とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百六話
                              
                                
	 
 
 量産型群体と呼ばれた守護騎士達の偽物、烈火の将や紅の鉄騎との戦闘は過酷を極めていた。 
 
将棋と同類のボードゲームにおける、千日手に相当する戦術。駒の配置や両対局者の持ち駒の種類や数、手番が全く同じ状態が続くと千日手となってしまう。 
 
リインフォースより生み出された量産型を相手に、ヴィータやザフィーラが挑んでいるが、戦局から言えば埒が明かないの一言であった。 
 
 
ヴィータの相手は紅の鉄騎、つまり自分のコピーがひたすら同じ手段で反撃してくる。 
 
 
『ウガー、こいつ心底ムカつくー!』 
 
 
 ラテーケンハンマーを繰り出せばラテーケンハンマーで抵抗され、シュツルムファルケンで逆襲すればシュツルムファルケンで対応される。 
 
挑発や挑戦も絶え間なく行っているのだが、量産型は思考能力が低く命令には絶対である。ヴィータが何を言おうと、命令を遵守して自分を絶対崩さない。 
 
大技を出せば勝てる自信はなくはないのだが、当然同じ大技で反撃してくるだろう。それで接戦になってくれればいいのだが、敵はアッサリ諦めて退くので厄介だった。 
 
 
徹底的な時間稼ぎと足止め、こいつに命令した奴が頭おかしいとヴィータが叫んでいる。 
 
 
『紫電一閃』 
 
『くっ……鋼の軛!』 
 
 
 烈火の将と盾の守護獣でも、同じ展開が続いている。相手が攻撃力が強く、こちらは防御力が強い。つまり攻防が逆転せず、延々と続いてしまっている。 
 
量産型が攻め立てているように見えるが、ザフィーラが防衛に徹しているので、一進一退が続いているのだ。戦況に微塵も変化がない。 
 
ならば攻めるべきなのだが、烈火の将の量産型を相手に攻守に出るのは分が悪い。せめて相手がスタイルを変えてくれればいいのだが、機械のように同じことを繰り返すのだ。 
 
 
拮抗しているからこそ不利になってしまう、理不尽な展開だった。 
 
 
 
『くそっ、あの馬鹿……早くリインフォースをどうにかしろよ!』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 量産型群体とはそもそも、マリアージュを素体とした人型増殖兵器である。闇の書のデータを元にフォーミュラによって製造されていた、人間兵器だ。 
 
蒼天の書は既に改竄されていて、闇の書に関するあらゆるデータは白紙となっているが、リインフォースにより守護騎士達のデータは保管されていた。 
 
 
量産型群体である風の癒し手もその一人、彼女に戦場へ出られるとあらゆる局面が逆転されてしまうのだが―― 
 
 
『クラールヴィント、ワイヤー射出』 
 
『龍爪拳、竜の鉤爪』 
 
 
 ――仲間のバックアップやサポートに一流の才覚を示す湖の騎士が、夜の一族の王女一人に無力化させられていた。 
 
彼女が持つ旅の鏡は、デバイスより発生したワイヤーで囲んだ空間に対象を映し出す。そして映した対象に対して、攻撃を行うことも可能なのだ。 
 
超遠距離とまで言い切れる攻撃に対して、月村すずかが自らの肉体を擬態化させて反撃に出る。 
 
 
空間を通じてぶつかりあった攻撃は、火花を散らした。 
 
 
『何度やっても同じです。私は貴女の攻撃を"聞き取れます"し、ギア4で血を活性化させれば空間にも干渉できます』 
 
 
 量産型群体である風の癒し手はあらゆる局面で援護しようとしているが、あらゆる手段を用いて月村すずかが妨害する。 
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空間にも干渉出来る魔導師相手に、身体能力だけで抵抗する夜の王女。空間にさえ手出しできる彼女の能力は恐るべきものがあった。 
 
戦場の全てに干渉しようとする攻撃を妨害。その為にあらゆる感性や機能を全開放する今の月村すずかの負担は、非常に大きい。 
 
 
ゆえにこそ事前に摂取した血を用いて、ギア4と呼ばれる血の解放を行って全力で挑んでいる。 
 
 
『剣士さんを救おうとしてくださった貴女の優しさを、絶対に血で汚させない』 
 
 
 守護騎士達とは違い、月村すずかは自ら風の癒し手の足止めに徹底している。負ける気はないが、勝つ気もなかった。 
 
勝利するには多大な労力が必要となり、己の領分を超えてしまう。彼女は決して戦士ではない、あくまでも護衛なのだ。輝かしい栄光や、祝福に彩られた勲章なんていらない。 
 
湖の騎士、シャマル。補佐役を務める騎士だが、彼女の恐ろしさを月村すずかはよく知っている。もしも彼女がこの戦場の補佐に回ったら、最悪特務機動課は敗北してしまう。 
 
 
癒しの風の無力化と、旅の鏡の無効化。自分のあらゆる権能を行使して、月村すずかは護衛に徹する。 
 
 
 
『剣士さんが帰ってくるまで、何としても守り抜く』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 似た者同士、実力伯仲という観点で見れば、この両者ほどの均衡は恐らくこの戦場において存在しないだろう。 
 
リーゼアリアと、リーゼロッテ。同じ主をもち、同じ環境で生まれ育ち、異なる理念を掲げて戦っている二人。実力は互角であった。 
 
何よりも、相手の考え方が分かっている点が大きい。今何を考えているのか、次に何をするのか、全てを見通している時点で勝負なんてつくはずがない。 
 
 
お互いに傷だらけになりながらも、不毛な戦いに突入していた。 
 
 
『今なら許してあげるわよ。これ以上邪魔をしないなら、提督にだって今日のことは黙っておくわ』 
 
『今日のことってどんな事? 世界の危機にまで発展しかけているこの戦争で、きわめて個人的な事情で敵側に回っている貴女の事かしら』 
 
『個人的な事なんかじゃない! 闇の書が暴走すればどうなるか、貴女は知っているでしょう』 
 
『暴走しているわね、この事件を起こした黒幕によって。一刻も早く逮捕しなければいけないんだけど、何処かの誰かが邪魔しているのよね』 
 
『闇の書さえどうにか出来れば、この事件解決に協力だってするわよ!』 
 
 
『だから、この事件が解決すれば魔導書だってどうにか出来ると言っているのよ。順序を間違えているのは貴女よ、リーゼロッテ』 
 
 
 リーゼアリアはそう言って、リインフォースが消えてしまった空を見上げる。本人達はもう何処にもおらず、魔導書もそのまま消えてしまった。 
 
リーゼロッテは闇の書の回収を第一に考えており、リーゼアリアは事件の解決を第一に目指している。どちらが正しいのか、蓋を開けてみなければ分からない。 
 
闇の書の危険性を知っているからこそリーゼロッテは引けず、蒼天の書の安全性を知っているからこそリーゼアリアは譲らない。 
 
 
事件の解決を同じく目指しながらも、両者の意見は平行線であった。 
 
 
『クロノはどうするのよ』 
 
『……』 
 
『あの子は何も知らないのでしょう。平然と騙して、何とも思わないの!?』 
 
『騙してはいないわよ。魔導書の分析には直接立ち合っているし、蒼天の書が闇の書である可能性が高いと既に結論づけているわ。 
一周どころか二周半くらい遅いわね、貴女の情報は』 
 
『じゃあ私が全部洗いざらい話しても問題ないのよね。あんたやあの男が闇の書のことを知っていて、暴走していながらも庇い立てしていると―― 
あんたが可愛がっているナハトとかいう子や、明らかに異常な力を持っているあの男の子供達の事も。 
 
管制人格が暴走しているのにまだ庇っているあんたのことも、全部バラしていいのよね!?』 
 
 
 クロノ・ハラオウン執務官にはまだ、事の全てを話していない。リーゼロッテの指摘は、決して的外れではない。 
 
アリサの戦術によって虚言から真実へと無難に近づける算段であり、もはやあと一歩のところにまで迫っている。真実は、目の前だった。 
 
今回の件が解決すれば、おそらく全てを明らかにしても問題ないだろう。問題は今この瞬間、リインフォースが暴走しているこの時点であった。 
 
 
奮然と詰め寄るリーゼロッテに対して、リーゼアリアは平然と告げた。 
 
 
『勝手にすれば』 
 
『なっ……バラさないと、高を括っているの!? それとも必ず信じてくれると、自惚れているの!?』 
 
『私には関係ないもの。彼が自分の責任でクロノに話せばいいし、貴女がバラすのであれば彼が向き合うべきことよ。喧嘩でもなんでもすればいい。 
私はアリサとの友情を果たすべく蒼天の書を脱出し、ナハトヴァールを守るべく貴女と戦っている。 
 
あんな幼子でも家族のために頑張っているのよ。貴女は本当に、何とも思わないの?』 
 
『……わたしだって家族のために、あの人のために――!』 
 
『もう一度言ってあげる。ロッテや提督が、現実から目をそらしているのよ。 
自分達以外のやり方で闇の書が浄化されたことが、受け入れられないだけだわ。 
 
クロノだって貴女に何をどう言われようと、必ず真実を受け止められるわよ。だって彼は、あの子の大事な友達だもの』 
 
『その友達を裏切っておいて、よくも言えるわね!』 
 
 
『友達にだって話せないことはあるし、友達だからこそ言えないことだってあるのよ。 
私はアリサという友人が出来たからこそ、よく分かる。その点が、私と貴女の今の違いかしら』 
 
 
 友達がいるかいないか、信じる人がいるかいないか。真正面から信念をぶつけ合って、お互いに構えを取った。勝負は拮抗している。 
 
ただし、内容は別である。それはどの局面においても、同じ事が言い切れる。仲間を信じているからこそ、自分の役目に没頭できる。 
 
マクスウェルによるテコ入れが入ったのにもかかわらず、どの戦局においてもかろうじて拮抗を保てているのがその証拠だろう。 
 
 
『闇の書も、管制人格も、クロノやリンディの事だって全部何とかしてくれるわよ。だって彼はナハトヴァールの父親で、アリサが信じる人だもの。 
彼が戻ってくるまで、あんたや提督に邪魔はさせないわ』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ユーリ、どうしても僕の元へ帰ってくるつもりはないか。君は誤解しているんだよ』 
 
『誤解があるというのであれば大人しく自首して、事情聴取に応じてください』 
 
『昔とは比べ物にならない力を手に入れた君を、僕はどうしても家族として迎え入れたい。 
君が僕の子として帰ってきてくれるのであれば、イリスは解放しようじゃないか。昔のように、仲良くすればいい』 
 
『昔になんて、もう戻れません。わたしは貴方のことを知りませんし、イリスは今の貴方を父だとは思わないでしょう。 
わたしのことを力でしか測れない貴方は、断じてわたしの親じゃない』 
 
『話の分からない子だ……』 
 
 
『少なくともお父さんはわたしに力なんてなくたって、わたしを愛してくださいます。あの人は、我が子の為なら剣を捨てられる人だから。 
ディアーチェを救うために剣を捨ててくれたお父さんを、わたしは世界で一番愛しています。 
 
貴方はわたしのために、自分の夢を捨てられますか?』 
 
 
『……っ』 
 
『卑しい野心を捨てられない貴方ではお父さんには絶対勝てないし、何も成し遂げられない』
 
『くっ、仕方がない。 
僕が君の父親であることを、実力で証明してみせよう』 
 
 
 そして保たれていた均衡が、崩れだした。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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