだ、その時に襲われた事がある。襲われたというか、襲われていた現場に居合わせてしまった」
「誰かが、野良犬に襲われていたのですか」
「誰かというか――猫だな」
「猫?」
「うむ、小さい黒猫が野良犬に襲われていたんだ。別に猫好きでもなんでもないんだが、まだ小さい猫がどデカい犬に襲われているのを見てなんだか腹が立って割って入った。
そしたら俺に襲い掛かってきやがったから、取っ組み合いになったんだ」
「子猫を助けたんですね。やはりリョウスケは優しい人です」
「いや、別にそういうんじゃなくて……ただ何となく、腹が立ったんだ。多分あれだ、その時腹が減って俺も気が立ってたんだな」
「ふふふ、そういう事にしておきます」
「おい」
――そういえばあのチビ猫、今も元気にしているのだろうか。
野良犬から助けてやった後、何故か知らんが懐いてきやがったので、仕方なく一晩面倒を見て翌日お別れした。名残惜しそうに鳴いていたが、子猫を連れて旅する趣味はない。
思えば海鳴で久遠を拾って面倒を見ようとしたのは、あの黒猫のことを思い出したからかも知れない。
少なくとも、経済的な余裕のある今から飼ってやるくらいはしただろうに。
「まあ猫は犬と違って、薄情だからな。恩義なんぞ忘れて、今は自由気ままに生きているだろう」
「そんな事はありませんよ。猫だって、助けてくれた人は覚えていると思います。名前とか付けてあげたりしたんですか」
「いや、飼う気は無かったからな。
黒猫だったから、"クロ"と呼んでいたくらいだな」
いずれにしてもああいう野良犬の類は開拓計画の障害になるのは間違いないので、対策を考えなければならない。
アミティエ達先住民もそうだが、移民計画も進めているからな。安全な場所を確保する必要がある。
海鳴へ一度戻って、人外連中と話をしたほうがいいかも知れないな。
クロの事は一旦忘れて、俺はフェイトと一緒にアミティエ達の家へ戻った。
<続く>
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