とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百七話
――攻守が逆転してしまったことを、アミティエ・フローリアンはハッキリと自覚している。
固有型、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。古代ベルカの諸王時代に存在したゆりかごの聖王を相手に、正面から戦うのは明らかに不利。
だからこそヒットアンドアウェイを繰り返していたのだが、事件の黒幕と思われるフィル・マクスウェルが登場した事で、戦況が一変してしまった。
各局面の戦況は仲間達が必死で均衡を保っているが、隊長が不在かつ副隊長が重傷を負った事で、戦線が崩れ始めている。
「アクセルスマッシュ」
「は、速い――アクセラレイター!」
エルトリア技術によるエネルギーを集中させた拳で相手の意識を一瞬で奪う攻撃、アクセルスマッシュ。間合いの取り方が絶妙で、気が付けば懐に飛び込まれている。
単純な速さではなく高度な武術だと、意識ではなく感覚で把握したアミティエはアクセラレイターを起動。技術による攻防ではなく、身体能力でカバーする。
急加速で間合いを取り直して、可変型二挺銃のヴァリアントザッパーを発射。銃撃は鉄鋼で防がれるが、距離を取ることには成功出来た。
遠距離寄りの攻防戦はアミティエにとっては有利なのだが、オリヴィエにとっては望むところだった。
「残り五分、持たないでしょうね」
「――っ!」
瞼を血と汗が滲ませながら、アミティエは戦場の彼方を見据える――口から夥しい血を吐きながら、蒼き髪の女傑が号令をかけている。
明らかに串刺しにされたというのに、オルティア副隊長の気迫が衰えることはない。彼女がいなければ、マクスウェルの暗躍により特務機動課は壊滅していただろう。
彼女が今も懸命に立ち続けているのは、空席となったままの指揮官を待っているからだ。必ず帰還すると信じているから、今この苦境の中で壮絶に命を燃やし続けている。
オリヴィエからすれば時間を稼いでいればオルティアは倒れ、戦線は瓦解して勝利となる。
「それは……どうでしょうか。元傭兵団のリーダーだった怖い美人さんですよ、気合の入り方が違います」
「希望的観測は結構ですが、後でどれだけ後悔しても取り返しはつきませんよ」
アミティエ・フローリアンは軍人ではないが、遠き彼方の惑星であるエルトリアから単独で渡航してきた強い少女だ。挑発であることは承知している。
実力の差が明白である以上、聖王を相手に正面から挑むのは危険過ぎる。返り討ちするのを狙って、オリヴィエは決着を促している。
親切心ではないと知りつつも、心が震えるのが止まらない。残り五分という数字は、的外れではないだろう。
宮本良介が残り五分で帰ってこなければ――この戦争は、敗北する。
「戦争を終わらせるためには、自ら手を汚さなければならない」
「だから私に、貴方を殺せとでもいうのですか」
「貴方は強い人です。だからこそ、覚悟を問うている」
終わらない戦乱と灰色の雲――人々の飢えと悲しみが少しでも早く終わるように、ゆりかごの聖王になった悲しき武王。
イリスによって作られた偶像だと知りつつも、彼女は固有型としての知性と知識があった。聖典よりインストールされたデータが、ゆりかごの聖王を具現化した。
圧倒的なカリスマと権威が、エルトリアの戦士を圧迫する。正面から戦えば勝ち目がないと知りながら、勝負に出るべきと強烈に焦がれてしまう。
――オルティアが倒れたら精鋭達が押されてしまい、残存勢力が溢れ出して各局面への支援を行ってしまう。
――支援砲撃を受けた月村すずかが倒れたら、湖の騎士が自由となって魔導補佐を開始してしまう。
――旅の鏡による空間砲撃を受ければ、ヴィータ達が倒されて量産型の騎士達が自由となってしまう。
――ヴィータ達が倒れたらリーゼロッテがこの期を逃さず、守護騎士を取り込んで闇の書を回収してしまう。
――闇の書が回収されればリインフォースが消滅し、彼女に取り込まれていた宮本良介が脱出不可能となる。
――そして特務機動課は壊滅して、全てが終わる。
「じゃあ、あたしが勝負してやるわよ」
「!?」
「アクセラレーター・オルタ!!」
――血に伏していたキリエ・フローリアンが、"倒れたまま"の状態で特攻してくる。
人間ミサイルのように頭から突っ込んできたキリエを目の当たりにして、流石に仰天したのかオリヴィエが目を見開いて飛び上がった。
キリエはそのまま転がりまわって倒れて、動かなくなる。突然の特攻にまだ驚きを残しながらも、最後の抵抗だったと息を吐いて――
自分の周囲を、無数の弾で包囲されている現実を目の当たりにした。
「フルドライブバースト、"エンド・オブ・ディスティニー"」
「!? セッ――セイクリッド・ディフェンダー!!」
無防備に宙へと逃げた聖王をめがけて、威力の高いエネルギー弾をこれでもかというほどぶっ放す。撃って、撃って、撃ちまくる!
オリヴィエは必死で攻撃された箇所に強化して防御しつつ、アミティエの攻撃を弾く技法を駆使するが、加速された弾丸の全てを打ち落とすのは困難であった。
激しい弾幕と拳撃が乱舞され、血飛沫と汗水が飛び散る戦場。空間が破裂して、異音と爆音が鳴り響き、空気が軋んで、大地が炸裂して――
戦場が、静まり返った。
「ハァ、ハァ……徒手空拳でそこまで戦えますか。人間かどうか、疑っちゃいますよ」
「フゥ、フゥ……貴女こそ、常人ではありえない筋力を有している。
それほどの加速と弾速に耐えうる肉体――恐らく、常人の10倍もの密度の筋肉と骨密度を誇っている。
環境が作り出した怪物ですね」
二桁どころか三桁を超える弾丸を秒速で撃ちまくったというのに、聖王オリヴィエは健在であった。
勝負どころと言えば、正にこの瞬間だっただろう。これ以上の勝機はもはやあり得ないと、言い切れる。
これで倒せないのであれば、もう勝ち目はないのだと理解できた。最大の技でも倒せないのであれば、勝負の機もないこの先は絶望のみだろう。
アミティエはまだ戦えるが、もはやこの勝負の勝敗は決まっている。
「ありがとう、キリエ。もう大丈夫です」
「ゲホ、ゲホ……し、しっかりしてよね。お姉ちゃんは、あたしの憧れなんだから」
「えへへ、そこまでリップサービスされたからには頑張らなければいけませんね」
敗北が確定したこの時、アミティエ・フローリアンは吹っ切れたように笑っていた。
「……まだ戦うというのですか」
「はい、時間稼ぎしまくるのでよろしくおねがいしますね」
「! もうその時間はありませんよ」
怪訝な顔をしたままのオリヴィエがそう告げて――オルティア・イーグレットは、膝をついた。
何とか立ち上がろうと膝に手をかけるが、傍目からでも見える全身の震えが許さない。疲労は頂点に達しており、傷口から臓器が零れ落ちそうだった。
慌てて隊員達が駆け寄ろうとするが、マクスウェルが改造した兵士達が阻む。各局面の戦士達も目の前の相手に精一杯で、とても救援にはいけない。
キリエ・フローリアンは倒れ、アミティエ・フローリアンは敗北している。
「剣士さんが帰ってくれば、何の問題もありません。私もキリエもあの人を信じて、貴女を止めてみせる。
フローリアン姉妹、舐めないでくださいね」
「戦場に出ているのに、そのような考え方は――」
「甘いですか? 大いに結構じゃないですか」
「……どういう意味ですか」
「ここは私やキリエ、そして両親が憧れた、豊かで平和な世界です。荒れた時代を収めて平和へと導いたのは、剣士さんとお仲間さんです。
もう貴女の時代ではないのですよ、価値観を押し付けるのはやめてください。
あの人はこの事件が解決したら私達のエルトリアを開拓し、病気になったお父さんの治療をして下さると約束してくださいました。
私は貴方を殺すことはできそうにありませんが、あの人を信じて貴方を止めるくらいは出来ます」
キリエ・フローリアンはその為に、地に伏せながらも戦い続けている。アミティエ・フローリアンはその為に、血を流しながらも戦い続けている。
彼女達の努力を持ってしても、この戦いで敗北することは確定している。だけど、敗北するまでの未来を長引かせることが出来る。
オリヴィエからみれば、無駄な努力だろう。稼げる時間はごく僅かであり、残り時間はもう少ない。けれどそれでも、アミティエやキリエは諦めない。
フローリアン姉妹が必死で時間を稼ぎ、オリヴィエを食い止めていたが――
「終わりです」
オルティアは手から銃を落として――そのまま崩れ落ちて。
「待たせたな」
俺が、しっかりと抱きとめてやった――戦場が、大いなる歓声に満たされる。
遠目で気付いたアミティエが感激したように泣きながら、こちらに手を振ってくるのが見えた。ヴィータ達も怪我だらけの顔で、笑っている。
どいつもこいつも、元気過ぎる。
「たい、ちょう……ゴホ……おつ、かれさま、です」
「ボロボロになるまで頑張ってくれたお前が労うのかよ」
――口から泡のように血を吐いて、制服を真っ赤に染めた彼女が、それでもいつもの変わらずに声をかけてくる。
全ての事情は、把握している。仲間達が、彼女達がどれほど懸命に戦ってくれたのか、よく分かっている。
だから、こうして帰ってこれた。
「わた、しは……ハァ、ハァ……にん、むを、はたしただけ、です、から」
「お前ならきっと、そういうと思っていた。だから、安心して任せられた」
「あり、が、とう、ございます――あ、とは……」
「ああ、俺に任せてお前は休んでいろ。俺はもう大丈夫だ」
――だって。
「リインフォースは、斬り殺してきたからな」
<続く>
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